子供たちを囲んでいた魔獣を倒した直後、上から落ちてきた大きな魔獣を一閃で倒した男性に、マリアはぱっと喜色を浮かべた。
 幸いにもその表情は四人の視線が男性──アリオスに注がれていたため見られることはなかったのだが。
 マリアはアリオスが近づいてきているのは分かっていたし、もしもアリオスが間に合わなければ自己を犠牲にしようとする歳若きリーダーを押しのけてでも倒そうと思っていたがそれもマリアの杞憂だったようである。
 A級遊撃士アリオス・マクレインは、マリアにとってはこのクロスベルへやってきてマリアを保護してくれた恩人の一人だった。
 真っ暗な積荷の中で時間感覚もなくなり、何日も何も食べず、どうしていいのか分からず、ずっと一緒だった母とも離れてしまった。
 怖くて不安で、けれど死にたくても死ねず、呼吸をするのすらいやになっていたマリアにとって、もはや家族と言っても過言ではないほどに。
 当時ガイには「雛の刷り込み」と称されたが、それくらいにマリアはアリオスたちにべったりだったのだ。
 マリアが置かれていた場所の異常さ、異質さを教えてくれたのはセルゲイやアリオスたちである。
 そして己の狭かった世界を知り、己のいた場所を理解し、夜毎恐怖に怯えるマリアにゆっくりと広く優しい世界を教えたのもまた彼らだった。
「マリア……、お前がいるなら助けもいらなかったか」
「そんなことないわよ。ありがとう、アリオス」
 ぱちりとアリオスと視線が合い、マリアはにっこりと微笑む。
 会えて嬉しいと全身から滲み出るような笑顔ではあるが、眼帯で覆われて顔の半分は見えない上に、知り合って数時間程のロイドたちには分からなかっただろう。
 けれど子供の頃からマリアを知っているアリオスは困ったように眉を下げると、子供たちを連れてさっさと帰り道へと踵を返した。
 ロイドたちにもアリオスは声をかけはしたが、子供を優先するためか振り返らずにジオフロントを歩いていく。
「マリア、あのオッサンと知り合いなのか……?」
 道中、ひそひそとランディに声をかけられ思わずマリアは笑ってしまった。
 確かに年上ではあるが、オッサンと呼ぶには些か若すぎやしないだろうか、と。
「そうね。……恩人なの」
 それだけ言えば、ランディははあーと感心したような息をつく。そりゃそんな顔にもなるか、と小さく呟いて。





「マリア、警察署で喧嘩はしなかっただろうな」
 ジオフロントから出て呼び出しがかかり、副局長から小言を言われ捜査二課の人間からもバカにされ支援課へと戻ったマリアに開口一番セルゲイはそう言った。
 随分信頼がないのね、と思うがマリアはにっこりと微笑んで「してないわよ。ねえ?」とロイドたちを振り返る。
 一瞬なんの事か分からなかったらしい面々は顔を見合わせるが、とりあえずは喧嘩らしいものは何も今までしていないためロイドが「う、うん」と答えた。
「逆に頼りっぱなしだったというか……喧嘩になるようなことは、なにも……」
 エリィが補足をしたが、セルゲイの言っている喧嘩というのは、セルゲイ曰くキツネ≠ノ対してだ。
 相も変わらずマリアを視界に入れた途端じっとりと見てくるのは心底気持ちが悪いと思うが、そんなのは他の人間もそうなのでマリアは特に気にはしなかった。
 悪魔の力を宿して生まれてきた弊害のひとつである。
 人に対して発揮される、マリアを魅力のある女性に見せるという、マリアにとっては何も嬉しくない能力である。
 言わば性的興奮を覚えるほどの魅力を感じるのだが、理性的な人間に対しては目で追ってしまう、じっと見てしまう等で留まることも分かってはいるが。
 仕方の無いことだ、ともうマリアも割り切っていた。
 ただし、マリアに慣れず、会う度そういう視線をやたらと向けてくる相手に砕く心は持ち合わせてはいないだけの話で。
 聞くに耐えないセルゲイへの悪口や嫌味を言われてしまえば、更に持ち合わせる心も言葉もなかった。
 支援課に対して思うことがあるのはマリアも理解はしているし、そう思われても仕方がないことも十二分に理解をしている。
 そもそも今までマリアがしてきたお小遣い稼ぎの延長のようなものが正式に特務支援課≠ニ名前がついたのだから小言の一つや二つや、十や二十もあって当たり前である。
 遊撃士の真似事だなんだと言われても仕方がないだろう。
 そもそもが警察がもっと早くにしっかりと基盤を築いていれば済んだ話である。
 しかし理解をしていることと、面と向かって嫌味を言われること、個人個人は悪い人間ではないのはまたマリアにとっては別の話だった。
 以前ピエール副局長にセルゲイやガイ絡みの嫌味を言われた時、我慢できず嫌味を言い返したことがあるのだが、その件でマリアはかなりピエールから目の敵にされている。
 今でこそマシにはなっているが、当時はそれこそマリアを見るなり勢いよく何やら言うくらいには。
 要はマリアには喧嘩をしたという前科があったためセルゲイも気にしていたのだが、マリアが何もしていないと聞いて安心したような表情をした。
「耳が付いていても考える脳がなければ私が何を言っても理解はできないでしょう?」
 マリアが言うなり、セルゲイははあと大きなため息をつき、他四人はぴたりと固まった。
 それをにっこり笑ってマリアは見てから足を部屋の外へと向ける。
「セルゲイはこれからみんなに説明をするんでしょ? 私はもう分かっているし部屋に戻るわね」
 また明日ね、とマリアは言うとひらひら手を振って部屋から出て行った。
 残されたセルゲイと四人は、ぽかんとマリアが出て行ったドアを見つめしばらくしんと静まり返っていたが「相当頭にきてるな、あれ」と小さくランディがボヤいた言葉にセルゲイ以外の三人が同意をした。
 

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