「マリア、どこに行ってたんだ。全員そろってるぞ」
「ああ、ごめんなさいセルゲイ。ジュースが飲みたくてちょっとそこまで行っていただけよ」

 案内された会議室で俺の自己紹介のあとに入ってきたのは、大量のジュースを抱えた女性だった。
 蒼みがかった銀色の髪はゆるやかにウェーブがかかっていて、腰あたりまでそのまま流している。
 そしてひとつだけ見える空色の瞳を飾るまつげも長く、瞬きをするたびに頬に影を落としそうだった。
 首元から襟が詰まっている黒いワンピースは女性の雰囲気に沿わず地味ではあるものの、それが逆に女性のことを引き立てているかのように見えてしまうほどにきれいな人だった。
 けれどそれよりもずっとインパクトのある、顔半分を覆うように右目にされている黒い眼帯は、女性に対してはあまりにもアンバランスな印象を抱いた。
 驚くほどにきれいな人で、人目を惹く女性である。
 会議室に入ってきた瞬間、空気ががらりと変わったような、そんな感覚を覚えるほどに。
 その女性に、ぐっと視線が引き寄せられる。目が離せずに、一挙手一投足を見逃せないと思ってしまう。そのままふらりと近づいてしまいたくなるような、そんな気持ちになった。
 近づいて、触れてみたい。話してみたい。声を自分に聞かせてほしい。自分じゃないような気持ちが自分の中にあることに気づいて、思わずぐっと拳を握っていた。
 そんな不確かな気持ちのまま行動していいはずがない、と自分の中でなんとかその衝動を抑えこむ。
 その女性はそんな俺には目もくれず会議室に入ってくるなり課長と親しげに会話をすると、特に悪びれた様子もなく俺たちを見て、それからにっこりと笑った。
 「何がいい?」と人好きのする笑顔で聞かれて、一瞬何を言われたのかわからなくなった。
 見とれていた、目を奪われていた、といえば聞こえがいいが、その女性を不躾なほどに見つめていたらしい。
 それは俺以外の三人も同じようで、女子二人も、男性一人もはっとしたように「えっ……?」と不思議そうに声を出した。
 女性が微笑んだ瞬間に、止まっていた時間が動き出したような、そんな不思議な感覚だった。
 自分じゃない自分がいなくなったような、もやが晴れたような、なんともいえないそれに俺は胸の奥でざわざわと何かが騒ぐような気持ちになる。
 女性はといえば、少し眉を下げて困ったように笑うと課長へとひとつ、カップを差し出した。

「セルゲイはコーヒーでしょう。はい」
「……」

 課長は女性の行動にため息をつくだけで、咎めようとはしなかった。
 課長と親しげに話していたところから見ても彼女はいつもこういった行動をするのだろうし、何よりそれをとがめても効果はないのだろう。そしてそれを許される関係を築いているのだろう。
 にこにこと微笑む女性は「レディファーストね」と言って俺たちを見てから、女子二人のほうへとジュースを渡しに行ってしまった。
 ――眼帯の女性。ふっと、なんとなく、昔そんな子と会っていたような感覚が脳裏をかすめたけど、それを思い出す前に女性が俺の前にやってきて「どれがいい?」とジュースを差し出した。

「あ、いや、俺はあとで……」
「そう? あなたも、どれでもいいわよ」
「いやいや、レディファーストっつーならお嬢さんから先に選んでくれたらいいぜ?」

 野郎は後回しでもな、とランディと名乗った男性が俺にそう言って目くばせをした。
 それに頷けば、女性は一瞬驚いたように目を見開いて、だけどすぐにふふふと笑うと「じゃあお言葉に甘えて」とカップの一つを手にとった。
 それを見届けてから、俺たちも目の前にあったカップを手にとる。ありがとうございます、とお礼を言えば、女性は「どういたしまして」と楽しげに微笑んだ。
 もう、さっきのような目を惹かれるという感覚にはならない。

「自己紹介も終わったしこれから任務だぞ。とりあえず自己紹介しとけ」
「あら、もう終わっちゃったのね」

 せっかちね、とやはり楽しげに笑う女性は、カップを机へと置くと、課長の横に並んで座ったままの俺たちをくるりと見回した。空色の瞳を細めて笑って、はじめまして、と一言。
 笑みの形を作るその瞳がずいぶんきれいだな、とぼんやりと思う。

「マリアよ。よろしくね」
「……それだけでいいのか?」
「ええ。ほかに言えることってそんなに持ってないもの……一応警察学校は卒業してる、くらいかしら」

 短い自己紹介を終えた女性は、それからカップに口をつけながら俺たちをじっと見る。
 自己紹介をしないと、と思って顔をあげれば、エリィという同い年くらいの女性が一番に口を開いた。
 さっきと同じ内容の自己紹介をしている面々を見ながら、最後に俺の番になり、さっきと同じ内容でいいかと口を開き名前を言った瞬間、女性の顔色がさっと変わった。

「ロイド・バニングス……?」
「え、あ、はい……。えっと……?」

 悪い表情ではない。どちらかと言えば驚いたようなそれに、なんとなく居心地が悪くて身じろぎをすれば、女性はじっと俺を見た後に、一瞬だけ寂しそうな、泣き出しそうな表情をした。
 だけど俺が意識する前に女性はさっきと同じ笑顔に戻っていて「よろしくね」と言っただけだ。俺の見間違いかもしれない。本当にそれくらい一瞬の表情だった。

「ところでセルゲイ、任務って?」
「ああ、これから案内するところだ。ついて……」
「飲みながらいきましょ」

 楽しげに笑う彼女のマイペースな様子に、課長は苦笑をしながら肩をすくめただけだった。



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