ジュースでも飲むかと尋ねてきたロイドに、私も売店まで付き合うと言って湖から出ることにした。確かに、ふらふらしていただけにしても私も喉は少しかわいている。

「全員分ひとりで持っていくつもりだったの?手伝うから言えばいいのに」
「いや、みんな楽しそうだし邪魔したら悪いだろ?」

 言いながら、ロイドに並んで水を切って歩く。
 足の下でさらさら崩れていく砂の感覚が妙に気持ちよかったのだけど、急に足下に痛みを感じてバランスを崩した。何かで足の裏を切ったのだと思った時には、湖へばしゃんという音と一緒に倒れ込んでいた。

「マリア!」

 倒れ込んだと同時に聞こえたロイドの声に、引っ張られた腕。
 緊急とは言え急に触れられたことにびくりと体が硬直するけれど、相手がロイドだと理解をしていたためそれもすぐに解ける。
 少し飲んでしまった水でせき込んで、浅瀬だったため座り込んでいた私と視線を合わせてしゃがみこんだロイドが、背中に手を沿わせようとしてはっとしたようにその手を握りこんだ。
 優しい人だと思う。私に気を使って、触れないようにしてくれているのだ。
 ビーチにいた数人がどうしたんだとこっちを見たのがわかった。その中でもランディが慌てたように近づいてくるのも聞こえて、ひとまずロイドに「ごめんなさい」と言えばロイドはやはり心配そうに私を見つめている。

「マリア、大丈夫か?」
「ふ、ふふ、ロイドもびしょびしょになっちゃったわね」
「わ、笑い事じゃなくて……、もしかしてどこか怪我でもしたのか?」

 眉間に皺を寄せるロイドが、立ち上がろうとしない私を不思議に思ってか、じっと私の足を見る。
 水の中に足があるから出血しているかはわからないけど、目ざとく何かを見つけたロイドはしゃがみこんだまま私の足のすぐ下、砂の中へ手を入れて、その何かを取り出した。

「ガラス片……?……マリア、もしかして足の裏」
「おーい!どうした?」
「ランディ」

 近づいてきたランディに、ロイドが手に持った大き目のガラス片を見せる。それだけでロイドが言いたいことがわかったのか、未だに立ち上がらない私をランディは見ると、おもむろに私の右足を掴んで持ち上げた。
 すでにへたりこんでいるからバランスを崩すことは無いけどあまりにも無遠慮すぎるそれに思わず眉を寄せた。
 不愉快とか不快だとかいうわけではないのだけど。
 ランディに下心があるわけではないのはよく分かっているし、慌てた表情をしたランディを見るに、出血している箇所を水につけているのを心配してくれたのはわかっていた。

「ちょっと」
「結構ざっくりいってんな」

 滴るように溢れる血を見て、今度はロイドが顔をしかめた。
 自分からは見えないからどの程度切れたのかはわからないけど、確かにぱたぱたと湖に血が落ちていく量を見ると深く切っているのだろう。じくじくと痛むそれも間違ってはいないらしい。

「ロイド、セシルさんに応急手当頼めるか聞いてきてくれ。俺はこいつと戻るわ」
「わ、わかった」

 なんでもないように言うランディがロイドにそう指示をして、ロイドが跳ねるように浜へ走っていく。一直線にセシルのところへと向かっている。

「しばらくしたら治るのよ。慌てなくても大丈夫だわ」
「立てない奴が何言ってんだ」
「立てるわよ。ランディ、手を貸してくれたら」

 立つわ、と続くはずだった言葉はランディの「よっ」と言う声で消されてしまった。
 ロイドに指示をした時と同じように、なんでもないようにランディは私を横抱きにする。
 急な浮遊感と持ち上げられた、密着しているという状況にきゅっとランディではなく自分の腕を握ってしまう。
 ランディはそんな私を見て、そして足から落ちていく血を見て痛そうに顔を顰めて、浜へ向かって歩き出した。

「……ランディ、さすがに何も言わずに抱き上げるのはどうかと思うわよ」
「ん?あぁ悪い悪い」

 全く悪いと思っていない声音でランディがからから笑う。
 抱き上げられた状態のまま、ランディへ触れることもなんとなくできずに腕組をしてランディを見上げるけど、ランディはそれでも笑うだけだった。
 視線は、こちらへは来ない。
 急に触れたことに対して私が怖がっているかもしれないと配慮してくれているらしい。
 軽い会話も、私を安心させるためだろうことはもちろんわかるのだけど。

「言ったところで自分で歩くって言うだろうが。砂が入ったら手当だけじゃすまなくなるだろ」
「それは……そうだけど。あなたもロイドも、過保護すぎるわ」

 そう言ってくすくす笑うと、ランディが呆れたようにため息をつく。
 「どうせならおんぶでもよかったのよ」と笑いながらいえば、ランディは呆れとも諦めとも言えない表情をしてもごもごと口の中で何かを言った。

「いやさすがにそれはマリアも俺にもよくない」

 しばらくしてやっと何か言ったと思ったら、たった一言それだけ。
 面白くてふふふと笑えば、ランディが眉を下げて「笑うなよ」と言う。

「あら、私は別にいいのよ?背負ってもらって。水着だろうと気にしないわ」
「お前が良くても俺がだめだな、さすがに全く下心を抱かないとは言えない」

 まじめな表情で正直に言うランディに、私は思わず笑ってしまった。
 そこまで馬鹿正直に答えられてしまえば、これ以上からかいとは言え何も言えなくなってしまう。

「女性には不自由してなさそうなのに。……私はこの抱えかたの方が恥ずかしいのだけど」

 下からランディを見上げるのも、触れられている肌も、言ってしまえば恥ずかしいの一言しか出てこない。
 けど、ランディはそんな私を見てまたもごもごと何か言う。

「……全然恥ずかしそうじゃないけどな」
「ふふ、そうみせてるもの」

 言いながら、腕組をしていた手をランディの首へと回すと、目に見えてランディがうろたえたように視線を泳がせた。こうしてからかうのは楽しいんだけど、と思うけどこれも口には出さず。

「夜の街によく繰り出している人の反応じゃないわね」
「あー、マリアはなんか、照れるな」
「照れてなさそうな表情でよく言う」
「はは」

 声を上げて楽しそうに笑うランディに、こんなに触れられていても、自分から触れていても怖くないのは不思議な感覚だわ、と私は心の中だけで思った。


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