マリアは、とにかく不思議な女性だった。
自由で、気まぐれで、支援課として活動しだしてしばらく経つにも関わらず、マリアの本音はうまく隠されているのか何を考えているのか分からないことが多い。
初めて会った日にも思ったが、視界に入った途端に目を惹かれるほどに不思議な魅力もある。
視線が逸らせず、マリアのことしか考えられないほど思考が埋め尽くされることも度々あるほどに。
そしてマリアは身体能力はかなり高く、頭の回転も早い。
セルゲイから話を聞けば、捜査一課に所属してほしいと勧誘されていたこともあったらしいのだ。
当の本人は「警察官って面倒そうよね」と笑っていたが、今となってはマリアも警察官の一角を担っている。
「マリアは……」
「なあに?」
支援課のビル、屋上で。
マリアを前にしてロイドは一度深呼吸をした。
時刻は深夜も過ぎた頃である。
ほかのメンバーは、とうに眠っているだろう、そんな時間だった。
そんな時間に、マリアはぼんやりと屋上でクロスベルの街並を眺めていたのだ。
ロイドが起きてきたのはたまたまだったが、なんとなく足が向いて屋上までやってきたらそこにマリアが居た。
ロイドがやって来るのを分かっていたかのように、ロイドがドアを少し開けた瞬間に「ロイド、眠れないの?」と声をかけられ、そのままロイドはマリアの隣で街並をぼんやりと眺めていたのだが。
クロスベルの街を抜けていく風が、マリアのゆるく巻かれた銀髪を巻き上げて去っていく。
片方だけの青い瞳は、いつも通り柔らかく細くなり微笑んでいるようだ。
「マリアは、俺たちと一緒に働くことは、反対だったのか?」
以前から気になっていたことだった。
マリアは、いつも飄々としていて一人で行動することも多い。
気づけばふらりとどこかへ行き、そのままふらりと戻ってきて任務に必要な情報を持ってきたりするのだ。
支援課全員で行動することが多い中、なんとなくマリアのその行動はロイドに引っ掛かりを覚えさせていた。
聞いたはいいものの、マリアの表情が見れずにクロスベルの街並みへと視線は流したままマリアの答えを待てば、マリアはふふふと微かに笑い声をもらす。
それに釣られるようにマリアを見やれば、マリアは眉を下げて笑っていた。
困ったような、寂しそうな、懐かしそうな、嬉しそうな。色々な感情が混ざったようなそれに、ロイドは視線をマリアへと奪われていた。
いつも感じる強制的に惹かれるような感覚ではなく、ロイドの中で懐かしい≠ニ思って、何かを思い出しそうなそんな感覚だった。
「どうしてそう思ったの?」
そう尋ねるマリアの表情は柔らかく、まるで幼子に何かを聞くような声音だ。
今までのマリアからは聞いた事のない声音に、なんとなくロイドは安心した。
それと同時に怒ったわけではないことにロイドはほっと息を吐いて、その優しい表情におずおずと口を開いた。
「その……言葉にするのも難しいな……。一人で行動することも多いし、俺たちが作った食事もあまり手をつけない……。あとは……本音が見えない、というか……人柄が見えない……? というか……。その、信頼されてないんだな、と思うことが多いから」
マリアが怒ったところも、気分が悪そうにしているところも、ロイドは見たことがなかった。
だから何をどう伝えたらマリアを傷つけずに済むのか、気分を害さずに伝えられるのか考えていたが、本音の見えない相手の心を探るのはどうにも難しい。
もしかしたらこれで益々ロイドたちとの距離をとるかもしれない、と思ったが、ロイドの予想に反してマリアは少し驚いたようにきょとんとしていた。
「ちゃんと見ているのね、私のことも」
「え? そ、そこに驚いてるのか……」
さすがにメンバーのことは理解したいし、早く打ち解けたい。
リーダーとしても全員のことを把握するのは当然だろうとロイドは思っている。
全員とそれなりには仲良くなってきているし人となりも分かり始めてはいるのだ。
それはもちろんマリアも例外ではなく打ち解けたいと思って、気にかけるようにしていた。
マリアは少し考えるように視線をさ迷わせると、じっとロイドの目を見て「そうね」と口を開く。
「……まず一つ目。私は今まで一人で行動していたし、効率を考えて動くことも多かったの。だから一人で動くことに疑問がなかったんだわ。それは今後気をつけるわね」
ごめんなさい、と眉を下げて言うマリアに、今度はロイドがぎょっとした。
謝って欲しい訳では無かったのだ。しかしマリアはロイドの言葉を真摯に受け止めてくれているらしい。
なんとなく、笑顔で気をつけるわ、と言われて終わるか気分を害させて部屋に戻られると思っていたため、意外な反応にロイドは「あ、いや、うん」となんとも言えない返事をして終わる。
「それと二つ目……は、そうね……」
少しどう言うか考えているらしいマリアは、けれどすぐに「偏食なの」と一言。
「偏食?」
「ええ。食べられないものが多いの。だから誰かの手作りだから食べられない、ではなくて……そもそもが食べられないのよ」
魚、肉、卵はメインに据えるとマリアは手をつけなかった。サラダや果物は物によっては口に入っていたが、それだけだ。
スープも、物によっては飲んでいたが全く手をつけないことも多い。それが敢えて食べなかったわけではないと聞いて、ロイドは安心した。
が、それと同時に不安も覚える。
マリアが栄養不足で倒れるんじゃないか、と。
「ロイドたちに会う前から食生活は今とそう変わってないの。野菜と果物とスープを少し。それで充分健康よ」
痩せすぎてるわけでもないでしょう、とマリアは自分の体をぽんぽんと叩いて見せた。
確かに痩せすぎているわけではないが、食べているものと量を考えるとロイドにしてみると不安しかない。
「これからはマリアが食べられるものを模索してみることにするよ」
「ふふふ」
口元をおさえて笑うマリアに、やはりロイドはどこか懐かしい気持ちを覚えた。
支援課で初めて会ったはずだし、マリアに似た知人もいるわけではなかったのだが。
「それと信頼に関しては……してない、わけではないと思う」
信頼していない、と言われる可能性も考えていたが、なんとも微妙な言い回しにロイドは少し眉を下げた。
マリアも考えているのか口元に手を当て、視線は街並みへと滑らせていく。
「支援課について反対していたわけではないのはまず前提として覚えていてほしいんだけど」
「うん」
「さっきも言ったけど、一人でいることが長すぎて団体行動が苦手なの。だからきちんと組織に所属できるかは不安で。それと……」
そこからの沈黙は、長かった。
どう言えばいいのかマリアは考え込んでいて、ロイドは急かすこともなくじっとマリアの言葉を待つ。
言うべきか迷っているであろうマリアは、本当にたっぷり時間をとったあとに、悪くなった顔色のままロイドと視線を合わせる。
その顔色の悪さに何かロイドが言う前にマリアが口を開くほうが早かった。
「私は、秘密にしたいことが多いの。信頼だとか、そういう話をするには……それを説明しないとうまく言えそうにないわ」
「ごめんマリア、もういいよ。だからどこかに座った方が」
一歩、ロイドがマリアに近づく。顔色の悪さにどこかに座った方がいいのではと思ったためだったが、近づいた瞬間、マリアがびくりと体を揺らした。
ほんの一瞬だったが、片方しか見えない青い瞳に怯えが浮かぶ。
え、とロイドが思った時にはマリアはいつもの飄々とした笑顔を浮かべて「大袈裟よ」と肩をすくめていたが。
「でも、一緒に生活できるくらい信頼しているから、心配しないで」
優しげな笑顔は、今までロイドがよく見ていた笑顔である。
それが意図的に浮かべられた笑顔だと気づくのは簡単だったが、これ以上聞ける雰囲気ではなく、マリアからも柔らかくではあるが拒絶されているのが分かったのだ。
各自部屋があり、鍵もつけることができる。言わばマンションのようなものだ。
そこで共に暮らせる程度しか$M頼できていない、というのはロイドにとっては衝撃ではあったが、先程一瞬だけロイドに見せた怯えを考えると、ロイドが考えるよりもずっとマリアの言えない秘密は根深いのかもしれないと思う。
いや、そもそも暮らせているのかもマリアに関しては謎ではあるのだ。
今も深夜に眠らずマリアは屋上にいて、以前ランディも夜中に帰ってきた時屋上にマリアが居るのを見たと言う。
眠れていない可能性もあるが、それは今尋ねるべきではない。
「なら、戦いの時に背中を任せられるくらい信頼してもらわなきゃな」
口をついて出た言葉に、マリアは少し安心したように、けれど楽しそうに笑う。
作った笑顔ではないそれに、少しだけロイドは安堵の息を吐いた。
「そういう意味ではみんなの事は頼りにしているのよ、リーダー」
少なくとも、頼られているのは事実らしくやはりロイドは安心して胸を撫で下ろした。
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