クラス替えを確認後、私は新しく場所の変わった靴箱を探し気力のまるでない花村の分まで靴箱を探してとりあえず教室へ花村と一緒に向かった。幸運なことに私も花村も千枝も雪子も同じクラスで、教室に行くまでに噂になっていた転校生とやらもうちのクラスに来るらしい。そういえば知らない名前があったけど、それが転校生の名前だったのか。ぜんぜん気にしなかった。さすがは田舎の学校かと思うくらいに転校生のことは広まるのが早く、教室にたどり着いてからも話は転校生のことと担任の話で持ちきり状態だ。そんな中、席順表を見てから私は花村をとりあえず席に座らせてやる。

「ほら花村、ついたよ」
「おう…すまん」
「はいはい、花村の席ここだって。あ、私隣だーよろしくね」

 机においてあるネームプレートを見て私も花村の横に座れば、花村はすぐに力なく机に突っ伏してしまった。相当股間が痛いらしく小さくうなっている。
 …傘なんかさして自転車運転するからだよバカ花村。

「バカなことするからでしょ、花村」

 小さく言えば、花村から痛そうな唸り声が返ってきただけだった。それを見てからひとつ息をついて、私は携帯を取り出した。美鶴姉さんから始業式だからがんばれというメールが来ていたことを思い出してそれに返事をする。朝はばたばたしてたし花村の世話してたらメールどころじゃなかったし。
 そう思って携帯をいじっていたら、雪子と千枝が教室に入ってきてまっすぐ私の前に席につく。雪子は千枝の前だから、私の前の前の席だ。

「おはよう雪子、千枝」
「おはよう、ちとせちゃん」
「おはよーちとせ!なんだ、席近かったんだ」
「みたいだねえ」
「花村も居るし…って、あれ?なに朝から死んでんの?」

 千枝がちらりと花村に視線をやって首をかしげた。机に突っ伏したままの花村はそのままの状態で死にそうにうなっている。

「や、ちょっと…頼むからほっといたげて…」
「?花村のやつ、どしたの?」
「さあ…」

 千枝が雪子に首をかしげて訊くけど雪子も同じく首をかしげた。それに私が机から身を乗り出して二人のほうに顔を近づけて笑う。おもわず口元がにやけるのは多分仕方ない。

「あのね今朝花村馬鹿でさ――」
「静かにしろー!」

 私が話しかけたのと同時くらいに教室のドアがいきなり開き、入ってきたのは転校生と同じくらいうちのクラスで噂になっていた担任の諸岡先生だった。あまりいい評判ではなく悪い評判ばかりだしすかれる先生ではないからみんなモロキンとかって呼んでるしまあ私も好きな部類の先生ではない。なにかとつけては不純異性交遊がどうとか、とりあえずくだらないことで文句を言ってくる先生だったし。
 先生は教卓の前まで行くと、私たちを見回すように見てひとつ頷いた。みんなの行動は早く、すでに席から立っている生徒は一人もいない。恐るべしモロキン効果。目を付けられたら停学やら反省文提出やらと色々されるらしいから生徒達もそれが分かっている分行動が早い。

「今日から貴様らの担任になる諸岡だ!いいか、春だからって恋愛だ、異性交遊だと浮ついてんじゃないぞ。ワシの目の黒いうちは、貴様らには特に清く正しい学生生活を送ってもらうからな!」

 まるでマシンガンのように言いたいことを言った先生に、みんなが静まり返った。呼吸の音すら聞こえそうなくらいに静かなそこに、先生がひとつ「ああ」と思い出したように言ってドアの外を一瞥すればそこから入ってきたのは一人の生徒。見たことのないその生徒がどうやら転校生のようだった。

「あー、それからね。不本意ながら転校生を紹介する」

 転校生が顔を上げて、どこか居心地悪そうに教室内を見回した。物珍しそうな表情が私のほうを向いて目があった瞬間、感じたのは懐かしい力の気配――。

「みなっ…、」

 感じた瞬間、私は思わずその場に立って転校生を凝視していた。感じるのは僅かな、けれどよくしった力の気配だった。アイギスや、湊のそれと同じ力の気配。転校生が驚いたように私を見て、ぴたりと視線が合う。目が合って、やっぱりこの感覚に間違いがないのだと私の中で確信が生まれた。おなじ、気配だ。どうして、この転校生から。

「なんだ、どうした桐条」
「…っ、なんでもないです」

 先生に言われて、私はへたりこむように椅子に腰掛ける。心臓が早鐘を打っているような気がした。耳元で心臓の音がうるさい。力の気配は僅かなもので、まだ隠れているようなそれだけど紛れもなく私の知っているそれだ。風花ちゃんなら、もっとちゃんと分かるのかもしれないけど私には風花ちゃんほどの力はないからそれくらいしか分からないけど。でも。
 私が去年からテレビの中に入ってペルソナを使っているのも関係しているかもしれない、もしもこの転校生の力が開花してしまったら…あの時みたいに、湊の時みたいに…また何か起こるんじゃ――。

「ただれた都会から、へんぴな地方都市に飛ばされてきた哀れな奴だ。いわば落ち武者だ。わかるな?女子は間違っても色気など使わんように!では、鳴上悠。簡単に自己紹介しなさい」

 ひどい言われように、教室がしんとなる。それにむっとしたような表情を隠さずに転校生――鳴上は口を開いて小さく「誰が落ち武者だ」と言う。普通ならきっと聞こえなかったであろう声量だったけれど、しんと静まり返っている教室にはなんとか聞こえたそれに全員が驚きを隠せない表情をした。それは例外なく、力のことに考えをめぐらせていた私も同じで。

「…よろしく」

 驚いた表情を見てから、瀬多はぺこりと頭を下げてそう言った。隣では先生がなんともいえない顔をして瀬多を見ている。

「貴様の名は”腐ったミカン帳“に刻んでおくからな…。いいかね!ここは貴様がいままで居たイカガワシイ街とは違うからな。いい気になって女子生徒に手を出したりイタズラするんじゃないぞ!…と言っても――」

 延々と続きだした先生の話に、全員がうんざりした表情になった。ただ一人瀬多だけが所在無さげに立っているだけで、それも気にしないのか先生はやれ出会い系がどうのこうの最近の子供がませているいないだのと言って話をすすめるつもりはどうやらないらしい。完全に自分の世界に入っているようだ。
 助け舟をださないとなあ、と思って手をあげようと思えば、前の席の千枝が手を挙げて先生を呼ぶ。

「センセー。転校生の席、ここでいいですかー?」
「あ?そうか。よし、じゃあ貴様の席はあそこだ。さっさと着席しろ!」

 先生のその声に、瀬多が千枝の横に席に座る。瀬多の後ろの席になる花村は微動だにしないから、どうやらまだ痛いらしい。あんなバカなことするからだってば。

「アイツ、最悪でしょ。まー、このクラスんなっちゃったのが運の尽き…一年間、頑張ろ」

 千枝が小さくそういえば、鳴上が気まずそうに頷いた。鳴上が席についたのを見たクラス内の生徒達がさわさわと小さな声で一斉に話し出したからか、少しだけ教室内に音が生まれる。

「静かにしろ貴様ら!出席をとるから折り目正しく返事しろ!」

 先生の言葉に、再度教室内がしんとなる。はじまった点呼に私は意識を向けながらも、視線は斜め前の鳴上へやる。近くに来てもさっきとなんら変わらないその気配はきっと確かなものだ。まだ咲く前の花のような、未発達の力。

「…あれ」

 後姿をじっと見ていて思ったけど、どっかで見たような…?ああ、もしかして朝自転車で盛大に転んだ花村のこと見てたのって鳴上だったのかもなあ。どうせもうすぐ始業式だし、その道すがらにでも訊いてみよう。

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