立ち寄ったハルルで、珍しくも全員に時間ができた。各々好きなことをして過ごすのがこのメンバーの常であるため、オリヴィアはこちらもたまたまハルルに居たルイスと情報交換をしたのち、ハルルを一人歩き回ることにしたのだ。
ついて行くとうるさいシエルとルイスは「あなたたちだって交換するべき情報があるでしょう」とのオリヴィアの一言で置いてきていた。
村はそこまで広くなく、ユーリたちもいるためにシエルもルイスも渋々とオリヴィアの一人歩きを許したのだが、情報交換もそこそこにすぐオリヴィアを探しに来るだろう、というのもオリヴィアは分かっている。
それまでにふらふらと自分の目で民を見て、村を見て、困っていることは無いか、等々を尋ねて回っていれば、急にポツポツと雨粒が落ちてきた。
一気に暗くなる空を見上げながら、オリヴィアは慌てたように洗濯物を取り込んだり、走って家の中へ入る村人を見送る。この調子だと酷く降るだろう、とあたりをつけて、宿に戻ることにしたのだが。

「オリヴィア! 早く戻んねーと風邪ひくぞ」

オリヴィアが宿にたどりつくまえに、雨は本降りになったのだ。こうなってはもう濡れ鼠状態である。
今更どこかで雨宿りをしたところでびしょ濡れなことに変わりはなく、急いで戻ったところでどうにもならないと思ったオリヴィアは、走るのをやめて歩いて宿に戻ることにした。

「今更慌ててももうびしょ濡れよ、ユーリ」
「そりゃそうだけどな。あとでシエルとルイスに説教されるんじゃないか?」

宿が見えてきたあたりで、ばしゃばしゃと水たまりを蹴りながら走ってきたユーリにオリヴィアは腕を引かれ、早足で宿に入ることになった。
ユーリもどこかを歩いていたのか雨に降られたらしく、オリヴィアと同じように上から下までびしょ濡れの状態だ。自分もびしょ濡れはあるが、ユーリは気休め程度にオリヴィアの雨で張り付いた髪の毛を頬からよけたりしている。
ユーリが世話焼きではあると思っていたオリヴィアだが、まさか自分にまでそんなことをするとは思っておらず、ふふふと笑みをこぼしてしまった。それにユーリは特に何も反応はしなかったが。
宿に入るなり女将がタオルを二人分渡し、風呂に入るようすすめた。まだほかのメンバーは誰も戻っていないとも言われ、どこかで雨宿りをしているのだろうとオリヴィアも思う。

「ユーリ、あなた先にお湯を使って。私よりよっぽど濡れてるわよ」

オリヴィアもそれなりに濡れているのだが、ユーリのほうがひどい有様だ。雨水を蹴りながら走っていたからだろう、ズボンは泥こそついていないが見るも無残な様である。洗濯直後でズボンをはいたのだと言われてもなんら不思議ではない。

「あー、オレはあとでいい。そんなに冷えてもないしな」

数人で一室とった宿である。全員同室なこともそう珍しくないため、オリヴィアはちらりと部屋に備え付けてある浴室を見て、それからユーリを見る。
髪が長いことも含め、女であるオリヴィアのほうが入浴にかかる時間は長い。それであればユーリが先に入った方が効率はいいだろうと思ったのだ。

「私のほうが長いわよ。あなたが先に──」

言いかけて、オリヴィアは思わず言葉をとめた。視線の先にいたユーリが、タオルを頭からかぶったままではあるが上着を勢いよく脱いだのだ。さすがにそこに放置できるものではないため「脱衣場にだけ置かせといてくれ」と言いながら、そのびしょ濡れの上着を脱衣場にある籠へと放り投げた。上半身は裸である。
そのまま部屋の中へ戻ってきたユーリだが、ふと、オリヴィアが静かになったことに気づいて、つ、と視線をオリヴィアへと向けた。
その視線に気づいたオリヴィアが、ユーリから視線をそらしながらも「あなたが先に入ったほうがいいわ」とだんだん小声になりつつ言う。いつもの喋りではないそれに、ユーリが「オリヴィア?」とオリヴィアに近づいた。
視線をそらしたまま、オリヴィアはユーリが近づいた一歩を同じだけ下がる。もう一歩ユーリが近づけばまた下がる。それを三度繰り返し、さすがにおかしいと思ったユーリが首を傾げ、もう一度オリヴィアの名前を呼ぶが視線が合うことはなく。
よくよく見てみれば、オリヴィアの視線はどこか所在なさげにうろうろとして、ユーリを見ようともしない。そして近づけばその分逃げられる。
そこではた、とユーリはひとつ思い当たることが出来て、まさか、という気持ちとともに一定の距離をあけられたまま、オリヴィアに「もしかして」と呟いた。

「……照れてる?」
「照れてるわけじゃないわ。……どこを見たらいいのか、わからない、だけで……」

またも尻すぼみになっていく言葉に、ユーリは自分の胸の奥で何かがじり、と焼けるような感覚になった。心臓のもっと奥がしぼられるような、けれど不愉快ではない感覚だ。
オリヴィアは未だにユーリを見れず、あさっての方向へ視線をやっている。けれど顔を見て話さないのは失礼になると思っているのか、うろうろと視線はさ迷っているのだが。

「ふうん」

今までに見たこともない、オリヴィアの‘女の子 ’らしい反応に、ユーリの中でむくむくとイタズラ心が芽生える。

「シエルやルイスがいるから見慣れてんのかと思ってたんだけどな」

言いながら、ゆっくりではあるがオリヴィアと距離をつめる。と、やはりオリヴィアはその分後ろへ下がっていく。が、数歩下がったところで、オリヴィアは壁に到達してしまい動くことが出来なくなった。
さすがにまずいと思ったらしいオリヴィアだが、ユーリが自分をからかっていることもおおいに理解をしているため、視線をそらしたままではあるが逃げることは諦めたらしかった。

「あの二人は、私の前で裸になったことなんてないわ……。だ、だからさすがに、男性の裸なんて、見る機会はないのよ……」

雨音で消されてしまいそうなほど小さな声だったが、至近距離にいるユーリにはオリヴィアの声はよく聞こえた。そして至近距離にいるからこそ、オリヴィアの耳が赤みを帯びているのもよく見えた。
可愛いとこもあるんだな、と心の中だけで思ったユーリは、オリヴィアが背にしている壁に自分の右手をつく。ぐっとつめられた距離と、否が応でも目に入るユーリの上半身に、いよいよもってオリヴィアは目を閉じてしまった。耳だけではなくどうやら頬も赤くなってしまっている。
シエルはともかくもして、ルイスは貴族の男性である。未婚女性に裸を見せるなどもっての外であり、それがさらにオリヴィアともなれば失礼にあたると思っている節がある。シエルはシエルでオリヴィアにそんなもの見せられるわけがないと思っているため、野宿をしようと何があろうと、裸などになったことはないのだ。

「ゆ、ユーリ! 本当にこれ以上は目のやり場に困るから、早くお湯を使ってきて」
「オレはあとでいいって。オリヴィア先に入れなかったらあとでシエルとルイスにどやされるしな」

言いながら、空いた方の左手で、ユーリは乱れたオリヴィアの髪を耳にかけてやる。いつもは柔らかくウェーブがかっている髪も、びしょ濡れのせいでほぼまっすぐの状態だった。
ユーリが触れた瞬間にびくりと揺れたオリヴィアの肩に、イタズラ心とはまた違う気持ちがふつふつとわいたのがわかったが、ユーリはそれに気付かないふりをしてふっと笑う。
貴族界では、月の精霊だ大輪の薔薇だと褒めそやされるらしいと聞いていたオリヴィアも、今のユーリから見れば普通の女の子であった。年相応に照れて、頬を赤くし、ユーリという男の行動で簡単に思った通りの反応をする。
何事にも先読みに先読みを重ね、いっそ年相応には見えないと思っていたオリヴィアの、新しい発見だった。

「あんまり目閉じてるとキスされても仕方ないぜ、オリヴィア」

からかい口調で言ったが、オリヴィアはぱっと目を開けると、思わぬほど至近距離にあったユーリの顔と体にやはりぱっと赤面をした。逃げることも頭にないらしいそれに、ユーリは喉の奥でくっくっ、と笑って、オリヴィアの額にかかった張りついていた髪をていねいに避けてやる。
オリヴィアの額に自分の手をあてたまま、何か反応する前に、そっと自分の手の甲に唇をおしつけてやった。
直に触れた訳では無いにしろ、みるみるオリヴィアは真っ赤になると、ぱくぱくと何度か唇を動かすがそれは音にならず。
目を細めてユーリは笑い、そのままオリヴィアの背に手をあて、浴室の方へと押しやれば、オリヴィアはふらつきながらもよろよろと大人しくユーリに従った。

「ちゃんと温もって出てこいよ」

ぱたん、とドアをしめてしまえばもうオリヴィアが出てくることは無いだろう。しばらく眺めていたドアが開かないことを確認して、ユーリがズボンだけでも着替えるかと思ったところで、静かだった浴室からがたん、と何かが落ちる音と「ばっ、ばか!」というオリヴィアの、きっと赤面しながら言ったのであろう声が聞こえ、ユーリはしばらく笑っていた。
 

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