「あれ……ロウ?マリア・ロウだろおまえ」

 オルキスタワーの中、自由にしてもいいと言われている区画をあてもなくふらふらしていたら、1人の国防軍兵士が声をかけてきた。私がふらふらしているのを咎めるために呼び止めたのかとも思ったけど、どうも声のニュアンス的にそうではないらしく。振り返ってみれば、そこには見覚えのある顔があって「あら」と首を傾げていた。

「ヘンリーじゃない。……?あなた警官じゃなかったかしら。国防軍だったのね」
「いや、まあ色々あってな。ていうかここにいる支援課のやつってお前だったのか」

 警察学校時代に同期だったその顔を見て、立ち止まっていたらヘンリーは私に近づいてきて、きょろきょろするように周りを見た。人がいないか確かめているのだろうそれに「誰もいないわよ」と言うと、それでもいっそう声を小さくするヘンリーは、耳打ちするように口元へ手をあてる。

「なあ、何したんだ?ここに拘束しとけって言われてるんだけど……それにしちゃこのフロアは自由にさせていいって言われててさ」
「ふふ。さあ、私にもわからないの。アリオスに無茶したからかしら」
「げ、国防長官に何したんだ?ていうかアリオスって……」
「小さな頃から知り合いなの。兄みたいに思って育ってきたから」

 どうやらここで私のお守りをさせられている兵士には、細かなことは伝わっていないらしい。まあ拘束するのに自由にさせるなんてことになるのだから細かなことも伝えられないだろう。ここでキーアのことを話して兵士を混乱させるのも得策ではないだろうし。
 ……ヘンリーはこれで情に流されやすいところがあるから、事情を言って手助けしてもらってもいいのだけど……騒がせてしまうのも、まだ、違うだろうか。
 逃げるなら、もう少し機を伺ってからだ。いざとなればオルキスタワーの屋上からでも飛び降りて逃げることは、多少の怪我はするけど私なら大丈夫だろう。……きっとアリオスにも、セルゲイにも、ロイドたちにもかなり怒られることは確かだろうけど。

「まあ、あんま無茶するなよ。学校の時もわりと1人で突っ走るタイプだっただろ」

 ヘンリーは、警察学校時代にそれなりに話していた部類だと思う。自分の力のこともあるし、特に異性とは当たり障りなく関わっていたけどヘンリーだけはやたらと話しかけてくるものだから、顔を見たら話すようにはなっていた。まあ会ったのもだいぶ久しぶりなんだけど、その時の名残というのは面白いものだった。数年会っていなくても、こうして普通に会話ができるのだから。

「今は1人で突っ走るとうちのリーダーに……ふふ、支援課の全員から怒られちゃうから。そんなにできないのよね」

 それでなくともアリオスに1人で挑み、自分の足を斬らせてでも戦おうとしたことは怒られているし、当のアリオスからもしこたま怒られている。自分のことは棚に上げさせてもらうが、とまでアリオスに言わせてしまったのはつい昨日のことだった。
 ……まあ、そこで気づいたこともたくさんあるし、アリオス自身も自分の行動が私に何を感じさせるかをわかってしたのだろうから……。まあ、わかったところでここから逃げることは変わらないし、シズクを悲しませたことは父親としてはマイナス点だ。
 キーアも……たぶん、私だけの説得できいてくれるような覚悟をしていない。少し話してわかったけど……私じゃキーアの心を揺らすことはできても、きっとあそこから引きずって連れ戻すことはできないのだ。ロイドや……それこそ、全員でキーアを連れ戻さないと。そもそも、このオルキスタワーに私がいるというのが、キーアの懸念のひとつなのかもしれないけど。

「なんか、おまえ変わったな」
「そうかしら。自分じゃわからないけど」
「昔はもっととっつきにくかったっていうか。話しかけづらかった気がする」
「そう言いながらあなたしつこいくらい話しかけてきてたじゃない」
「そ、それはおまえが気になって……!」

 そこまで言って、ヘンリーは口をつぐむ。少し照れたような表情に、なんだか微笑ましくて心の中だけで小さく笑った。表には出さずに、首をかしげてから「なあに?」と尋ねると「いや、べつに」とヘンリーはそっぽを向いてしまう。
 支援課の中にはいないタイプの人だと思う。実直でまっすぐで、素直な人。情に厚くて、流されやすくて、それが彼のいいところでもあるけど。ああ、もしかしてそういうところが評価されなくて警備隊のほうへ入ったのかもしれないけど。もったいない人、とこれもまた心の中だけで思う。

「まあしばらくはおとなしくしているわ。……ロイドもまだ動いていないみたいだし」
「しばらくって……解放されるまではおとなしくしとけよ……」
「じゃあ無茶しないように地下8階くらいまで連れて行ってほしいところだけど……そこまでいけば一人で帰れるもの。ね、アリオス?」

 言えば、ヘンリーがはっとしたように私のうしろを見た。廊下のちょうど角からのぞいたアリオスは、呆れたようなため息をつく。敬礼をするヘンリーに背中を向けて、にっこりとアリオスへ笑えば「無茶をするなと言ったばかりのはずだ」とあきれた声で言われてしまった。

「無茶じゃなくて逃げようとしてるだけよ」
「逃げたところでクロスベルからは出れないだろう」
「それはそうだけど。キーアに頼んで出してもらうわ。それに出れなくてもできることはたくさんあるもの」
「はあ……」

 私の本気なのか本気ではないのかわからない発言に、アリオスは大きくため息をついた。私はくすくす笑っているし、うしろのヘンリーからは焦ったような空気を感じている。突然の国防長官の登場と、その国防長官を茶化す私に頭がついていかないのだろう。

「無茶といえば、ねえ、アリオス?」
「……なんだ」
「私、べつにここから飛び降りてもいいの。まあ……多少怪我はするけど、逃げることはできるもの。すぐに治っちゃうし」
「マリア。何度言えばわかるんだ。自分を傷つけるやり方は感心しない」
「そうさせているのはあなたたちよ?」

 首をかしげて笑顔で言うと、アリオスは無表情の中に少しだけ苦しそうな顔を見せた。ああ、ほら。そういうところ。そういう表情をするなら、そんなことを思うのなら。はじめからそちら側へ行かなければいいのに。そうするしかないのだとしても。

「まあ、でも安心してて。まだ、しないわ。それに」

 ふと耳をすませる。屋上でさっきから、キーアとアリアンロードが話しているのだ。私のことを。ロイドたちのことを。ここからすんなりと出られる日はきっと近い。キーアはとにかくここから私を……私たちを遠ざけたいのだろう。そのくせそばにいてほしいのだろうに。不器用な子だと思う。

「そんな無茶しなくても出れそうだし」

 ふふふと笑って、アリオスの通る道をあけてやれば、アリオスは訝しげに私の横を通って、それから敬礼をしたまま固まっているヘンリーを見てから「マリアをたのむ」と一言いうと廊下の向こうへと消えていってしまった。どの口が言うのかしらね、と小さくぼやけば、やっと肩から力を抜いたヘンリーが「おまえ、なん、なんつー言い方を」とつまりつまりに言い出した。まあそうだろう、一兵士からしてみれば、国防長官という国のトップにあんな口の利き方をしていたら焦るしかないだろうけど。

「ヘンリー、さっきも言ったけど昔馴染みなのよ」
「そ、それにしたって今のは言い過ぎだろ!さすがに飛び降りたら死ぬって!!」
「……ああ、そっち」

 それもそうか。私が何であるかを知らないヘンリーはその発言に驚いたって無理はないけど。まだ混乱しているのだろう彼に、それでもなんとなく場の空気が和んだような気がして私は笑った。

「しないわ。それにもう少ししたら私きっとここから出られるから」
「は?で、でられる?」
「予想だけど。……ねえヘンリー、ここで何があってもここで捉えられてる人を守ってあげてね。私だけじゃないでしょうし……これから先、たぶん」

 そこで言葉を切る。これから先のことを予想しても、何がどうなるかはわからないけどディーター大統領はあのままではいられないだろうし、私たちだって、きっと特務支援課自体が変わってしまう可能性だってあるけど。

「大変だと思う。信じられないものもたくさんあると思うわ。でも、ここにいる人たちをどうか守ってあげてね」
「……?そ、そりゃ、俺も一応兵士だし。戦えない民間人を守るのは俺の仕事だからな」
「それでいいのよ。よろしくね」



20171009

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