その日居た成人済みのメンバーがほぼ全員集まって、夜にラウンジでお酒を飲むことになった。どうしてそういう流れになったのか、なんて聞いても誰も答えられないくらいにたまたまだ。僕は遠慮するつもりでいたのに、兄さんにほぼ無理やり引っ張られるようにラウンジへ連行されて行ってみれば、防衛班のみなさんや戻ってきていたクレイドルのメンバーなんかもいる、ちょっとした宴会のようになっていた。
 最初は兄さんたちにすすめられるまま飲んでいたし普段あまり話さない人ともいろいろな話ができたものの、少し疲れたために、弱いお酒を持ってソファへ近づいて行けば、そこにはぐったりしているステラさんが一人で座っていた。いつも誰かの中にいるような人なのに、こんなところで珍しい。
 そう思って声をかければ、ステラさんは僕を見るなり少し笑って、どうぞ、とステラさんの隣をさした。それにお礼を言いながら、自分が持ってきたお酒の瓶をお盆ごとおけば、ステラさんは「強いんですね、テルオミさん」と一言。いつものような優しい口調ではあるものの、妙に、だるそう、というか。手元にあるのは水のようだけど、酔っているのだろうか。

「ステラさん、酔ってます?」
「……そうかもしれません。今までお酒に弱かったことって、なかったんですけど」

 だから調子に乗って、飲んでたらこれです。と、力なく答えた。頬といわず、全身の肌がうっすら赤くそまっていて、呼吸も浅い。意図して浅くしているのかそうでないのかはわからないけど、普段は見ないような様子に思わず「水、飲みます?」と尋ねていた。こちらとしてはにぎやかな場から離れて彼女と二人きりになれたことはうれしく思うものの、こうしてつらそうにしている姿はなんとも心配になる。

「少し飲みましたけど……」
「こういうときはたくさん飲んだ方がいいんじゃないですか?」

 テーブルに置いてあるコップに目をやれば、ステラさんはそうですね、とまた力なく答え、テーブルの上に置いていた僕が持ってきたほうのコップを手に取った。あ、と言うもののもう遅く、ステラさんはぐっとそれを一気にあおると静かにコップをテーブルへ置いて、そのあと上半身を大きく揺らしてソファへ手をつく。

「あああ、ステラさんそれ僕が持ってきたほうのお酒ですよ!」
「……ご、ごめんなさい……」

 視界がまわる、と小さく言うステラさんの頭が、僕の肩を支えにするようにもたれかかってきた。ソファの背もたれか何かだと思っているのか、普段のステラさんだとしないような行動だ。肩に頭をよりかからせることが仮にあったとしたら、彼女なら必ず一言断ってから行動を起こすだろう。それくらい、もしかしたらお酒がまわっているのかもしれない。そんなに強いお酒を持ってきたわけではなかったけど、あれだけの量でもステラさんには大打撃だったのだろう。
 うう、とうなるステラさんの肩へ支えるように手をやれば、ステラさんがびくりと肩を揺らして「す、すみません」と謝った。そこで肩に頭があることを理解したのか離れて行こうとする頭を、そっと手で押さえて「楽になるまでこうしてていいですよ」と伝えれば、ステラさんは一瞬迷ってから申し訳なさそうに謝ってくる。こちらとしてはうれしいことの連続ではある。僕がオペレーターになる前から整備士として働いていたクレイドルで、彼女とは何度も会話をする機会があった。その時から、言ってしまえば好意を持っていた人が、今僕に寄りかかっている。僕は戦う術はもっていないし、普通に戦ってもステラさんのほうが強いだろうからこんなチャンスは滅多にない。

「動けるようなら部屋に戻りますか?送りますよ、僕」
「い、いえ、でも、もうしわけ……ない、ですし」

 いよいよもって呼吸も喋り方も危うくなってきた。そもそも僕が持ってきたお酒でこんなことになってしまったのだから悪いのは僕でもあるわけだから送るくらいはさせてほしくもある。それに少しでも長く、普段あまり喋れない彼女と居たいという気持ちもあった。部屋まで送れば、介抱をするなり、一緒に居させてもらう口実は作れるだろうし。

「歩けますか?抜けましょう、ステラさん」
「……う、はい、すみません……」

 こんなところで僕にもたれているよりもきっとベッドで寝ころんだほうがいいだろう。そう思ってステラさんの手を引くために手を握ると、触れてわかるほどにステラさんの体があついことと、大きく脈打っていることがわかった。どくん、どくんと手首を持っただけで脈が伝わってくる。歩けたとしてもきっとステラさんが気持ち悪くなるだろう。そう思って、ステラさんの前にしゃがんで「乗ってください」と言えば、ステラさんはぼんやりしたままふるふると首を横へ振った。それだけでもめまいがしたのか、ステラさんは頭をおさえて蹲るようにして下を向いてしまった。甘えられるところでは甘えてほしいのだけど、それを良しとしないのだろう彼女はもう一度僕が「どうぞ」と言っても困ったように僕を見つめるだけだった。このままいても堂々巡りのような気がして、半ば無理やりステラさんを背負って立ち上がれば、ステラさんは「ひゃ」と小さな声を出して僕の肩へ手をまわす。瞬間、感じた背中の感触に思わず固まってしまう。ステラさんはそんなつもりはないのは重々承知しているし、そんな余裕もないだろう。ぴたりとくっつく柔らかな感触に、心臓が口から出てきそうだ。

「お?どうしたステラ。もうダウンか?」
「兄さん、ステラさんを送ってくるので片づけはお願いします」

 目ざとく僕たちを見つけた兄さんにそれだけ伝えると、兄さんは僕の背中でぐったりしているステラさんの顔を見ると、ステラさんの頭をわしゃわしゃ撫でてから「おう」とだけ言った。ほかの人たちは何か盛り上がっているのか、僕たちには目もくれていない。

「送り狼になるなよ、テル」

 うしろから半分笑った声で聞こえてきた兄さんの言葉は、聞こえないふりをして僕はラウンジから出た。




「ステラさん、水飲めます?」

 初めてはいるステラさんの部屋に感動する余裕もない僕は、理性がどこかちぎれる前にとステラさんをベッドへおろし、冷蔵庫に入っていた水を渡す。ステラさんは起きることもできないのか、うっすら目をあけて「あとで飲みますね」と一言。さすがにこの状態で放っておくわけにもいかず、口実云々を考える前に僕はステラさんのベッドへ腰かけて、水の入ったボトルを彼女の額へ当てていた。きもちいい、と小さく言ったステラさんはそのまま目を閉じてしまい、ボトルにそっと手をそえる。僕の指にステラさんの指があたっているものの、それを気にした風ではなかった。

「ステラさん」

 名前を呼ぶと、ステラさんはすみません、と小さく言う。寝ころんでいるステラさんの肌は相変わらずほんのり赤く、ぐったりとベッドへ沈んでいた。背負っていた時も理性を試されていたけど、今も理性をためされている気分だ。普段はそう感じないのに、薄暗いせいか、色気が、ある、というか。自分も飲酒をしているためか、思考が鈍っているのかもしれない。いつもはしないであろう行動も、きっと、飲酒のせいだ。そう思い込みながら、ステラさんの額に当てていたボトルの口をあけて、ステラさんの口へ近づけるもののステラさんはそれを目視はしているが飲めるような状態ではないらしい。う、と小さく唸って目を閉じたステラさんの頬を撫でれば、うっすらとあくステラさんの瞳。てるおみさん、と舌ったらずに僕の名前を呼んだ。
 その様に、ざわりと胸の奥が疼いたような気がする。なんていえばいいのかわからない気持ちに突き動かされるようにボトルの水を口に含み、そのままステラさんの顔の横にひじをついて彼女の顎を持ち上げる。とろりとした瞳が僕を見上げて、それから「てるおみさん」とまた名前を呼んだ。そのすきに開いた唇を自分のそれでふさいで、そのまま水をながしこめばごくん、と飲み込む音。もうひとくち、もうひとくち、としていくうちに小さなボトルだったその中の水はなくなっていて、僕の下にいるステラさんはお酒のせいとは違う理由で頬を真っ赤にして僕を見上げていた。呼吸が荒く、胸が上下しているのを見て、今度は水をふくまずに軽く口づければ、ステラさんは小さく体をよじって、だけど嫌がった様子はなく僕の行為を受け入れている。お酒のせいと、驚いてしまって何もできないせいもあるのかもしれないけど。

「ま、まって、テルオミさん、あの、わたし」
「水、飲めました?」
「え、あ、……は、はい」

 驚いたように目を瞬かせるステラさんは、僕の本心を探るためかじっと真ん丸な目をして僕を見上げている。だけど思考はしっかりまわらないのか、抗議もほどほどに僕の質問に答えてしまった。僕の肩に、僕を遠ざけるためにか置かれている手は力も何も入っていない。どくんどくんとなっている心臓は、ステラさんのものなのか僕のものなのか、もうよくわからなかった。

「……おやすみなさい、ゆっくり寝て、明日の任務に備えてくださいね」

 これ以上ここにいたら本格的に何をするかわかったものではない。無理やり何かするのは自分でも嫌だし、キスしたこともステラさんに了承なんてとっていない。酒の力だと言ってしまえばそれまでだけど、どうか今夜のことを彼女が覚えていないことを祈るばかりだ。ステラさんはじっと僕を見上げていたけど、そっと目を覆って瞼を閉じるように促せば、手を離したときにはすっかり瞼は閉じられていた。まだ赤い肌に、苦しそうな呼吸。酔いはさめてないようだから心配といえば心配だけど、ここにいて何かするほうが大事だ。それに僕も明日は朝からオペレーター業務が入っているから遅くなっても支障が出る。帰ろう。そう思ってステラさんの上からよけて、布団を彼女にかけてやる。すうすうと規則正しい寝息を立てているステラさんを閉まるドア越しに見て、僕は部屋を後にした。





「おはようございます」
「おはようステラ!ねえねえ、昨日はみんなで飲み会だったんだよね?いいなあ」

 業務の準備をしていたら、エレベーターから降りてくるステラさんが、ナナさんにあいさつをした。世間話のようなものだろうナナさんの話題に、二人が居る場所から自分が居るのは見えないだろうに背筋に嫌な汗が伝っていった気がした。部屋に帰ってからやっぱり酒の力に頼ってはだめだ。酒に飲まれてはだめだと一人で反省会をして、今日もしステラさんが覚えていたらというシュミレーションを何通りもして結局寝不足だ。けどステラさんを見る限りだと寝不足とは縁遠い声色をしているし、ナナさんも体調面ではステラさんのことを気にしていない。

「はい。でも、わたし、この世界だとお酒は強くないみたいです」
「あれ、そうなの?てことは飲みすぎちゃった感じ?」
「ソファに座ったあたりから記憶があいまいですね……。お酒でこうなるのは初めてです」

 お酒で、と言うあたり別のことで記憶を飛ばしたことはあるんだろうか。なんて妙に考え込んでしまったけど、それよりも記憶が曖昧、ということは覚えていないということなのかもしれない。良かった。いや、よかったというのはおかしいけど、どうせ言うのであれば、行動をおこすのであれば酒の力もなにも借りずに自分で事はおこしたい。

「うわあ、そうなんだ。でもステラのことだから、変なことはしてないと思うけど……」
「……だといいんですけど。……あ、でも、すごくいい夢を見ていた気はするんです」
「いい夢?それってどんな夢?」
「えっと……、ふふ、内緒です」

 思わせぶりに笑うステラさんと、それを聞きたがるナナさんがラウンジに消えていくのを見て、ほっと息をつく。僕がここにいることを気づかれてもいないし、昨日のこともどうやら夢だと思っているらしい。……いや、待て、さっき彼女はなんと言っただろう。いい夢?……どこからどこまでが?
 そんな疑問が頭をもたげて、じわじわと僕の中をうめていく。彼女の言う夢の、いい夢、だった部分とはどこなんだろうか。もしほんのりと僕のやったことを覚えていて、それをいい夢と言っているのなら。そこまで考えて、首を横に振った。それはあるわけがない。自慢ではないけど今現在僕とステラさんの間には信頼関係こそあれど、彼女から僕に対しての好意というのはほかの人とそう大差ないだろう。むしろシエルさんやナナさん、ブラッドの隊長さんたちに向ける好意のほうが強いかもしれない。それでなくとも僕は彼女より年下だし、弟のように扱われているような気だってしなくもない。
 だからこそ昨日酒の勢いでやらかしたことを猛烈に反省しているし、覚えられていないことを心底安心しているわけだ。好意を寄せていない男からあんなことをされたら嫌に決まっているし下手をしたらただの痴漢だ。暴漢だ。思い出してしまって、穴にうまりたい衝動にかられる。やらなきゃよかった。いや、でも、あれは仕方ない。というか、もっと僕は自分の理性を強くするべきだ。本当に。

「はあ……」

 思わずため息をつけば、視界の隅に色素の薄い髪が揺れるのが見えた。それにゆるゆると視線を動かすと、そこにはステラさんが僕を覗き込むようにして居て。一瞬幻かと思ったものの、僕と目が合うなり「おはようございます」とステラさんが笑ったために現実だと理解をして、その瞬間不審がられない程度に距離をとって、かたい笑顔を顔に張り付ける。

「お、おはようございます、ステラさん」
「疲れてるみたいですけど、大丈夫ですか?」

 首をかしげる様子が心底可愛い。普段ならポーカーフェイスを装って心の中で拍手を送るほどのものだけど、今の僕は後ろめたいことがあるためにそんな余裕もない。何を言われるのかわからない恐怖というのが胸の中を浸食していくのがわかった。冷や汗が止まらないなんて、アラガミに襲われかけた時ですらなかった。あの時はクレイドルの隊員の側にいたし、何よりステラさんが僕を助けて……って、うわ、これも思い出すんじゃなかった。女の人に助けられる男、っていうのも、みっともない、気がする。

「き、昨日飲みすぎたみたいで」

 なんとなくそれっぽい理由を言えば、ステラさんが、気づいたように、あ、と声を出す。いったいなんだろか。もしかして今ので墓穴を掘っただろか。なんてだらだらかく冷や汗もそのままに笑顔をはりつけたままステラさんを見ていたら、ステラさんはぺこりと頭を下げる。

「昨日はありがとうございました」
「え、えっ……!?」
「前後不覚のわたしを部屋まで連れて帰ってくれたのがテルオミさんだった、とハルオミさんが今教えてくれたんです。お礼を言いたかったので」

 本当にありがとうございました、ご迷惑をおかけしました。とステラさんは丁寧に頭を下げる。あ、いや、あれくらい、なんてしどろもどろになりながら答えている僕をどこか遠くで僕自身が見ているような感覚になる。けど、これは、覚えていない、ということだ。どうかそのまま記憶の彼方へあの出来事を飛ばしてほしい。柔らかかった背中の感触とか、唇の感触とか、僕は墓まで持っていく心づもりでいる。

「大変な思いをさせてすみません」
「いえ、ステラさんがつらそうだったし、それに僕も仕事があったので早く抜けたかったので」

 半分本当のことだ。下心もあった。下心があった結果があれで、反省会をして、今、こんな状態ではあるけど。まっすぐ目が見えないけどそれで不審がられても困るし、話しかけられたり話しかけたりができなくなるのも困る。なんとか目を見て話していたら、ステラさんが「テルオミさんのおかげで、いい夢が見られました」とはにかみながら言う。

「いい夢?」

 それは素で返した言葉だった。さっきも気になっていたそれを普通に返せば、ステラさんは僕をじっと見た後に、すこしだけ照れたように笑って「内緒です」と言う。頬がほんのり赤く染まっているのは目の錯覚ではないと思う。
 もしかして、という言葉が口をついてでそうになった。昨日のこと、覚えてるんですか?聞きたいのに、聞けるような雰囲気ではない。照れたように笑うステラさんと、挙動不審の僕。しばらくにこにこと照れたように笑っていたステラさんだったけど、ラウンジのほうからステラ、と名前を呼ばれてステラさんはそっちを向いてしまう。「今行きます」と答えて、もう一度僕を見て「じゃあ、またあとで」と言って僕に背中を向けてしまった。
 だけどラウンジに入る前、一度僕のほうを振り向くと「テルオミさん」と柔らかく名前を呼んだ。

「はい?」
「おみず、ありがとうございました」

 柔らかな笑顔と共に言い放たれた言葉を僕が理解する前に、ステラさんはラウンジのほうへ消えてしまった。その言葉をやっと理解したころにはしんと静まり返ったこの場には僕しかおらず。夢の中の出来事だと思っていることで僕にお礼を言ったのか、現実にあったことでお礼を言ったのか。それがよくわからず、やっぱりその意図も理解できず、僕はしばらくそこで石のようにかたまるしかできなかった。


20150826

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