市民街にも下町にも溶け込めるような、ベージュの簡素なワンピースを着たオリヴィアは、大きなバッグを肩にかけて市民街の広場にある噴水前に立っていた。いつもはおろしている髪も、目立つからと、ひとつの三つ編みにしてまとめている。
 抜けるような青空と、暑くも寒くもない気温に満足しながら、オリヴィアは足取りも軽く貴族街の抜け道を使いここまで下りてきた。フレンとの待ち合わせの時間には若干早いが、街の様子を見たかったがためなのだが。
 噴水前にあるベンチに腰掛け、行きかう人たちの様子をじっと見る。
 時々会話に耳を貸して、あれが足りない、こうなったらいいのに、などという市民の直の声を






 母が見たら卒倒するようなワンピースを着て、私は市民街の噴水前に居た。卒倒するといってもそこまで露出があったり奇抜だというわけではない、いたって普通の、市民街に着ていっても全く違和感のないワンピースだ。けれどあの母のことだろう、市民と同じようにふるまう私のことを怒るでもなくきっと倒れてしまう。実の娘が、"あの"皇帝陛下の娘である私がこんな格好で外に出ていると分かればきっと倒れるだろう。ドレスや豪華な服なんかよりも、私はずっとこの服のほうが動きやすくて好きなのだけど。

「オリヴィア、もう来ていたのかい?」
「ええ、市民街は久しぶりだから早く来てしまったみたい。あと、子どもたちに絵本も持っていきたくて」
「絵本?」

 あわてたように走ってきたフレンに小さく笑って、首をかしげられたそれに私は持っていた大きめのバッグを少し上にあげる。何冊か絵本をいれてきたそれは見てくれももちろん重そうだし、重量はたしかにずっしりと重い。それにフレンが「持つよ」といってくれたのだけど、それに首を横に振って私はそのバッグを肩にかける。

「いいわ。私が持っていってあげたいから。…ユーリ・ローウェルさんはまだお城?」
「え?あ、ああ、多分。帰ってきたら宿までとは一応言ってはいるけど」
「なら、悪いけど私は少し孤児院に行ってくるわね。フレンは下町の宿で…」
「え?僕も行くよ」

 心底不思議そうに首をかしげて言われたそれに、私も首をかしげていた。頭の横でひとつに結った髪がその拍子にさらりとゆれた。フレンも来る?

「というより、孤児院って?」
「…え、あ…言ってなかったかしら。私、市民街に孤児院を建ててるの。時々様子を見がてら絵本や玩具を持っていくのだけど、丁度いいから今日行ってみようかと思って」

 なんとなく言うのが気恥ずかしくてうつむきがちに言えば、フレンはおかしそうに、だけど優しく笑って「そうなんだ」と言う。あんまりにもその顔が優しくて、私は思わずフレンをぽかんと見上げていれば、フレンは私の手を引いて歩き出した。孤児院のある方向に歩くそれに私は不思議に思って「知ってるの?場所」とたずねれば、フレンは「帝都にひとつしかないからね」と笑った。


「あー!オリヴィアねーちゃん!」
「ほんとだあ!おねえちゃんだあ!」

 孤児院に入ったと同時、庭で遊んでいた子どもたちがうれしそうに私にまとわりついてきた。どろだらけだったけれどそれに笑って頭をなでれば、子どもたちはきゃっきゃとはしゃぐように私の手を引く。フレンが困ったように私を見ていたのだけど、いきましょう、と声をかければ恐る恐るといったように孤児院の庭へ足を踏み入れる。そうすれば私の周りにいる子どもたちの数人がフレンに楽しそうにまとわりついていた。

「レベッカ、園長先生は?」
「せんせい?アンせんせいならねえ、お昼の準備してる!」

 私の右手を引く子ども…レベッカに園長の場所を尋ねればお昼の準備をしているらしかった。他の先生はいるから今日はアンが食事当番なんだろう。子どもたちと遊んでいる先生たちに会釈をしてから私はこの孤児院の園長であるアンを探すために孤児院の中へと入る。子どもたちも来るのか私やフレンにまとわりついたまま離れようとしなかった。

「なーなー!兄ちゃんもしかしてオリヴィア姉ちゃんのカレシ!?」
「えっ!?いや、僕はっ…」
「おねえちゃん、カレシいたの?いいなあ!」
「えー!おねえちゃんのカレシってシエルでしょー!」
「ばか!シエルは"オリヴィアさまの犬"って自分で言ってただろ!」
「ルイスじゃないの?」
「カイだってカレシかもしれないでしょー!」

 きゃあきゃあはしゃぐ子どもたちの中の一人がフレンにたずねれば、フレンは真っ赤な顔をして子どもをぽかんと見つめていた。子どもよりもフレンのほうが初々しい反応をするのに苦笑をして、私はフレンにまとわりつく子どもの一人の頭をぽんと押さえる。茶色の柔らかい髪が手にここちいい。というかシエルは子供たちになんてこと教えてるのかしら。教育上よくないしそんな言葉教えなくてもいいじゃないの。

「ビリー、あんまりお兄さんを困らせちゃだめよ」
「えー、でもさー」
「それにビリー、あなたこの間来た時私のことお嫁さんにしてくれるって言ってたのに、私がカレシなんて連れてきても良かったの?」
「そっそれは…駄目、だけど…」

 赤くなって顔をうつむかせた少年に、私はまた笑ってぽんぽんと背中をたたいてやる。優しく笑って、視線をあわせるようにしゃがんで床に膝をつけば、ビリーはおずおずと私に視線を合わせる。

「ほら、男の子ならしゃんとして。お嫁さんは誰にも渡さないぞー!くらい言ってたほうがずっとかっこいいわ」

 そう言ってまた背中をおしてやれば、ビリーはぱっと顔をあげて「うん!」と笑うと、フレンに一回タックルをして風のように庭のほうへ走っていってしまった。それにつられるようにして他の子どもたちもビリーを追いかけて庭に出て、長い廊下には私とフレンだけになる。フレンはぽかんと、だけどどこか面白そうに私を見ているところで。

「…なあに?」
「いや、子どもが好きなんだと思って」
「…そうね、好きよ。まっすぐだし、純粋だもの」
「そっか」
「ええ。…行きましょう、食堂はあっちだから」

 言って、フレンの先を歩いて食堂へと行くことにした。
 

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