「スカイロフトの幽霊?」
「そうそう、キコアや、キコアの話を聞いたほかの子たちも見たって」

 騎士学校、夕食が終わったあとの時間の、それはいつもの団らんの風景だった。クラネの話に食いつくようにしているゼルダと、それに付き合う形でただ座って話を聞いているだけのリンク。まわりにはセバスンなどもいるが、一様に──リンク以外は、怯えたような表情をしていた。
 温暖差もなく、年中通して過ごしやすい気候であるスカイロフトに夏などという概念はないが、最近騎士学校での話題はもっぱら"スカイロフトの幽霊"の話ばかりだった。
 まず夜の見回りの際にキコアがその幽霊を見たことから始まり、その話を聞いたほかの子供たちも、夜に窓から外を見たら大きな口をあけている幽霊を見ただの、髪の長い女を見ただの、空飛ぶ飛行物体を見た──これはロフトバードの可能性が高いが──だのと噂ばかりが一人歩きしていた。

「最近すごく噂になってる幽霊ね」
「キコアは頻繁に見てるみたいで、昨日なんて近づいてみたっていうの」
「えっ? 危なくないんですか?」

 訪ねたのはセバスンだった。怯えたような表情のセバスンは、そのままクラネにたずねるが、クラネは肩をすくませて「危ないと思うけど」と歯切れが悪い。

「害がなさそうだって。ただスカイロフトの端っこに立って、じいっと空を眺めてるだけって」
「……空を?」

 今度は訪ねたのはリンクだったが、クラネはそれにはひとつだけ頷いた。

「髪の長い、とってもきれいな女の人らしいんだけど」
「近くの島の人じゃないんですか?」
「見たことのない人だったよ」
「キコア先輩」

 食堂へ入ってきたキコアは、しっかり騎士学校の服を着込んでおり、これから例によって見回りへと行くらしい。
 どうしてここに? とゼルダが尋ねると忘れ物を取りに来ただけだよ、と少し苦笑をしたキコアは「でもぼんやり空を見てるだけなんだ」と、先の話の続きをはじめる。

「幽霊、じゃないの?」
「さあ、足はあったけど。……でも、目を離すとすぐにいなくなるんだ」

 昼間にスカイロフトのどこを探してもいないのに、とキコアは続ける。昼間に見かければもっと噂になっていてももおかしくない、とはリンクも思って一度だけ頷いた。
 いなくなるならやっぱり、とセバスンが震えるのを見て、キコアは楽しげに笑う。

「いや、でも幽霊というより彼女は、なんだか懐かしいというか。優しい雰囲気というか。夜に外に出るのはやめたほうがいいけど、そんなに怯えなくても大丈夫さ」

 じゃあ、と言ってキコアは軽い足取りで食堂の外へと出てしまう。スカイロフトの幽霊の話をする時に表情豊かになったキコアをクラネが少し面白くなさそうに見ていたのに気づいたのはゼルダだけだっただろう。

「優しい幽霊って、なんなのかな……」

 セバスンが小声で呟いたそれに、リンクが一瞬視線をやる。が、特に何か言うわけでもなくリンクは席を立つと、キコアの後を追うように食堂から出ていった。
 ゼルダが「リンク?」と声をかけたが、自分の部屋の方へ行ったのを見てもう、と呆れたように声を漏らしただけだった。




 夜中に外へ出るのは、リンクははじめてだった。剣すらもっていないため人気のない場所へ行けば命の危険があるのは重々承知しているため、暗がりを歩くわけではなかったが。
 スカイロフトの幽霊、という存在が単純にリンクは気になっていた。
 これだけ子供のあいだで噂になっていても、幽霊だと恐れられていても、一番よく遭遇しているであろうキコアは優しそうだと言い放った。懐かしい、とも。
 警戒をしているわけではないらしいのも、少しリンクには引っかかっていた。
 毎日目撃情報があるわけでもなく、外に出たところでその女の幽霊が見られるとも限らなかったのだが、リンクはいても立ってもいられなかったのだ。


 しばらくスカイロフトの中を歩き回ったが、女の幽霊など現れるわけもなく。今日はダメなのかもしれない、と思って自分の部屋へ帰ろうと振り返った時、少し遠く。雲の海へ落ちていく滝がある池のそばに立っている人影があることに気づく。
 キコアだろうか? と思って目を凝らしてみれば、どうやらそれは髪が長く、白っぽいワンピースを着ている女性らしかった。
 どくん、とリンクは自分の心臓が跳ねるのがわかった。キコアの言うように幽霊であれば、ただぼんやりと立っているだけだと言う話だったが。
 現に今その幽霊らしき女性は、ぼんやりと池を眺めているだけだ。月明かりに照らされたミルクティー色の髪が風で踊るのを見ながら、リンクはそろりそろりとその女性へ近づくことにした。
 気配を隠すでもなく、ただ歩いていただけだったのだが、かなり距離があったにも関わらず女性は視線をあげてリンクを見る。
 遠目で、薄暗かったものの、リンクには軽く会釈をしたように見えて、とりあえず害がなさそうだと確信をもち、今度は少し足早に近づいてみることにした。
 池の真ん中にある飛び石を飛び近づいてみれば、その幽霊──女性は、逃げるでもなくただじっとリンクが近づいてくるのを待っていた。

「こんな夜に外に出たら危ないですよ」
「……きみは?」

 存外普通に話しかけられ、リンクは拍子抜けする。ミルクティー色の腰まである髪に、少し赤の混ざったような茶色の瞳。
 白っぽいふんわりしたワンピースを着た、リンクと同じ年頃であろう女性──少女は、なんでもないようにリンクへと話しかけた。
 思わず少女に尋ねると、質問の意味が微妙にわからなかったのか「わたしは大丈夫です」との返事が返ってくる。どうやら夜中に出歩いていることについて聞かれたと思ったらしい。
 リンクは少し考えたあとに「名前は?」と首を傾げた。
 それに少女は不思議そうな顔をして首を傾げる。うん? とリンクも首を傾げるが、やはり少女はなんでもないように首を振って、愛想よく笑った。

「ステラです。あなたは?」
「リンク」

 簡潔に答えたそれに、ステラと名乗った少女はじっとリンクを見つめ、それからふらりと視線を池から、雲へと流す。なるほど、と小さくこぼして「質問なんですが」と言いにくそうに切り出した。

「ゲポラさんは……」

 聞き馴染みのある名前に、リンクは「寝てるんじゃ……?」と至極真っ当な返答をする。それに「ああ、そうですよね」とどこか安心したようにステラは言うとくるりと体を反転させ、リンクに背中を向けた。

「久しぶりに外に出ると時の感覚がわかりませんね……」
「ステラ?」
「明日のお昼頃、ゲポラさんを尋ねようと思って。リンクさんは、騎士学校の方ですよね」

 そのステラの質問には素直に頷き、風に揺れるステラの髪の毛を見て、そこからワンピースから伸びる細い足に目がいった。
「お昼頃……。ステラは、幽霊じゃないのか……」
「幽霊?」

 背中ではなく体をこちらに向けたステラが、少し面白そうに笑う。そういうことですか、と少し呆れたように。まるで子供たちのイタズラを仕方が無いな、と言って許してやる母親のようだとリンクは思う。

「ふふ。明日、昼間にわたしが見えたらわたしは幽霊じゃない、ということになるんでしょうか」
「……たぶん」

 口元を押さえて笑うステラに、リンクも少し口元をゆるめた。
 どこからどう見ても、スカイロフトの幽霊と言われていた少女は人間そのものである。
 噂なんてアテにならないな、と思うのと同時に、懐かしいという気持ちはそういえばわかないなとも思った。優しげで、穏やかで、その雰囲気だけはわかるのだが。

「リンクさん。夜も更けてきましたから、早く学校へ戻ってくださいね。夜のスカイロフトは危ないですから」
「ステラは?」
「わたしは幽霊なので、大丈夫だと思います」

 冗談めかして言うステラがリンクの背中を押す。服越しに暖かな体温を感じて、背中を押す手のひらが小さく細いのを感じ、リンクは胸の奥で何かがもやもやと形を作っては消えるような感覚を覚えた。

「リンクさん、振り返らずに、まっすぐ進んでくださいね」

ステラはそう言うと、とん、とリンクの背中を押す。飛び石を飛び、リンクがやっと振り返れば、そこにステラの姿はなかった。

 

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