いやに安心感のある部屋だ、と由良は思った。
 薄暗い部屋、ゲーム等が並んだ棚、開きっぱなしの攻略本、パソコンのような機械、程よく片付いていない部屋の中。その様子に、今までに感じたことがないような「あれ?ここ私の家では?」感を由良は覚えていた。
 さっきまでいた世界もだが、以前から飛ぶ世界飛ぶ世界全てファンタジーだったのだ。まさか見覚え、というよりも、知りすぎている空気感の部屋に出るとはゆめにも思わなかった。
 薄暗く、黒や青や地味な色で統一された部屋ではあるのだが、自分と同じにおいのする部屋である。親近感しかわかない。
 由良自身ゲームも漫画もアプリも好きではあったが、薄暗い場所によくいるわけでもなかったのだが、妙な気持ちだ。

「実家のような安心感……!」

 仲間意識もあるが、それと同時に由良の居た現代に近いのかもしれない、と思う。
 が、いかにもオーバーテクノロジーですと言わんばかりの半透明の浮いた板に由良は考えるのをやめる。
 何か通話でもしていたのか、マイクのマークが表示された青い板──画面らしきものの向こうからは話し声が聞こえているようだ。
 そこでふと気づく。由良の目の前にあるのは半透明の、パソコンのような板。起動済み。机の上にはキーボード。
 そして向こうから何かを話している声が聞こえるということは、こちら側に誰かが居たということで。

「ん? ……あれ?」
「痛……」

 由良が首を傾げるのと、由良の下から声が聞こえるのと、胸に感じた違和感は同時だった。
 そういや落ちた時カエルの潰れた声がした気がする。それに今も丸太みたいなのに乗ってる気がしてる、とそろそろと視線を下に向けると、そこには水色の絨毯が広がっている、ように見えた。

「えっ」
「ヒュッ」

 水色の絨毯だと思ったそれは、どうやら人間の髪の毛だったようで。
 よく見れば水色一色ではなく、根元に行くほどに紺色で、毛先にいくほどに薄い水色になっている。青い炎みたいだ、と思うがよく見るとゆらゆらと揺れているようにも見えた。
 けれどそれに驚くわけでもなく、由良はただ色んな人がいるなあ、といくつかの世界を思い出して、感慨深くなっただけだ。
 が、髪の毛が広がっているということは、すなわちそれは人間というわけで。
 ヒュッという奇妙な引き攣り声も気になるのだが、由良が下敷きにしている人物の顔をまじまじ見て、由良はおわあ、と間抜けな声を上げた。
 整った顔は見飽きるほど出会ってきたが、それでもとびきり綺麗だと思う顔立ちの、由良と同じ歳くらいの青年である。
 その青年の手が由良の大きくはない胸を鷲掴みにしているのがどうやら胸の違和感だったようだが、由良は特にそれを気にした様子もない。
 と言うよりも、目の前の青年に目を奪われているのだが。
 青年はといえば顔色は悪いし由良を見る目は怯えているのかなんなのか焦点は合っていない。挙句体も由良の胸をわしづかみにしている腕も手も、とにかくブルブルと震えているようだ。
 それに構わず、と言うよりも気づかずに由良が見ているのは、青年の金色の瞳である。薄暗い部屋の中でも、透き通るようにきれいで、それ単体で光をはらんでいるような色をしている。

「うわあ……! きれいだね……!?」

 思ったことをすぐ口に出すのはやめた方がいい、と言われ続けているが急にそれをやめられるわけもなく。
 それでも言ったらまずいこと、などの判別はできるのでそのあたりのことは口から飛び出なくなったのだが。いかんせん見目が整っている相手には思った通りの言葉が飛び出してしまう。
 そして今回もいつも通り、思ったことを口に出せば、由良が馬乗りになっている青年は一瞬フリーズしてしまう。あ、変なこと言ってないよね? と思い返す暇もなく、次の瞬間に青年は白目を向いて気を失った。

「無理……」
「無理!? 何が!?」

 イケメンが口から泡をふき鼻血まで出すというとんでもない光景である。
 眼下の青年を助けようと急いで青年から降り、由良は傍らに膝をついた。がたん、と何かが手に当たったがそれよりも青年のほうが優先だ。
 由良が落ちてきて打ちどころが悪かったのかもしれない。硬そうな角がたしかにこの部屋にはたくさんある。
 いくらなんでも、由良も新しく落ちたばかりの世界で殺人はしたくなかった。

「いや待って鼻血かと思ったら吐血してない!? ちょっと!?」
「ついに僕の妄想が現実になったのかと思ったけどこんな妄想したことないしそもそも陰キャの僕のところにこんなギャルゲーみたいな展開あるわけないっていうかこういうのは陽キャとか何か持ってる人のところに起こるのが定石で何もない僕のところに来るなんてせいぜい虫だしそもそも僕が虫同然っていうか」
「怖っ早口でなんかぶつぶつ喋ってる……! ねえ、意識ある? もしもーし!?」

 ぺちぺちと由良は軽く青年の頬を叩いてみるが、白目を向いたまま何かをぶつぶつ喋っているだけで焦点は一切合わなかった。
 そして吐血なのか鼻血なのかわからない出血はなおも続いているし泡もふいている。
 こんな漫画みたいな人いる!? と由良は思うが、もしかしたらここは漫画の中かもしれないので口には出さなかった。
 多少のとんでもないことには慣れていたつもりだったが、やはり人間こういうことに慣れる日は来ないのではとも青年の頬を叩きながら由良は考えていた。

『──イデア?どうしたんだ?』

 すっかり忘れていた画面から聞こえてきた声に、由良は一瞬言葉につまる。
 文字通り落ちてきた世界で、まだこの世界のことを何も分かっていない状態だ。しかも由良はこの青年の打ちどころが悪かったのであれば殺人すれすれである。
 そんなよく分からない世界で、よく知らない誰かに助けを求めてもいいものなのか。
 けれど悩んだのは一瞬で、由良はすぐに「鼻血と吐血と泡吹いて倒れちゃってるんですけど!! どうしたら!?」と返した。打ちどころが悪くありませんように! と心底から願うばかりである。
 由良から声が返ってくると思わなかったのか、画面の向こうから何人かの息を詰める音が聞こえた。
 おっとこれは返事NGだったのでは?と内心冷や汗をかけば「女の声……?」と誰かが言うのが小さく聞こえ、そのあとに「女? まさか」と少しざわつく声も聞こえている。
 数人いるのか、喋る度に向こう側の声は違うようだ。

「顔色──は最初からなんか悪いけど! と、とにかく助けてあげてほしいんだけど! どうしたら!」

 回復術をかけてとりあえず鼻血だけ止めることも可能だが、果たして今この世界に魔術が存在しているのかはまだわからない。
 由良の現実から考えてもオーバーテクノロジーなところを見るとないと思った方が良さそうだとも思う。そうなった場合にどうやって治したのか、と尋ねられると説明に困りそうなのだ。

『私が行きましょう。皆さんは状況の把握ができるまでここで待機していてください』

 向こう側がどこなのかは分からないが、来るということはそれなりに近くなのだろう。
 けれどその間にこの打ちどころが悪い青年がどうなるかもわからない。
 鼻血が口から出ているだけかもしれないし、それで窒息はしないだろうがかなりきついのは確かだ。
 由良はうーん、と悩み、けれどこちらもすぐに悩むのを辞めた。

「ヒール」

 説明に困るが、それでも命優先だ。そもそも回復するところを見られなければいい話である。
 青年の顔に手をかざしてヒールと唱えれば、術式が展開する。効果は小さめにしたが、鼻血程度の傷を治すのであれば充分な力だろう。
 術式の光が消えてから「血止まったかな……」と由良が顔を覗き込もうとすると、突如として「今のは……?」と男の声が由良の上から振ってきた。
 この数年で気配には敏感になっていた由良も気づかないほど、文字通り急に出てきたその男はまじまじと由良を見つめて、そして青年を見て、また由良を見た。
 黒い髪、黒い仮面に黒い服、黒いシルクハット、そして黒く長いマントにも見える、肩口に黒い羽根のついた上着という全身ほぼ黒で構成されている男性だった。上着の裏地やシルクハットのリボン、靴の一部等青い部分もあるのだが。
 上着の裾は羽根のように不揃いで、鴉のような印象を受ける。
 その男が真後ろに立っているのに、ドアが開く音すらしなかったのだ。ドキドキする心臓をおさえながら、由良はぽかんと男性を見上げた。

「ど、どこから出て……」
「ふむ……」
「いや、それよりこの人! あの、鼻血が! あと泡吹いてぶっ倒れちゃってですね!? もしかしたら打ちどころが悪いかもしれなくって何か、こう、えーっと……医者的な人とか!」
「今の魔法はなんですか?」
「……えぇ?」

 魔法とは? と顔に書いてあったのか、仮面の男は「先程彼を治療した魔法です」と青年を指さした。いや、その前にこの人を病院なり医者なり連れて行って欲しいところなんですけど!?
 由良は行き場のない手をうろうろさせたものの、数回体験してきたファーストエンカウントである。ここできちんとしていないと後で面倒くさいことになるのも分かっていた。
 声からして、画面の向こう側で行きます、と言った男なのは確かだろう。そして通話らしきものがオンになっているのでこちらの会話も向こうに筒抜けだと思った方が良さそうである。
 向こう側は静かなので、由良たちの様子を伺っているらしいこともなんとなく察した。

「魔法、では、ないです、けど」

 由良の思う魔法と、由良が使う魔術は微妙にニュアンスが違ってくる。同じ意味で仮面の男が言っている可能性も否定は出来ないが、驚いたように聞き返してくるということは、由良が使った回復術は異質ということだ。

「魔法ではない? どういうことですか? それに先程の使用している時の魔力量や組み上げていく魔力の質は」
「っあーー! 待って! 話すんですけど! この人!! 鼻血! 吐血! 頭打ってるかもしれなくてですね!?」

 命優先では!? と青年の体を支えるようにすれば、はた、と気づいたように男は青年を見る。

「それもそうですね、医務室へ運びましょうか」

 男が言うなり、由良の周りの景色がぱっと変わる。
 ぐにゃ、と空間が歪んだような、ぐるりと視界が反転したような感覚はしたのだが、気づけば清潔感のあるベッドがいくつか並んでいる、少々薬品くさい部屋に由良は立っていた。
 見慣れない、けれどよく知っている部屋だ。
 どこの世界でも医務室というのはこんな感じなんだな、と由良は妙な懐かしさを覚えてしまう。
 青年はベッドの上に転がされてはいるが、鼻からの出血と共に口からの出血も止まっているようで由良はほっと息を吐く。

「ていうか! すごいね今の! 魔法みたい!」

 青年が大丈夫そうなために、急に現れた男と由良に驚きつつも白衣を着た保健医らしき男性が青年のほうへ行くのを見ながら、由良は先程の魔法のようなものに突っ込むことにした。

「魔法ですよ」
「……えっ?」

 魔力云々のことを男が言っていた為、魔法なり魔術なりはあるのだろうと思っていたのだが、予想に反して男はなんの躊躇もなく魔法だと言ってのけた。
 えっと、隠すものとかではない感じで? 妙にハイテクノロジーというかオーバーテクノロジーだからなんかちょっと自分の世界と似てるのかと思ったけどそうでもないんだ?!
 と、言いたくて何度か口をぱくぱくとさせたものの、由良はそれを声に出すことなくぐっと飲み込んだ。





 医務室でとりあえず青年の無事だけを確認した由良は、仮面の男によりまた魔法とやらで部屋を移動させられた。
 一度目に比べて二度目だったため、慣れたのか覚悟ができていたのか、空間が歪むような気持ち悪さは感じなかったものの、確かに由良自身が使う魔術と、この仮面の男が使う魔法は、使う力は同じでも組み方がどうやら違うようだ。
 だが違うということだけは分かるが、何が違うのかまでははっきりとはわからず。まああとで聞くことになるんだろうと思って視線を上げたら、そこは会議室のような場所だった。
 黒を基調とされているため明るい部屋ではないし、じっと由良を見る数人の服も制服のような黒いジャケットである。
 中にはカーディガンを羽織っている人もいたり、ジャケットの下に着ているベストの色が違ったりはしているのだが。いかんせん雰囲気が悪の組織そのものだ。
 そして男ばかり。ここで様々な憶測が由良の頭の中を通り過ぎていくが、とりあえずなりゆきに身を任せるしかない。そして自分を見てくる青年たちの顔が全員が全員良すぎる。異常な程に。
 中には獣耳があったり角があったりする青年もいるのだが、由良は驚くでもなくそんなものかと内心思って終わった。
 今までも顔のいい人達に囲まれて過ごしていたが、さすがにここまで注目されることは由良もなかった。思わぬ緊張に、仮面の男のうしろに隠れてみるが男は特に気にした様子はない。
 そしてこの良すぎる顔面の男たちの視線に耐えかねて、由良は思わず隠れながら叫んでいた。

「顔面偏差値が高すぎるんですけど!?」
「さ、ここへ座ってくださいお嬢さん」

 そして由良の発言は無視である。
 一番奥にある椅子をすすめられ、おそるおそる近づいてそこへ座る。隣には仮面の男が腰掛けた。
 が、小柄な赤い髪の少年がおもむろに立ち上がり、由良へ近づいてくると自分のジャケットを由良の肩へとかけて、自分の座っていた場所へと戻っていく。

「この季節にさすがにそれだと寒そうだからね。……あと目の毒だ」
「あ、ありが……、め、目の毒……」

 確かに露出は多い格好ではあるが、今までの世界は今の由良よりも露出が多い女性は山のようにいた。なんなら街ゆく人達でさえ露出は多めの人もいて、それが普通だったのだが。
 たしかに今の自分の格好は日本の街中は歩けないな……と由良は密かに思う。そこで自分の感覚がマヒしていることに気付いたが、時すでに遅しだった。

「一瞬痴女かと思ったわよ」
「痴女!? いやこれは前の世界ではむしろ普通っていうか……あっうわっ!? まつげ長っ!? 肌めちゃくちゃきれいだね!? うわーー何食べたらそんななるの……」

 女性的な言葉遣いの青年に言われたことが多少なりとショックではあったのだが、青年の顔を見た途端に由良の考えは全て吹き飛んだ。絶世の美女かと思うような青年がそこにいたのだ。
 由良の言ったことに当然よと胸を張る青年だが、おっしゃる通りです! と居酒屋のようなノリで由良は返事をしてしまった。世界の宝では? とまじまじ青年の顔を見る。
 隣で仮面の男が「世界?」と声を発したが由良はそれどころではない。

「アイシャドウこの薄暗いところでもすごいきらきらしてるね似合ってるし! 顔ちっちゃい……首も細くて綺麗……うわあ絶世の美女だこれ……絶世の美女よりもはるかに美女……いや美男……」
「あら、アンタよく分かってるじゃない」

 ふふん、と顎を上げた青年を思わず由良は両手を合わせて拝んだ。後光がさしているようだった。
 まだまだ褒め讃えたいことが口をついて出そうになったが、由良が口を開いたところで隣の仮面の男が「ストップ」と由良の言葉を止める。
 あっ忘れてたなこの人のこと! とちらりと隣を見れば、仮面の男はにっこりとそれは満面の笑みで微笑んでいるところだった。

「話を本題に戻しましょうか、お嬢さん」

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