「オリヴィア…怪我を…!?だ、だいじょうぶです!?」
「エステリーゼ、そんなに慌てなくても」
シエルと一緒にエステリーゼの居る部屋へと入れば、一番にエステリーゼが私の左腕の怪我、というよりも血を見て顔を真っ青にさせた。それに笑いながら大丈夫だと言うけれど、エステリーゼは「万が一のことがあります」と言ってきかず、血をきれいにふきとって「ファーストエイド」と小さく唱える。それからじっと傷も血もなくなった私の左腕を見てほっと息をついたのがわかった。心なしかヨーデルも落ち着いたように「よかった」と小さくつぶやく。そんな二人を見ながら、シエルはそっと部屋の隅、ドアの横へと佇んだ。こういった場でのいつもの定位置だ。エステリーゼもヨーデルもいつものことなのでシエルを気にもとめない。
「二人とも大げさね。短剣がかすっただけよ」
「それでも早く治療をしないと化膿したりしますよ、オリヴィア」
「それはそうだけど…」
「やっぱり、"野党"が来たんですね。わたしがもう少し広間へ居れば怪我の手当てだって……」
「いいのよエステリーゼ。あなたにも怪我がなくてよかったわ」
「そうですよ、エステリーゼ」
野党、と言ったエステリーゼに心の中でため息をついた。大方アレクセイがそう言ったのだろう。暴動、という事実ではなく"野党"という曲がったことを伝えた。
評議会と騎士団の抗争に巻き込まれるからとお城に軟禁をされているエステリーゼは城から出たことはないし、出られたとしてもこういった晩餐会やパーティでだけ。ヨーデルも似たようなものだけれど、彼は皇帝候補の中で唯一の男性だということもあって、色々なことは伝えられている。ヨーデルもエステリーゼも、そう、城や貴族の屋敷、そして馬車の中から見る景色以外の場所を知らない。
だからこそエステリーゼに、暴動や帝国に対する反乱組織のことは極力伝えられないのだ。純粋な子だし、何よりも外の世界を知らない。だからこそ私は伝えるべきだとも思うのだけど、純粋すぎる子だからこそ、きっと伝えてしまえばショックを受けるだろうしもしかしたら外へ飛び出していってしまうかもしれないのを回りは危惧しているのだろう。一度外へ飛び出してみてもいいとは思うのだけどまわりがそうはさせないし、まだ、エステリーゼにとってはその時期ではないだろうというのは私にもわかるけれど。
「そういえばオリヴィア、水道魔導器のことを言われていましたけど下町へ行ったんですか?」
「……内緒よ、二人とも。孤児院にフレンと一緒に行って、そうしたら水柱が上がるものだから」
ヨーデルが椅子を引いてくれたためにお礼を言ってそれに座れば、同じく椅子に座ったヨーデルが首をかしげてそう聞いてきた。細やかな気遣いをヨーデルはよく気付いてしてくれるけれど、昔からのことなので私たちの間ではこれがふつうになってしまっている。
「えっ……!?大丈夫だったんです?水柱なんて……」
「一応術式の手直しはしたから平気よ。……まあ、私の前に”一応”直したという技師は追々探すことにするわ。アレクセイにでも言えばすぐに見つけてくれるだろうけれど下町に言ったなんて言えないものね」
アレクセイ自身は下町や市民街の人たちに差別のような心は持っていないことは知っているけれど、この場合私が下町に一人で行ったことを咎められるだろう。シエルがついているならまだしも、シエルはまだ戻っていなかった時だ。怒られることは慣れているし、もし怒られてもかわすことはすんなりできる自信はあるけれど、あまり面倒ごとをおこしたくない。それにアレクセイは、あまり得意では、ない。
「……アスピオから知人に来てもらおうかしら。しばらくは大丈夫だとは思うけど、見て欲しいわね」
「帝国から要請しましょうか?」
「ああ、いいのよ。そういうこと嫌う子だし。そのうち視察でも行った時にでも話してみるから」
そろそろ帝都でじっとしているのも飽きてきたし、視察にもしばらく行ってないからせめてハルル……いや、カプワ・ノールくらいまでは足を伸ばしたい。この際シエルと二人がいいなんてわがままは言わないから、護衛はいるだろうけれど、それでも帝都でじっとして見張られているよりかは幾分かいいだろう。まるで籠の鳥のようなこの場所よりは。
それに報告にもあったけど港の様子、というよりもラゴウの様子が少しだけ気になるし。あまりいい噂をきかないから一度何も言わずに行ってみたいけれどあそこまで行くとなればやっぱり護衛はつけられるし、連絡だってされてしまう。税を多くとっていたり、部下に対する仕打ちや…街人に対してもよくない噂ばかりだ。噂といえばヘリオードにも行きたい……けど、一度帝都の外に出ただけじゃヘリオードまでは行けないか。
「……不便ね」
「?なにがです?」
「私たち。力はあるのに、帝都から出ることすら難しいものね」
目を伏せて言えば、エステリーゼもヨーデルも黙りこくってしまう。成人をしていない私たちは、どうしても、"大人の意見"に踊らされることが多い。評議会と、騎士団……アレクセイはまだいいけれど、帝都から出ることでさえ彼らの承諾がいるのだ。
まるで結界という安全な籠に守られた、鳥のようだわ。
20100814
20141020
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