焼けていく美しい街。崩れていく瓦礫の山。飛んでいく帝国の飛行基地。それをかいくぐるようにステラはインソムニアの街の中を走り抜けていた。
調印式に婚約者であるレイヴスが来ていると聞いていたのもあり、ステラは調印式の最中、城の中にいた。ルシス王からは「くれぐれも近づかないように」と言われていたにも関わらず、である。
というのも、嫌な予感がした、というのも大いに関係があった。もちろん婚約者であるレイヴスの顔を見たいというステラの意思もあったのだが。
城を守っていた兵も婚約者の顔を一目見たいと言えば、王族になるステラであれば城に入ることも容易く、応接室が使えないからと、今は主のいないノクティスの部屋へ通されただ時間が過ぎるのを待たされていた。
その際に調印式での騒動があり、ステラは例にもれずその襲撃に巻き込まれてしまった。爆発が起こり、帝国兵が城の中にいるインソムニアの人間を蹂躙し、惨殺していく。
綺麗な城の中があっという間に硝煙と血なまぐさいにおいに包まれるのを、吐きそうになりながらも調印式をしている部屋へと急いだ。見ている人間がいないから、と倒れていた帝国兵から拝借した武器を握ったまま。道中の帝国兵を薙ぎ払いながら。
「……ひどい……」
調印式を行っていた部屋に生きている人間は一人もおらず、あるのはただ積み重ねられるように並ぶ屍と、帝国兵の残骸。そして大量の血のにおいだった。目を覆いたくなるような光景に、しかしステラは足を踏み入れる。戦いの音は近くでしていないが、爆発は頻発しているし、いつ自分が居る場所もどうなるかわかったものではない。見知った顔、国の重鎮たちが折り重なるように倒れているのを見ながら、ステラは唇をかんだ。
ぐるりとその場を見渡したステラは、そこに自国の王がいないことに気付くが、どこへ行ったかはわからず。視線をもう一度ぐるりとその部屋へとやると、壁に剣ではりつけのようにされ息絶えている人物を見つけ、息を飲んだ。
「クレイラスさん……」
ノクティスと共に結婚式へと向かっているはずのグラディオラスの父親――クレイラスだった。
体を貫いている剣から血がしたたっており、クレイラスの下には血だまりができている。王の盾でありかなりの力の持ち主であるクレイラスが、恐ろしいような死に方をしていた。何があったか、どれだけの力を持った何かがここにいたのか考え、ステラはぐっとこぶしをにぎった。
そこで、ふと気づく。ルナフレーナはルシスに居たというのに、ノクティスは結婚式のためにオルティシエに向かっておりルシスにはいないことに。そして王から言われた「城には近づかないように」との言葉。
「ノクトは……」
いち早く気付いた王の手により、ノクティスだけはこの王都から逃がされていたのだろう。そしてステラも城に近づかないように言われたということは、王が守ってくれようとしたのだろう。
嫌な予感はこれだったのだ、と。もっと早くに気付いてここへ来ていれば守れた命もあるかもしれないのに、とステラは唇をかんだ。
「……、行かないと」
どこへ、というつもりもなく。ただ城の中に生きている人がいれば、魔法を使って手当をして逃がさなくてはいけないと思った。それも絶望的なのは分かっていたが、ステラは慎重に足をすすめ、武器は粒子へと分解して自分へと纏わせる。
魔法だけは使えると、秘密ではあったが公言しているので、武器さえ携帯していなければ不審がられないだろうと思ってのことだった。
この部屋にいないルシス王もどこかで戦っているのかもしれない。加勢でもできればと、ステラは顔をあげて部屋から飛び出した。
人の気配がありそうなほうへ足をすすめていけば、ひときわ大きな爆発が起こった。慌てて近くにあったテラスから身を乗り出すように空を見上げれば、帝国の飛行基地がいくつも飛んでいるのが見えた。
その中、今まさに飛び立とうとしている船にふらつきながら入っていく見知った顔に、ステラは息を飲む。
――レイヴス・ノックス・フルーレ。自分の婚約者だった。
ぐったりとしてふらふらと歩くレイヴスは、帝国兵に船の中へ運び込まれていくところだ。その左腕は、見るも無残に焼けただれており、右手にはしっかりと、こちらも見覚えのある剣が握られている。
何があってあんなことに?戦いの傷ではまずありえないそれに、ステラは眉を寄せた。そしてレイヴスが握っていた剣は、ルシス王のものだった。
そもそもなぜレイヴスが帝国の船へ?なぜ、ルシス王の剣を?考えるが、安易に考えのつく最悪な答えは早くにステラの中へと生まれた。ルシス王は、もう――。そしてレイヴスは、帝国側へ行ったのではないか。いや、もしかしたらもうずっと帝国の人間として動いていたのではないか、と。
婚約者と言ってもやり取りはそう多くなく。最後に会ったのももう十年以上前のことだった。
婚約者ではあったが、本当に形だけの。手紙を時々、やり取りする程度の何も知らない関係だったのだと、その時ステラはひどく痛感した。
「!そうです、ルナフレーナ様は……」
調印式に、帝国側として来ていたノクティスの婚約者を思い浮かべる。が、調印式の部屋にも、見てきた要所にも、どこにもいなかったことを見ると逃げているのだろう、とステラは結論付けた。それでも気にはなるため、道中しっかり見ていかないと、と思う。が、レイヴスが撤退しているのを見てもルナフレーナは逃げられているとみるのが正しいだろうとも思っているのだが。
――ルシス王は、状況から見ても望みがうすいだろうことはステラにもわかった。が、探さない理由にはならないと思ってそちらも視線をあたりへ滑らせながら走り出す。
そこで、ふと気になって自分の家のほうをテラスから見るが、大きな瓦礫が落ちて見事に火の海になっているのを見て、ぐっとステラはテラスの石造りの柵を掴んだ。「あれじゃ、もう」生存者は望めない、と泣きそうになる目を閉じた。両親も、使用人たちも、屋敷にいたはずなのだ。生存者は、あまりにも望めそうになかった。。
これからどうするべきか。とりあえず頭を切り替えて、自分のするべき行動を洗っていく。悲しむのはあとでもできるだろう。今大切なのはこれからどうするべきか、である。
ノクティスは、数日前に王都から出てオルティシエに向かっている。よほどのことがない限り、ノクティスは無事だろうと思いとりあえず自分もオルティシエを目指すかとも思うが、ふと、先ほど見たレイヴスの様子が脳裏に浮かんだ。
焼けただれた腕に、持っていた王の剣。ふらついて、以前見た時とはあまりにもかけ離れている様子。
「っ……、避難しないと」
どおん、と近くで爆発が起きる。それに目を閉じて、テラスから離れてとりあえず下を目指すことにした。
今までのステラであれば、死んでもいいかと思っていたような局面である。それに、自分ですんなりと生きるための言葉が出てきたことに、ステラは走りながら小さく笑った。
「みなさん、わたし、大丈夫です」
海賊として共に過ごした仲間に、ステラは呟いた。
城から出るのにも中々骨が折れた。帝国の魔導兵は数が多く、暗くなったためシガイも放たれている。基地からの砲撃もやむことがなく、逃げまどう人々も多い。途中で息絶えている人も、かなりの数が居た。そのたびに立ち止まって確認はしたが、ルナフレーナもルシス王も見つけることはかなわず。
けれど城の周りにはもう生きている人もおらず、ほとんど帝国兵とシガイばかりだったため、戦う姿を見られることもなくステラは戦いながら城から逃げることはできた。魔法を主に使い、時々武器を持ち戦って。
まだ鈍ってはいないですね、と思いながら一匹、シガイを切り伏せてぐるりと周りを見回した。比較的被害の少ないほうへ逃げたほうがいいだろうか。離れたところでは逃げまどう人たちも多く見えている。
武器を消して、人込みに紛れる。その中でルシス王が崩御したという話を聞いて、胸が締め付けられる思いをした。
王都中心部は被害がひどいようだったが、中心部から離れればまだ綺麗な場所も多く残っていた。それでも瓦礫が落ちていたり、家の形状をしていない建物が多かったりするのだが。
泣いている声、怯える声を聴きながら、ふと空を見る。激しい爆撃は基本的に王都中心部を徹底的に狙っている。まるで、何かを追いかけるように。
そこで立ち止まって、道の端によけてじっと目を凝らして何体も浮かぶ基地や砲撃の様子を見ていて、やはり何かを追いかけるようにそれが動いていることに気付く。
何を追いかけているのかは遠いためよくわからないが、それでもそれのためだけに王都が、城がめちゃくちゃにされているのは、見て見ぬふりはできなかった。踵を返して、ステラはひとごみを逆走するように王都中心部へと足を向けた。もうほとんど、住民は残っていないだろう。
「――裁け、神のいかづち!」
中心部から少し離れた位置に陣取って、この世界では一度も使ったことのなかった魔術の詠唱をした。できないかもしれないという気持ちもあったものの、詠唱に入ればステラを囲むように巨大な魔法陣が展開して、魔力が編まれていく。
これならできる。思って、サンダーブレード、と叫べば、その魔法は頭上を飛んでいた一隻の基地に当たり、その基地を真ん中から真っ二つにしてしまった。
思わぬ威力にステラは一瞬混乱する。ステラは、ただ動力部に当てて緩やかに落とすつもりだったのだが、真っ二つになった基地は勢いよく王都へと落ちていったのだ。
「威力が上がってる……」
今の今まで精霊と話せていないのも関係するのだろうか。そこまで思い、以前急にステラの部屋へ現れた"ゲンティアナ"という女性――ステラは自分と似た力を持っていると感じた、神の使いに言われたことを思い出していた。
"神の力を宿した子"たったそれだけの言葉を、今になってステラはふと、思い出した。
「……神の力を宿した……。神の力が、精霊の力がわたしの、ものになった……?」
その時はピンとこなかったが、今、魔術を使ってはじめてその時の言葉を理解したような気がした。精霊の力がすべてステラのものになったのだ、と。つまりそれは、ステラの中にいた精霊は――。
そこまで思って、ぐっとステラは拳を握った。何はともあれ、ステラには戦える力があるのだ。なら、できることは、選べる選択肢は増えるはずだ、と。
量産されることはわかりきっているものの、帝国の魔導兵を減らすことも、基地を落とすこともできるのだ。船を落とせば、そんなに簡単に基地を増やせるわけでもないだろう。ノクティスが生きていると知られれば、ノクティスもきっと帝国兵に狙われることになるに違いない。
瓦礫の崩れる砂ぼこりの中、地響きを響かせながら歩く巨大なシガイが見えて、それと同時に誰かが戦っている気配も感じた。ステラはとにかく援護だけでも、と思い、地面を蹴って口の中で詠唱を唱えることにした。
**********
「ひとりで乗り込む?何を無茶なことを」
ステラの珍しい我がままに、強面の顔をさらに渋りそう言ったのはコルだった。王城襲撃の際、朝焼けが照らす炎と瓦礫でうまる街の中、一人どこかへ行こうとしていたボロボロのステラを捕まえた。
そしてなんとか王都の外に連れ出してから言われたのは「帝国に行かせてください」だった。
理由を聞いてもステラはこたえず、ただ俯いて「行かせてください」と言うだけだったのだ。話にならないとコルは思うが、ただ親の仇というわけでもないのはステラの様子を見てもすぐにわかることだった。
ステラの両親は、この騒動で死んでいるだろう。レギスにより命令された避難誘導の際見かけたステラの屋敷はもはや見る影もなかった。
ノクティスは王都からすでに脱出しているからともかくとして、ステラの逝去もなぜか世界中に報じられていた。帝国の人間がステラの屋敷を見に行っていた、という報告はコルの耳に入っている。
だが、コルにとってステラの生存は完全に予想外だ。
ステラ自身は魔法の力こそ強いが、それだけでだった。武器を持って前線で戦うようなことはしたこともなく、通っていた学校も一貫して女子高だ。
屋敷で待機しておくようにと伝えていたはずのステラだったが城に来ていたと聞き、先の騒動で死んだと思っていたコルにとって、予想だにしていない事態ではあった。ステラが生きているというのは、心底から僥倖でもあったのだが。それに屋敷にいたほうが生死はわからなかっただろう、ともコルは考えた。
そのステラが帝国へ一人で乗り込むと言い出したのだから、コルにとってもそれはたまったものではなかった。やすやすとルシス王家の生き残りである王族を死地へ送り出すわけにもいかない。
「……わかっています。無茶なことを言っているのも、バカなことを言っているのも。でも」
「王子から連絡があった」
先ほど、ステラを連れ王都から落ち延びた際にノクティスから連絡があったことを告げれば、ステラは表情こそ変わらなかったが、体から力が抜けたのがコルの目から見てもわかった。
――ステラは、コルの目から見ても、きっとこの世界誰の目から見てもまさに"深窓の令嬢"である。
穏やかな性格、所作、物言い、そして人当り。ひとつ抜けていたとしても、どこからどう見ても"そう"だった。
王都の襲撃事件、そして両親、伯父という身内の死、ノクティスが死んだという報道。自分がルシス王家に連なる者という責任。
その重圧を受けながらも気丈にふるまっていたと、体から力を抜いたステラを見てコルは思っていた。唯一の肉親になったノクティスの無事に心から安心したのだろう、と。
実のところは、戦火に巻き込まれず生きていたことに安心しただけであり、家や伯父のことはもちろん考えてはいたのだが、ステラはその時だけはただノクティスが生きていたことだけに安堵していた。コルはそんなステラの心情など知るわけもない。
戦いを知らない令嬢が、それでも帝国に行くと言ってきかない。なんとしても止めなくてはいけないのだが、言い出したらきかないんだ、と以前ノクティスがステラのことを言っていたのを思い出しながらノクティスの話を出した。
「……よかった。生きているだろうとは、思っていましたけど」
心から安心したような声に、コルも「ああ」と小さく相槌を打つ。
先に行く、とハンマーヘッドのシドニーへ伝言も残しているため荒野にある拠点へとやってきたはいいが、このままステラをつれてまわるわけにもいかない。
かといってイリスと同じようにレスタルムへ拠点をうつしたところで、護衛が見ていない隙に一人で帝国まで乗り込みかねないだろうとコルは考える。
とりあえず王の墓所に来るように、とノクティスに伝わるようモニカに言ってはいるものの、ステラをここまで連れてきたのは失敗だったかもしれないと思う。が、モニカに預けたところでステラはひとりで抜けだしてしまうのも安易に想像がついた。
「ここへ来るように伝えてある。もうつくだろう」
「……ここは」
ちら、と自分たちが立っている場所から奥を見るステラは、しばらくじいっと墓所のほうを見ていたが「ああ……」と何かに納得したように目を伏せた。ノクトのためですね、としばらく経ったあとに小さな声で発したそれに「そうだ」と答えたものの、コルは内心首を傾げる。
見ただけで、何かわかったというのだろうか?
王の墓所は隠されているわけではない。データとして紛失してしまった場所はあるが、だれでも近づけるものであり、一般人からしてみればなんの変哲もないただの建物にうつるだろう。
それを一瞥しただけで、ステラは「ノクトのため」と言ってのける。魔法的な力でも見えるのか、もしくはルナフレーナと同じような、ノクティスと同じような特別な力がステラにも備わっているのか?とも思うが見てくれはただの少女であるためそれもわからず。
先に中に入る、と言えば、ステラはおとなしくコルへついて王の墓の中へと入った。石室の真ん中にある石像は石でできた武器を抱えており、それを見るなりにステラはやはり「ああ」と目をほそめた。
「……何かわかるのか?」
「はい。なんとなく。……この墓所に眠る王は、ノクトのための力を守っているんですね」
すう、とステラが武器をかかえた石像に触れず、ただ手をかざすように撫でる仕草をした。たったそれだけだったが、石像の持っている武器がどくん、と脈打ったような感覚をコルは受ける。息をしたような、眠りから覚めるような、そんな感覚だった。
コルはそれだけの行動だったのに、何か、とても神聖なものを見たような、そんな気持ちになる。ステラの表情や雰囲気も、いつもとは違うような気がしてしまった。
それがわかったのか、ステラは苦笑をすると一歩、二歩、うしろへ下がり、コルの斜め後ろに立つ。「すみません、勝手に触れてしまって」と申し訳なさそうに言うステラは、王都でいつも見ていたステラそのものだった。
「わたしも、王族の端くれですから」
だからわかるんだと思います。と、まるでとってつけたような言葉に、コルはしかしそれも事実であるため何も返せなかった。ステラにもなにか特別な力があるのかもしれない。ただ、それだけを思うが何も確証はもてず。
沈黙がしばらく続いたころ、墓所の外から声と足音が近づいてくるのがわかり、コルはほっと息をはいた。それで無意識に緊張していたのだと思い、首をゆるく振る。昔から知っているステラが相手だ、と思うが、じっとたおやかな様子でたたずんでいるステラに、コルは今まで感じていたような力のない令嬢、だとは全く思えなくなっていた。
そもそもどうやって城から逃げてきたのか。一晩、王都で何をしていたのか。ボロボロになってまで、なぜ一人で帝国へ行こうとしたのか。魔法が使える、というだけでは到底説明のしようがない。
「――よかった、元気そうです」
「ああ、そうだな」
安心したような声と、眉を下げる表情に、コルはやっとそこで詰まっていた息をすべて吐き出せたような気がした。
20180829
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