警備隊から支援課に来て良かったと、ランディは歓楽街から支援課ビルへと戻りながら思う。
 遊ぶ場所が多いのはもちろんのこと、同僚たちも程よい距離感を保ってくれているため気が楽だった。
 リーダーであるロイドは見た目によらず熱くなる性格らしいが、ランディにしてみればそれも中々に好感が持てる。
 聞いているこちらが恥ずかしくなるような台詞をぽんと吐くところも、なんだかんだ言って気に入っていた。
 つい先日も任務で出会った旧市街の不良──ワジも、ロイドのその性質をいたく気に入ったようでそれ以来会うとロイドに構い倒しているのは度々見るようになったのだが。
 さすがにランディは自分のロイドの気に入り様はあそこまででは無いと思いたいとろこではある。
「ん……?」
 歓楽街で楽しく酒も呑め、鼻歌でも歌いたくなるほど上機嫌にビルへ戻れば、ちらりと屋上に銀色が見えた気がしてランディは首を傾げた。
 もう一度屋上を見ると銀色は見えなかったが、なんとなくそこに行けばマリアが居るような気がして、ランディは戻った足をそのまま自室ではなく屋上へと向けることにする。
 マリアは、ランディから見ても不思議な女性だった。
 とびきりの美人ではあるが、掴みどころがない。そして戦いの中に於いて、本当の実力がわからない。
 それはランディにも言えることではあるが、ロイドたちに合わせて戦っているような節がマリアにはあった。
 戦いの中での状況判断や思考の切り替え、戦い方、その全てが無駄がなく鮮やかである。
 それが出来るのは戦い慣れている人間のみだ、というのがランディの自論だ。
 そしてマリアは戦い慣れていることに加えて、とびきり強い。
 そんな強さをしていながら、マリアは見た目だけなら儚げな美人だった。
 少し付き合ってみれば儚くもないし中々にいい性格をしているのもわかるのだが、初めて会った時あまりにも目を惹かれ、ランディは心底から驚いたほどである。
 触れたい、独り占めしたい、どこかに隠して自分しか知らない場所に置きたい。
 もっと言えばすぐに抱きしめてしまいたいだとか、ベッドに連れ込みたいだとか、そういう、おおよそ初めて会った人間に対して思うはずもないことを本能的に考えてしまうほどに、マリアは感情を揺さぶる女性だった。
 それこそ自分の理性が追いつかないほどに。
 最近はマリアに慣れてきたが、それでも油断をしたらそう思うこともたまにある。
 理性で本能的なものは殴りつけてはいるものの、マリアに対面した時ほど自分が信用出来ないことはない。
 そして今はもう深夜と言っても過言では無い時間だった。
 この時間に、マリアと二人で対面するというのはランディには中々に難しいかもしれないと思う。
 誰かがいればそれでいいが、ほかのメンバーが起きているとは思わない。
 しかし屋上に見えた銀色はマリアだったし、やはり見えてしまったものは気になってしまうのだ。
 屋上のドアを迷うことなくランディは開くと、ぶわっと風が吹き込んできた。
 それにうわっ、と声を漏らすと、くすくすと笑うマリアの声が聞こえてやっぱり居たのか、と内心思う。
「おかえりなさい。酔いさましかしら」
「あー、まあ、そんなとこだ」
 屋上の柵に近い場所に簡易椅子を置いて、そこに座っていたマリアは風に銀髪を煽られながらランディを見て目を細めて笑っていた。
 酒を入れたからか、やたらとマリアが蠱惑的に見えてしまい、今すぐ隠さなければ、独り占めしなくては、抱きしめて全部奪わなくては、と乱暴な本能が顔を出したがなんとかそれは心のうちだけに押しとどめた。
 ランディは、自分に、そのまま理性に負けるなと応援を心の中で盛大に送り続ける。
 そんなランディの葛藤を知ってか知らずか、マリアのひとつだけの空色の瞳はいつも通りの色で、表情もいつもと変わらない。
 逆にどこか楽しそうに細まっているようだ。
 けれど何となくマリアの元気がないような気がして、ランディも屋上前の踊り場に置いてあった簡易椅子を持ってきて、少しだけ距離を開けてマリアの横へと腰掛けた。
「風が強いなあ、ここは」
「今日は特にそうね」
 今日は、ということはここの常連なのだろう。
 けれどそれを掘り下げたところで曖昧に微笑まれて終わる気がしたため、ランディは別の話題を振ることにする。
「マリアは? なんでこんなとこに居るんだ」
 尋ねると、マリアはふっと笑みを深くして「目が覚めちゃって」と言う。
 ああ、多分嘘だな、となんとなく思って、けれどそれを追求するのははばかられた為「そういう時もあるよな」と当たり障りなく返した。
 眠っていたにしてはマリアの身なりは整っているし、着ている服も普段着にしているワンピースだ。
 きっと眠れずに、ずっと起きているのだろう。
 そこで元気がないというよりも、マリアの顔色が悪いことに気づく。
 化粧でうまく誤魔化してはいるものの、薄暗いから分かるのか目の下にうっすら隈があり、顔色も白っぽい気がした。
 そしてマリアも嘘を見抜かれていると分かっているのか、ふふ、と小さく笑うと眉を下げた。
「大丈夫よ。しばらく涼んだら部屋に戻るから」
「んじゃ、俺もそれまでお供しますか」
 頭の後ろで手を組んでそう言うと、目に見えてマリアは驚いたような表情をした。
 珍しい表情に、ランディはおや、と思う。
 良くも悪くも、マリアは本音を隠すことが多い。
 それが発言にしろ、表情にしろ、全てから本音が見えにくいのだ。
 心底から嬉しそうだったのを見たのはランディは一度きりで、それこそ初めてあった日にアリオス・マクレインと遭遇した時くらいなものだ。
 その時はマリアはよく笑うのだろうと思っていたが、それ以来あんな笑顔を見ることはなく、よく見る顔と言えば目を細めて笑うか、眉を下げて困ったように笑うかだ。
 どちらもマリアの作った笑顔、である。
 よく言えば怒ることはなく穏やかな性格なのだろうと思うが、笑顔しか見られないというのはそれだけ警戒されているということにもなりかねない。
 当たり障りなく接せられているのだ。
 共に働き出して日は浅いが、ロイドやエリィ、ティオの表情は比較的よく変わる。
 ティオはそうでもないが、それでもマリアほど同じ表情しか見ないということはないのだ。
 そんなマリアが、素で驚いた表情を見せたためじわりと悪戯心がわいてしまう。
「珍しいな。驚いた顔なんて初めて見たぞ」
「……てっきりあなた、じゃあ俺は先に寝るかな、くらい言うと思っていたから」
 少し気まずそうにマリアは言うと、空色の瞳をゆっくりとクロスベルの街へと向けた。
「こんな深夜にレディを一人残して帰るなんてことはさすがにしないって」
 肩を竦ませて言えば、マリアは街に視線を向けたままくすくす笑う。
「なら、朝までここに居てってお願いしたら一緒にいてくれるの?」
 視線がランディへと戻って、空色の瞳が楽しげに細まっている。
 冗談っぽくマリアは言ってはいるが、半分くらい本当に問われているのでは、とランディは思ってしまうくらいにその楽しげな瞳の奥が不安そうだった。
 自分の膝に肘をついて頬を支えながら、ランディは少し大袈裟な、芝居がかった声で「もちろん」と言った。
「喜んでお供しますよ、レディ」
 仮に百パーセント本気で言われていたとしても、ランディの答えは同じだっただろう。
 少なくとも顔色が悪く、眠れていない様子の同僚を放っておくほど人でなしではないつもりだった。
 冗談めかした言葉の本音に気づいたのか、それにマリアは笑うと、ランディと同じ格好、膝に肘をつき頬を支えるようにしながら「ばかね」と一言。
 真っ直ぐに視線はランディを射て、その瞳の中に嬉しそうな色が見えた。瞬間、風が吹いてまたマリアの銀髪を揺らす。
 初めて見るような柔らかく、どちらかといえば無邪気な笑顔に、ランディは知らず息を飲んでいた。
 アリオスに会った時とも違う種類の、マリアの本音の笑顔である。
 綺麗だな、と思うよりも可愛いな、と思ってしまった。それくらいに無邪気な笑顔だった。
 それを真正面に浴びてしまい、ぐっと胸がつまるような気持ちになる。
 さっきまでの本能的な感覚ではなく、感情のほうがぐらりと動いたような、胸の奥で何かが跳ねたような。そんな感覚だ。
「……夢見が悪くて眠るのがいやなだけなの。でも、今日はあなたがプレゼントをくれたから大丈夫ね」
 そのプレゼントというのがランディには咄嗟に分からなかったが、ランディが言った朝まで一緒にいるという趣旨の言葉だとすぐに気づく。
 たったそれだけの言葉で、マリアがあの表情をしたことになんとなくひっかかりを覚えるが、そのひっかかりもマリアの笑顔を見ると霧散してしまう。
 無邪気に、嬉しそうに笑うマリアは、けれどすぐにいつもと同じ表情で目を細めて笑うと「ランディ」とランディの名前を呼んだ。
「明日も早いし、五分だけ付き合ってもらってもいい?」
「え、五分だけでいいのか?」
 あまりの短さに素で聞き返してしまったが、マリアはその問いには嬉しそうに笑っている。
 少なくとも一時間くらいは付き合ってと言われると思っていたのだ。あまりの短さにさすがにランディも驚いてしまった。
「いいの。その変わり、五分間はランディの楽しい話を聞かせてもらおうかしら」
 いたずらっぽく笑うマリアに、ランディはふっと息をもらした。
 「そりゃまた、ハードルが高い」
 結局話し始めてみれば、マリアはかなり聞き上手だった。
 そのせいなのか、いつもよりもマリアの豊かな表情が見れたからなのか、一時間以上話し込んでしまっていた。
 街明かりがぽつりぽつりと消え始めた頃に、さすがに寝なきゃね、とマリアが肩を竦めて言ったためお開きになったのだが。
 部屋に戻り軽く入浴を済ませ、ランディは倒れ込むようにベッドへと寝転がった。
 さすがに眠気が強くなってきて、ぼんやりとしていく思考の中「ハマると沼そう……」とやはりまとまらない思考のまま呟いてランディは眠りに落ちた。
 

戻る