「──でね、オルトに言われて見てみたらほんとに猫がたくさん居たんだよ!?イデアもあそこ一回行くべきじゃない?」
「そうですなあ」

生返事をしながら、イデアは自分の食事についていたプリンを由良の前にトン、と置いてやった。それに由良は一瞬驚いた表情をしたものの、何度目かわからないそのイデアの行動にはすっかり慣れてしまったのか「ありがとう」とはにかんだように笑っただけで終わる。
それにもべつに、と短く返してイデアは由良から視線を逸らした。
イデアが昼食を食堂で食べること自体がもはやSSR級の出来事なのだが、由良が昼食は食堂で食べることが多いのだと聞いてから週に二回程はイデアも食堂へやってきている。
由良を好いている自覚をしてしまってから余計にだが、会いたいが故だった。放課後にゲームに誘えばバイトのない時などは通話をしながらでも会ってでもしてくれるのは分かっているのだが、頻回に誘う勇気はイデアにはまだない。
会いたいのと同時に他の生徒と話しているかもしれない、というのにもイデアは耐えられなかったのだ。
耐えられないわりに、食堂へやってくるのは頑張っても週二回程度なのはもはや仕方がないだろう。
オルトにも「兄さんはがんばってるよ」と励ましを受けている。
学内に一人しかいない女性であるが故に由良はわりと色々な生徒に良くも悪くも構われていた。
由良自身も「私これオタサーの姫ポジションでは?」と自分を称しているほどだ。それを聞いてイデアは爆笑したのだが、今となっては笑いごとではない。
独り占めをする時間というのはほぼないに等しいのだから頑張るしかないのが今のイデアである。

「イデア」
「は、はひっ!?」
「はい、最初のひと口」

今日も無事に由良の隣をゲットできたことに安堵していたイデアの前。ずい、と差し出されたのはたっぷりのプリンが乗ったスプーンだ。
一瞬何が起きたのかわからずに「?」と首を傾げていたイデアだが、由良に「あーんして」と言われて一気に体に熱が集まった。
こ、これは俗に言う……!?と思うがもはや答えは由良が言ってしまっている。

「え、あ、いや……」
「いっつも貰ってるし。ここのプリン美味しいよ、ほら」

グイグイと寄せられるスプーンに、イデアは声にならない声を上げるしかできない。
由良の性格的にもきっと誰にでもすることなのだろうこともイデアは分かっているが、いざ自分がされるとなるとまた都合が違ってくる。
他人にしているのを見たいわけでもないが、されるのはされるので自称陰キャにはハードルが山よりも高かった。
まわりの生徒たちは特にイデアたちを見てはいないようではあるが、それはそれこれはこれである。こんな公衆の面前でであーん、等イデアにはできるはずもないのだが。

「あーん」
「う……」

惚れた弱みである。
差し出されたスプーン越しに上目遣いで様子を伺う由良という視覚的ダメージがとてつもなかったのだ。
以前、といっても今も稀にあるが、あまりにもラッキースケベと呼ばれるものがイデアに頻発したため「由良氏ギャルゲーの住人では?拙者いつの間に主人公に……」とこぼした事がある。
ギャルゲー自体はしたこともあり、あーんイベントなど定石と呼ばれるほどによく見るシーンだが、あの主人公たちのようにイデアができるはずもない。
照れるな……と言いながらスプーンに口をつける主人公たちはよく見ていたが、あんな風になんの葛藤もなくなぜ彼らはこのイベントをこなしていたのか、いざ自分がその立場になりイデアはギャルゲーの主人公たちを心底から尊敬した。
永遠にも感じられた時間思考していたが、イデアは意を決して震える拳を握り、その差し出されたスプーンに口をつける。
目に見えてブルブル震えているので由良も気づいているが、いつものことなので気にする素振りもなかった。

「美味しい?美味しいよね〜!もうひと口いっとく!?」

まだイデアが返事をできる段階にはなく、言うなればローディング中なのだが、由良は次のプリンをスプーンにすくいイデアに差し出そうとした。
甘いのかなんなのか、イデアが食べたプリンの味などわかるわけもなく。ただただ柔らかいなにかを咀嚼し、飲み込んだだけに過ぎない。
さすがにもうひと口ともなれば今度こそイデアが爆発しかねない。自分でも危機感を抱いたイデアは、やっと動き出した思考でなんとか「いやあとは由良さんが食べてくれたらいいから」と声を絞り出した。
それに由良がスプーンに乗せたプリンを差し出そうとしていた格好のまま首を傾げる。もういいの?と目で訴えているが、イデアはおろおろと視線をさ迷わせてから「いいです」と小声で伝えた。

「イデア少食だね……私の食欲をわけてあげたい……」

しみじみ由良に言われて、いやこれは緊張してるだけで食欲がないわけでは。と心の中だけでイデアは反論した。
一年分程の幸運を今使い果たしたのでは、とイデアは思いながら落ち着くために水の入ったコップを手に持った。飲んで落ち着かねば。死ぬ。
一気に水をあおり、なんとかまともに思考を動かそうと由良のほうを横目で見てみると、美味しそうにプリンを頬張っている姿がそこにある。
あーー、幸せ指数振り切れてますわーー、眼福……。とやはりここも心の中だけでイデアは手を合わせた。

「はあ……プリンに感謝しよう……」
「次は私に渡さずに自分でも食べてねイデア」

最後のはどうやら声に出ていたらしく、由良から返事が返ってきた。それには曖昧に返事をして、イデアは次は違うデザートにしてみようと心に決めたのだった。
 

戻る