中々子どもたちが離してくれず、私たちは子どもたちの昼寝の時間を狙って孤児院を出て行くことにした。
 フレンもユーリも子どもたちに大人気で離してくれなかったから、なのだけど。アンにまた来る旨を伝えて静かに孤児院を出て、通りの少ない通路に出る。ユーリが「肩が痛え」とぶつぶつ言っているのをフレンが宥めているのを横目で見て、これからどうしようかと考える。私の今日の目的は孤児院に絵本を持っていくことと、ユーリ・ローウェルに会うということだったけれど思いのほか早くその全ての用事が終わってしまった。下町や市民街をうろうろしたいけれど、これ以上フレンをつき合わすのも悪いし、ユーリも牢屋から出たばかりだから下町に帰りたいだろう。ここで解散して、今日はおとなしく家へ戻ろうかしら。行き先は言っているもののシエルがいないのだからとメイドや執事が心配をしてもいけないし。
 そう思ってなにやら話しているフレンとユーリに帰ることを伝えようとすれば、どおん、というすさまじい音と水柱が下町のほうで立つ。それに驚いてびくりと肩を揺らせば、フレンが無意識なのかなんなのか私を庇うようにして下町を見やる。


「な、なに…」
「うわ、また水道魔導器でも壊れたか?」
「最近よく壊れるね…古いものだからしょうがないんだろうけど」


 ユーリとフレンはその音と水柱を見るなり警戒を解いていつものことだと言わんばかりの反応をする。水道魔導器が壊れた?結構な一大事じゃないのだろうか。そう思ってフレンを押しのけて今はなくなった水柱があったほうを見やる。下町のほうからざわざわとした騒ぎ声もするから、きっと大変なことになっているんだろう。


「僕が一度城に戻って、魔導器の技師を派遣してもらうようにかけあってみるよ」
「ああ、いつも悪」
「そんなことしてたら時間だけが経つだけよフレン。私が行くわ」
「え!?いや、でもオリヴィア…」
「帝国の技師なんて貴族の息がかかった人たちばかりよ。だからそう何度も壊れるなんてことになるの」


 城には下町や市民街の人たちを嫌う貴族にいい顔をする技師が多いのだ。貴族にいい顔をするということは、こういった魔導器の修繕だって適当に行うことのほうが多い。彼らは技量があるのにそれをしないのだ。それならばアスピオからちゃんとした技師を連れてきて修理してもらったほうがいいだろうけれど、帝国がアスピオに連絡をとっている間に地下水が干上がるかもしれない。それなら私がアスピオに知り合いに連絡をとってきてもらうほうがいいだろうけれど、どちらにせよ時間的には変わらない。
 思いながら足を下町のほうへすすめれば、ユーリが肩をすくませて私の横を歩きだす。それにフレンが少し迷ったように、私とユーリのあとをついてきた。


「おまえ魔導器の修理なんか出来るのか?」
「私の得意分野はマナやエアルだけど、魔導器のこともアスピオの知人に色々と聞いたりしているのよ」
「へえ?」
「ある程度は扱える自信はあるから…」
「けどオリヴィア、多分今下町に行くと水浸しだと思うよ。君が濡れる必要は…」
「"貴族"としての私を心配しているのなら気遣いはいらないわよ。…人間は水がないと死んでしまうわ、大切なのはどっち?フレン」


 貴族としての私の心配をするよりも、フレンは下町の人たちを心配してあげるべきだろう。それに下町の水道魔導器がある場所は確か広場だったはずだ。噴水のある広場は、少し地面がくぼんでいたからそこに水がたまって、下町も低い傾斜になっているから浸水という可能性だってある。そうなれば材木は傷むし、家の中のものも避難させなくてはいけない。そうなる前に私に止められるのなら、とめたいと思う。貴族の私が堂々と下町へ行って魔導器を直せば、きっと非難の言葉もあるだろう。けど、そんなこと気にしてたらしょうがない。





 私たちが下町へつけば、そこは既に水浸しになっていた。下町の人たちが総出で家の中に水が入ってこないように砂袋をあちこちへ持っていったりとせわしなく動いている。噴水のまわりは、太もも程まで水位があるらしくそこで作業をしている人たちはびしょ濡れだった。水の確保をしておけ、砂袋が足りない。そんな言葉が飛び交う中、ユーリとフレンの姿を見つけた下町の人たちがわっと彼らに駆け寄った。フレンにはまた魔導器の調子が悪いからいい技師を呼んできてほしい、という言葉。ユーリには水をかきだす作業と砂袋を用意するのを手伝えという言葉。それを横目で見て、私は水がどんどんあふれてくる魔導器の前へ行く。池のようになっているそこに躊躇することなく入ってざぶざぶと水をかきわける。フレンが後ろから「あっ!?オリヴィア!」と私を止める声がしたけれどお構いなしに水の中をすすむ。あきれたようなユーリとフレンも私と同じように水の中に入り私についてきているのが見えたけど、とりあえず私は魔導器を調べることにした。ブーツの中に水ははいってくるし、もう既に噴水から噴出すようにしている水のせいで全身はびしょびしょだった。
 魔導器のモニターを開いてじっとそれを見つめる。この程度の公式ならきっと私にも理解はできるだろう、けど…。


「…前にこの魔導器を直したのはどなたなのかしら」
「直せねえのか?」
「直せるわ。けど、公式がむちゃくちゃね。出力も魔核と合致してないし、この魔導器よりも多くのエアルが供給されてる。…これで直ったと言った技師の顔を一度拝みたいくらいよ」


 言いながらモニターをいじる。ユーリに「どちらさんじゃ?」と水をかき出していたおじいさんが聞けば、ユーリは「物好きな貴族サマ」と小さく笑う。それにおじいさんは怪訝そうな顔をして私がすることを見守っていたのだけど、フレンの「帝国の技師よりは信頼できる方です」という言葉にしぶしぶ納得したようだった。
 直しながらふと、アスピオにいる友人を思い出す。彼女がこれを見たら、なんていうかしら。きっと"魔導器に対しての愛がないわ!"なんて言って怒り散らして、すぐに直してしまうだろうけれど。それからきっと勝手に変な公式を組まれないようにすることだって彼女ならできるだろう。まあ、私にはそこまでの技術はないから少し公式を手直しして、きちんとした出力にしてあげるしかできないけどきっとそれで充分だろう。時間があるときにまた彼女には見てもらえびのだ。


「…こうして、こうね。出来たわ」


 言ってモニターを閉じれば、あふれ出していた水はぴたりと止まる。ごぼごぼご、という音が噴水からすれば、しばらくするといつものようにさあさあと噴水から水が出だした。それに水かきをしたいた人たちも、砂袋を運んでいた人たちも安心したように肩から力を抜いた。あふれて溜まっている水は、水抜きようの穴が下の水路まで伸びているようだし放っておけば勝手に抜けるだろう。


「すごい…」
「いつもの技師ならしばらく水は出たまんまだぜ。すげーなおまえ」
「その技師の名前を知っていたら教えてほしいところだけど…」


 まあ、一度屋敷に戻って…いや、どうせ明日はどこかの屋敷で晩餐会か何かがまた行われるはずだからそこでヨーデルに会えばそれとなく聞けばいいだろう。母ではなく私が呼ばれるということは皇帝家に連なっているエステリーゼやヨーデルもきっと呼ばれているだろうから。それにシエルももうすぐ帰ってくると手紙に書いてあったから調べてもらえばいいのだ。


「…とりあえず、今日は帰ろうかしら。あまり長居はしないほうがいいみたいね」


 ぼそりと呟いて、濡れた前髪をよける。ひそひそとまわり、というよりも遠巻きに見ていた女性たちが私を見て何か話しているのを見て大分水のひいた水溜りから出る。ブーツからじゅぶじゅぶという水の音が歩くたびにするのが少し気持ち悪かった。


「ありがとうオリヴィア。けどそのまま屋敷に帰るわけにはいかないんじゃ…」
「それはこっちの台詞だわ、フレン。あなたそれで騎士宿舎に帰ったら貴族出の騎士に何を言われるか分からないわよ」
「それは…でも、僕はともかく」
「あら、うちの使用人は優秀な人材ばかりよ?私が全員選んだんだから」


 にっこり笑って、水がぼたぼた落ちるワンピースの水を絞る。ユーリが近づいてきて、どこから持ってきたのか私にタオルをかぶせると「さっさと帰って風呂はいるんだな」と笑った。ラピードも足元で私を見上げると「ワン」と鳴く。


「タオルは今度また持ってくりゃいいから風邪引く前に寝るんだな」
「…ありがとうユーリ。フレン、服乾かすならうちにいらっしゃい。今日は母も出かけているし、使用人しかいないから」
「え?いや、でも」
「じゃあ、またね、ユーリ。今日はありがとう」
「ん?いや、オレも面白かったから別に。フレン頼むな」
「ええ」


 ユーリと私の会話に、フレンが小さく「立場が逆のような」と言ったけれどそれを無視して私はフレンの手を引いて貴族街への道を進んだ。


20100805
20130715

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