「君が好きなんだ。俺と付き合ってほしい」

 それを聞いて、頭が理解した瞬間に思わず私はあんぐりと口を開いてしまった。なんて? と聞き返す思考まで行かず、好き、という単語がずっと私の頭の中を巡っている。
 場所は放課後の図書室である。委員会の作業も終わって、鍵をかけようかとドアを開こうとしたところだった。私と、目の前で私に好きと言った佐伯虎次郎しかいない二人きりの図書室だ。
 色素の薄い髪に、少しつり上がった目。それでも常に優しげに見える表情。テニス部ということもあり、細マッチョという完璧な体を高三にしてモノにしている猛者だ。
 そんな細マッチョであり、顔のパーツ全てが整っていて、誰にでも優しくてずっと笑顔を絶やさない。友達も多いし、話もいつだって上手。そのお陰でそれはもうモテまくる、それがこの佐伯虎次郎である。
 片や私はと言えば、地味が服を着て歩いているような、モブAと言われたらそこまでの、一般市民の中に入っても霞むほどの存在感しかない。
 私の名前を覚えているクラスメイトが果たして何人いるのかわからない、そんなモブAだ。加えて分厚い眼鏡に髪もおさげにしているだけ。顔のパーツだって整っているとは言えない、至って普通の顔立ち。
 友達だっていないし、唯一の友人は別の高校へ行ってしまっておいそれと会えるわけでもない。教室の中、一人で本を読んでいるだけの隅っこで背景に溶け込むのが得意なだけのモブ。
 木を隠すなら森の中へ。人を隠すなら人ごみの中へ。人ごみの中へ隠されたとしても佐伯くんは隠しきれないけど、私は隠されてしまうどころか霞んで見えなくなってしまう。それくらいに、生きる世界が違うと思っている相手から、とんでもない単語が聞こえた気がした。
 クラスも別だし、話したことだってほとんど……それこそ委員会でしかない。
 好きになられる要素も、何ひとつとしてない。
 佐伯くんのように運動が得意なわけでもなんでもないし、勉強だって常に真ん中あたり、見た目もコレである。
 いや、待って。私が見えてなくて、私の後ろに誰かいるとか!? そう思って恐る恐る後ろを振り向いてみたけど、あるのはドアだった。
 え、じゃあ佐伯くんは誰と話して……? と佐伯くんを眼鏡の奥から伺うと、少し照れたように、けれど困ったように笑う佐伯くんはしっかりと私を見ていた。

「みょうじさんしかいないよ」

 夕焼けの色だけでは無い、佐伯くんの少し染まった頬を見た瞬間、もしかしてなんらかの罰ゲームでは!? と思考がそっちへ動いた。
 だっておかしい。佐伯くんのような人が、私なんかに告白してくる理由がわからないのだ。
 特に交流があるわけでもなくて、人の目に止まることがほとんどない私を、佐伯くんが好きなんて。
 けど、そんな考えは次の佐伯くんの一言で折られてしまう。

「ちなみに罰ゲームでもないし、悪戯でもないからね。なんなら、中一の頃から俺はみょうじさんが好きだったから」
「ちゅっ、中一!?」

 思わず図書室の中で叫んでしまった。ぱっと口をおさえて周りを伺うけど、私と佐伯くん以外はこの部屋の中にはいない。
 しかし、それこそなんで、である。中一の記憶はほとんどないけど、佐伯くんと関わったことなどあっただろうか。全く身に覚えがなかった。

「中一の時から、俺はずっとみょうじなまえさんが好きだったんだ」

 まるで噛み締めるようにフルネームを呼ばれ、うっ、と言葉につまる。他の人ではないのか、と言い出しそうな私の言葉を防ぐ意味でもあったのだろうけど、この雰囲気での名前も呼ばれる、というのは胸にきた。
 見上げた佐伯くんの瞳は真剣で、少しだけ赤くなった頬がいやに生々しくて、ああこの人本気で私を好きでいてくれるんだな、と、そこでやっと私は納得した。
 納得はしたものの、理由がやはりわからない。

「わ、私、佐伯くんに好きになられる要素ないと思うんだけど」
「そんなことないよ」

 食い気味に返され、また言葉に詰まってしまった。一歩だけ距離が縮まったけど、私がドア側にいるため下がろうにも下がれない。
 こんなに近い距離に異性がいる事が滅多になく、しかも雰囲気がこの調子である。急に上がり始めた心拍と、赤くなっていく頬を隠すように俯いてしまったけど、更に佐伯くんの足先が視界に入ってきた。もう一歩詰められたらしい。

「この距離でも、照れてるみょうじさんは可愛いと思う」
「え!?」

 この距離も何も、人間一人分くらいしか距離がないんだけど!? という突っ込みは私の口からは出てこなかった。急に耳に飛び込んできた可愛い、の単語に顔を上げてしまったからなのだが。
 ばち、と視線が合い、真っ赤な私を見るなり、佐伯くんの少しだけ赤かった頬がみるみる赤くなっていった。それを隠すように片手で顔を覆う佐伯くんは少しだけ私から顔を逸らすと「ごめん、今は見ないで」と小さく呟く。

「え、あ、ご、ごめんなさい……?」
「みょうじさんのがうつったみたいだな」

 わけも分からずに思わず謝ったけど、返ってきたのはそんな台詞だった。
 それから少し咳払いをすると、佐伯くんは赤い顔のまま私を真っ直ぐ見つめる。

「中一の時、部活で上手くいかない時があってさ。部活に行くのに気が重いなと思ってたんだけど」
「へ、あ、う、うん?」
「その時、みょうじさんに励ましてもらったことがあって」
「え!?」

 私が佐伯くんを励ました? 全く記憶にない。というよりも、中一の頃の記憶なんてほとんどないも同然だ。
 入学したてで人見知りもあって、親友ともクラスが離れてしまって不安でいっぱいの時期だったはずだ。
 いじめられていたわけではないけど、幼稚園の頃からモブの力が発揮されていた為、地味子だダサいだと言われていたので気配を消して毎日を過ごそうとしていた頃のように思う。
 そんな時に、こんなキラキラした人に私から近づくだろうか。もしかして人違いでは? と思うけど、名前を呼ばれているのでその線もきっと薄い。

「それからずっと好きだったんだ、みょうじさん。俺のこと、嫌いじゃないなら考えて欲しい」

 真剣な声音に、赤い頬。近くにある整った顔は、私にしか向いていない。
 それだけでも心臓がばかみたいに早く打つのに、更にもう一度告白されて今度こそ爆発するか、止まるかと思った。それくらい、自分の心臓がうるさい。

「きらいなわけ……」

 そこまで言って、なんとなくこれ以上言ってはいけない気がして言葉を止めた。止めたのだけど、きらいなわけ、に続く言葉は、ない、しかないので佐伯くんはぱっと顔を輝かせた。

「じゃあ」
「ままま待って! あ、あの、私、その、好きとか、付き合うとか、あの、全く分からなくて! だからその、きゅ、急には、ちゃんと、できる気がしなくて。見た目もこんなだし、その、佐伯くんと釣り合わないっていうか……」
「釣り合う釣り合わないじゃないよ。俺が、みょうじさんじゃないとダメだから」
「だ…………」

 なにかとんでもないことを言われているような気がするけど、耳に入ってきた言葉を私が理解する前に佐伯くんが続けて口を開く。

「それに、俺も誰かと付き合うのははじめてだから。ちゃんとするようなことじゃないと思うし、これから一緒に色々覚えていこう?」

 そう問われてしまえば、はい、と答えるしか無かった。

 

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