はじめての気分だった。神機使いでもない、精霊もわたしの中にいない、ただの人間というのは、不思議な気分だった。
 わたしという存在があの時再構築され、人間として生まれ変わった。それはあの場所にいた全員がまた人間として再構築されただけなのだけど、わたしの場合は少し違ったのだろう。精霊がうみだした、人間になりきれない人間。自分のうちに精霊が棲み、その精霊の力のために若いうちに死に、そして別の世界へ生まれ変わっていく。人間として再構築されるという事柄では同じものの、根本的なものがまったくちがうのだ。
 わたしの中にいた精霊が、今はもう感じ取れない。いなくなった、消滅した、とはまた違う感覚。リッカさんやほかの人にしてもらったメディカルチェックでは特に問題はなかったし、体質や適合的な意味でもとくに変わりはなかったらしい。
 わたしにしかわからない、わたしの中の精霊はどこへ行ったのだろうか。この世界に適応し、この世界の人間になったのであればわたしは精霊の力であったはずの術なんかは使えないはずだ。この世界にはそんなものはないし、オラクルの流れや力の流れもわからないはずなのに、人間として再構築された今もわたしは世界の力の流れがわかり、術も使えている。精霊がわたしの中へとけたのか、もしくは聖域と同じようなもので、眠りについているのか。
 メディカルチェックも一旦休憩だと言われて、ムツミさんから紅茶をいれてもらって一息ついたとき、ふと、疑問がわいた。精霊がいるがために、20半ばで必ず死に、そして別の世界でうまれるわたしは、どうなるのだろうか。あれは精霊の力ゆえの事象で、じゃあ、精霊が眠っている今は?

「ムツミさん、わたし、いつもと変わりませんか?」
「え?」

 なんとなく聞きたくなったそれを尋ねた瞬間、極東支部にアラガミ襲撃のアナウンスが流れた。反射的に立ち上がれば、ムツミさんが「ステラさん!今はゴッドイーターじゃないよ!」とわたしの腕輪がなくなった手首を握る。そこでやっとそれを思い出して、もう何年も染み着いた習慣にわたしは苦笑をした。もう、この世界ではずっとこうして生きてきた。アナウンスが流れれば任務へ行って、アラガミを討伐する。だったのに、ただの人間、守られる立場になったわたしはなにもできないのだ。いや、術が使えるから多少どころかかなり戦える自信はあるけど。それでもこの世界で術なんて使ったことはないから使えないのと同じだ。使ったところでここの人たちは、もう、わたしを実験材料として見たりはしないだろうけど。

「……ステラさんは、何にも変わってないよ」
「変わってない、ですか?」
「うん!優しいステラさんのまんま!」

 笑顔で言うムツミさんが、紅茶のおかわりいれるね、とカップをカウンターの中へと入れる。やさしいわたしのまま。言いたいことは伝わって、ふふふと笑う。しみついた癖ではあるものの、アナウンスが鳴ってもなにもできないというのは落ち着かない。
 ゴッドイーターに戻るか、ただの人間でいるか。その選択はきっと、メディカルチェックがおわったあとに求められるだろうと思う。だけどなんとなく、ただの人間として生活する自分というのが想像できなかった。
 そもそも年をとっていく自分というのがどうにも想像できなくて、どんなにあらがっても23歳までしか生きられなかったのだから当たり前と言えば当たり前なのかもしれないけど。
 ラケル先生に大切にしてもらっていたのは精霊の力が大きい。精霊がいたからこそ、わたしはあらゆる因子に適合できた。だけど、わたしの場合は精霊によりその因子の力を隙なく完璧に自分のものとして使いこなしてしまうから、ジュリウスさんにはなれなかったらしい。これは、ラケル先生から直接聞いたことだった。精霊のことは知らないにしろ、概ねはそういう内容だったとおもう。

「ステラ、ここにいたのか」
「なんだ、休憩か?」
「ジュリウスさん……ギルバートさんも」

 ラウンジには、わたしとムツミさん以外誰もいない。元々支部にいた隊も少なく、今のアナウンスでほぼ全員が出払ってしまっている。静かなラウンジも珍しく、こうしてここにわたしとギルバートさん、ジュリウスさんが揃うのもなんだか不思議な感覚だ。そもそもわたしはブラッドとして居たものの、クレイドルの任務と兼任していたからこうしてゆっくりできる時間もなかったのもあるんだけど。

「お二人も、おつかれさまです」
「ああ」
「三人とも、こっちで話す?ゆっくりできるのなんて今しかないよ!」

 ムツミさんが三人分の紅茶とお菓子を持って、ラウンジにあるソファスペースをさす。そうですね、と三人でそっちへ移動をすれば、ムツミさんは鼻歌をうたいながら洗い物をはじめた。

「こんなにのんびりしてるのが不思議だな」
「ここ最近特に忙しかったですしね」

 そんな調子でしばらくは最近のいそがしさや、こんなにゆっくりしていることの違和感を話していた。自然と、これからどうするのか、なんていうのは避けているためか話題にのぼることはなかったけど。だけど、ふと、ギルバートさんがわたしを見てそういや、と言いにくそうに切り出した。

「人間として再構築された、ってことは、ステラは……」

 そこから先は、言わなくてもわかった。わたしの体のことだろう。ラケル先生からわたしのことを言われたとき、全員があの場にいた。それこそロミオさんはいなかったけど、ジュリウスさんも含み、全員が居た。そのときにわたしは前の記憶のことや精霊のことを話し、人間として長生きできないのだから特異点になるには後腐れがない、とまで言っていたのだった。

「……精霊は、消えたわけではないです。だけど、精霊がいない感覚もする。わたしにとけてしまった感覚に似ています。呼びかけてもなにもかえってきません」

 23歳までしか生きられない、とは言っていない。だけど残りの時間はとても少ないのだとは言ったからこそ、その部分を心配してくれているんだとおもう。ジュリウスさんも気になるのか、じっとわたしを真っ直ぐに見つめていた。

「どうせ生きられない。そう思うわたしも居ます。……けど、ふふ、みなさんはお会いしたことはないとおもいますけど、クレイドル隊員の一人の言葉を思い出して、生きれる!って、思っているわたしもいるんです」

 生きることから、逃げるな。生きることを、あきらめるな。これはクレイドルの中で絶対に守るべきことだとかかげているものだった。この言葉だけでなんだか色々なものを思い出してしまうけど、胸にわくのは希望だ。

「生きられない、生きられる。どっちのわたしもいるから、少し言いにくいですけど。でも……」

 自分の生きる未来を考えるのをいつしかやめてしまった。未来の約束をすることが、いつの間にか苦手になっていた。誰かの未来を願うことが、当たり前になっていた。でももし、自分の未来を願うことができるなら。自分の未来を考えてもいいのなら。精霊という存在がいなくなってしまって、術だけは使える状況だ。もしかしたらわたしがその精霊の力を全て譲り受けたのかもしれないけど、それでも前を向いていいのなら。

「わたし、自分の未来が見たい。23歳より先に進めなかったわたしの……おばあちゃんの姿が見てみたいです」

 ふたりともそれをきいて優しく笑ってくれる。それからすぐにギルバートさんが小さく「あと一年だったのかよ」と言うものの、その表情は優しかった。

「ブラッドや……極東支部全員がステラのことを心配してたんだ」
「ああ、生きたいと思うのは悪いことじゃない」
「今まで生きてきた世界のやつらも、きっと同じこと思うだろ」
「……はい!」

 ギルバートさんに言われて、今まで出会った人たちの顔が頭をめぐっていった。なんだかこんなにおだやかに思い出せることが不思議で小さく笑う。

「今までの世界のひとたちって、どんな人たちだったの?」
「ナナさん、シエルさんも」
「すみません、立ち聞きするつもりはなかったんですが……」

 気まずそうにやってきたシエルさんとは違って、ナナさんはどこか楽しそうにわたしの横へと腰掛けた。シエルさんはナナさんの横に座る。ギルバートさんやジュリウスさんと軽く挨拶をしたあとに、ナナさんはわたしにむかって「どんなひとたちだったの?」と目をきらきらさせて聞いてくれた。そういえば、言ったことはなかったかもしれない。そんな暇もなかったし、聞いてはいけないと思われていたところもあるだろう。

「優しい方たちばかりでした。わたし、本当に恵まれていて」
「ステラはどんなことをしていたんですか?今はゴッドイーターですけど……」

 シエルさんに尋ねられて考えれば、ほとんどメイドをしていた気がしなくもない。アスベル様、クレイン様にガイアス様、フェリチータお嬢様。ほかにも色々な方にお仕えしたけど……。

「ほとんどの世界でメイドをしていた気がします。運命なんでしょうね」
「メイド?ステラがか?」
「言葉遣いなんかはその時に染み着いたものかもしれないな」

 ギルバートさんが心底驚いたように言って、ジュリウスさんが納得したように頷く。ナナさんは相変わらず目をきらきらさせているけど、シエルさんも興味がわいたのかわたしをみる目がさっきとは違うようだった。

「体は少しずつその世界でちがうんですけど、根本的な性格や顔なんかはあまり変わってませんしね」
「へえ〜!……ねえねえ、ステラ、好きな人とかは?もしかして、結婚、とかしちゃってたり……?」

 ナナさんの言葉に、紅茶を飲んでいたらしいギルバートさんとジュリウスさんがむせた。だけど気にするつもりはないのか、ナナさんもシエルさんもすこし前のめりだ。若干体を引き気味になりながらもどう答えたものかと思考を巡らせる。そのままこたえても事実は事実だけど……。

「……世界世界で少しずつわたしの体が違うので、死んだ後赤ん坊として生まれ変わったときにそれこそ再構築してあるので、ええと、体はその世界世界でちがう、というか」
「うんうん!」
「ステラ、言いにくいことなら無理はしなくても」

 ジュリウスさんが困ったようにそう言う。恋の話なんていうのは、女の子はどこの世界でもすきな生き物だとおもうし今更そのあたりのことは気にならないけど、人に言うのはすこし気が引ける。残してきてしまった人たちをおもうと、やっぱりまだ胸が痛む。

「すきなひとは、いました。恋人も……その」

 エリナさんあたりが好きそうな話題ではあるけど、まさかナナさんとシエルさんも興味があったとは。結婚していたこともあるものの、そこはなんとなく言える気がしなくて思わず黙ってしまったけど。ナナさんが目をきらきらさせて聞いてくるのをあまり名言をせずにしていたら、ブラッドの男性は会議室でメディカルチェックを再開するというアナウンスが流れた。そういえば隊長たちが来ていないけどどこかできちんと休憩はとれただろうか。
 話を切れたことにすこしほっとしながらも立ち上がりかけたジュリウスさんを見ていたら、ふっと目があった。何か言いたそうにしているそれに首をかしげると、いや、と首を振られて肩をすくめられる。そう思ったら、すっと腰をかがめて「話を聞かせてくれてありがとう」と言って、私の髪をなでるとラウンジからでていった。ギルバートさんはそれを見て複雑そうな表情をしたあとに、またあとでな、と言ってジュリウスさんを追いかけてラウンジからでていく。ラウンジ入り口にぽかんと立っているコウタさんに手を挙げて挨拶をしながら。

「え、まってなに今の、髪、えっ 普通にさわっ」
「……隊長、頑張らないとステラ先輩競争率高いよ」
「えっ!?」

 コウタさんの後ろから入ってきたエリナさんとの会話はここまでは聞こえてこなかった。

20150824

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