「オリヴィア様方もよければ」


 そう、アンや他の先生たちに言われ、私とフレン、それにユーリも含め孤児院で昼食をご馳走になった。絵本も全て受け取ってくれたし、子どもたちも新しいそれに興味を示してくれたようで、早速他の先生たちに頼んで絵本を読んでもらっていて私もうれしくなる。持ってきた甲斐があった。
 ユーリやフレンは孤児院の子どもたちにつかまって怪獣ごっこをさせられたりしているからしばらくはつかまったままだろう。一緒に怪獣ごっこなんてするわけにもいかないし、私がよくてもきっとアンたちが止めに入るだろうし。そう思って私はとりあえず孤児院を一周して、壊れているところや困っていることがないか自分の目で確かめることにした。
 母親の目を盗んで下町や市民街に来れることはそう多くはない。こういうときにやりたいことは全てやっておかないと、いざそうなってしまってからじゃ遅い。以前もあまり来れなかった時は雨漏りをしていたようだし…。でもそういえばあの時は誰かが修理をしてくれていたとアンは言っていたけど…もしかしてそれがユーリだったのかしら。この孤児院によく来る人は、あまりいないから。


「何してんだ?」
「あら、子どもたちはいいの?」


 以前雨漏りしていた箇所もしっかし直っているのを見て、私はきびすを返す。あとはシーツ類を確かめて、それからまたみんなのところに戻って少し遊んでいこう。そう思って歩いていれば、前方から歩いてくる黒い人物が不思議そうに私に声をかけてきた。


「フレンつかまえて鬼ごっこしてるから逃げてきたんだよ。寝心地悪ぃ牢屋のあとにガキの相手一日する程オレも今日は体力がないんでね」
「あなたいくつよ。おじさんみたいなこと言うのね」
「あいにく二十歳だ」
「あら、ふたつ上?フレンと同じ年ね」
「って、おまえ十八かよ。見えねえな」


 私の前に立ったユーリが面白そうに言葉を返してくる。まるで、本当に見たことない生き物を見るような視線に私は少し居心地が悪くなった。けれど嫌悪感を抱かないそれに少しだけ首をかしげる。


「老けてるかしら」
「おまえの年なら大人っぽいって言うんだろ」
「あら、ありがとう。フォローしてくれるのね」


 くすくす笑いながら言えば、今度こそユーリは面白そうにぷっと吹き出すと私を見て首をかしげる。「お前ほんとに貴族?」と聞かれたそれに、ああ、それで面白そうにしていたのかと納得する。私のように、下町や市民街の人たちに興味を持っている貴族が珍しいのだろう。いや、そもそも私の発言が面白いのだろうか?そういえばフレンにも初対面のときに笑われた気がする。自分では至って普通のつもりなんだけど。


「一応は貴族らしいわね。下町で暮らしても私は全然暮らしていける気はするけど」
「そういや下町に嫁ぎたいとか言ったんだって?」
「…フレンから聞いたのね、おしゃべりなんだから。そうだわ、それであなたおなか抱えて笑ったんでしょう?一度文句を言いたくて今日会いに行こうと思ってたの」


 そう伝えれば、ユーリは「ああ、なるほどね」と笑った。それからふっと廊下の先の天井へと視線を滑らせる。ふらふらとゆれたそれに、やっぱりユーリがあれを直したのかと確信。「ちゃんと直ってたわよ」と伝えれば、ユーリが少しだけ驚いたように私を見たので小さく笑ってやる。


「直してくれてありがとう。ここに来れるのは、私も日が限られるから」
「…たまたま来たら雨漏りしてたってだけだ。別にオレは板貼り付けただけだしな」
「それでも助かっているのは事実よ」


 照れているのかどうなのか、ユーリはそっぽを向いて小さく笑う。長い髪に手を突っ込んでわしゃわしゃと頭をかいた。…それにしても、本当にどこに目をやればいいのかよく分からない服をしている。男性に免疫がないのもあるし、何より私の周りにいる男性というものは肌を露出しないのだ。女性はドレスなんかである程度の露出はしているし同性だからどうも思わないしシエルは私の前で肌なんて見せないようにしてくれている。


「ねえユーリ、あなた服…」
「ワン!ワンワン!」
「ラピード待ってえー!」
「お」


 ユーリに話しかけようとすれば、廊下の向こうからバタバタという足音と犬の鳴き声。それに意識をそっちへ向ければ、そこにはユーリの足元に勢いよくやってきた青い大きな何か。よくよくみればそれは大きな犬のようで、それは耳を倒して子どもたちから逃げてきたようだった。


「よ、ラピード。また追われてんのな」
「ワフッ」
「…その子…」


 青くきれいな毛並み、長い足。…軍用犬だろうか。隻眼のその軍用犬は私が声をだせばふっと私を見て、小さく首をかしげると警戒するように私に近づいてくる。それにユーリが珍しいものを見るようにすれば、軍用犬…ラピードと言っただろうか。ラピードはくんくんと私のにおいをかぐ。


「珍しいな、ラピードが自分から近づいていくなんて」
「ラピードというのね。…この子、軍用犬でしょうユーリ」
「ん?あー、まあな。前騎士してた時からの付き合いなんだよ」
「うそ、あなた騎士してたの?世も末ね」
「おいおい…」


 牢屋に放り込まれるような人が騎士をしてたなんて。まあ牢屋に入った理由が下町の人たちのためだから、騎士としての素質は、いい騎士になれる素質はもとからあったのかもしれないけれど。現実の騎士に嫌気でもさしたのだろうか。まあやめた理由なんてとやかく聞くつもりはないのだけど。
 くんくんとにおいをかいでいるラピードの頭をおそるおそるなでてみれば、ラピードはされるがままにその場に座った。そういえば、いつか視察に行った街にいたあの子犬は、大きくなっていればこれくらいになっているだろうか。小さな生まれたばかりの軍用犬だった。父犬も一緒に居たけれど、彼は亡くなったとあの街の騎士から聞いた。その騎士も、今はもういないけれど。


「ユーリ、ラピードが…」


 子どもたちを引き離してきたのか、フレンがあわてたように走ってくる。フレンもフレンで私とラピードの様子を見て驚いたようにユーリの横で立ち止まった。


「オリヴィア、おまえフェロモンでも出てんのか?犬にしかわかんねえ」
「まさか。どうして?」
「あんまりラピードは人に懐かねえんだよ」
「そう、…そういえば、シゾンタニアという街があったのを知っている?ユーリ。それにフレンも」


 思わずこぼれてしまったその言葉に、ユーリとフレンはしばらく間を置いて、だけど驚いたように「シゾンタニア?」と聞いてきた。その声音から判断するのは難しいけれど、驚くということは知っているのだろう。何年か前に魔導器やエアル、魔物が集まってきたとかで色々と事故があったから今はもう誰も住んでいないけれど、川に囲まれた丘にあるきれいな街だった。


「色々とあって今はもうないのだけど、あの街に何年か前に行った時、小さな子犬と会ったのよ。あの子もそういえば、こうやって私に擦り寄ってきてくれたんだけど」
「…へえ。ラピードは、シゾンタニアで産まれたんだ」
「じゃあ、あなたあの時の子かしら?そうだとすごく嬉しいわ。…ふふ、大きくなったのね」


 優しく頭をなでてやれば、ラピードは「ワフ」とくすぐったそうに小さく鳴いた。


20100805
20130715

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