食が細いのだろうか、とロイドがマリアに対して思ったのは初めての食事当番の時だった。
 好き嫌いやアレルギー等あらかじめ全員に聞いていたのだが、マリアにだけは聞けずにいたのもあった。
 野菜を少しとデザートの果物、それにスープと食後の紅茶だけは胃に入ったが、他のものには一切手をつけなかったのだ。
 嫌いなものがあったのか尋ねようとしたロイドだったが、ある日思い切っていろいろ尋ねた際「偏食だから気にしないで」とフォローをされた。
 他のメンバーにも伝えたという旨、そもそもそんなに食べないのだということも言われたのがその時だ。
そこからロイド含めたメンバー全員の、マリアに完食してほしい計画がはじまったといっても過言ではない。

「肉系はダメね。本人も苦手だと言っていたわ」
「魚と卵もです」
「果物は食べれるものは多い気がするな」
「野菜も柔らかいのはダメそうだったっけ……」

 ここ数ヶ月で集めた情報をお互いに交換しながら、ロイドたちは頭を抱えていた。
 果物以外でマリアが栄養をとれるものがほぼないに等しい。飲み物に関しても牛乳は飲めず、ケーキや甘味といったものもあまり食べられないのだ。頼みの綱である果物も、食べられないものはあるようだった。八方塞がりとはこのことである。
 
「あんなに少食でよく体がもつわね」
「かといってすごく痩せているわけでもないですし」
「うーん……」

 今まで支援課全員が作ってきたレシピで食べてくれたもの、好き嫌い。だいぶ分かってきたつもりでいたが、こうして並べてみるとほとんど食べられるものは無いことしか分からず。
 マリア自身の料理の腕はたいしたもので、自分が食べられないものでも調理だけは人一倍にできるのだ。
そこからヒントを得ようとしたこともあったのだが、本人は人の料理を作ったあとは林檎をまるかじりして終わったり、レモンティーを飲んで終わったりすることが多いため得られるものもない。
 躍起になるメンバーを楽しそうに見つめるマリアも、もはや見慣れたものである。
 
「果物も食べれなかったものを書き出してみようか……」
「酸味があるものが好きみたいね」
「キウイはダメそうだったけどな」
「あとは──」





 支援課のビル屋上。
 今日は読みたい本があるから早めに部屋に戻ると言って引いたマリアだったが、いつもの定位置に立ち、楽しげに目を閉じて柵に背中を預けていた。
 時折吹く風に髪を揺らされながらも、その様子はやはり楽しげである。
 
「マリア?」
「あら、仕事は終わったの?」

 セルゲイがタバコをふかしながら屋上へ入ってきても目を閉じたまま、マリアは口元だけ笑みの形を作った。
 それにがしがしと頭をかきながらセルゲイは煙を吐き出すと、マリアの隣へ、マリアと同じように柵へ背中を預けるようにして立つ。
 支援課メンバーが額をくっつけて話し合いをしているのに、マリアがいないのが気になって屋上へ上がってきたとは言えず、セルゲイはもう一度だけ煙を吐き出した。
 そもそも言わずとも、マリアにはわかっているだろうと思っているのだが。
 
「随分楽しそうだな」
「そうね」

 ふふ、とマリアは口元を押さえて笑う。珍しく屈託のない表情で笑うマリアにセルゲイは人知れず目を細めるが、目を閉じたままのマリアには見えるわけもなく。
 
「ロイドたちが私の食事で悩んでいるみたいで」
「分かってるなら食えるもんくらい教えてやりゃあいいだろ」
「悩んでくれているのが」

 そこで一度マリアは言葉を区切ると、ぱっと目を開ける。自分が言おうとしたことに驚いているような表情をしたあと、ちらりとセルゲイを見て、それから階下にいるであろうロイドたちのほうへ視線をやって、ううん、と唸りながら空を見上げた。
 その間に二度煙を吐き出したセルゲイだったが、マリアの答えを急かすわけでもない。のんびりと三度目の煙を吐いたところで、マリアがはあ、と小さくため息をついた。
 
「悩んでくれているのが、嬉しいのね、私」
「だろうな」

 初めて気づいた、と言わんばかりのマリアの表情に、セルゲイはなんでもないように小さく相槌を打っただけで終わる。
 
「だからちゃんと教えてやれよ、食べれるもんくらい」
「……だからこそ私が食べられるものを当てて欲しいなんて思うのは天邪鬼かしら」
「相当な」

 肩をすくめたセルゲイに、マリアはまた楽しげに笑っただけだ。階下でフルーツの名前を次々に上げていっている声を聞きながら、マリアはじっと足元を見て、それからふっと口元を緩める。
 
「……私、牛乳と卵が入っていないパンなら食べられるわよ」

 支援課に来る前、マリアがよく食べていたのは簡単なパンにフルーツを挟んだフルーツサンドだった。甘みが足りない時はシロップを作ってフルーツを漬け込んだりしていたが、基本的に酸味のあるものが好きなため滅多にしていない。
 体質的なものもありそんなに食べなくても確かに生きていける体でもあるのだが。
 
「気づいて欲しいなんて、とんでもない我儘よね」

 少し笑って言いながらも、マリアがロイドたちに自分の好きなものを言うことは無いのだろうとセルゲイは思いながら、ふう、と最後の煙を吐いた。


20211221

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