由良は、目が覚めた時、誰かの腕の中にいることがこんなにも安心することだと気づいたのは今朝だった。
 夢と現実の間でまどろむ由良の髪を優しく梳く指だとか、誰かのにおいだとか、体温だとか。
 触れられることにより一気に覚醒まで持っていかれた意識ではあったものの、目を開けた時に「おや、おはようございます」といつもの調子で、けれどその瞳に優しさや気遣いを滲ませたジェイドが居るというのはそれだけで由良の涙腺を刺激した。
 おはよお……と泣きそうになりながらもなんとか言う由良に、仕方がないとばかりにジェイドが頬を撫でる。
 そんなことがただ幸せだと思ったのだ。




「それがどうして働きたい、になるんですかねえ」
「ただ働きたいじゃなくって、ジェイドの近くで働くにはどうしたらいいのかなって聞いただけだよ」
 食事も摂り、さて今までの話を、とジェイドの私室にあるソファへ隣同士に腰を落ち着けてすぐである。
 由良がジェイドに一番に話したのは、ジェイドの近くで働くには、という質問だった。
 拍子抜けしたジェイドではあるが、由良が屋敷で大人しくしているはずもないのは承知していたので、驚くことはなく。
 ただ思ったよりも早かったな、というのが感想だった。ジェイドのそばで、という点に関しては、ジェイドが自分で思ったよりも喜びを感じてはいるのだが。
「ガルドなら心配しなくても、あなたがマルクト中の宝石や装飾品を買っても問題ないくらいはありますよ」
 とりあえず、金銭に関して心配しているのなら余計な心配である。そう思ってジェイドが口に出せば、由良はうわ、と口を押さえた。
「怖……。って、いや、そうじゃなくて」
 予想通りの反応に、ジェイドはにこりと口角を上げる。同じく目も笑みの形を作ってしまったが、それに由良が「からかわなくていいんだよ今は!」と頬を膨らませた。
 予想通りの反応に満足して、ジェイドは肩をすくめる。
「おや、からかったなんて。事実なんですがねぇ」
「なおのこと怖い……」
 ただ、ジェイドの近くで働きたいと可愛らしいことを言うものだから、ジェイドの悪戯心が疼いただけだ。
 ジェイドにしてみれば、己のからかいに応じられても良かったほどである。
「あなたは、第七音譜術士でしょう。預言士でもありましたが……。そうなると近くで働くには……」
 軍の医務局で働くという手が一番いいだろう、とジェイドは思う。ピオニーの覚えも良く、身元もそれだけで保証されるようなものである。
 今後、ジェイドと共に生きていく選択を由良がするのであれば、軍属の治癒士としてどこかの師団に入れることも可能かもしれないが。
 戦争はしばらくはないだろうが、魔物が変異しているという情報も多々あるため手はあるに越したことはない。
 以前は由良も攻撃的な譜術も使っていたが、ずいぶん無理をさせていたのはジェイドも覚えている。
 この世界に戻ってきてから、ダアト、キムラスカ、そしてマルクトに一人で移動していたらしいが、魔物がいるにしてもそれは以前の由良でもできるだろう。
「あっ、待ってジェイド、私前でも戦えるよ。戦争にも参加したし、ずっと戦ってきてる。それに剣を教えて貰ってね」
 言いながら、由良は両手のひらを上に向けて、その上に粒子を集め一振の細身の剣を出した。コンタミネーションを使い収納していたらしい、のだが。
 これこれ、と差し出された剣にはジェイドの見たこともないような装飾が施されていた。
 おおよそ人の手で作ったとは思えないような、不思議な圧がその剣にはある。柄の部分にしろ、鍔にしろ、鞘にしろ。
 見事な彫刻があり、淡く光っているようにも見える青い宝石がちらほら飾ってあった。
 その宝石ひとつひとつに、何かの力が付与されているのだろうこともジェイドにはなんとなくしかわからない。
「……譜術師団の人間が見たら卒倒しそうな剣を持って帰ってきましたね、由良」
「えっそんなに!?」
「私も頭が痛いですよ」
「そんなに!?」
 心底驚いた、と目をまん丸にする由良にジェイドはため息をついた。
「働く働かないの前に、あなたの話を聞かせていただきましょうか。この剣も含めて」
 にっこりと微笑むジェイドに由良が引き攣った笑みを浮かべて、手のひらの上にあった剣を粒子に戻した。



 説明するには時間はいくらあっても足りないから、と由良はかなり省略した今までの話をジェイドにすることにした。
 色々な世界を転々としていたこと、剣は別の世界で精霊から貰ったものだということ。
 この世界に帰ってくるためには、この世界に体を合わせなくてはいけなかったこと。その為にローレライたちが力を使い、由良を別の世界へ分解、結合を繰り返しこの世界に馴染ませていったこと。
 とりあえずざっくり説明をしていく上で、ジェイドからの質問に答えるようにしていれば、朝早かったはずの時間がいつの間にか昼過ぎにまでなっていた。
「で、その剣は別の世界から持って帰ってきたとして。他に隠している武器はないですね?」
 中々に鋭い質問に、由良は口を閉じた。
 隠しているつもりはないが、こうして剣が出せたということは他の武器も世界を跨いだとはいえ問題なく由良は持っているということである。
 黙ってしまった、というそれが答えなのだが、ジェイドはふむ、と顎に手を当てて由良の返事を待っているらしい。
 しばらく沈黙が部屋に落ちるが、意を決して由良は手のひらを上に向けた。
 先程見せた剣を出してとりあえずソファにたてかけ、続いて剣よりもずっと長い魔術用のロッドを手の中に出した。
 しゃん、とロッドの先についていた金属が涼し気な音を鳴らすが、その音さえもこの世界にない金属かも、と由良は不安になる。
 大きな空色の核である宝石の中には、動かす度にゆらゆら揺れる光が散っているのだが、もはや由良にとっては全てが異世界なので、どの世界に何がない、というのは分からない。
 今までの世界でも特に何か言及されたわけでもないし、珍しい物持ってるなくらいにしかきっと思われていなかっただろうと由良も思っているのだが。
 しばらくロッドをじっと見ていたジェイドは、ややあってはあ、とため息をついた。呆れたようなそれに、由良が不安げにジェイドを見上げる。
「これもこの世界にあったらダメな感じ……?」
 か細い声に、ジェイドが眉を下げて由良の頭に手を置いた。ぽんぽんと落ち着かせるように撫でると、疲れたように「そうですねぇ」と言葉をぼかす。
「まあ陛下はあなたが異世界の人間だと知っていますし、……逆にどこかに所属させたほうが安心ではありますかね」
 国家どころか世界を巻き込みそうな一品が二つもあるとなれば、マルクトだけの問題で済みそうもない。
 幸いにもダアト、キムラスカ共に国のトップは顔見知りばかりで、由良の事情も知っている人間ばかりだ。
「あ……」
「なにか?」
 ふと何かを思い出したように、由良が声を漏らす。こころなしか頬に赤みがさしているが、ジェイドが視線を向けるともごもごと唇を動かした。
 言い難いのかしばらく待ってみても由良は「うーん……」と悩んでいる。
 頬は変わらず赤いため、悪い話というよりもただ由良が照れているだけなのか、恥ずかしい話なのだろうと当たりをつける。
 とりあえず別の話を振ってみるべきか、と思ってジェイドが「そういえば」と口を開くと由良は少しほっとしたようにジェイドを見上げた。
「いくつもの世界、とは聞きましたが実際はどのくらいの世界に行ったんですか? あなたの知識量も相当なものになっているのでは?」
 聞けば、由良はうーんと顎に手を当てて首を傾げた。
「何個だろ……途中から数えるの辞めちゃったんだけど……。まあ……数えてたのは十個以上くらいかな……?」
「それは……随分短期間で転々としたんですね」
 六年ほどで回るには中々に数が多い気がしたが、由良はそのジェイドの言葉に「え?」とさらに首を傾げる。
「そうかな? 長いとこは三年くらいいた気もするけど……大体一年以上はそこにいたと思うよ?」
「…………そうなるとあなたの年齢が合わないのでは?」
 元々由良はこの世界において童顔である。由良に聞けば、元の世界的には全く童顔ではないらしいのだが。
 それにしても、最低でもジェイドとそう変わらない年齢であってもおかしくない年月を異世界で過ごしてきたにしては幼すぎる。
 二十四くらいだと本人は言っていたが、もっと若く見える程だ。
「あっ、そっか、いや、なんか歳を取らなくなってたみたいで」
 そこでやっとジェイドの言わんとすることがわかったらしい由良が、ぽんと手を打った。
 言っていることはとんでもないのだが、なんでもないことのように由良は続ける。
 由良はこの世界に体を馴染ませるために体の時間をとめられていた。
 そうして分解と結合、構築を繰り返されていたらしい。
 ローレライたちからはもっと小難しいことを説明されていたのだが、由良は考えるのを放棄したのだ。難しいことはわかんなくていいや、と。
 体が馴染み始めたら自ずと歳をとり始める、とこの世界から消える直前に言われていた。
 そして髪が伸び始めたのが六年ほど前だったので、そこから由良は自分の歳を計算していたのだ。だから二十四歳くらい、らしい。
「……十年以上、あなたはここに帰ってくることを信じていたんですか?」
 ジェイドの声は淡々としていたが、絞り出すようなそれに由良はジェイドを見上げてはにかんだ。
 驚いたような、喜びのような、なんともいえないジェイドの瞳を見上げて、由良はえへへと笑う。
 たったの二年でもジェイドにとっては長く、不安になる日もあったのに。六年でも簡単ではないと思ったほどだったのに。
「私、ここに帰ってきたかったから」
 とん、と由良がジェイドと由良の間を指で叩く。
 ジェイド以上に不安もあっただろう。昨夜ジェイドが思ったように、由良を好く人間も居ただろうし、ジェイドを忘れろと言う人間もきっと居ただろうに。
 ただ帰ってきたかった──ジェイドの隣に帰りたかったという思いだけで気持ちを保っていたと言う。
 じわ、とジェイドの胸の中に広がる感情に、ジェイドはなにか考える前に由良を抱き寄せていた。
「ジェイド?」
「──由良には勝てる気がしませんよ」
「えっ、そういう話してたっけ!?」
 言いながらも、由良はジェイドの背中に腕を回して嬉しそうに笑っている。
 ジェイドの腕の中にある柔らかな体温に、ジェイドは息を吐いた。
「誰かにこんな分かりやすい感情を抱くのは初めてです」
「感情?」
「……どんな感情か分かりますか?」
 少し体を離し、由良の頬にジェイドは自分の右手を添わせる。柔らかな頬を撫でると、由良の瞳は気持ちよさそうに細まって、けれどジェイドと視線が合うと笑みの形になった。
「分かるけど言葉で教えて欲しいかなー、なんて」
 由良を見る己の目が、優しくなっているのは自覚があった。
 口で言うよりも分かりやすいだろうそれを、由良もきちんと理解して、けれど言葉で欲しいと言う。
 言い方からして本気では言ってないのはジェイドも分かったが、言わないと思われているならそれはそれでからかいがいもある。
 押し当てるような触れるだけのキスをして、由良の頬を両手で包む。顔を背けられないように固定すれば、由良の瞳が少しの期待に輝いたのが分かった。
「あなたがただ愛おしいですよ、由良」
 言葉ではなくキスをされると思っていたらしい由良の瞳が驚きで見開かれ、ぱっと頬が真っ赤になる。おろおろと彷徨う視線に、ジェイドは満足して再度由良に唇を押し当てた。
 ただ触れるだけのものを何度か繰り返すと、限界だと言わんばかりに由良がとんとんとジェイドの胸を押す。
 それに由良を解放してやると、真っ赤な顔のまま由良は「ずるい」と一言。
 ただただ触れるだけのそれに肩で息をする由良に、ジェイドはくつくつと喉の奥で笑った。もちろん先立ってジェイドが言ったことで頭の中が一杯なのも分かってはいるのだが。
「これだけで根をあげるんですか? 昨夜はもっとすごいことをしたのに?」
「だっ……、なんっ……、あ、煽り方がえっちでやだ!」
「おじさんですから仕方ありません」
「おじさんじゃないでしょ!?」
 真っ赤な顔のままよくわからないところにツッコミを入れる由良に、やはり先程から湧く感情は愛しさしかない。
 もう一度引き寄せて、また触れるだけのキスをすると由良は嫌がらずに静かにそれを受け入れた。何度かまた繰り返し、由良の唇を舌先で舐めると由良は驚いたのか少しだけ唇を開いたため、そこからぐっと深いものに変えても由良は嫌がらずに大人しく受け入れている。
 そのままソファに寝かせて、覆い被さるような体勢になっても由良は嫌がらなかった。
「由良?」
「は、はい……?」
 今度こそ肩で息をして酸欠になっている由良は、それでもジェイドに返事をする。
 赤い頬に潤んだ瞳で見上げられるとジェイドも掻き立てられるものはあるが、それは見て見ぬふりをして少し乱れた由良の前髪をそっと顔からよけてやった。
「この屋敷でずっと暮らしていくつもりはありますか?」
「……それって、どういう意味の質問?」
 質問に質問で返されたが、困惑している由良の視線にジェイドは優しく笑う。
「これから先も、私の隣にいてくれるか、という意味ですよ」
 言えば、じわ、と由良の瞳に涙が溜まった。それにまたジェイドは笑うと、由良の頬を指の腹で撫で、落ちそうになる涙を指で拭ってやる。
「い、居ていいの?」
「ええ。……どうにも、私があなたと居たいようです」
 しばらく何にも縛られず自由に動き回って欲しいとは思っていたが、どうにもそれも難しそうだとジェイドは思う。
 ジェイドにとっては二年という空白の時間はあるが、それでも共に行動して来た時間はそれ以上に濃い時間だった。良いところも悪いところも含めて、それが由良だ。
 その由良は、ジェイドのためだけにこの世界へ戻ってきたのだろう。
 本当に戻ってこれるのかも分からず、不安にもきっと耐えながら。
 二年前、全てが終わったら伝えようと思っていたことは昨日伝えてしまった。
 これから先、遅かれ早かれジェイドが言うであろう言葉は、どうせ言うことになるのなら早くに言ってしまって由良を自分の手の届く場所へ置いておいたほうが良さそうだと考えて口から出てしまったが、由良は泣き笑いを浮かべてえへへと笑う。
 すっと伸びてきた由良の指は、ジェイドの顔にかかる髪を耳にかけると、そのまま頬を滑って、両手で包み込むようにジェイドの頬に触れた。
「うれしい」
 詰まったような声に、ただそれだけの言葉で由良の気持ちが伝わってくる。もう一度だけ触れるだけのキスをして、ジェイドは由良をソファへと座らせた。
 しばらくは由良もふわふわした表情をしていたが、はっと気づいたように「そうだ」と言うと徐に立ち上がり、部屋に備え付けてあったテーブルへと近づいた。
 そこの引き出しから封筒のようなものを取り出すと、ジェイドの横に座り直しその封筒をジェイドへ差し出す。
「これ、えーと……さっき言おうとしてやめたこと、なんだけど……」
 赤みのさす頬はそのままに、由良はやはり言いにくそうに封筒へと視線を落とした。
 ジェイドもつられてそれに視線を落とすと、封蝋に押してある印に眉を寄せてしまう。見た事のありすぎるそれはファブレ公爵家のものである。
「これは?」
 とりあえず受け取るが、なぜファブレ公爵家からの手紙を由良が持っているのか全く理解ができなかった。
 キムラスカに寄っているとは聞いたが、その時にルークたちに会ったのかもしれない。だが、それにしてもとんでもない封筒である。
「……ファブレ公爵家の、えーと……養女になるための……その、書類の、写し……です」
「……はい?」
 一瞬言われたことが理解出来ず、ジェイドは手紙を受け取ったままの格好で固まった。
 どこかの貴族に養子として入るのは、結婚や軍属になりたい等、様々なことで当たり前にあることのため驚きはしないが、なぜ由良を、キムラスカに行ったタイミングで。
 分からないまましばらく考え込んでいたが、由良が「その」という声にジェイドは我に返った。
「もし、ジェイドが何も言わなかったら、これを持ってファブレ公爵家に帰っていらっしゃい、と奥様とナタリアには言われて」
「ナタリアですか?」
「公爵も奥様も、ルークも、王様も、なんていうか、私のこと受け入れ態勢整ってますみたいな……歓迎を受けて……」
「……」
「ジェイドとこれから一緒にいようと思うなら、この紙切れ一枚が一番強いから、って」
 結婚を考えた時、確かに由良をどこかの貴族の養子にすることは考えたが、今ではないと思っていた。ゆくゆくは、の話だったのだが。
 マルクトの有力貴族で充分ではあったが、確かにキムラスカの、しかも公爵家となるとそれ以上に強い手札はないだろう。
 キムラスカとマルクトの有力貴族同士の婚姻になり、これもまた和平の結びつきを強くする。
 しかも由良という、キムラスカ、マルクト共に、ダアト所属として和平のために、世界のために尽力した内のひとりだ。
 まさかファブレ公爵家がそこまでするとは思わなかったが、ルークやナタリアがなにか口添えをしたのだろう。
 そもそも以前から、確かに公爵やルークの母親は由良を気に入ってはいたのだが。
「それもナタリアが?」
「う、うん……。大佐が何も言わないのでしたらすぐに帰って来てくださるでしょう? わたくし由良ともっと話したいですもの、とのことです……」
 封筒を開けば、確かにそれは由良をファブレ公爵家に迎えるための書類だった。
 養子縁組に関しては、するためにはかなり時間を要するが、相手が公爵家と王族ともなれば無駄な手続きもなくあっという間にことが終わったのだろう。
 ジェイドが由良のいない間、落ち込んで見えていたのかもしれない。ルークのこともあり、考えても仕方が無いと分かっていても考えることは尽きなかった。
 忙しさで誤魔化される日も多かったが、それでもたまに会う仲間たちからは心配そうな視線を向けられているのは分かっていたのだ
「い、いやー、なんか、あっという間に決まって……ほんと一週間くらいで全部整ってね?! 合計で言うと一ヶ月くらいは公爵家に居たんだけどルークから言われる姉上呼びがもう……ちょっとその、ときめいてしまって……ずるずると……」
 ぽっと頬を赤くする由良になんとなく面白くない気持ちを抱きながらも、あのルークが由良を姉上呼びするところは見てみたかったとジェイドも思う。
 無愛想に由良を姉と呼ぶところが想像出来て小さく笑ってしまうほどに。
 ルークであってもアッシュであっても、少し嫌そうに由良を姉と呼ぶのだろう。
「彼は……ルークは元気でしたか?」
「──うん。ナタリアに振り回されてるみたい」
 言わんとすることを察してか、一瞬息を詰めた由良だがへらりと笑う。
「まああなたを無愛想に姉と呼べるくらいですから元気なんでしょうね。いいことです」
「無愛想とは失礼な! ちょっと嫌そうにしてるだけだよ!?」
「それもどうかと思いますよ」
 肩をすくめると、由良がむっと頬を膨らませた。あれが可愛いのに、とぶつぶつ言っている由良の頬に触れると、由良はうん? と首を傾げてジェイドを見上げる。
「あなたが異世界から持ってきた品と……婚約の報告も兼ねて近々陛下に報告にでも行きましょうか。そのついでに働き口は見つかるでしょうし」
 ジェイドも養子ではあるため、由良の身分はそこまで重要ではない。だが、今までの功績もあり、ジェイドにはそれ相応の令嬢をという話はあったのだ。
 公爵家の養女という身分を手に入れた由良であれば貴族院の貴族たちも納得せざるを得ないだろう。
 血筋がどう、というよりも、由良を公爵家が認めて養女にまでしている、という事実が大きい。公爵家ともなれば国王からの承認も必要であるため、由良はキムラスカにとっての重要人物になっていた。
 ナタリアやルークの気遣いもあるだろうが、それだけではないことはジェイドも分かっている。けれど外堀をきちんと埋められていることに、ジェイドはなんとなくおかしくなってしまった。
 身分を手に入れた由良だが、更に異世界のロッドや剣を持っているとなればどこの師団からも引っ張られそうだった。ジェイド・カーティスの婚約者になればさらに身元も保証をされるだろう。
 軍人であるジェイド・カーティスが選ぶ女性がただものであるはずがない、というのが世間の目だ。それはマルクト帝国の各師団からの目も同じである。
 治癒士であるだけでも貴重な戦力になる上に、戦えるともなれば相当なものだ。
 明日にでも武器のことはピオニーには触りだけは伝えておいて、各師団の団長たちにもとりあえず伝えておく必要はあるだろう。
 すぐに由良を連れてこいと言われそうだな、と思うが、ジェイドはとりあえず考えないことにした。由良争奪戦が軍の中で行われてもおかしくはないのだが、頭の痛くなる話だった。
「こ、こんやく……」
 そんなジェイドの心配はよそに、由良は先程とおなじようなふわふわした表情をして、ふふふと嬉しそうに笑った。
 

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