暇だ。煌びやかな場所で煌びやかなドレスや服を着て談笑をしているその光景を見てため息をつきたくなるのをぐっとこらえる。シエルはいるもののいつもべったりとくっついているわけにもいかない。暇で面倒くさいこういう晩餐会も、表だった自分のイメージを植えつけたり維持したりするのには必要なことだ。
背筋を伸ばしたままゆるりと視線をそのパーティ会場になっている広間へと向ける。一通りの挨拶は済ませて逃げるように会場の隅で静かにしているのだけど、こうやって見てみるとやたらと警備の騎士の数が多いように感じる…何かあるのだろうか。そう思うものの、聞けるような人は近くにはいない。居るのはせわしなく動くボーイやメイド、それに休憩をしている貴族たちだけ。シエルに聞いてもきっと知らないだろう。城の騎士たちからは私専属だという意味合いで、あまり好かれてはいないようだし。
ヨーデルやエステリーゼは居たけれど話せるような雰囲気ではなかった。貴族たちのあいさつ回りに振り回されていたようだし…彼らは適当に切り上げられないから、長話にもお付き合いしてあげているのだろう。
思いながら注いでもらったジュースを口に運ぶ。そのままわからないように視線を広間にめぐらせば、居るのはシュヴァーン隊の騎士とアレクセイの親衛隊、そして少しのキュモール隊と…あとはよく分からないけれどちらほら他の隊の騎士もいるようだった。そういえばアレクの青髪も視界の隅で見た気がするか。いつもなら小隊が三隊くらいしかいないけれど…多い。
「ねえシエル」
「はいっ」
「やたらと騎士が多いわね。…何かあるの?」
知らないと思っても一応、と思ってシエルに聞いてみればシエルは少しだけ視線を広間へ滑らせて、それから気づいたように緑色の目を伏せる。それから形式ばったおじぎを軽くすると私のうしろへと視線をむけた。
「オリヴィア。ここに居たんですね」
「…ヨーデル?どうか…」
「いえ、姿が見えなかったので探していただけですよ」
人ごみを縫うように、けれどどこかあわてたようにやってきた金色に私は首をかしげていた。さっきまで貴族達に囲まれて穏やかに話していたのにどうしたのだろうか。そう思ってグラスを置いて近づけば、ヨーデルはエスコートするように自然な動作で私の手をとる。いつもどおりのそれに私もいつもと同じように手を差し出せば、ヨーデルはにっこり笑って、けれどすぐにまじめな顔になると声を小さくする。うしろをシエルがついてきているのを確認して、シエルにも聞こえる程度の声だったけれど。
「アレクセイからの情報です。暴動の起きる可能性が高い、と」
「…暴動?」
「というよりも、騎士団が以前から目をつけていた組織が動いているとか」
「…それで私たちだけ逃げるのかしら?」
「万が一に備えて、と。すみません、こういうことが嫌いなのは重々承知ですが…」
私やエステリーゼと同じ色をした若草色の瞳が伏し目がちになって、申し訳なさそうに閉じられる。それに私は苦笑をして、ヨーデルの手をしっかりとってゆっくりと歩き出した。以前にも、何度かこういうことはあった。住民からの税金で贅沢な暮らしを送る貴族を狙う強盗、というよりも暴動だろうか。実際確かに狙われるところは多い。皇族がいる時に狙われることはあまりないらしいけれど、今回は当たってしまったか。大抵は大きなことになる前に見回りの騎士団がなんとかしてしまうけれど、今回もきっとそうなるだろう。けれど私やヨーデル、それにエステリーゼといった国の要人はそれとなく安全な場所に避難させられてしまう。エステリーゼがいないところを見れば、彼女は一足先に行ってしまったのだろう。
「ところでヨーデル」
「はい?」
「以前、下町の水道魔導器が故障したのはご存知かしら」
「ええ、フレンが技師を探していましたし…あ、フレンというのは」
「知ってるわ。最近仲良くしているの」
小さく笑って言えば、ヨーデルは「そうなんですか?」と同じように小さく笑った。後ろのシエルが不思議そうにしているのを感じて、そういえば言ってなかったかしらと考える。できるだけ小声で話しているから特にまわりの貴族には聞こえていないだろうけれど、あまり素を見せないように笑顔だけはお上品につくろっておく。
「その技師の名前、ご存知?」
「技師の?…いえ、僕は…」
「そう」
「何かあったんですか?」
「…ついこの間も魔導器が壊れたのよ。私が直したけれど、公式も何もあったものじゃなかったわ。ぐっちゃぐちゃで」
「そんな…」
心底驚くヨーデルを見て、言うんじゃなかっただろうかと一瞬思う。人一倍、人の心の動きに敏感だし、彼も貴族たちだけでなく市民街や下町の人たちのことをよく気にしてくれているし。けれど情報の共有をしておけばそういうことは次からなくなるかもしれないからまあいいか。そう思って広間の大きな扉の前に差し掛かれば、ふっと後ろで何かが動く音がする。それになんのけなしに後ろを振り返れば、そこにはボーイ、の格好をした男が手にきらりと光る何かを持って、それをこちらへ振りかぶってくるところだった。一瞬身動きができずにいれば、すさまじい悲鳴が周りから上がる。それにびくりと体が動いて咄嗟に後ろに下がれば、振り下ろされてきたきらりと光る何か――短剣は私の居た場所へおろされた…けれど、それも途中までではじかれるように男は後ろへと飛んでいく。私と男の間に滑るように入ってきたオレンジ色の髪に、私はほっと息をついた。
「シエル…」
「逃げてください姫様、とりあえず殺さない程度にはしとくんで」
にっこりと場にそぐわない笑顔でシエルはそう言うと、私とヨーデルを守るように…いや、多分ヨーデルのことなんて考えていないだろうけど、守るように向かってくる男たちへと剣を振り下ろしていった。その後ろ姿を見ながら、そばにいたヨーデルへと視線を向ける。シエルが加わったのだから早くに組織の取り押さえもできるだろう。それなら私たちは邪魔なだけだから早く安全な場所へ行ったほうがいい。…囮にされて、騎士たちを困らせるようなことになってはだめだ。自分たちだけ逃げるのは気が引けたけど、今はそれが一番だろう。
そう思ってヨーデルに話しかけようとすれば、背後にメイドが立っているのが目に入った。その手には鋭く光る刃物。気づいた時にはメイドはすぐ近くに居て、シエルは女がいるほうとは逆。ヨーデルにゆったりと向かってくる女を見て、私はヨーデルの腕を引いて、彼をかばうようにしていた。それから無意識のうちに自分の手の中へとエアルを集めれば、ヨーデルがハッとしたように「オリヴィア!」と私の名前を呼ぶ。その言葉にハッとして、エアルを集めるのをやめた。と、同時、女の剣先が私の腕をかする。驚いて飛び退けば、一瞬遅れて細く血が腕に浮かんだ。
こんなところで"力"を使ってはのちのち面倒なことになるのは目に見えているのに。皇族にしか仕えない"不思議な力"というものがある。エステリーゼやヨーデルにもそれはあるものの、その力が顕著に発達しているのがエステリーゼや…私だ。エステリーゼが治癒術に発達しているのだけれど、私の場合だと攻撃の方向へとその力が発達している。エステリーゼの力はまだ知識のある人がみないと分からないけれど、私の場合――。
「両殿下!お逃げ下さい!」
広間に、叫び声の合間の縫ってアレクセイの声が響いた。気付いた時には回りにもボーイやメイドの格好をした、ナイフを持った人たちがところかまわず暴れているところで。騎士団が応戦しているからすぐに方はつくだろうけれど、アレクセイの声はあせったようにまた私たちを呼ぶ。「両殿下!」アレクセイの場所は遠い。ふと目の前に居た男たちへと視線を向ければ、男は短剣を逆手に握り振り下ろしてくるところだった。「姫様」とシエルの焦ったような声が聞こえて。
咄嗟に私のそばにいたヨーデルが私をかばうように前に出る。けれどそれよりも早くにヨーデルと男の間に飛び込んだ金色とオレンジに、私は思わずその名前を呼んでいた。ザッ、という人の皮膚を裂く音と、剣を弾き飛ばす音がした。
「――フレン…シエル…!」
「ッ…ソディア!今だ!」
「はあぁッ!」
飛び散ったのは鮮血。一瞬誰の血か分からずにぽかんとその様子を見ていたら、倒れたのは男だった。飛び出してきた女騎士に切られたのか、シエルに切られたのか。ナイフを持ったままその場に伏せると何事かぶつぶつ言っていたけれどすぐに飛んできた親衛隊に連衡されていく。それを見たアレクセイも安心したのか、私とヨーデルのところまでたどり着くと「お怪我は」と私たちの顔を覗き込んだ。あっという間だったけれど、騎士団の活躍で暴れていた人たちは連れて行かれたのだろうけど。
「私は大丈夫です。ですがオリヴィアが…」
「!オリヴィア様、今すぐ手当てを…」
あわてたように私の背中に手をそえたアレクセイ。そういえば左腕を切られていた。けれどなんとなくフレンたちのほうへ視線をやれば、ぽたりぽたりとフレンの腕から落ちる鮮血に気付いて、私はそちらへ無意識のうちに駆け出していた。ヨーデルとアレクセイが私の名前を呼んだけれどお構いなしにフレンへ近づけば、フレンが驚いたように私のほうを振り向く。話していたらしい女騎士も、私のほうを見て、そして小さく一礼。フレンのそばにいたシエルが私の血が浮く腕を見て、見たことのないような表情をした。怒っているような、今にも傷をつけたあのメイドを探してころしてしまいそうな。だけど「シエル」と優しく名前を呼んでやれば、何か言いたそうにしたシエルは、だけどすぐに私の側へ控えるようにたたずんだ。
「オリヴィア様?どうか…」
「…怪我、したの…?」
「かすり傷ですよ。私の心配はなさらな…オリヴィア様こそ怪我を…!」
驚いたように私の手をとるフレンを見て、ちらりと隣の女騎士と他の騎士たちを見る。強くはなかったようだけれど、人数がいかんせん多かったのだろう。ずいぶん疲弊しているし、怪我をしている騎士や貴族も何人かいるようだった。怒鳴り散らしている貴族をなだめる騎士の姿も見える。プライドの高い貴族が怒鳴り散らしているのだろう。なぜ自分がこんな目にあわねばならないのだ、といったところだろうか。騎士もそれでなくても忙しい身、あんな貴族につかまって仕事ができないのでは元も子もない。
「…あまり大きな治癒術は得意じゃないのだけど」
「え?」
「――生命の息吹をここへ、リザレクション!」
少し大きめの声で言えば、広間いっぱい、ではないにしろ足元に魔法陣が浮かぶ。それは私が詠唱し終わったと同時に暖かい光を放って、静かに消えた。それに静まり返る広間。怒鳴り散らしていた貴族も、なにが起こったのか分からなかったのかぽかんとしたように自分が怪我を負った場所を見ている。もう治してしまったから、形もないだろうけれど。
「みなさん、どうか落ち着いて。騎士団が暴動を起こした方々を全て連れて行きました。もうここは安全でしょう。…怪我のある方はどうぞわたくしのところまでいらしてください。治癒術の心得は、ごらんの通りございます」
落ち着けるように、けれど少し大きな声で言えばしんとした広間にはよく通ったようだった。
「騎士団のみなさんは、どうか事態の鎮静を。窓から逃げられた方もいらっしゃるようです。市民に危害が出る前にどうか捕まえてください…アレクセイ。わたくしたちは大丈夫です、行ってください」
「しかし、姫様…」
「騎士を少し置いていってくだされば、護衛には充分でしょう。市民に危害が出る前に、アレクセイ」
少しだけ睨むように言えば、アレクセイはちらりとまわりを見て、私に一礼をした。ヨーデルにも一礼をすると、私の後ろにいたフレンの名前を呼ぶ。「ここは君に任せる」と言うと、親衛隊をつれて屋敷の外へ飛び出して行った。それを引き金にしたのか、また広間にざわざわという声が戻ってくる。怪我もさっきのリザレクションで大方完治したのか、それとも"私"が治すと言ったことに怖気づいたのか近づいてくる人はいなかった。ヨーデルが私にそろそろと近づいてきたくらいだ。
「…相変わらずですねオリヴィア、僕にはできない芸当です」
「騎士の邪魔をしては元も子もないわ。それに市民に危害が出ても…あまりいい気持ちはしないし。自分のことばかりね、貴族って」
こういうところもあまり好きじゃないわ。と小さくこぼせば、ヨーデルが小さく困ったように笑って、うしろにいたフレンが困ったように「オリヴィア様」と私の名前を呼ぶ。そこでハッとして、女騎士の存在を思い出した。そういえば居たのだ。ソディア、とフレンは呼んでいたからそれが名前なんだろうけれど。
そろそろとソディアのほうを見てみれば、どうすればいいのか分からないような表情をしていた。紫色の猫みたいな瞳がきょろきょろと困ったようにゆれている。それに小さく笑って、まあいいかとため息。
「…秘密よ、ソディア」
小さく笑って言えば、ソディアは面食らったような顔をして、だけどすぐにあわてたように頭を下げる。「は、はい」といわれたそれにくすくす笑って頭を上げてもらう。
「私たちはエステリーゼのところへ行きます。あとは任せても平気かしら」
「はい、おまかせください」
言ったのはソディアで、フレンも同じく頷いた。それを見て、私はヨーデルのエスコートでエステリーゼが居る部屋へと行くことにした。アレクセイが帰ってくるまでは、動かないほうがいいだろう。ヨーデルにエスコートされながら、シエルが複雑そうな表情でついてきているのを見て内心苦笑をする。そういえば、シエルと会ってから怪我をしたのははじめてだったんだろうか。
20100811
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