「え?この世界妖精いるの?」

妖精がいる、と由良が聞いたのは、入学式を翌々日に控えた夜、教員寮の談話室でだった。
毎日の日課になりつつある教員寮での夜のおしゃべりに花を咲かせていたところ、トレインが妖精の話をなにかのついでにしたのだ。
そこから妖精の話になり、この学園でも妖精に手伝ってもらっている魔法がいくつもあることを由良は聞かされた。温度調節だったり、冬場の焚き火の管理だったりと様々なものを任せているらしい。
普通であればエアコンを使用するところなのだが、魔法学校らしく魔法での管理にしているのだと言っていた。
魔力がもたないのでは?と由良は思ったが、魔力や魔法といえば妖精が強いのだと教師全員が言うのだ。もちろん、対価はいるらしいのだが。

「妖精かあ」

談笑もおひらきになり、由良はあてがわれた部屋へと戻ってからベッドに腰掛けて首を捻る。
この世界において、前の世界の精霊ポジションに妖精がいるのだろうと由良は考えた。
この世界のことやちょっとした談笑、精霊を介す魔術を使うこともあった由良なので話してみたいと思うのも道理である。
教員たちに魔術を教える時も問題なく魔術自体は使えているため精霊だか妖精だかの助力は得られているのだろうとも思うのだが、声をかけても特に出てきてくれるわけでもないらしい。
クルーウェルから聞いた、窓辺にミルクやクッキー、ビスケットやチョコレートを置いておけばいい、という言葉を信じてそれを実行してみることにはしたのだが由良は窓辺に置いたお菓子たちを眺めながら、視線を自分の手へとうつす。

「召喚したりできるのかな……」

といっても由良ができるのは大した魔術でもない。以前の世界たちで仲間がしていたような大それたものができるわけもなく、本当に道を聞く程度の力の弱い精霊を呼べる程度である。
目に見えないだけで、妖精はいるのだと教師陣は言っていた。妖精たちが集まる催しもどこかでしているらしいし、学園にも妖精族という妖精たちが通っているのだと言う。
人と同じ形をしているため見分けはつかないようだが。
由良は備え付けてあるテーブルへと行き、置いてあった小さなメモ帳に何の変哲もない、こちらも備え付けの万年筆でさらさらと円や術式を書き込んでいく。
不思議なことに由良が万年筆を走らせた線は青白く発光しており、術式の完成が近づくにつれキラキラと小さな光が術式の上に見えるようになった。

「気づくか気づかないかわかんない程度だから大丈夫でしょ……」

由良が術式に込めた魔力は微々たるものである。術も使えるか使えないか分からないほどの。
話をする程度の妖精であれば少量の魔力で充分であり、あまり魔力を注ぎ込みすぎると力の強い妖精が来かねない。
由良より強いものを呼び出せるわけではないため、由良で対応ができないわけではないだろうが教員たちに迷惑もかけられなかった。

「よし!できた!」

子供の落書きかと思うような、円と文字を組み合わせた術式が完成すると同時。ぱっとその線が光ったかと思えば、術式を書いたメモ帳は光になって消えてしまった。
普段であれば術式の上に召喚したものが出てくるのだが、その術式すら跡形もなくなってしまっている。

「えっ、間違えた!? いやもしかしてこの世界じゃ使えな……」
「随分な呼び出しの魔法だな」
「うわっ!?」

魔力の揺らぎも何も感じないほど唐突に、由良の背後から男の声が降ってきた。
いや前にもこんなことあったな?!と思って由良は背後を振り返ると、そこには由良の手元を覗き込むように見下ろす、角の生えた青年が立っていた。
じっと由良を見下ろす、どこまでも透き通った若葉色の瞳は面白そうに細められている。驚く程に美しいその容姿に、あ、これ人間じゃないな、と由良はなんとなく思う。
由良が見上げたことにより青年の髪が由良の頬にかかるが、それを青年は気にするでもなく、なくなったメモ帳があった由良の手元を眺めているようだ。

「だ、だれ」
「僕を……というわけでもないが、喚んだだろう?」

じっと視線を合わされ、そこで由良は気づく。あれこの人見たことあるな、と。
初日、この世界にやって来た日に寮長たちの中にいた一人では?と。

「喚んだといえば喚んだけど私もっと小さくて力の弱い子を……と……思ったんだけど……」
「ほう?」

またも青年の瞳は面白そうに細められる。
まじまじ見てみれば学園の制服を着ており、腕には寮章もついている。瞳の色と同じ黄緑色のリボンに、同じ色のベスト。
購買でもよく見るため、寮の名前くらいは由良も覚えていた。

「ディアソムニア寮の寮長?だっけ?」
「なんだ、覚えていたのか」
「顔だけだけど!」

名前まではさすがに知らないと言えば、やはり青年は面白そうに目を細め、今度は口元を緩めて笑う。
とりあえず危険はないだろうと由良は覗き込まれていた体勢から青年に向き直るようにしてみる。そうすれば青年も覗き込むのをやめて、由良が向き合うのをこれもまた面白そうに眺めていた。

「……く、首痛めそう……大きいね……?」

先日見たジェイドやフロイドよりもはるかに背の高い青年にありのままを伝えれば、ふむ、と顎に手を当て何かを考えるようにして、すとん、と近くにあった椅子へと腰掛ける。これならどうだ?と言わんばかりのドヤ顔に、由良は吹き出しそうになりながらもテーブルを挟んだ向かいへと同じように腰掛けた。

「えーと、私は由良っていうんだけど……由良・神園、のほうがいいか」
「由良か。変わった名だな」
「まあこの世界じゃ馴染まないかもね」
「世界」

オウムのように繰り返された言葉に、由良はうん、と頷いた。
それに青年は思い出したように「別の世界から来たんだったな」と、まるで昨日の夕飯を思い出した、と言わんばかりの軽さで言う。

「名前……って聞いてもいいの?呼びだしちゃった形になるから聞かない方がいい?」
「いや……、そうか、別の世界……。僕のことも何も知らないのか」

えっもしかしてこの人有名人!?と若干驚くものの、由良にとっては異世界なので知らないのも仕方がない。
青年もそれを嫌がっているというよりも、面白そうにしているだけである。

「教えられないって言うならイケメンと呼ぶしかなくなるんだけどイケメン居すぎてよくわかんなくなるかもしれない」
「イケメン……」

言葉の意味を分かっていないのか、やはりぼんやりとオウム返しに言葉を返され、由良は苦笑いをした。
まとっているオーラはとんでもないのに、話せばまた印象が違う。人間ではないなと見てすぐに思う程なのに、だ。

「イケメンがだめなら……うーん……」
「マレウス」
「えっ?」
「マレウス・ドラコニア」
「あっ、名前?」

不意に言われた言葉に、一瞬名前だと思わず首を傾げた由良だったが、青年──マレウスが緑色の目を細めて肯定したため、由良はうんうんと頷いて「マレウスありがとう!」とお礼を言った。
名前を教えられたということは正式な召喚ではなかったらしいことに安堵もしているし、あの程度でこの強さの妖精が来てしまうのは完全に想定外だったため若干の焦りも感じていたのだ。

「あの魔法では小さな力の妖精は来れないだろうな」
「えっ、そうなの!?」

驚く由良だったが、ふい、とマレウスが指を動かすと、机の上にティーカップに入った暖かな紅茶が突然に現れた。
それに由良が目をやると、もう一度マレウスが指を動かせば今度は皿に乗ったクッキーが現れる。
完全に話し込むスタイルになったが、由良は目の前で起こった魔法らしい魔法に瞳をキラキラさせてマレウスを眺めていた。

「すごーい!今のも魔法!?っていうかここ数日で見た魔法で一番魔法だった!」

ぱちぱちと拍手までされ、マレウスは楽しげに喉の奥で笑う。満更でもないのか、由良が興奮したように拍手や言葉を送るたびにマレウスのまわりでぱちんぱちんと光の鱗粉が弾けている。
魔力が感情で表に見えちゃうんだろうけどあまりにも可愛いな……と心の中だけで由良は真顔になった。
マレウスは機嫌よさげに自分で出したティーカップに口をつけている。

「あ、いや、あまりの感動に忘れてたけど力の弱い子が来れないってなんで?この世界じゃ通用しない感じの召喚術式だった?」

おそるおそる、由良も湯気のたつティーカップを持ち、それに口をつける。ふわ、と広がる紅茶の味に再度「うわほんとにおいしい紅茶だ!」と感動の声を上げた。

「喚ばれているのは分かるな。指定もしていないことも。だがあれだと強すぎるんだ」
「ええ……?あれで……?魔力も全然込めてないんだけど……」
「文字自体に力がありすぎる。あれだと術者と同等かそれ以上の妖精しか呼べない」
「なんと」

マレウスが手のひらを上に向ければ、さきほど消えたはずのメモ帳がふわりと現れ、マレウスの手の中に収まる。
文字は光っていないが、さきほど由良が子供の落書きよろしく簡単に書いたものだった。
由良にとっては見慣れている自分の字であり、何度も使ってきた本当に小さな召喚の魔術なのだが。
マレウスが言うことが確かであれば、強すぎる術になるらしい。世界が違う弊害だろうかと思うが、マレウスが持つメモ帳を机の上に置いたためそちらへ意識をやることにした。

「どこから書いた?」
「中の円から書いて、外側の文字のここから書くのが手順なんだけど」

ふむ、とマレウスは言うと、由良の説明をおとなしく聞き、陣の書いてある一枚を破り机のすみに置く。その隣に新しくメモ帳をちぎって置くと、どこから出したのかペンを取りだしさらさらと何かを書いていった。
由良も覗き込むようにしてそれを見てみると、由良の書いたものとは違う術式だった。光っているわけでもない、円と文字を組み合わせた図形である。
ただ、由良には文字の意味はよくわからない、知らないものではあるのだが。

「由良の思うものを喚びたいならこれを使え」
「うーん、全然わかんない」
「この世界のものだからな」

由良の書いたものよりもずっと複雑そうな術式なことしか由良はわからないが、マレウスがその紙切れを由良へ渡したため由良もそれを受け取る。かといってもう何かを喚ぶ、という気持ちにも今はなれなかった。

「まあしばらくはいいかな……」
「? いいのか?」

首を傾げるマレウスに、由良はうーん、とその術式を見つめた。

「マレウスが来てくれたし……あ、でも、学校内で会った時分からないこととか、魔法、とか?教えてもらえると嬉しいかなー、なんて……?」

本音を言えば魔法を教えてもらいたいのだが、学園の教師たちも由良に教えてくれている。が、今短時間ではあるものの話しただけでも、マレウスが魔法に精通しているのはわかった。
そもそも人間ではないのだから魔法方面に突出していることも明らかである。

「入学式以降は授業にも出させて貰えるみたいだし、この学園選択科目も多いんだよね?その時はよろしく、マレウス」

すっと由良が手を差し出せば、マレウスはしばしその手を見つめた後、おそるおそる、といった調子で由良の手を握った。
 

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