エリオット・アリスの生まれた村は、よそとの交流がほとんどないような村だった。
閉鎖的で、昔からの風習が根付いているような古い考え方の年寄りの多い村である。
その村で生まれたエリオットは、それでも村の中では現代的である両親に大切に育てられた。
昔からの風習を苦手とした両親は、エリオットに村の風習を押し付けることも無く、エリオット自身自由に伸び伸びと育てられたのだ。
「忌み子?」
エリオットが十四歳になった頃だった。
なにかの話の中で、母親がこの村には忌み子と呼ばれていた赤ん坊がいたと言う。
十四年この村で生きてきたエリオットも全く聞いたことの無い話である。村の大人たちからそんな話を聞いたこともなかった。
「みんな話したがらないと思うわ」
苦い顔をして言う母親の肩を、父親がそっと撫でた。
けれど母親は話すことをやめず、その忌み子についてエリオットへと教えてくれた。
生まれた忌み子は女の子で、悪魔と混ざった赤子だったこと。瞳の色が血のような赤と、空色だったこと。
オッドアイなんて無いわけではない。ただ珍しいだけでは、とエリオットは思ったのだが、どうもそれだけではないらしいことは母親の話しぶりからも分かったので口は出さずに黙って聞くことにする。
生まれた瞬間に、村人たちから赤子を殺せと言われたらしいが、その母親はどうしても赤子を殺せず、赤子の父親が懇意にしていたどこかの教団へと身を寄せたらしい。
そもそもその教団自体が怪しいもので、父親とその教団により赤子が悪魔の子となったのでは、とも村では言われているらしかった。
要はおかしな宗教団体にその家族も、村も、振り回されたのか、とエリオットは思う。悪魔と混ざった赤ん坊なんて、非現実的だ、と。
その後、今までその家族から連絡はなく、どうなったのかも定かではないらしい。
村の噂では両親は死んだ、と言われているらしいがそれも信ぴょう性はどうにもなさそうだった。
「……どうしてそれを僕に教えてくれたの?」
急にそんな話をされるということは、なにか意味があるのだろう。
エリオットは胸の奥に燻るもやもやを吐き出すようにそう訪ねると、両親とも俯いてしまった。
「その父親というのが、俺の弟で」
「うん」
「エリオットの、本当の両親なんだ」
絞り出すような父親の声に、エリオットは特に何も思わなかった。
確かに驚きはしたものの、そうなんだ、という、完全に他人事の感情を抱く。それでも胸の奥にはもやもやしたものが溜まっていて、その理由は自分でもよくわからない。
そこからは父親が話しはじめ、両親共に本当はエリオットの叔父と叔母だと言う。
本当の両親ではないと聞いても、エリオットにとっての父親と母親はこの二人でしかない。
今までずっと共にすごしてきた時間が変わる訳でもないのだ。大切に、本当の子供だと疑うことも無く育ててもらっている。
だからこそ見たこともない生みの親が死んでいるかもしれないというのは、どうにも別の家庭の話のようでピンと来なかった。
「その赤ちゃんって、どんな子だったの?」
けれど、生きていたら自分の妹だという赤ん坊のことは、気になった。
両親は死んでいるのかもしれないと言われているが、その子供のことは特に触れられていない。
けど、両親が死んでいるのだから赤ん坊も死んでいるのだろう。
そう思って尋ねれば、父親が目を細めて、一度呼吸をおいた。
忌み子だと言われるくらいだから、相当ひどい容姿だったのだろうか。それとも、自分と似ていたのだろうか。
無意識に、家族になるはずだったその赤ん坊のことをエリオットは尋ねていた。
「銀色の髪に、エリオットと同じ空みたいな青い瞳と、血みたいな紅い瞳の女の子だったのよ。とっても可愛い子だったけど……不思議と、人目を引く子だったわ」
「おまえ……」
答えは父親からではなく母親から返ってきた。
咎めるように父親が母親をたしなめるが、母親はどこか悲しそうにその表情を歪める。
村のみんなは忌み子だ、不吉だと口を閉じてしまっているけど、どうにも母親は少し村の人間とは違う気持ちを抱いているらしい。
「マリア。そう言っていたかしら」
「マリア……」
繰り返すようにエリオットはその名前を繰り返した。
けれどもう生きていないのであろう妹の名前を呼んでみたところでピンとくるわけでもなく。
ただ、妹がいたらどんな感じだったんだろうな、なんて、その時はそれだけをエリオットは考えていた。
「ロッジから逃げた子?」
深夜の、クロスベルにある居酒屋である。
ありふれた大衆向けの、ざわついた店内にある個室の中、エリオットはなんでもないように「ああ」とタバコをふかすセルゲイと向かい合っていた。
D∴G教団いうカルト団体のロッジを制圧した時、名簿にあるのに死体もなにもない子供がいたという。
それをおもむろにエリオットに話しはじめ、そのロッジから逃げてきた子供を数年前に保護して、一緒に生活しているのだと言う。
一応機密だからな、とタバコをふかしながら言うセルゲイに、エリオットは思わず首をかしげていた。
ロッジを制圧したのなんて、もう何年か前の話である。当のセルゲイやガイたちから話を聞いているのだから。それをなぜ今更。
「なんでそれ、僕に教えてくれるんですか?」
警察官でもなく、一警備隊員でしかないエリオットに。
エリオットの上司であるミレイユや司令にならまだしも、エリオットは特に役職があるわけでもない。
重大な任務へつくこともほとんどないような警備隊員である。
セルゲイがなんでもないように言うから機密情報だなんて思えない。
けれどさあな、とセルゲイは言って肩を竦めた。
微妙な情報だけを与え、そこから先は話す気が全くないらしい。ビールのジョッキを持って半分ほど入っていたそれを一気に煽ると、店員を呼び止めセルゲイは追加を頼んだ。
セルゲイは、なんでもないように見えて意味の無いことはあまりしない。エリオットに与えた情報も、きっとエリオットに必要だからこそ与えられたのだろう。
それはエリオットもわかるのだが、どうにもエリオットと繋がるものがないような話だった。
ロッジに知人がいるわけでも、なにか情報をエリオットが持っているわけでもない。
手元にあったビールを一口飲んで、D∴G教団のことを考える。耳にあまり馴染みのない団体だな、と思うのと同時に、教団、という単語が頭に残る。
「教団……」
呟いてみると、急にその単語がエリオットの中で大きなものになる。
なんとなく引っかかった単語だったが、はっと脳裏を過ぎったのは今は亡き両親だった。
どこかの教団に身を寄せた本当の両親と妹。不意に、昔聞いたその話をエリオットは思い出す。
「セルゲイさん、それって、女の子……?」
「さあな」
どうやらエリオットがセルゲイの望む答えにたどり着いたらしい。セルゲイは先程よりも穏やかに笑うと、それでも肩を竦めるだけだったが。
昔、エリオットが警備隊に入ってすぐのころ。
セルゲイやガイ、アリオス、ダドリーたちに酒の席で家族や妹の話をしたことがあった。
その、なんでもない時にしたエリオットの身の上話を、セルゲイは覚えていて、尚且つその妹を保護したと確信を持っているのだろう。
だからこそ、エリオットにその話をした。
数年前のことを今頃話すということは、確信が持てたのか、それともその子の状態が話せるほど落ち着いていなかったのかそのどちらかだろう。
「マリアが、生きてる……」
忌み子として村を出され、どこかで死んだと思っていた妹が生きている。
心のどこかでずっと引っかかっていた妹の名前を呟けば、セルゲイが目を細めた。ああ、合っているのか、と妙な安心感をエリオットは感じてしまった。
両親はもう亡くなり、エリオットに家族と呼べる存在はいない。
会ったことも無い妹が家族と呼べるのかはわからないが、それでも会ってみたいとエリオットは思う。
セルゲイが保護をしている、ということはその子はきっとロッジにいた頃よりもずっと穏やかに過ごしているのだろう。
エリオット自身セルゲイを信頼していて、この人が父親だったらどんなに良いだろうかと思ったことも少なくはない。
自分の父親を嫌っている訳ではなく、ただ、そう思う程にセルゲイはエリオットの中で信頼に足る人物だった。
銀色の髪に、赤と青の瞳。エリオットは金髪に青の瞳。
同じなのは瞳の色だけかもしれないが、似ているのだろうか。それとも全然似ていないのだろうか。考えるだけで、なんとなく昔感じた胸の奥の燻りのようなものがなくなっていく感覚がした。
「あ、会えるかな、セルゲイさん」
「自分で探せよ。俺はここまでしかしてやれないからな」
セルゲイ自身が会わせる気があまりないのか、それともマリアが会う気がないのか。
どちらかは分からないが、セルゲイが間を取り持ってくれる気はないらしい。
けれどエリオットはそれで良かった。自分の足で探せばいいだけの話だ。
クロスベルは広いが、生きているのだと知ればいつかは会えるような気がしていた。
「うん、ありがとうセルゲイさん。生きてるってわかっただけで、充分」
エリオットはそう言って細めて笑う。
セルゲイはそれを見て少し複雑そうな表情をしていたが、それでもふぅ、とタバコの煙を吐いて目を閉じた。
祈るようなそれに、ああ、この人はその子のことを大切に思ってくれているのだろうとエリオットは思う。
大切にしているからこそ、数年間エリオットに言わずにいたのだろう、と。
マリアの気持ちや環境をを優先させたのだろう。そしてエリオットに教えた今も、少し迷っているのかもしれない。
「……無理には会いに行かないから大丈夫だよ。ちゃんと僕が探すから」
「そうしてやってくれ。勘がいいから近づくと逃げるぞ」
「へえ。猫みたいな子だね」
「ま、そうだな」
目を細めて笑うセルゲイは、父親のような顔をしていた。
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