結局、元の世界に戻って普通の生活に戻れるのかと思っていた私の不安は杞憂だったらしい。
立夏たちと別れて、私は自分が教室の机で突っ伏して眠っているところで目が覚めた。すべて夢オチだったのかとその時は思ったけど、よく見れば髪は伸びてるし、夢だと思うには鮮明すぎる記憶。それが全部夢じゃなかったんだと私に教えてくれるようだった。何度経験したって慣れない急な別れに苦しい胸を押さえながら、もしかしたら今元の世界にいること自体が夢なのかもしれない、似たような世界で全然違う場所にいるのかもしれないという不安を感じたのはもうずいぶん前のような気がする。
「由良すごいよかっこいい人たくさんいる……」
「ほんとだね」
元の世界に戻って、案外すんなりと私は普通の生活を送ることになった。というのも進学を控えていたという現実が私の前に立ちはだかり、受験勉強をするハメになり大学も見学にいかなきゃいけないという、一番忙しい高校三年生だったこともあるとは思う。いろいろなことを考える暇がなくなったのはいいのか悪いのかよくわからない。
大学の見学へ来て見るところがそこかい、と心の中でツッコミをいれながら、一緒に見学へ来た友達が目をハートにして見回している方向をちらりと見る。確かにイケメンは多い。多いけど……だめだ私今まで行った場所でイケメン中のイケメンを見すぎて目が肥えてる!!なんという弊害を残してしまってるんだろう……!これじゃ今後結婚とか、そういうのするときに絶対私の理想高すぎてなんかこう……。そこまで考えて、私の脳裏にふっと一人の顔がよぎった。翠のマントを羽織っているひとりの青年。
「……」
「?由良?」
もう二度と会えないし、結局私の中で気持ちが育つ前に別れたから、なんか、こう、微妙な気持ちになるだけであって。きっと全部終わって座に帰ったんだろうし、きっと元気でいるだろうと思う。またあの世界で活躍するのだろうし……。そういえば帰ってきてから見るのが怖くてゲームも漫画も読んでないな。いやまあ勉強とかで忙しくて全然できてないのもあるんだけど。
「あ、ごめん。考え事してた」
「最近多いよね、その顔するの」
「えっごめん不細工で!?」
「いやいやそうじゃなくてさあ」
軽口をたたきながら、大学の地図を見て食堂という場所へ入る。大きくてきれいで、ちょっとしたカフェみたいなそこはちょうどいい時間なのか人も多い。けど、静かな時はここで勉強とかもできるのかもしれないななんて思う。一応自分の本命の大学がここだからいろいろと見ておきたいけど、一度考え出した青年の顔がちらつきすぎて集中力が霧散していくようだ。会えない人のこと考えたって仕方ないんだから落ち着け私!今は大学のことを考えろ私!大学に落ちたほうが洒落になんないんだぞ私!
「よし!」
「えっそれなんの気合いれたの?」
「大学に受かりますように!!」
「ここで言わなくても……わ、わっ由良あぶな」
一応食堂の壁のほうにいたのだけど、数人の団体とすれ違う時に場所が悪くその団体に突き飛ばされるというか、肩が当たって少しだけ私がよろめいた。友達は先によけていて何もなかったようだけど、何歩かよろめいたところで後ろから二の腕をつかまれる。転ばなくてすんだのは私の腕をつかんで支えてくれた手のおかげだろう。そう思って私はすぐさま振り返って謝罪をいれねば!と思ってその支えてくれた人の顔を見て、絶句した。
「――ろ、」
さっきまで私が考えていたロビン・フットその人だった。友達が「ひえ」と嬉しそうな声を出したのも耳に入ってこないくらい驚いて、だけどすぐに私は頭をフルに回転させる。他人のそら似、では片付かないその顔に心臓がバクバクするけど、なんとか気づかれないように笑顔を顔にはりつけた。
「ご、ごめんなさい、ぶつか」
「あんた、」
数人の友達が「ロビン?」と彼の名前を呼ぶ。本人なのかよくわからない。けど、ロビンと呼ばれた目の前の男の人も私を驚いたような目で見て、腕をつかんだまま固まっていた。けど、本人だったらこんなに驚くだろうか。またこんなところで会いましたねえ、なんて優しく笑うだけのような気がするんだけど。……って、ここは魔法も何もない現代日本で、サーヴァントなんて存在するはずがない。そう、するはずがない。……じゃあ、目の前のこの人はなんなんだろうか。あんた、と呼ばれた声だってそのままロビンだし、身長も、掴まれた手の感じも、なにをとったって、全部がロビンの、この人は?
「え、ええと」
「おいロビン、その子怯えてね?放して――」
放してやれよ、と、たぶん続くはずだったその言葉は、ロビンと呼ばれたこの人がした行動により「ええ!?」という悲鳴になった。数人のこの人の友人も、私の友達も。
抱きしめられている。その現実を理解するのに、たぶん数秒かかった。え、と思った時には「なんで」という小さな、自分がしたことに困惑しているような、だけど涙のにじむようなロビンの声が聞こえて私は何も言えなくなった。だけどその声を聞いてわかったのは、きっと、私を覚えているわけじゃないんだということだ。じゃあ私がこの人を知っていたらおかしいし、私から何か言うのもおかしい。他人、なのだ。全く知らない。どうしてこんな、ロビンと思わしき人がここにいるのかはよくわからないけど、冷静になれ私。落ち着け。
「あの、大丈夫?」
そっとそれだけ声をかけたら、ロビンはびくりと肩を揺らして、それからすぐに気まずそうな空気になった。自分でもどうしてこんな行動をしたのかが理解できないんだろう。……やっぱり、覚えてないっていうことなんだ。
「ロビン落ち着け未成年に手出したら犯罪者だ!セクハラ問題に発展する!」
「……何言ってんすかあんた……」
呆れたようにそう言って、ロビンは私を抱きしめていた腕をゆっくりとほどく。見上げたその顔、目元が赤くなっていて、やっぱり泣きそうになったのかもしれないとちらりと思った。じっと私が見上げていたからか、至近距離で目が合って、ロビンの緑色の目が複雑そうに細められた。嬉しそうな、悲しそうな、寂しそうな。何かをおさえるようなその目を至近距離で見て、私は思わずロビンの頬に手を伸ばしていた。
「何かつらいことがあった?」
「――っ」
つらそうに歪んだその目を見て、あ、まずい、と思った時にはロビンは私から離れていて「近所の犬に似てたもんで」なんて言いながら数人の友達と歩いて食堂の奥へと消えていった。ロビンの友達たちは焦ったようにロビンについていっている。い、犬に似てるからって、もっといい言い訳がなかったものなんだろうか。ダ・ヴィンチちゃんでもいればあのロビンがなんなのかとか、教えてくれそうな気がするのに。――っていやいや、いない人のことを考えてもしょうがない。しょうがない、けど……。
「…………」
抱きしめられた体温とか、においとか、すべてがロビンだった。ばくばくうるさい心臓をおさえて、私はひとつだけため息をつく。あれは私の知ってるロビンじゃない。私を死ってるロビンじゃないんだから。どうしてここにいるのか、ここでの生活にとけこんでいるのかはよくわからない。サーヴァントじゃないことは確かだ。ということは人間、ということになるけど。……だめだ考えても仕方ない。さっさと大学見学してかえろう。
そう思って友達をふりかえれば、イケメンを間近で見たからなのかなんなのか、完全にテンションが高くなっていてとりあえずこの友達をなだめるところからはじめないといけないななんて、ため息をついた。
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