学園内であれば自由に歩いてもいい、とクロウリーに言われたため、由良はクロウリーの案内が終わったあとに購買を目指し、一人で学園内を歩いてみることにした。
今朝のホームルームで全校生徒には由良についてはお達しがあったらしく、歩いていたも、珍しがられこそすれ、訝しむ生徒はいないだろうとのことである。なので学園内であればどこを歩いても構わないとのことだった。
最初こそ奇異の目で見られるだろうが、由良からしてみればそんなものほぼ慣れっこである。
衣食住と学園内での生活が確保されている上に、授業料も特にいらない。けれど由良の技術を学園に教える、というのが条件のため目下の生活を心配することはまずないだろう。
授業を受け始めるのは入学式以降、細かいことはそれまでに。と言われてしまえばそれまで由良ができることなどほとんどない。部屋に引きこもっていてもなんら問題はないほどだ。
けれど少なからず最低限生活するだけの私物は必要なのでは?と由良は思ったのでお金を稼ぐにはどうしたらいいのかとクロウリーに尋ねてみた。
先立つものは必要である。──いつかこの世界からも旅立つ身だとしても、だ。
そうするとさすがに校外では何があるかわからないため外のバイトはすすめられないと言われ、購買でのバイトをすすめられたのである。
クロウリーから購買の店主に話は通しておくとのことなのでまさにおんぶにだっこ。
「いやあ……至れり尽くせりすぎて逆に怖いよね……」
それでなくとも胡散臭さがとんでもないクロウリーである。何を考えているのかわからないところが多すぎるのだ。
そして大きな学園内、先程聞いたばかりの購買にたどり着くどころか、由良は迷った。
学園内であるため迷ったとしても独り言を言う余裕はあるのだが、今まさに授業を終わる鐘が鳴った。つまり生徒たちがクラスから出てくるということで。
適当にどこかで時間を潰して隠れておこうかとも思ったのだが、隠れられる場所を知っているほど由良はこの学園に詳しくない。
しかも絶賛迷子中である。
おとなしく道行く生徒に購買の場所を聞くか、と歩いていれば、近くにある教室から出てきた生徒たちの中、赤い髪の少年が由良を見るなり「おや」と目を丸くする。
見覚えのありすぎるその顔に、由良は「あ!」と思わず駆け寄っていた。
「昨日の!」
「君……こんなところで何を?」
「えっ、迷っ……いや、あの、そう、これ!返したくて!」
訝しげに寄せられた眉に申し訳ない気持ちになりながら、持っていた紙袋を押し付けるように渡せば少年はああ、とそれを受け取る。
見たところ少年はジャケットをきちんと着ているため予備があったのだろうが、広い学校である。早いうちに返してしまいたかったのも事実だった。
「わざわざ持ち歩い……」
「あー! 女の子がいる!」
「あ、待てケイト!」
廊下の端に寄って話していたのだが、休み時間らしく由良たちのまわりにも生徒が増えてきている。
話しかけてくる生徒はいないなと思っていた由良だったが、人混みをかき分けるようにしてやってきた生徒二人に、少年のほうがため息をついた。
「今朝話があっただろう。節度を持って接するように、ケイト」
「大丈夫だよリドルくん。はじめまして、オレ、ケイト・ダイヤモンド! よろしく〜」
呆れたような少年を横目に由良へ近づいてきたのは、柔らかそうな少しウェーブがかった金茶の髪をおでこのところだけ上げた生徒だった。右頬の上、目尻側には赤いダイヤモンドのペイントがされている。
緑色の瞳が楽しげに由良を見て細められた。
手を差し出されたためよくわからず由良がそれを握れば、ブンブンと上下に激しく振られてしまった。
「よ、よろしく」
「記念にマジカメ上げていい? ツーショット撮ろ?」
「ま、まじかめ?」
「はいいっくよー! 笑顔笑顔」
おもむろにケイトがポケットからとりだした見覚えがありすぎる四角いその機械──スマートフォンにツッコミをいれる暇もなく、マジカメとは? と尋ねる暇もなく。
あれよあれよという間に自撮りツーショットを撮られ、そして反射で由良もポーズと表情をキめてしまった。
ご機嫌なケイトに撮った写真を見せられ、そしてそれをマジカメとやらにあげられてしまったらしい。
「#噂の女の子 #ツーショット、っと!」
SNSか! とそこでやっと由良の頭が動いた。まるで嵐のように状況が流れていってしまったためツッコミすら追いつかなかった。
それにしても、と由良は思う。スマートフォンがあり、SNSがある。昨日由良が落ちた部屋もかなりすすんだ機械がたくさんあった。
ということは魔法もあり、由良のいた現実にも近い世界なのかもしれないと。
教員寮の部屋にも使い方の分からない機械はたくさんあったのだ。もしかしたら中にはテレビのようなものもあったかもしれない。
「ケイトがすまない、俺はトレイ・クローバー。ハーツラビュル寮の副寮長をしている」
そう言って眉を下げて自己紹介をしたのは、暗い緑色の短い髪に金色にも見える瞳の生徒だ。
こちらは左頬にクローバーのマークがペイントしてある。もしかしたら刺青かもしれないが由良にもさすがにわからなかった。
ハーツラビュル寮がどうだとか副寮長がどうだとか言う話はほぼ由良の頭には入ってきていない。ケイト・ダイヤモンドにトレイ・クローバー。
これは他にハートとスペードもいるのでは?と一瞬由良は思考を飛ばした。
「由良だよー、よろしくね」
「由良? 変わった名前だな」
「別のところから来たのだから当然かもしれないけどね。申し遅れたけど、ボクはリドル・ローズハート。ハーツラビュル寮の寮長だよ」
フラグ回収早すぎでは!? ハート居たわ!
とやはりこれも由良は心の中で思うだけにした。思ったことを口には出すものの、さすがにわきまえることもこの何年もの中で覚えたことだ。
「ケイトに、トレイに、リドルくん!」
一人ずつ顔を見ながら復唱して、覚えた、と由良は頷いた。
つい癖で由良は三人を呼び捨てにしてしまったが、三人はとくに気にした様子もない。
逆に名前を呼ばれたことを嬉しそうにしているようだった。
「ところで由良、こんな所で何を?」
「ジャケットを返したかっただけじゃないんだろうが……」
授業終わりも相成り、人通りはかなり多い廊下の一角である。由良が珍しくて一目見ようという生徒もいるのか、一定距離をとっているもののぐるりと囲まれるようにして周りに人垣ができていた。
ちらりとトレイは周りを見て苦笑をするが、リドルやケイトは特に気にしていないのか由良の返事を待っているようだった。
「学園長が私が購買でバイトできるように話してくれたらしくて。購買に行きたいんだけど……」
「バイト? 購買で?」
「さすがに先立つものがないと何も出来ないし……」
異世界から来た、ということを全校生徒に伝えているのかわからず言葉を濁した由良だが、濁した意味がわかったらしいトレイが「俺たちはリドルに聞いてる」と一言言った。
「寮長と副寮長くらいには伝わってるんじゃない?けー君も聞いちゃってるけどね」
「普通の生徒には女の研修生が居る、くらいしか伝わってないだろうな」
「そうなんだ……って言っても私も顔面偏差値高い人達が寮長ってくらいしか覚えてないんだよね……」
「顔面偏差値……」
リドルがぼそりと呟いて、誤魔化すようにトレイが咳払いをした。ケイトに至っては「顔面偏差値!」と何かのツボに入ったのかけらけらと笑いだしている。
いや君たちも顔面偏差値めちゃ高だからね、と由良は呆れたように付け足したが、言われなれているのか冗談だと思われているのか、二人ともへらりと笑って終わってしまった。
「購買だっけ? 次の授業までまだ時間あるしオレが送って行こうか?」
「えっ、でも授業あるのに申し訳ないから場所だけ教えて貰えたら」
由良がそう言うと、リドルが視線だけをまわりへと向けた。
一向に減る気配のない生徒たちだが、今はリドルたちがそばに居るから誰も話しかけてこないだけだろう。
離れるのはあまりにも得策ではないな、とひとつため息をつくと、リドルは口を開いた。
「ボクも行こう。一人で行かせるのも不安だ」
出会い頭に痴女だと言われた格好を恥ずかしげもなくしていたこともだが、まず由良にはあまり落ち着きがない。ふらふらとどこかへ入り込んで出て来れなくなりそうだった。
寮長会議でリドルが聞いただけではあるが、魔法というものにも不慣れなら尚のことだろう。ナイトレイブンカレッジには、大なり小なり、魔法で溢れている。
「ええ……いや……もうしわけ……」
「なら俺も行くか。乗りかかった船だしな」
「いや無理に乗らなくても!」
「購買はこっちの棟じゃないんだよね〜」
行こ行こ、とケイトが先導し、トレイとリドルに挟まれる。さながら護送されている犯人では? と由良は思うのだが、トレイに背中を押され行かざるを得なくなってしまった。
由良の見た目は十八でも、過ごした年数を足していけば下手をすると四十を超えていそうなのだが、トレイたちの由良の扱いは完全に子供に対するそれである。
小柄であろうリドルよりも身長は低いが、由良にしてみたら日本人女性の平均的身長だ。この国、世界の住人に比べれば確かに由良自身小柄に入るのかもしれないのだが。
「この学園は広いから迷うだろう?」
「うん、広すぎる……。無駄なところが多いというか……」
「魔法的な意味合いが強い装飾も多いしね」
歩き出したものだから案内をやめてもらうこともできず、由良は連れられるがままに別棟へと連行された。
別棟に入れば、確かに先程クロウリーの案内で見た場所のような気がして自分の方向音痴さにため息を着く。決して由良は方向音痴というわけではないのだが、学校特有の、似たような場所が多すぎる、という現象だ。
「はい、あそこが購買だよ」
「次は迷わないように。もし迷ったと思ったら……そうだね、この寮章をつけている生徒に尋ねるといい」
リドルに言われ、由良は寮章、といわれたジャケットの右腕についているエンブレムのようなものへ視線をやった。赤い色の中心が黒で抜いてあるリボンもついている。
リドルをはじめ、ケイトとトレイにも同じものがついているのでこれがハーツラビュル寮の生徒ということなのだろう。
「ありがとうリドルくん!ジャケットも貸してくれてありがとうね!」
「……あの格好はさすがにね……」
思い出して視線を逸らすリドルに、由良はごめんねえと間延びした声を出した。
ケイトとトレイがあの格好? と首を傾げているが、リドルがそれを説明するつもりは無いらしい。
「前の世界で着てた服そのままだったから」
露出は確かに多かったのだ。水着レベルかもしれない。
今はこの学校の体操着を着ているため露出はゼロだが、いかんせん大きすぎる。服や下着は早急に手に入れたいもののひとつだ。
「前の世界! ねえねえ、今度別の世界の話も聞かせてね由良ちゃん」
「俺も興味はあるな」
前の世界というのにリドル以外の二人が目を輝かせる。それに「わかるーー! 気になるよねよその世界とかね! 素直に聞いてくるの年頃っぽくて花丸!」とこれも心の中だけで由良は叫んだ。
「私が話せる範囲のことならいつでも聞いて!」
当たり障りのないことだけ三人に伝え、由良は再度お礼を言い授業に行くという三人を見送った。
まだ由良の周りには由良を気にする生徒がいたが、リドルの「早くお入り」と言う言葉に従って早々と購買への扉をくぐることにしたのだった。
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