なまえとトーマが恋人という関係になり、二ヶ月が過ぎようとしていた。
 その間も、たまたま綾人に会いに来たなまえの父親と兄に神里の屋敷で会ったり「なまえに君は勿体なさすぎるよぉ!!」「考え直さない!?あれの手網トーマくん握れる!?」などと妙な方向性に心配されていたりと変な出来事はあったがおおむね順調に交際は続けられていた。
 むしろなまえ側の家族がトーマを心配するという予想だにしていない事態で、変な安心感は得られているのだが。
 可愛がられているであろうことはなまえを見ていても分かっていたため、身分もなにもないトーマは交際するにあたって反対されると思っていたのだ。
 だがそんなものは杞憂で、それから何度か神里屋敷で二人に会うことがあったのだが「妻が会いたいって言っててね」「いや母さんあれ絶対トーマくん見たいだけだから」「下手したら神里まで来そうで僕は怖いよ」となまえの母親からもどうも歓迎されているようだった。
 覚悟していた障害らしい障害は一切なく、全くもって順調に二ヶ月が経っていた。
「トーマさぁん……えへへ……髪サラサラ……」
 そう、順調であるが故に、なまえはトーマに幾分か慣れてきていた。目が合うことが増え、触れることも増えた。と言ってもまだまだ照れのほうが先にたつのだが。
 もちろん、それなりの距離感は保っている。今自分の後ろでぴったりとトーマにくっついて、トーマの髪をいじっているほろ酔いよりも幾分か酔っているらしいなまえにもう少し離れて、と言いたいほどには。


 綾人と綾華とは、なまえは言うなれば幼なじみである。共に育ってきたと言ってもいいほどに近しい、本当のきょうだいのような存在だ。
 定期的にしているのだが、今日がたまたま蓮見の家族が神里家で食事をする日だったらしく、神里屋敷になまえはやって来ていた。
 と言っても綾人、綾華との食事を楽しむためでありトーマに会いに来たわけではない。
 そもそもトーマも主人たちが食事を楽しんでいるうちに片付けておきたい仕事もあったため、これ幸いと外に出ていたのだ。なんにせよ数日後になまえには会うし、家族の団欒はきちんと楽しんで欲しかったというのが一番だったのだが。
 そして仕事を終えて帰ってきたのは夜遅くで、蓮見家はもう帰ったあとだった。
 なんとなくそれに顔くらいは見たかったな、と寂しさは覚えたものの、入浴を済ませ自室へ戻るとそこには畳の上に頬と言わず体を真っ赤にしたなまえがえへへと笑いながら転がされていたのだ。
 一瞬固まったトーマだったが、なまえの格好が胸元がはだけている薄い寝間着一枚なことに気づき慌てて襖を閉めた。
 こんな姿ほかの人間に見られたら、と反射でつっかえ棒までしてしまったが、この状態のなまえと密室もまずいのでは、と棒を持ったまままたトーマは固まった。
 どう見ても酔っている。普段、挙動不審にはなるもののそういったことはきちんとしているなまえだ。男の部屋に自分から転がりこんだとは考えにくいし、本当に転がりこんだとしても畳に文字通り転がるようなタイプではない。せいぜい部屋の隅で小さくなっているくらいだろう。
 というか帰ったはずじゃ?となまえに背を向けたままトーマは混乱していた。
「あー、トーマさぁん」
「な、なん……」
 半分眠っているような起きているような声音で、なまえがトーマの名前を呼んだ。
 ご機嫌らしく、ふにゃふにゃとそのまま眠ってしまいそうな、それでも甘えるような声でトーマを呼ぶとなまえは勢いよくトーマの背中に抱きついた。
 そしてまたトーマは固まり、慌ててつっかえ棒を襖から外す。このままここに居たらまずい、と頭の中で警鐘が鳴っていた。
 湯上りであるトーマも、何故か寝間着を着ているなまえも薄着である。なまえに至っては寝転んでいる時に着崩れたのか胸元ははだけていた。
 そんな状態で抱きつかれてしまえば、直に背中に感じる感触はいつもの何倍も分かりやすいものになる。
 抱きしめたことは何度もあるが、なまえから抱きついてくることは片手で数えられる程度しかない。それも全て前からで、お互いきちんと着込んでいる時だった。
 ぐらぐら揺れそうになる己の理性をなんとかきっちり立たせ、トーマはできるだけ優しくいつも通りに「なまえ、どうしてここに?」と尋ねる。
 その間に体を反転させ、なまえを背中から正面、自分の腕の中に閉じ込めておく。下手に動かれたらせっかく立たせた理性が折れかねなかった。
「えへへぇ……お母様に、トーマさんのところに泊まっていいわよって言われてねぇ……」
「えっ……と、蓮見の奥様に?」
「お兄様は私を連れて帰るのが面倒だしって……言ってたような……?綾人に、この部屋にいたらトーマさんが帰ってくるよってえ」
 うふふと楽しそうに笑うなまえが、ぴったりとトーマの胸に頬をくっつけた。至近距離で見下ろせばはだけた胸元が視覚に入ってくるが、なんとか見ないふりをして視線はなまえの瞳に固定する。
 要するに、なまえの母親と兄に置いて帰られ、そして綾人にこの部屋に突っ込まれたのだろう。
 着替えているところを見ると入浴後なのか、なまえからはいつもと違う香りがした。
 部屋を見回してみるとご丁寧に布団が一組部屋の隅に置いてあるし、ここに泊めろということだ。それは分かるのだが。
「なまえ、とりあえず一度離れて……」
着物を直すなり何か羽織らせるなりしないと、と思ってなまえから視線を逸らしながら肩を持つと、なまえははっと気づいたようにトーマを見上げた。
「あ、トーマさん……?」
「うん?」
「髪の毛おろしてる……かっこいい……」
「ええ……?」
 頬が赤いのがどうにもいつもの調子でなく、とろんとした甘ったるい空色の瞳も妙に色っぽく見えてしまう。
 さっさと寝かしつけよう、と決意をした矢先、なまえはささっとトーマの背中側にまわるとトーマの背中にくっつき、トーマの髪を指で梳きはじめたのだ。
 そしてトーマが驚いている間にトーマの髪で三つ編みをはじめてしまった。
 酔うと奇行に走ることはままあると聞くが、なまえの行動はなんともいえずトーマは片手で顔を覆う他ない。
 ただただ、言うなれば甘えているだけだ。やりたいことをしているとも言えるが、トーマに自らくっついたり、至近距離だというのにしっかり目を合わせたり。今もくっついて髪を触っているだけだ。無理やり離すに離せず、離れて欲しい理由を言うにもなまえに言うのははばかられた。
 なによりトーマ自身が満更でもないと思っているのが一番である。理性との戦いはしているものの、くっつかれている感触さえ気にしなければ甘えるなまえは珍しいし、なにより可愛かった。
「んふふ」
 ご機嫌に髪を触っていたなまえであるが、ふと気づいたように、後ろからトーマに抱きついた。
 このまま髪を触って寝落ちでもしてくれないかな、と思っていた矢先の急な接触にトーマはびくりと体を跳ねさせる。
 後頭部や首あたりに感じるふわふわした何かに意識をやる前に、なまえがトーマさん、とトーマの名前を呼んだ。
 それが思いのほか近く、耳元で声がしたため再度トーマはびくりと体を跳ねさせたのだが。
 普段聞こえない場所でなまえの声がして、息さえかかりそうな耳元である。さすがに、とトーマは焦った。
 トーマもなにも我慢していないわけでもなく、理性との戦いは日頃している程だ。今でさえ早く寝かしつけてどうにかしようと思っているのに、理性をぐらつかせる存在から際どい接触をされるのは、ぐらつくだけでは終わらない。
 さすがに酔った状態の年下の恋人に手を出す訳にもいかない、というのが今のトーマの心情である。
「今日も、お仕事おつかれさまでしたあ」
 間延びしたとろとろとした声ではあるが、なまえはそう言うとトーマのこめかみあたりに唇を寄せてちゅっと可愛らしいリップ音を鳴らす。
 そしてやはり機嫌が良く、えへへ、と笑いながらぐぐっとトーマに体重をかけている。
 あまりの警戒心のなさにトーマは片手で顔を覆っていた。
 オレじゃなかったら絶対襲われてる、と思うものの、自分以外の人間と飲ませてはいけないとも固く心に誓う。
 とりあえず明日の朝きちんとなまえには説明しよう、と決めて己のぐらついていた理性をなんとか立たせた。
「なまえ、えーと、そっちじゃなくてこっちに来ない?」
 とんとん、とトーマの横を叩くと、なまえは何度か瞬きをして、けれど嬉しそうに跳ねるようにしてトーマの横へちょこんと座る。
 それにほっとしながらトーマはなまえの乱れた着物を直し、はだけた裾も丁寧に元に戻した。
 大人しくそれを受け入れていたなまえだが、一通りトーマが着物を直し終わるときゅっとトーマの腕に抱きつく。
 どうにもなまえは接触をずっとしていたいらしく、きちんと立たせた理性がまた揺れ始める前にトーマはなまえの肩を持って自分から距離を取らせた。
 明日起きた時に記憶がある場合、きっとなまえは一週間は家から出てこいか稲妻の海に身投げをしかねない。
 覚えていない場合も似たようなことになるだろう。明日の朝、起きたのがトーマの部屋であるなら尚更である。
「なまえ、もう夜も遅いし寝ようか。さすがにこの時間だし朝も早いんじゃないか?」
 深夜と言ってもおかしくない時間なのは確かだ。
 トーマも明日は早くから仕事をしなくてはいけない日ではないためのんびりはできるのだが、なまえを寝かすためには方便も必要だろう。
 それを聞いたなまえは、少しだけむっと唇を尖らせる。珍しい表情にトーマは首を傾げるが、なまえは少し何かを考えた後に、トーマの着物の袖を指先で引っ張った。
「トーマさん、ひとつ聞いてもいいですか?」
「うん?」
 なに? と首を傾げると、なまえは一度口を開き、すぐに閉じた。それからまた何度が口をぱくぱくと開けたり閉じたりして、意を決したようにトーマを見上げる。
「私、女の子としてダメですか?」
「…………」
 一瞬言われたことが理解出来ず、トーマの思考が真っ白になる。え?としか頭の中に浮かばない。
 だがそれを肯定ととったのか、なまえは空色の瞳を泣きそうに歪めてぱっと膝立ちをしてトーマの肩に手を置いた。
「わ、私、手を出せないくらい女の子としてダメですか?!」
「え!?」
 思考は変わらず動かないが、言われたことに反射でトーマは驚いた。理性との戦いを日々しているとはさすがに言えないが。
 トーマが驚いて体のバランスを崩しかけたのと、なまえがトーマの肩を押したのはほぼ同時である。
 そうなるとなまえがトーマを押し倒したようになるが、なまえは慌てた様子もなく変わらず泣きそうに瞳を歪めている。
 トーマのほうは内心大混乱だ。
 女の子としてダメも何も、日々好きになっていくのに、と。
 触れられるなら触れたいし、抱きしめていいと言われたら会う度に腕の中になまえを感じたいとも思っているのに。
 トーマの片足に乗るようにして、四つん這いになっているなまえがぐっと唇を引き結んだ。
 丁度なまえの膝の位置にトーマの着物の裾があり、動こうにも動けない状態になっている。
「なまえ、とりあえずよけて……」
 なまえの髪がカーテンのようにトーマを覆っているのが春みたいで綺麗だな、と頭の隅で考えていたがそれどころではないと思考を切り替える。
 泣きそうななまえを、そのままにしておくわけにもいかないだろう。できたら涙を見たくないし、自分のせいで悲しませるのはトーマも良しとはできない。
 優しくなまえの肩を押すと、なまえはいやいやと首を横に振った。
「お、お酒の力は借りましたけど、言ったことは全部思ってたことです!」
 あと私酔ってる時の記憶はあります!となまえは付け足した。
 いやそれが大問題では、と思うがやはりトーマは口には出さなかった。
 なまえに押し倒されている現状、稲妻の言葉で言えば据え膳食わぬは、というものだろうとトーマは思う。
 が、ここでなまえの望むとおりの行動をしてもいいのか、と自問した。
 お互いに後悔するような行動は取るべきではないだろう。なまえの家族に顔向けできないことをするべきでもない、と。
 ──なまえをそういう意味でも置いて帰ったであろうみょうじ家の面々を思うと、顔向けも何もないかもしれないが。
「なまえ。なまえはオレにとって魅力的だし、正直今だって、かなり我慢はしてるよ」
「えっ」
 トーマの言葉に目をまん丸にしたなまえが、一瞬怯んだように体から力を抜いた。その隙になまえの後頭部と背中に手を回して、トーマはぐるりと体勢を逆転させる。
 さっきまでトーマの上に居たはずのなまえは、一瞬でトーマに押し倒されるような体勢になってしまった。
 何が起きたのか分からずに目を白黒させているなまえは、それでも押し倒されたことに気づいたのかぱっと頬を赤くさせて視線を泳がせ始めた。
 どうかこのまま逃げてくれとトーマは思うが、なまえはトーマの願いも虚しく再度、トーマの着物の袖を指先で引っ張った。逃げる気は全くないらしい。
 空色の瞳の中にあるのは少しの怯えに、少しの期待だ。それよりも前に出ているのは喜びの色だが、なまえは無自覚かもしれない。
 深夜、男に押し倒されてそんな表情で見上げられたらたまったものじゃない、とトーマは思う。本当にオレ以外のところで飲ませないようにしないと、と心底から感じた。
「私、しょ、正直なところ酔いはほとんどさめてます」
 なまえはそう言うと、きょとんとしたトーマの真下でそっと目を閉じた。
 ど、と心臓が妙な音を立てる。握られていた袖が控えめに引かれ、トーマは引かれるがまま、右手をなまえの頬へと滑らせた。
 赤みのさす白い頬を指の背で撫で、輪郭を伝うようにして顎へ。少し顎を上げさせると、なまえは素直にトーマの指に従った。
 ごく、と生唾を飲み込んだのが嫌にトーマの耳に生々しく届いたが、なまえは聞こえなかったのか目を閉じたままである。
 しばし逡巡し、そろりと顎にかけた親指をなまえの唇をなぞるように動かしてみた。
 柔らかな唇の感触にやはり心臓が音を立てているが、親指と人差し指で下唇を優しく挟んで触れてもなまえはされるがままだ。
 ちらりと唇の間から見えた白い歯に、触れたいというどうしようもない感情が湧き始めるが、ふにふにと触れていた人差し指を優しくなまえに食まれ、トーマの中で何かが音を立てたような気がした。
 なまえ、と名前を呼ぶのと同時、食まれた指はそのままに、トーマは触れるだけのキスをなまえに落とした。
 それにぱっとなまえが目を開けたが、トーマも至近距離でなまえを見つめたままもう一度唇に触れる。角度を変えて何度も触れ、唇に置いていた手はなまえの後頭部を支えるためになまえの髪に差し込んでいた。
「ト、マさ、ん」
 合間に名前を呼ばれ、なまえの手は袖からトーマの背中あたりの着物を掴むように移動していた。
 開いたり閉じたりする空色の瞳には先程とは違うであろう熱が灯り、とりあえずは嫌がられているわけではないことはトーマも確認できた。
「なまえ」
 優しく名前を呼んだつもりが、随分かすれた声になったとトーマは苦笑する。まるで余裕はないが、せめて優しく言いたかったのに、と。
 けれどなまえはそんなトーマの声にも嬉しそうに笑ってキスを受け入れている。
 何度となく落とされるそれに慣れてきた頃、トーマがぺろ、となまえの唇を舐めた。それに驚いたらしいなまえが「あ」と声を出したのを見計らい、するりとその中に舌を入れる。
「んっ、んぅ」
 最初こそ驚いていたものの、しばらくするとそれすら受け入れて、なまえはトーマの背中に回した手にさらに力を入れた。
じわりとそこから広がる熱と、合わせた場所から少しだけ香ってくるアルコールにくらくらと頭の中が揺れるような感覚がした。
 後頭部に回した手は変わらずかっちりとなまえを支えているし、腰に回した手はそのまま。逃がせないかもしれない、とちらりとトーマが考えた頃、熱とは違うめまいのようなものを感じてトーマはぴたりと動きを止めた。
 ゆっくり顔を離すと、肩で息をしているなまえが濡れた瞳でトーマを見上げる。その中に灯るもっと、という色の熱に更にくらくらした。
「は、ぁ……トーマ、さん?」
 きゅ、となまえの手に力が入れられる。もう一回をねだられているのだろうが、やはりめまいのようなものは収まらず、もしかして、とトーマは思う。
 頭を上げていることがきつく、なまえの肩口に額を押し付けるようにすると、なにかおかしいことに気づいたなまえが少し慌てたようにトーマの名前を呼んだ。
 さっきとはまるで違う意味で心臓はドクドク脈打っているし、体も熱くなっている。
「なまえ……ごめん、オレ、酒がダメで」
「えっ!?」
「一滴も飲めなくて……さすがに今ので回るとは思ってなかった……」
「今……って、ぁ、う……」
 行為を思い出してか、なまえがどもった。真っ赤になっているのだろうが、トーマに目を開けて見る余裕は一切ない。
 かっこ悪い、とトーマは自己嫌悪に陥った。キスくらいで回るなんて、ここまで酒に弱いとは自分でも考えていなかったのだ。
 はぁ、とため息をつきたいのをなんとか我慢していたら、もぞもぞとなまえがトーマの下で抜け出そうと動き始めた。
 嫌われたのかも、と一瞬思うが「トーマさん、お布団敷きますね」と少し照れたように言われ、ついでにゆっくりと体を起こす手伝いもされ、トーマは項垂れた。やはりかっこ悪い、と。
 なまえは手際よく布団を敷くと、トーマをそこに誘導してこれもまた手際よく横たえてくれた。
 手馴れてるな、とぼんやりした頭で思うとその視線に気づいたのか、なまえがはにかんだように笑う。
「父と兄がよく酔って帰ってくるんです。それで」
 どうやら酔っぱらいの介抱には慣れているらしかった。最も、なまえは父親も兄も布団に転がしたあとはそのまま放置するか、端から使用人に任せるかでそう関わることもないのだが。
「ごめん……オレかっこ悪いな」
「そんなことないです! その、次は私、お酒の力は頼りませんから!」
 ぐっと拳を握ったなまえに、トーマはふと笑った。次もいいんだな、という安心感だったが。
 それを見てなまえも笑うと、ぽんぽんとトーマを布団の上から撫でる。
「おやすみなさい、トーマさん」
 そこでふと、なまえが寝るはずだった布団を占領してるな、とトーマは思った。
 今から自分のを敷くのも面倒だし、何よりトーマがまともに動ける気がしない。
 とろとろと眠気を訴えてきたまとまらない思考で、トーマは一緒に寝るかという考えにたどり着く。平素であれば絶対に選ばない選択である。
「なまえ、寝よう」
「え?」
「おいで」
 言って、なまえ側の布団を持ち上げて招き入れるようにすると、なまえは顔を真っ赤にしてしまった。
 が、思っていたよりもすぐにトーマに寄り、布団の中に潜り込むとぎゅうとトーマに抱きついた。
 それが妙に嬉しくて、トーマもなまえを抱えるようにして目を閉じる。暖かな温度と柔らかさに、先程までかっこ悪いと自己嫌悪に陥っていた自分がどこかにいってしまうくらい幸せだなあと息を吐いた。



 翌朝、なまえを布団に引きずり込んだ記憶がなかったトーマは、なまえを抱えて眠っていたことに心底驚いた。
 なまえに「オレ何もしてないよね?」と冷や汗をかきながら確認したが、なまえが頬を染めて「はい」しか言わないためしばらく悩むことになった。
 

20220705

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