デート? と綾人に言われ、まさか、と思うが外で会うことにしたのを踏まえるとデート以外の何物でもないのでは、と気づいたのはなまえと約束をした前日だった。
 ブレスレットを渡したあとはどこかでお茶でもして話せたらそれでいいかと思ってのことだったのだが、確かにそれだけで別れるのは味気ないような気がしたトーマは慌ててプランを考えはじめることにしたのだ。
 と言っても街の散策くらいしか思い浮かばず、己の甲斐性の無さに辟易してしまった。
 女性を連れていくところなんて知るはずもなく、そしてなまえの好きな物なども知る訳もなく。
 それを明日聞けばいいのか、と持ち直したものの、お茶を飲みながら「好きな物は?」と聞いている自分を想像して「見合いじゃあるまいし」と早々にそれは頭から追い出した。
 トーマがなまえに関して知っていることといえばライアーがうまいこと、くらいだろう。あとは気が動転すると思わぬ行動をとることくらいだが、何をしても可愛いとしか思えなくなっているトーマにはどうでもいいことだった。
 綾華に言付けられたおつかいも終わり、残りの時間は自由に過ごしてもいいと言われていたトーマはふらふらと稲妻城内を歩き回っていた。
 特に目的がある訳でもなく、ただ明日のとっかかりに何かないかと思っての事だったのだが。
 夕方ということもあり、人の行き来は昼間よりも少し多い。帰宅する者、夕食の買い物に来た物、様々な人が歩き回っている。
 夫婦や恋人らしき二人組は数多くいるものの、トーマとなまえのような微妙な関係の男女は今トーマが見る限りはおらず。
 話すだけでも自分は嬉しいのだが、なまえがどうかと思うとなんとも言えず、トーマは人の行き交う道の端っこによけ、途方に暮れていた。
「パイモンちゃん! 待って! 慌てなくてもごはんは逃げないから!」
 そんな時だ。人混みの中から聞こえてきた声に、トーマは思わずそちらへ視線をやった。
 トーマが居る通路とは別の通路から大通りに駆け込んできた──文字通り飛び込んできたのは、トーマにも馴染みのある白い塊だった。急いでいるのか後ろを振り返ると「早く行くぞ!」と楽しげに笑っている。
「パイモン、場所知らないんじゃ?」
「うっ……た、確かに……」
 その後ろを追いかけてきた金色の髪の少年と、またその後ろからやってきた桃色の髪の少女にトーマはおや、と思う。
 なまえも旅人と知り合いだったのか、と声もかけずに少し遠くから見ていると、パイモンがしゅんと肩を落として空となまえのそばへと戻っていく。
「ここから裏通りのほうに行くんだよ」
「裏通り? ……大丈夫?」
「食堂とかが多いところだから。治安はいいと思うよ」
 ふふふと笑うなまえに、空も「なら大丈夫か」と笑う。パイモンは「何食べようかな……さっきなまえが言ってた揚げ物もうまそうだなぁ」などとぶつぶつ言っているため、既に思考は食べ物のことでいっぱいらしい。
 どうにもこの三人は、これから何かを食べに行くらしい。パイモンの楽しげな様子に、少し申し訳なさそうな空。そして案内役をしているなまえに、大体そうだろうなとあたりをつけた。
「何かあっても俺もいるし……」
「えへへ、頼りにしてるね」
 ぽん、と空の肩を叩いたなまえは笑っている。なんとなくその二人の様子に、トーマは先日とは違う嫌な心臓の音を聞いた気がした。
 空はともかくとして、なまえが丁寧な口調ではなく、空のことも呼び捨てだとか。親しそうにしているだとか。慌てる様子はまるでないだとか。
 胸の中に重く溜まるような、鉛のような感覚の名前を探し始めようとした時、ふと、少し遠くから空色の瞳がトーマへと移ったのが分かった。
 ぱち、と目が合った瞬間、嬉しそうな表情に変わったなまえに、それだけで鉛のように重かった胸がすうと軽くなる。先程までも笑顔ではあったのだが、更に嬉しそうな表情になった。
 たったそれだけのことだが、トーマにはどうしようもないくらいに嬉しかった。
 目が合ったのなら近づいてもいいだろうと三人のほうへ近づいていくと、さすがに空もトーマに気づく。
「あれ? トーマ」
「やあ、空。それになまえとパイモンも。こんなところでどうしたんだ?」
 言えば、空となまえ、それにパイモンが驚いた表情をした。お互い顔を見合わせて「知り合いだったの?」と口々に言い合っている。
「ふふん、今からなまえがオイラたちにご馳走してくれるっていうから店に向かってる途中なんだ!」
 いち早く現状報告をしたのはパイモンで、その場でくるりと回って嬉しそうに笑っている。それに苦笑を返す空を見る限り、パイモンが無茶ぶりをしたのだろうとトーマも苦笑を返した。
「と、トーマさん、は、その、お仕事中ですか?」
「オレ? いや、今終わってふらふらしてたところだよ」
 つっかえながら、そしていつも通り頬を真っ赤にしながら見上げてくるなまえに返せば、なまえはぐっと拳を握る。気合いを入れているようなその仕草に、今度は何を言われるのかと少し楽しみに待っていると「じゃあ」とその言葉は続く。
「トーマさんさえよければ、あの、ご一緒にどう、ですか……? いえもちろん忙しかったり約束があるなら断ってくださいね!? そ、それに今から行くところも新作の試食も兼ねている蓮見が経営している店なので気兼ねもしなくてもいいというか! 明日のためにって料理長が試したいことの試食会をひらっ……むぐ」
 ばちん! となまえが自分の口を自分の手で叩いて塞いだ。トーマはなまえの怒涛のマシンガントークを楽しく聞き、そして最後の言葉に若干の期待をしようとしたところだったのだが。
 叩いた勢いが良かったからか、なまえは若干涙目になり、隣の空が「なまえ……」と不安そうな声でなまえを見ている。
「邪魔にならないならオレもお邪魔しようかな。いいかい?」
「俺たちはもちろん」
「いいぞ! 人数は多い方が楽しいだろ!」
 空とパイモンはすんなり許可を出してくれたため、少し笑みを浮かべながらなまえを見てみると未だに口は塞いだままである。
 おろおろと視線はさ迷っているが。
「なまえ、ところで明日のためってどういう?」
 少し詰めてもいいかな、と思っての発言だったが、なまえははっとしたようにトーマを見ると慌てたように一歩、トーマに近づいた。
「あっ明日のためっていうのは、いえその前に明日はトーマさんとの予定以外はないですから! その、もし時間があればトーマさんをご案内しようかなと思ってたところでっ! 料理長に相談したら私の好きな方をお出迎えするなら腕によりをかけて食事を作るからと言われて万が一私に度胸がなくてお連れ出来なくても大丈夫とは言われてて、その試作品を作るから今日は元々そのお店に行くことになってただけなんです!」
 もはやめちゃくちゃである。
 なまえは早口で一生懸命にものを言っているため何を言っているのか自分では分かっておらず、聞いていた空はその発言になまえを二度見し、トーマはトーマで聞き間違いかと笑顔のままで固まっている。
 唯一パイモンだけが「なあ空、この二人って恋び」まで小声で言ったが空に口を塞がれた。
 不安そうな表情をするなまえは、トーマに明日なまえがトーマと会う以外の用事があると勘違いされていないかだけが心配らしい。自分の失言にはまるで気づいていない。
 トーマはトーマでそれどころではないのだが、今なまえの発言を指摘するとなまえが稲妻の海に身投げをしかねないため、ぐっとおさえて「そ、そうかあ」となんともいえない返事を返した。それに空もなんともいえない表情をしているが、トーマは見なかったことにする。
「それなら明日の楽しみにして今日は……」
 自分の身となまえの精神がもたないのでは。そう思ってとりあえず冷静な思考になるために断ろうとするが、先の言葉を見越してかなまえが眉を下げる。
 瞬間、今日はやめておくよ。と言おうとした口は「いや、遠慮なくお邪魔するよ」と真逆のことを口走っていた。
 ぱっと花が咲くような笑顔になるなまえを見て、トーマもなんとか笑みを浮かべる。パイモンは空の手から逃れ、足取り軽く歩き始めたなまえの手を引き「早く行こうぜ!」とご機嫌だ。
「トーマ……」
「……何も言わないでくれると嬉しいな、空……」
 前を行くなまえを見ながら、トーマは赤くなりにやけてしまいそうになる顔を隠すように口元を片手で覆う。
 どんな意味の好きであれ、あの流れで勘違いだった、というのはほぼないだろう。そう思うとにやけざるを得ない。
「……トーマも大変そう……」
 ぽつりと呟かれた言葉に、ほんとに、とトーマは心の中だけで返事をした。


20211227

戻る.