何年かぶりにお会いしたラケル先生に、わたしはソファに座ったまま頭を下げた。

「申し訳ありませんラケル先生。わたし、極東を離れたくないんです」
「……どうして?ステラ」

 優しい先生の声が、わたしの胸につきささる。捨てられていた赤ん坊だったわたしは、ラケル先生のお知り合いの人に育てられ、そのご夫婦が亡くなってからはラケル先生とレア先生のいるマグノリア=コンパスという養護施設で育てていただいた。だからこそ、先生が必要としてくれるのであれば先生の力になりたいし、恩を近くで返したいと思う。だけど、今わたしが極東を離れるわけにもいかないし、離れたくなかった。激戦区である極東支部は、ひとりが長く欠けても今は大変な状況ではあると思う。だから、今、こうして私が第三世代の神機に適応することがわかり、先生がブラッド、という部隊にわたしを置いてくださると言ってくれても。クレイドルの活動だって本格的になってきたところで、そこでわたしが離れるわけにもいかない。
 それを先生へなんとか伝えたら、先生は少しさみしそうに笑って、だけどそっとわたしの手を握ると優しく微笑んだ。

「ステラ、私たちは家族です。どんなに離れていたって、それは変わらないわ」
「先生……」
「極東を離れられないのも、あなたが仲間を大切にしているからね。昔から変わらない、やさしい子」

 握っていないほうの手で、先生はわたしの頭をなでる。ずいぶん懐かしいそれに、わたしは思わずふふ、と笑ってしまった。ラケル先生も優しく微笑んで、首をかしげる。

「いつでもここへ戻ってきて……、あなたはブラッドの一員……私たちの家族なのだから」
「……はい。ありがとうございます、先生」

 それからしばらく話し、ラケル先生の研究室から出ることにした。フライアという大きな移動をする施設で、わたしの他にもう二人ブラッドとしての候補生のような人がいるらしい。この施設へ第三世代の神機への移行やいろいろなことをするためにもう一週間以上居たけれど、屋内にいるばかりだった。それを思ってか、少しフライアを見て回っていらっしゃい、とラケル先生から言われて、わたしは先生の言葉に甘えて施設を見学させてもらうことにした。極東からの迎えが来るまでもうしばらく時間がかかるから、結局は何もすることがなく見学をさせてもらえるのはありがたい。時々すれ違う人も笑顔であいさつを返してくれるし、雰囲気は施設独特ではあるもののそこまで嫌な感じではなかった。

「……ステラ?」
「え?」

 中庭がありますよ、と教えてもらってそこへ行ってみれば、色とりどりの花が咲く中に見知った青年が立っていた。もう、それこそラケル先生と同じく何年も会っていなかったけど、驚いたように名前を呼ばれて、そこで過去の少年と、目の前の青年がつながる。久しぶりに会えたことが嬉しくて、中庭の花の中にたたずむジュリウスさんへ近づいて行けば、驚いた表情が少し柔らかいものになる。

「ジュリウスさん!お久しぶりです!」
「ああ、久しぶり。……どうしてフライアへ?確か極東に……」
「はい。ラケル先生に呼ばれて……第三世代の神機への適応が見つかったので」
「……ステラに?」
「でも、極東から今は離れられないと伝えたら、とりあえずは極東所属のブラッド隊員という……ええと、派遣扱いになるように手配してくださって」

 少し微笑んで言えば、ジュリウスさんもそうか、と優しく笑う。それにしても、何年か前に比べてずいぶん背が伸びているなあ。そんな当たり前のことをしみじみ思うくらいに、私はあの施設を離れて長いのだろう。わたし自身背が小さいというのはあるのだけど、それでも以前は見上げなくても会話はできていた。

「ふふ」
「?どうした?」
「あ、いえ、すみません。久しぶりに、こうしてジュリウスさんと会話をするのがすごくうれしくて」

 素直に気持ちを言えば、ジュリウスさんが少しだけ困ったように表情を複雑そうなものにした。何か言ってしまっただろうかと不安になるものの、ジュリウスさんは複雑そうな表情を苦笑にして「いや」と言うとしばらく視線をさまよわせてから、またその視線をわたしへと戻す。

「随分素直に言われたものだと思っただけだ」
「……?そうですか?」

 苦笑はそのままのジュリウスさんが、だけど優しく笑う。なんだかそれが嬉しくて、わたしもまたつられて笑ってしまった。
 それにしても、中庭ということもあるのだろうけどずいぶん静かな場所だ。極東だと静かなのなんて自室くらいしかなくて、いつも賑やかなだから妙にそわそわとしてしまう。……まあそもそも、わたし自身極東にいる時と、クレイドル関係の仕事で外に出ていることが半々くらいだからそう極東にいるわけでもないのだけど……。それでもやっぱり静かな空間というのはどうにも落ち着かないような気がする。

「静かですね、ここは」
「ブラッド隊員も、俺を含めて今はもう一人……ロミオしかいないからな」
「ロミオさん……」

 男性だろうか。そういえば先生から性別や名前までは聞いていなかった。ジュリウスさんがブラッド隊員というのも聞いていなかったから今会って驚いたのだけど。

「同じ施設に居たが……顔は知らないかもしれないな」
「あ、どうでしょう……確かに話したことがなければお名前は知らないかもしれないですけど……」
「おーい、ジュリウスー!って、あ……」

 中庭の入口からにぎやかに走ってくる声に、わたしとジュリウスさんがそっちを向けば、そこには帽子をかぶった青年が居た。大きな瞳がわたしとジュリウスさんを見て、それから少しだけ驚いたように見開かれる。ロミオ、とジュリウスさんが言ったので彼がロミオさんだろう。けど、顔はなんとなく見たことがあるかもしれない。話したことがないとどうしても数年見ていないとわからなくなってしまうけど。

「こんにちは、ステラです」
「あ、えっと、ロミオです……。あ、ジュリウス、なんか極東から迎えが来てるって伝えてくれって」
「ああ、ステラの迎えか」

 言われて、じっと顔を二人から見られる。思ったよりも早い迎えに、ジュリウスさんたちと離れる寂しさをなんとなく感じたけれどいくらでも任務はあるのだからそうも言っていられない。黒くなった腕輪をちらりと見て、ふたりに向き直る。

「じゃあ、また。極東にも遊びにきてくださいね。いいところですよ」
「ああ。ステラもまた来てくれ」

 ジュリウスさんに手を振って、ロミオさんに会釈をすれば二人とも手を振ったり会釈をしたりと返してくれた。中庭を出てフライアにつけられていた迎えのヘリへ近づけば、コウタさんがひょいと顔をのぞかせて「ステラ!」と手を大きく振っていた。あれ、コウタさんが迎えなんて珍しい。忙しい人なのに。

「コウタさん、どうし……エリナさんも」
「任務の帰りでさ。通り道だしついでに迎えにいってくれって言われて」
「おかえりなさい、ステラ先輩」

 二人の前に座って、ベルトをしめる。整備士がヘリの点検をしながらドアをしめたのを見て、フライアへと視線をやった。その視線を見てか、エリナさんが「どうだったんですか?」と少しだけ心配そうに尋ねてくれる。

「第三世代の神機への適応をしました。しばらくは新しくなった神機のメンテナンスや……慣れるためにリッカさんのところに通わないとですね」
「この機会にしっかり休んでよ、ステラ」
「そうだよ!ステラ先輩は働きすぎ!」

 二人から言われて、苦笑をする。すぐにでも任務をこなしたいところだけど、今は二人の言うとおりにしておくべきだろうと思う。ラケル先生から説明や資料はいろいろと貰っているから、それを支部長とリッカさんへ届けたらいいだろう。



20150224

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