小さな赤ん坊を抱いた幸せそうな夫婦を見て、思わず私は目を細めてしまった。幸せそうな、ではない、本当に幸せで仕方が無いのだろうその夫婦――家族は、見ているだけで幸せをもらえるような気さえした。
 そしてふと、次の依頼のための移動中、私は自分の両親を思い出した。彼らにも、あんな時間があったのだろうか、と。
 少し考えればそんな幸せな時間は、小さな赤ん坊を抱いて、幸せに過ごした時間なんてなかったのだとわかるけど、でも、それでも。生まれてきた私が瞳を開く前までは。父親も母親も、あんな風に未来に希望を抱いていたのだろうか。大きくなる母のお腹を見て、父も、母も、幸せだと思う時間はあったのだろうか。

 私の知る母は、もうおかしくなってしまっていた。
 時々、不意に正気に戻る時があったけど、それもごく短い時間しかなく。まあ、その短い正気に戻る時間で私はあのロッジからクロスベルへと逃れてくることができたわけだけど……。
 父は私が小さなうちに亡くなっているし、母も……セルゲイやアリオス、ガイの調べによると私を逃がしてすぐに亡くなっている。幸せは少しでもあったのかと尋ねることは、もうできないから、答えなんて誰ももっていないし、探すこともできないんだけど。

「……、……さん?マリアさん、どうかしましたか?」

 ふと、運転中のノエルがバックミラー越しに私を見ながら心配そうに声をかけていることに気づいて「ああ、なんでもないの。考え事をしていて」と反射のようにそう答えていた。だけどそれを聞いたロイドが「マリア、何かあったのか?」と再度改めてたずねてきたため、思わず肩をすくめていた。
 私の誤魔化しに慣れたのか、私が日々いろいろなことを誤魔化していたからなのか。どうにもロイドには誤魔化しがきかなくなってきているらしい。

「本当になんでもないのよ。……ただ、幸せそうな家族だったなと思ってただけ」
「ああ……さっきの」
「確かに、あの2人、すごく幸せそうだったわね」

 ロイドとエリィが続いてそう言って、そういえばあの赤ちゃんが、と話がそちらへすり変わっていく。あまり私のことを掘り下げられなかったことに安堵して「可愛かったわよね」とその話を促す言葉をひとつ言って、私は窓の外へと目を向けた。これで私に話が振られることはほぼないだろう。


 瞳を開けた赤ん坊は、忌み子とされる悪魔の子供だった。
 村の人間から殺せと言われても、母はそんなことできるはずもなく、日に日にやつれていき、いつしか父と一緒に教団へ身を寄せ、悪魔の子を産んだ母として次の悪魔の子供を産むためにぼろぼろになった。
 父は悪魔の子を産んだ遺伝子として解剖され、遺伝子情報だけ抜き取られ死んだと聞いた。
 なんて、報われない夫婦だろう。元凶である赤ん坊だけは今もこうして生き延びて、誰かのそばにいることを許されている。誰かに甘えることを許されている。父も母も、赤ん坊のせいで死んでしまったのに。私だけが今を生きて、甘えることを許されている。

「悪魔が人間の皮をかぶって生きているのが私なのかしら」

 小さく呟いた言葉は、車のエンジン音と車内の雑談に溶けて消えていった。


20170617

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