「あんた、俺に誰を見てるんだ?」
そうゼロから問われたのは、この世界に来てから随分経ってからだった。
カムイ(なんて呼ぶとジョーカーから冷えた視線が飛んでくるけど)に拾われてこの軍に入って、もう随分経ったはずだ。まあまた何かのゲームなんだろうなあなんて思いながら日々をそれなりに、おとなしく過ごしていたと思う。私にしては。もう一度言う、私にしては。
とりあえず戦えるからという理由と、帰る場所がない、ここにやってきた記憶がないことを話して軍に招き入れてもらったのはいい。そして私を拾ってくれたカムイが王子だというのもいい。そして最初は5人くらいしかいなかったメンバーも今は何十人といる大きな軍になっている。その中には暗夜と白夜の王族もいるし権力者だらけだしジョーカーは怖いしで、おとなしく過ごしていたのだ。
増えてきた人たちの中、友達100人できるかなのノリでほぼ全員と交流を持ったり話したり積極的に、だけど普通の範囲で動いていたけど、唯一苦手な人がいた。それが、今私に話しかけてきたゼロだった。
まずゼロの声に私は意識が飛びそうなくらいに驚いたわけである。ジェイドだった。もう戻れないと思って気持ちは断ち切ってはいるものの、それでも気になるのは女心というもので。だけどそれだけならまだ良かったのだけど、とにかく発言がアダルティで、なおかつ私にはかなり厳しい目を向けてくる。あと観察しててわかったのは、ゼロがああいうアダルティな話し方をする人と、そうじゃない人がいるということだ。わかったところで私にはあの話し方や厳しい話し方なのでどうしようもないんだけど。レオンの臣下である片割れのオーディンはあんなに楽しい厨二病なのにゼロという人間は、まるでオーディンを補うように人を疑い、値踏みをするような視線を私に向けてきていた。だからこそ極力近づかず、必要な会話しかしてこなかったんだけど、急に話しかけてきたと思ったら、これだった。
「えーと……誰って、ゼロ……?」
質問の意味がわからなくて首をかしげてそれを言うと、ゼロは呆れたように肩をすくめた。剣の数の確認のために武器庫にいた私はしゃがんでゼロに半分背中を向けたような格好で、ゼロが天幕の出入口を塞ぐように立っているから完全に逃げ場を失っている。
「そうじゃない。熱い視線で俺を見ながら、別の誰かを見てるだろ?」
そこまで言われて、脳裏に赤い瞳の男の人が浮かんだ。もしかして、と思ってそろそろとゼロから視線を外すと、ゼロが息を吐く。けど、ジェイドを重ねて見たのは本当に最初に会った時だけだった。話せば話すほど別人だし、性格も……まあ似てるところはあるのかもしれないけどずいぶん違う。重ねて見るのはジェイドにもゼロにも失礼だと思って極力そうしないようにしていたし、そもそも私とゼロはこんなふうに二人きりで話すような交流を持っていないので少しだけ混乱しているわけで。なんでそんなことを聞いてくるのか、と。
「似てる人を知ってるからついそう見てたのかしれないけど……でも最初会ったときだけで今はそんなことないよ!」
「記憶がないのに、俺が似てる人間の事は覚えてるのか」
低くなる声に、なるほど、と、合点がいった。つまり、ゼロは私を不審者として見ているのだ。私は拾われた場所までどうやって来たのか記憶がない。これは事実だったのだけどそれを知っているのはあの時居た……モズメの村で頑張っていたわたしとモズメを助けに来てくれた数人だけで、そのあと入ってきた人たちには私の事は説明していないだろう。していたとしても、簡単に、それこそ記憶がないのだと説明をしていてそれがゼロにそのまま伝わったのかもしれない。まあどちらにせよ部分記憶がないのも怪しいんだけど。
「どうやって私のことを聞いたのか知らないけど、私の記憶が曖昧なのはモズメの村にどうやって行ったか、なんだけど……記憶がないとは少し違うというか」
「どちらにせよ怪しいな。おまえにも、あの村まで来た足跡がまるでない」
おまえにも、という言葉に多少の引っ掛かりを覚える。も、ということは他にも足跡がない人がいるということなんだろうか。だけどそれを深く考える前に、ゼロが口を開く。
「戦い方もまるでデタラメで、ロッドを使って魔術を使うなんていうのも初めて見た。あんな戦い方はどこの国にも、街にも、村にもないんだ」
「いやもしかしたらあるかもしれないじゃんこの世界は思ってるよりずっと広いわけだし……」
「この世界に、由良が居た形跡がまるでない。あの村に急に現れたみたいに」
片方の目をゼロはすっと細くする。ぴりぴりとした緊張感のある空気がこの場に流れているし、きっと普通の女の子であれば気圧されているところなんだろう。だけど、緊張感はあるもののゼロは私に対して殺気はまるで向けていなかった。殺気も、怒気も、そういう感情がまるで感じられないのだ。ただあるのは疑い、疑問。事実を知りたがっていて、疑いを晴らしたくて、けれどその疑いが事実であればすぐに私を捕まえるか殺すかはするんだろう。弓は持っていないけど、ここは武器の宝庫だから私を殺す事は容易いだろうし。……いやまあ、私もある程度剣使えるし負ける気はしないけど。そもそもこの世界じゃ怪しまれてもと思ってファイアボールくらいしか使ってないからその程度だと思われているのは確かだ。その気になれば私だって術を使いまくれば天幕ひとつくらいなら簡単に潰せる気がする。いや、しないけど。カムイに迷惑をかけるわけにもいかないし、天幕をひとつ潰してカムイに迷惑をかけようものならジョーカーがすっ飛んできてたぶん一日私は木につるされる。考えて背筋がぞっとした。
さて、そんな事態を避けるためにどう言えばゼロは納得するのだろうか。事実を話す?それとも誤魔化す?けどどちらにせよ納得はさせられないような気がして、ひとつ私は息をはいた。
「ゼロに似た人って、私の好きな人だったんだけど」
「……へえ?」
「まあ、もう2度と会えないと思うし、片想いで終わってるし、そもそももう吹っ切れてるんだよね」
ゼロにあの人を重ねるのはどちらにも失礼だと思ったんだけど?と疑問を投げると、ゼロは、今は重ねてないのはわかってる、と一言言った。わかってたなら煽るようなこと言わないで欲しいかな!うん!顔には出さないけどやっぱり焦るしね!このイケメンめ!
「で、えーと、戦い方もその人とか……あと私をあの時保護してくれた人たちが教えてくれたからどこの、なに?流派?とかは分からないかな」
「……保護してくれた……?」
ゼロが引っかかったのはそこらしい。眉間にシワを寄せて私を見ているゼロは、先を促すように顎を動かした。
「私が生まれて18まで育った場所から、知らない間に知らない場所にいて、そこでも保護してもらってた……って言ったら、ゼロは信じてくれる?」
嘘はひとつも言っていない。隠していることはもちろんたくさんあるけど、嘘はひとつも言っていない。それがわかるのか、ゼロは難しそうな顔をして私を品定めするみたいに見つめている。そこでやっと私は立ち上がってゼロの視線の前に正面から向き直った。
「私がこの世界じゃない違う世界から来た、なんて言ったら信じてくれる?」
「−−由良」
驚いたように、ひとつだけの目が見開かれる。今自分はどんな顔をしているのかまるで検討もつかないけど、とにかく顔は笑みを作っているはずだ。どんな種類の笑顔になってるのかはわからないけど、ゼロが是も非も答えないから、つまりは信じたくなるような顔でもしているのかもしれない。
「ーーなんちゃって!そんな小説みたいな設定なら楽しいよね!」
私の名前を呼んだきり黙ってしまった沈黙があまりにも重くて、そう続けると、ゼロは難しい顔のままじっと私を見る。重い空気が払拭されるかと思ったけどどうやらそうではないらしい。品定めするようなそれに、それでもと思って正面から向き合っていたけれど、ゼロがふと思い立ったように「由良は」と低い、だけどさっきとは違う複雑さも含んだ声で私の名前を呼んだ。
「え?」
「由良は、人を殺したころがあるのか?」
なんでそんな質問をするのかよく、わからなかった。この軍に入ってからは、人と戦うことはあっても相手を全員負傷させて戦意を失わせる程度ですんでいるから、人を殺すということはない。必要があればそうしなくてはいけないとは思うけど、命を奪わなくてもいいのならそれに越したことはないだろう。けど、あるのかないのかで尋ねられるとなると。
「――あるよ」
そう答えるしかない。名前も知らない兵士を、大切な人を、私は殺したことがある。直接手を出さなかったにしても、私が守りたかった人たちで死んだ人は少なからずいる。
たった一言、あるとだけ言うと、ゼロが言葉を失ったように息をのんだのがわかった。戦いに参加していれば人を殺すことは当たり前になる。だから、きっとこの世界でも人を殺したことがあるというのは、少なからず戦っていればついてくるもので、ゼロが息をのむ理由はわからなかった。そう、きっと珍しいことではないんだろう。
はじめて人を殺した日からしばらくは、ろくに睡眠もとれなかった。食べ物も食べられなかった。笑う元気さえなかった。だけど殺さないと殺される、私だけが足を引っ張るわけにもいかない。みんなに心配をかけるわけにもいかない。そう思っていた時期がもうずいぶん昔のように感じて、少し懐かしく思ってしまった。
「――あんたは」
「あ、由良さあん!やっと見つけました!」
ゼロが何か言いかけた時、ゼロの背後からひょこっと顔をのぞかせたのはフェリシアだった。どうしたのかと思って「どうしたの?」と尋ねると、フェリシアはゼロを気にするでもなく私に手招きをすると「カムイ様が呼んでますよ」とにこにこ言う。
「えっカムイが!?私何もやらかしてないよね!?」
「大丈夫ですよー、おいしいお菓子を貰ったから、由良さんも一緒にどうかって言われてたんです」
「お菓子!食べる食べるー!」
元気よく言えば、フェリシアは「じゃあ私先に行ってお茶の準備をしておきますね」と踵を返して天幕から出て行った。あっあんまり急ぐとフェリシア危ないんじゃ……と思ったら、案の定遠くのほうで「すみませんーー!!」というフェリシアの謝る声が聞こえてきた。ああ……一緒に行った方がいいような気がする……。カムイのところにたどり着く前にフェリシアを追い抜きそうだし……。
「ごめんねゼロ、カムイを準備したお菓子が待ってるからまた!」
そう言ってゼロの横を通り抜けようとしたら、ゼロは案外素直に体を避けて私を通してくれた。もっと止められるかと覚悟していたけどそれもなく、私の発言へのツッコミもなく。顔を見ようかと思ったけどそれもなんだか気が引けて、結局私はゼロを振り返らずにそのまま走って、ツバキにぶつかったらしいフェリシアの救出に向かうことにした。
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