慣れない場所、慣れない環境、それに追加して碧の大樹という場所。メルカバに定期的に戻って休息はとっているものの、ここ1週間満足に眠っていないこともあってか疲労が強いのは自分でもよく分かっている。けど、今ほかのメンバーに心配をかけるわけにもいかないし、以前「とりあえずなんかあったら俺に言うように」と言ってくれたランディも、今はとてもじゃないけど言えるような状態ではないだろう。叔父であるシグムントとの戦いで疲弊しているのは私だけではない。
それにまだ上辺だけでも私は取り繕えるし、戦いにも支障はない、と、思う。場所が場所でなければ支障はないと言いきれるけど、何があるかわからないから、自分の疲労と睡眠不足がどう作用するのかはわからなかった。
けど実際今のところ誰も私のことには気づいてないし、ロイドくらいはおかしいと気づいているのかもしれないけど、言ってこないということは気づいていないと思う。船内で聞こえてくる声や物音を聞きながら、比較的静かな廊下の壁にもたれて目を閉じる。休憩室へ入ってベッドに横になるのは気が引けるし。……慣れない場所のベッド、は、まだ少し怖いのだ。ツァイトあたりに声をかけて傍にいてもらうこともできるだろうけど、声をかけに行くことも億劫だった。
「……、……か?マリア?」
「……ああ、ロイド。ごめんなさい、考え事してたわ」
ぼうっとしていた。完全に、油断していた。船の中だし、甲板にはツァイトがいる。自分が立っていることも相成って油断していた。気づけば目の前にロイドがいて、心配そうに私を覗き込んでいる。それにいつも通りへらりと笑えば、ロイドは難しい顔をした。ああ、これはお説教をくらうかもしれない。何度か経験したことのあるロイドからのかわいいお説教を思い出して、私は少しだけ目を細めた。本当に、よく人を見ている。
「マリアが気づかないなんて珍しいな。……少し、寝てきたらいいんじゃないか?休憩室は誰もこないだろうし……なんならドアの前に俺が立っててもいいしさ」
私の睡眠不足も、睡眠不足の理由も分かってしまうロイドに苦笑をする。ダドリーもわかっているからダドリーに頼んでもよかったのだけど。
本当に心配そうにしているロイドに、私は肩をすくめてみせた。
「多分、そばに誰かいないとだめね。ここじゃ。だから」
「?俺がいるよ」
「…………」
天然ジゴロ、人たらし。ランディやワジがロイドに言う単語を思い出して、思わず無言になる。私自身何度も聞いてきたし、言われてきているもののやはりまっすぐなロイドの言葉には慣れそうにもない。
「……本当に、ロイドは女の敵ね」
「え、ええっ!?」
いつか勘違いした女の子に刺されるんじゃないかとヒヤヒヤしているのだけど。溜息をつきながら言えば、ロイドがうろたえる。だけどすぐに「長くは時間はとれないけどさ、少しでも違うと思うんだ」と話題を戻す。
ロイドに頼むのでも、ダドリーに頼むのでもいいとは思う。きっと私も少し寝れるだろう。それくらいロイドもダドリーも私にとっては慣れた人だった。けど、ふとランディを思い出すとそれもはばかられてしまう。
ランディから私に向かってくる気持ちは、居心地が良くて、あたたかくて、はじめてもらうようなものばかりだ。ここ最近の話だったけど、何度も告白はされている。それに明確に態度や言葉でも示してくれていた。それは以前からずっとだけど。それでも私が応えることができずにいるのに、変わらずランディは私を心配して、自分のことで手一杯なのに私を気にしてくれる。私が少なからずランディを想っているのにも、好きだと言われた返事ができない理由にも、気づいているんだろうけど。まあだからこそ何度も何度も好きと言ってくれるし心配もしてくれるのは分かってる。
「……ツァイトを、呼んでもらってもいいかしら?」
「ツァイト?」
「ロイドが嫌とかではなくて、支援課のビルにいる時から何度か頼んだことがあるし、あなたリーダーなんだから私だけに構わず皆に声をかけてきた方がいいわよ。……やっぱりあなたと話すと落ち着くから」
「……はは、マリアに褒められるとくすぐったい気がするな。ツァイトのことは任せて、マリアは休憩室で横になっててくれ」
「ありがとう。さすがに足でまといになりたくないから少し寝かせてね。出発する前には起こして」
「ああ。……おやすみ、マリア」
「ありがとう、ロイド」
ロイドが甲板のほうへ行くのを見て、私は休憩室へ入る。ベッドがいくつか並ぶそれに、喉の奥まで何かがせりあがってくるような気がしたけど、それを無視して奥の方にあるベッドへと腰掛けた。丁度腰掛けたところでツァイトがドアから入ってきて、私を見るなり顔をしかめたような気がした。神獣といっても大きな狼にしか見えないから、顔をしかめたのも気のせいかもしれないけど。
「また無理をしたのか」
「無理する前に寝かされたの」
「変わらないだろう」
「……ごめんなさいね、いつも」
「さすがにもう慣れた」
ツァイトはそう言うと、私が腰をかけているベッドの脇へぺたんと伏せる。それを見て息をついてから、私もベッドへと潜り込んだ。整えたばかりなのか、シーツがピンと張っている。……アッバスがしてるのかしら。それはそれで見てみたい気もするわ。ベッドに入った途端襲ってきた眠気と疲労感に、私はそこまで考えて、意識を手放した。
気配がかわった。そう思って起きたのは、眠ってからどれくらい経ってからか。気分的には随分すっきりしているから長い時間寝たのか深く寝たのかのどちらかだけど、長く時間はとれないとロイドが言ってきたしきっと後者だろう。眠っているふりをして気配をさぐると、ツァイトのものではなく、隣のベッドからランディの気配がした。ベッド脇にいたはずのツァイトの気配はもう甲板に戻っていて、ロイドと話しているようだ。なんでランディが?もしかしてツァイトを呼んだ後にロイドが声をかけたのだろうか。
私が起きたことに気づいてないらしいランディは、無言のまま、じっと私を見つめているようだ。目を閉じていてもわかるくらいには見つめられている。けどそれが嫌な視線ではなく、どちらかと言うと心配されている、居心地のいいもので私は構えていた気をほぐす。
「……俺に言ってくれりゃいいんだがな」
小さな呟きと同時に、優しく頭を撫でられる。髪をすくように、大切な宝物に触るみたいに。さすがに驚いて、だけどゆっくり目を開けると、私が起きるのを分かってたようにランディが「起こしたか?」と笑った。
「……」
「ん?どうした?寝ぼけてるのか?」
「……ツァイトは?」
何を聞くべきか。さっきの言葉はなんとなく理解したけど、あえて聞くべきか。一瞬考えて、とりあえずここにいないツァイトのことを尋ねると、ランディは肩をすくめて笑う。
「俺が来たら出ていったぜ」
「そう」
言って起き上がって、ランディと向き合うようにベッドへ座り直す。じっと私の顔を見ていたランディは「ましな顔になってんな」と少しだけ安心したように笑った。……ましな顔って。
「女性にたいして失礼ね?」
「寝不足だったやつがよく言うぜ」
わしわしと私の頭を撫でると、ランディはけらけら笑う。そのまま、私の頭を撫でたままの体勢でしばらく固まると、ランディは「ちょっと甘えさせてくれ」と言うと、私の横へどかっと座って、そのまま私を引き寄せた。抱きしめられている。そう思うのが早かったのか、ランディが私の頭を撫でだしたのが早かったのか。
抱きしめられるということに硬直しそうになったのに、頭を撫でられている、という子供扱いだと思わせるそれに私はため息をついた。
「子供扱いじゃない。それにあなたが私を甘やかしてるわよ?」
「俺にとっちゃ甘えてるのと同じだからな」
「変な甘え方ね」
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