この少女にはじめて会ったのは、まだこの少女が自分の副作用をきちんと使いこなせていない時分だったと思う。ボーダーも確立しておらず、けれどまだ幼かった彼女は最初からその場に立って戦っていた。身の丈以上の武器をふるい、人並み以上に強く、迷いない線を描きながら躊躇なくその鎌を振り下ろしていたのに驚いたのはもうずっと昔だ。
四年半前、ボーダーがきちんと組織として確立したころにやっとちはるは自分の副作用の制御方法を見つけた。というのも、ちはるはその能力ゆえにあまり人と接することもできず、食べ物さえも受け付けず今よりもずっと痩せ細っていたしそれこそ本当に死神のようだったと思う。人を寄せ付けず、自分から近づく人間もごくわずか。両親にさえあまり近づかなかったのだ。
人の考えていることを読み取る能力。それはきっと途方もないほど、幼い少女の精神を擦り減らしていったのだろう。力が強すぎるためか、人、生き物におさまらず、彼女はたとえば無機物であるものの情報でさえ読み取れることもあるのだと言う。考えを読み取る、というよりも情報を読み取る能力というのがいいのか、それとも無機物にさえ心があるというのかはよくわからない。人の考えていることを読み取る能力が強く作用してのそれなのかもしれないが。ちはるのたっての希望で、彼女の副作用のことはごく一部の人間しかしらされていない。昔からその力のせいで気味悪がられ、人が遠のいていき、両親でさえも彼女の扱いに手をやいたという。
そんなちはるが能力を制御できるきっかけをつかんだのは、あまりにちはるが食べ物を受け付けないため、せめてもと思って持ってきたチョコレートを食べたときだった。甘いものすらうけつけず、いつも食べるものといえば、高カロリーのファーストフードのようなものを少し。このままだと長生きはできない。余命宣告すらうけそうだったちはるをなんとかしようとあの頃は、あのころのメンバー全員でどうにか食べさせよう、能力を緩和させようと躍起になっていた。栄養価の高いものや高級なおいしいもの。いろいろと持ちよっては食べさせていたもののやはり受け付けることはできなかったちはるが、100円や、その程度で買えるようなチョコレートを食べた瞬間に見たこともないような表情をした。ボーダー内でもちはるが近づく人間はごくわずかであり、ちはるが自分の能力を自分から話す人間もごくわずかだった。その能力ゆえにちはるは信頼できる人間にしか自分の能力のことは話さなかったのだろう。
「きこえなかった」
「……?ちはる?」
「声、一瞬、きこえなかった」
小さな声で言うちはるは、おそるおそる私を見上げる。その小さな細い手にもうひとつチョコレートを乗せてやれば、じっと見つめたあとにそれを口にふくんで、ゆっくり租借すると驚いたようにその小さく痩せた手で拳をつくる。
「き、きこえない」
「きこえない?」
「こえ、聞こえなかった」
そのとき初めて、ちはるの嬉しそうな表情を見た気がした。
それから彼女は自分なりに能力の制御をしていき、そして今にいたるようになった。甘いものを食べている時が一番制御がしやすく、食べていない時は能力が制御しにくい。しにくいと言っても昔程ではないらしく、任務中には聞き取りやすくするために甘いものは食べないのだと言っていた。それでも甘いものを食べていないと不安にはなるのは昔のくせなのか、習慣ついてしまっているからなのか。
「忍田さんわたしだってちゃんとご飯食べてるから!自分で毎日作ってるから!」
「昨日の夕食は?」
「え、……にくじゃがと、おこめと、あと和風ドレッシング作ってサラダ……と、モンブラン1ホール……。夜食にレイジのサンドイッチたべて、あとはバケツプリン作ってたべた……」
それだけ食べてよく太らないものだと思う。能力の制御やトリオン量の多さも関係しているのかもしれないと言っていたのは覚えているものの、それでも健康にはよくないのは事実である食生活だ。きちんと食べる……というか、食べすぎるようになっても彼女は相変わらず小さく、細い。昔に比べたらそれでも正常である体重にはなっているのだろうがそれでも昔を知っている分心配は常にしている。だからこうして定期的に野菜を渡したり、栄養のある食べ物を渡したりして少しでもまともな食事をとらせようとしているもののまともな食事にプラスしてケーキを食べているのだからどうしようもない。そう思って苦笑をすれば、ちはるは少しむっとしたように頬を膨らませて私を睨むようにして見上げる。執務室、執務机の上に顎を置いた形のちはるは不服そうにするとおもむろに携帯の画面を触り、画像を表示させるとそれを私に向けて「見てこれ!わたしが作ったよ!」と。たしかにそこには肉じゃがと白米、それにサラダがうつされている。普通の食事としては少ない量ではある、が、横にひそかにうつりこんでいるホールケーキを見るとこの少なさにも納得する部分はある。
「ちはる、今日はこれを持って帰りなさい」
「うっ、や、野菜はまだある……って、あ、お菓子!」
ぱ、っとちはるの表情が明るくなる。ファミリーパックなのか、色とりどりのお菓子が入っているそれをちはるに渡せば、ちはるは目をきらきらさせてじっとその袋を見て抱きしめる。うれしい、ありがとう!と野菜を渡した時よりもずいぶん輝く笑顔で言われまた私は苦笑をした。好きなものを食べるのが一番いいのはわかるが、心配してしまうこちらの心もわかってほしいものだ。
「忍田さん、あーん」
「え?」
笑顔のままのちはるが、そう言いながら私に何かを差し出す。指につままれているのは包装紙の半分とれたキャラメルで、包装紙のとれたほうは私のほうに向いていた。彼女が誰かにお菓子や甘いものを渡すのは心底からの信頼の証なのかもしれないと気づいたのは2年程前だっただろうか。苦笑まじりに口をあければ、そこに入れられた甘いキャラメル。ちはるの頭をなでてやると、さっきまでの不服そうな表情はどこかへいき、うれしそうに笑ってお菓子の袋を抱えて一歩下がった。
「ありがとう忍田さん!だいすき!」
「こちらこそありがとう、ちはる」
手を軽くあげると、ちはるは満足そうに笑って部屋をあとにした。と、同時。年頃の少女がやることでもないのではないかという考えが浮かんで、そのままそこで浮遊する。まさか同年代にまであんなことはしていないだろうと思いたい。いや、ちはるの性格上していないと考えるほうがむずかしい。
そこまで考えて、自分がまるでちはるの父親か兄かになったような錯覚をおぼえてしまった。過保護になりすぎも彼女のためにはならないだろうに。
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