ばふ、と由良はベッドに倒れ込んだ。
 あの後、自分のこと、魔術のこと、仮面の男──ディア・クロウリーというらしい──の質問全て、そしてあの場にいた青年たちの質問という名の尋問を受けた。
 ついでに今回由良がやってきてしまった世界のことについても簡単にではあるが全員から説明をうけることはできたのだが。
 由良が異世界からやってきた、というのは案外すぐに信じてもらえたのだ。格好、魔術、現れ方。様々な情報を総合した結果だとクロウリーは言っていたが、由良としては信じてもらえるのならなんでもいい。
 今由良がいるのが、ナイトレイブンカレッジという魔法学校だということ。男子校だということ。いくつかの寮に別れていて、この場にいるのは各寮の寮長だということ。
 由良が押しつぶしたのも寮長の一人だったということ。詳しくは聞けなかったが、今由良が置かれている状況は概ね理解出来たように思う。

「男子校……男子校かあ……」

 今までの経験上、落ちたその場で出会った人たちと共にいれば何かが起こることがほとんどだった。そして全て終われば次の世界へ。そうやって過ごしてきていたのだが、今由良がいるのは男子校である。
 行くあてもなく、できたらこの学校にいさせて欲しい、できることならやるから、ということは伝えたのだが、男子校というのが由良を不安にさせていた。
 今晩学園の教師たちと話し合うと言われ、由良は教員寮の空き部屋に通された。とりあえず今夜はここを使ってくれ、と言われ。
 待遇的には悪くはないのだが、よくよく考えてみると当たり前の待遇なのかもしれない。一般的な考えから随分遠ざかっていた由良である、拷問されて殺されるんじゃ? と思っていたのだがそれはあり得ないというのをベッドに倒れこんでようやく実感した。

「私これ、知らない世界に放り出されて、これから生きて……、いや生きていけそうではあるけど……」

 案外なんとかなるというのは由良も身をもって知ってはいる。
 ただし身分を保証するものを何も持っていない。ここまで文化的にも発展している世界であれば、由良の世界と同じく身分証なるものがあっても不思議では無いのだ。
 今までの場合そこまでではなかったり、誤魔化せたり身分的に高い人が味方でいてくれたりと、幸運に恵まれていた。
 しかし今回の状態で投げ出されてしまったらなかなか骨は折れそうである。身分証の偽装からはじめないといけないのでは、とあらぬ方向へ由良の思考が飛ぶ。
 しばらくベッドに沈んで考えていたが、由良ぱぱっと起き上がると頬をぱちんと両手で叩く。

「悩んでもしょうがない! お風呂借りて寝よう!」

 着替え一色は、この部屋に通される前に渡されている。
 男子校故に、由良にとっては大きめの服しかないと言われたが由良も特にこだわりはないのでありがたく受け取った。
 入浴も洗濯も部屋で済ませられるらしいので外に出る必要も無い。洗濯が終わるまで下着をつけられないというのは心もとないが、部屋に鍵もかけられるので特に問題もなさそうである。
 ベッドとクローゼット、小さな本棚、それにテーブルと椅子、あとはよくわからない機械しかない殺風景な部屋ではあるが綺麗に掃除もされている。一晩閉じこもって過ごすには充分だった。

「……あ、ジャケット……」

 浴室へ入り、借りていたジャケットの存在に気づく。出ていくにしてもここでお世話になるにしても、返すのは明日になりそうだな、と由良はため息をついた。




 翌朝、少し早く目が覚めた由良は、とりあえず洗濯をして乾いた自分の服に着替え、やることもなくぼんやりと窓から外を見ていた。
 朝焼けから青空になっていく様はどの世界でも同じで、なんとなく早起きした日などに見ることが多くなっているそれは、やはりこの世界でも変わらない。
 変わらないのだが。

「ん……? なにあれ……なんか飛んでる……」

 明るくなってきて、ちらほらと人影が学校内に出始めた頃だった。
 由良の視界に、空を飛ぶ何かがいくつか入ってくるようになっていた。少し遠いのかよく見えなかったが、まじまじ目を凝らして見てみると、それはどうやら人間のようで。
 さらによく見てみると、空を飛ぶ人間は、細長い何か──ホウキに乗っていた。

「宅急便だ!?」

 某、有名アニメ映画を由良は思い出すと同時に勢いよく立ち上がっていた。
 誰しもがホウキで飛ぶことに憧れ、子供の頃は一度は必ずホウキにまたがりぴょんぴょんと飛んでみたり、少し高いところから飛び降りた経験があるはずだ。
 由良は魔術は使えても、魔法を使うことは出来ない。できない、というよりもやろうと思わなかった。できないと思っていたからだ。
 が、目の前に空飛ぶホウキにまたがっている人間がいるわけである。
 そして自分には、どういう形であれ魔力が備わっているし、昨日自身で感じた魔法を使うための魔力の組み方。その他諸々。
 違うとわかったということはもしかしてやり方さえわかればできるのでは!? と若干前のめりで窓に張り付いてしまう。

「私もホウキに乗って飛びたい……! いやあれどうやって飛んでるんだろ……この世界の魔法の技術がよくわかんないもんなあ。昨日の感じだと魔力の触媒になってるものがあるのは変わらないんだろうけどそれだけじゃなくて組み上げ方もちょっと違うし……そもそも物を浮かせるっていうの私の場合何で応用したら……!? もっとちゃんと聞いとくんだったなあ……いやでも人間が使える範囲で自分を浮かせる魔術だとすると……」

 いくつかの世界を巡ったために、様々な知識や技術を吸収してきた由良である。
 自分自身がオーバーテクノロジーどころか、こと魔術やそういった技術に関しては知識の塊なのだが、本人にその自覚はまるでない。世界が世界であれば召喚魔法もこともなく使ってしまうのだ。
 ぶつぶつと思うことを呟いていくが、かなり強い風の術で自分を吹き飛ばす、というなんとも頭の悪い答えしか由良には導き出せなかった。

「いや……あれはちゃんと安定して飛んでるから捨て身で自分を飛ばす訳にはいかない……うわあいいなあホウキ乗りたい……あれはもはや全日本人の憧れじゃ……!?」
「練習してみますか?」
「うわっ」

 一瞬空気が揺れたかと思った、その瞬間に、背後から急に声がして由良はびくりと肩を揺らした。
 背後には胡散臭い笑みを浮かべた仮面の男──クロウリーが立っていて、手には何か大きな袋を抱えているようだ。
 昨日に比べて驚かなかった由良に、クロウリーは片眉を上げたが、それだけで終わる。

「練習……って、ホウキの?」
「ええ。条件付きですが、あなたにはここで過ごしていただくことになりま」
「えっじゃあじゃあホウキだけじゃなくて魔法全般も教えてもらいたいんですけど! あとこの世界の知識とか魔法とか魔法とか他にも私の知らないことあったら色々知りたいんですけど! ……で、何したらいいですか?」

 クロウリーの言葉の途中で遮ったわりに、由良は何をしたらいいのか、とクロウリーの意思はきちんと聞く姿勢だった。
 それに多少クロウリーは面食らったものの、にんまりと口角を上げて笑う。

「ええ、ええ、いいですとも。いくらでもここで学んでください。かわりと言ってはなんですが、あなたの魔法……いえ、魔術でしたか。そちらを我々に教えていただきたいのです」
「え、そんなことでいいの?」
「そんなこと、とは。あなたの使うものはこの世界において未知数ですよ」

 わざとらしく思えるほどに、大きく身振りをするクロウリーに、由良はうーん、と首を傾げる。
 この手の怪しさが体から溢れてるタイプはどうするべきなのかな、などと頭の隅で考えながら。
 が、自分の使うものを教えるくらいであれば別にいいかとも思う。要はパズルの組み方が違うだけのことを教えればいいだけなのだから。

「教えるのはいいけど……この世界でどういう風に伝えたらいいのかとか分かんないよ? 技術も違うだろうし……まあ魔力あればなんとかなるか……」
「ですから、こちらで学んでいただくのです。あなたが我々を理解できるように。我々があなたの力を理解できるように。まあ男子校ですからね……あなたの肩書きとしては研修生、といったところですか」
「学生じゃなくて?」
「男子校に女子生徒という名目で置いている女性に何かあったらどうするんです!」

 クロウリーの言っていることはもっともである。が、状況が変わるわけでもなく、学生だろうと研修生だろうと女子が一人なのは変わらないのではないだろうか。それが顔に出ていたのか、クロウリーは「男子校ですから女子生徒が居てはしめしがつかないでしょう」と肩をすくめた。
 しめしがつかないどころか研修生という名目でも同じじゃん、と思ったことを由良はやはり口には出さなかった。



 とりあえず置いてもらえることはありがたく、自分のためでもある。知識ももらえて、オマケに衣食住まで確保されているのだから文句のつけようがない。

「色々教えてもらえるにしたって私この世界の文字読める気がしないですけど」

 今は入学式前であり、学校の中にいる生徒も少ないということでとりあえず授業中に学校内の案内をうけることになった。
 服はさすがにあの格好では痴女だと言われる上に男子生徒には目の毒だということで、体育着のようなものを由良は着せられている。
 貸してもらったジャケットは、あの少年にいつ会ってもいいように紙袋にいれてきていた。
 魔法学校らしく、喋って動く絵が飾ってあったり、移動するのに鏡を使ったりと案内だけで由良はわくわくしているのだが、歩く廊下でちらほら目に入ってくる文字は、馴染みがなく。まだ英語であればなんとか……とは思っていたがそれでさえもない。

「ああ、文字ですか。魔法薬がありますよ、文字を読めるようになる」
「えっ、そんなのあるんですか?」

 完全に異世界からの来訪者向け特別アイテムでは? と心の中で思う。が、クロウリーはなんでもないように「魔法薬開発なんていうのは些細なことがきっかけだったりしますからねえ」と喉の奥で小さく笑った。
 異世界からの来訪者が来るのを想定するのは些細ではないんでは? と、口に出そうになったがやはり由良は心の中だけで思うことにした。別の事情があって読めるようにしたのかもしれないし。
 この世界も広く、色々な国があって共通言語ではない可能性だってある。そうなれば読み書きができるに越したことはないだろう。

「最後にここですね。メインストリートです。どこに行くにも便利ですし、ほとんどの生徒がここを使います。……まああなたは人の多い時間は避けた方が無難でしょうねえ」
「クロウリーさん一応私のことって全生徒に……言っ……て……えっ!?」

 石畳でできたメインストリートの真ん中。道の両脇にはいくつかの銅像が立っていて、ふと視線を上げてそれを視界に入れた由良は思わず固まった。
 見たことがありすぎるのだ。
 国民的某宅急便アニメ映画と同じく、幼少期にしこたま見たことのある顔立ちがそこに並んでいる。
 朧気な記憶なためストーリー自体を覚えている訳では無いが、概要とキャラクターの顔くらいは把握していた。
 こちらは世界的に有名なアニメ映画たちの、要は悪役と呼ばれる側の銅像。そっち側なんだ!? と由良は言葉に出していたが、クロウリーはただ首を傾げるだけだ。
 まさか学校に反面教師として悪役側の銅像を飾る訳でもないだろう。ということはこれはリスペクトでは?

「クロウリーさん、つかぬことをお伺いしますけど」
「はい?」

 先程案内の時に、各寮の名前も聞いていた。が、横文字ばかりで覚えられる気がせず最初のハーツなんちゃら寮で覚えるのを諦めていたのだが。

「寮の名前、もう一回教えて貰ってもいい?」
「ええ、構いませんが……。ハーツラビュル、サバナクロー、オクタヴィネル、イグニハイド、ポムフィオーレ……」
「あっわかりました大丈夫ですありがとう」

 後半は微妙であったが、なんとなく察しがついた。なんかそれっぽい気がする、と。リスペクトしてないとそんな名前付けないよね! と。
 だからどうしたという気持ちもあるが、由良はなんとなくそわそわとした落ち着かない気持ちになる。

「大丈夫かなこれ……」

 だから魔術じゃなくて魔法なのかも、と結論づけたところで由良は考えるのをやめた。自分が考えても仕方がないことだ、と。

「何か知っていることでもありましたか?」
「ああ、いや……多分勘違い……いや……うーん……知ってるけどよく分かんないから保留で……」

 下手にクロウリー相手に嘘をついても面倒くさそうだったので、事実を伝えることにする。嘘では無いので由良にも怪しいところはなかっただろう。
 クロウリーもたいして興味無さそうに由良の発言はスルーしてメインストリートから学校の方へ足を向けた。

「あなたの……魔術、でしたか。回復魔法以外には何か出来るんですか?」
「できるけど……つかぬことを伺いますけどこの世界にモンスターとかって……?」
「いますよ」
「攻撃するための魔法は?」
「ありますねえ」

 仮面の下のクロウリーの視線は、空中を眺めている。
 攻撃魔法もあってモンスターもいるのなら問題は無いだろうか。少し考えるものの、先程も思ったが遅かれ早かれできるようになりそうなことなので考えるのをやめた。

「攻撃魔術も回復も、防御とか……あとは攻撃を強くするためのものとか……? うーん……あとなんかあったかな……」

 歩きながらも顎に手を当てて考えるが、他には特に思い浮かばなかった。

「そういえば、あなたは魔術を使うための触媒はないのですか? この世界で言うマジカルペンのような」
「マジカルペン」

 なんだろうその魔法少女みたいな……響きのものは……。
 マジカルペン、と思わず復唱したが、クロウリーはどこから出したのか、手の中にペンサイズで、持ち手の上に大きな赤い宝石がついた棒を持っていた。

「これです」

 私で言う杖がペンのサイズなのか、と思った由良だったが、ペン先がその棒にあるのを見てまさにペンなのか、と考えを改める。魔法少女じゃなくて美少女戦士のほうか、などとどうでもいいことを考えた。
 けれど触媒であれば由良も持っている。コンタミネーションで取り込み、そして更にそれを各世界で進化させ簡略化したために、かなりの量の武器を持ち歩いてはいるのだが、由良はとりあえず手の中にいつも使うロッドを取り出す。
 光の粒子が集まるように出てきたロッドに、クロウリーは仮面の下で目を見開く。おお、と驚いたような声を上げた。

「今のも魔術ですか?」
「うーん……これはまたちょっと違う技術というか……。魔術よりもこっちのほうが使いやすいかもだけど」
「ちなみに原理等は」

 どこかわくわくした様子のクロウリーに、子供みたいだなと思ってしまい由良は笑った。目に見えて楽しそうなのだ。

「鉱石みたいな物質にもちょっとずつ魔力ってあるじゃないですか。それを自分の魔力で計算して分解して、目に見えないくらいの粒子にするんです。ほんとは身につけてるアクセサリーとかに高濃度の魔石……魔石ってこの世界あるのかな、まあ魔力濃度の高い宝石があればそれの表面に粒子を常にまとわせておけば安定するんだけど」
「なるほど」
「私の場合はピアスとか、ロッドにもそれが該当するかな?でも粒子はだいたい皮膚の上にあるイメージなんだけど……こっちは安定がちょっと難しいんだよね〜」
「ちなみにその魔力を分解というのは──」

 急に専門的な話になり、しかしそれはクロウリーと話す内容で一番の盛り上がりを見せた。
 以前居た世界では魔術がかなり発展しており分析も任せきりで教えてもらうばかりだったのだが、由良が今いる世界では由良の使う魔術は未知数だと言う。
 興味深そうに様々な質問を投げてくるクロウリーに、由良も自分にとって興味がある話のため思うままに答えて行った。
 細かいやり方や分解の仕方などは一朝一夕でできるものではないかもしれない、と付け加えるとクロウリーは「そのための学園です」と何故か胸を張ったのだが。

「あなたは今の部屋をそのまま使ってください。さすがに寮だと……いい餌食ですからね……」
「はーい」
「その他のことは授業がまともに始まるまでに改めて説明をします。まあ来週の入学式までには整えておきますよ……と、ところで今更なんですが」

 ぐっとクロウリーは由良に顔を近づけて、まじまじと由良を見つめた。体格差もあるので由良は上から覗き込まれる形だったのだが、思わず一歩引くと、しばらく間を置いたあとにクロウリーが口を開いた。

「名前と、年齢を聞いていなかったなと」
「いやほんとに今更じゃん」

 思わずツッコミが口をついた。それにクロウリーはへらへら笑って、いやあうっかり。と肩をすくめただけだった。

「由良です。歳は多分……十八……?」
「疑問形なんですか?」
「色んな世界いってたから定かじゃなくて……多分肉体年齢は変わってないって前の世界で言われたし十八でいいと思うんだけど……」
「随分童顔なんですねえ」

 十四くらいかと思ってました、とクロウリーは言う。由良からしてみたら日本人と、この外国人バリバリの顔立ちで比べないでくれと思うのだが言っても仕方の無いことである。
 先日会ったえぐい顔面偏差値の人達も高校生くらいだと思えない程の見た目だったのだ。日本人は童顔なのが際立ってしまうわけで。

「では由良さん、今後ともどうぞよろしくお願いします」

仮面の下の目を細めたクロウリーは、由良へ手を差し出した。

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