玲花が元居た学校から秀尽学園高校へやってきたのは、幼馴染である暁が転校するからに他ならない。
転校させられた理由も、なにもかも理解した上で「行政が何の役にもたたないなら私が暁を守るしかない」という言葉と共に暁と同じ日に秀尽学園へと編入したのだ。
それとは別に暁がいない学校に行っても面白くないだとか、大好きな暁と離れたくないだとか、変な女に捕まったら困るだとか、そういった本音もあるのだが。
桐生グループという日本でも有数のグループである桐生家は、玲花の兄と姉が主にまわしている。両親は既に他界しているため、玲花は兄と姉にそれはもう可愛がられて育ってきたのだ。
そんな兄と姉が、玲花が滅多に言わないわがままをきかないはずもなく。暁がいるなら安心だしなと快く送り出したのである。
「あ、ねえ、あの子だよね、桐生さんって」
「うわ、美少女……」
「いいとこのお嬢様なんだよね? たしか……」
校内を歩けばひそひそと聞こえる玲花の話に、玲花は聞こえないふりをする。
自分のことを言われるのはどうでもいいのだが、幼馴染である暁の、根も葉も根拠もない噂話を聞くと、それを話している生徒に聞こえるように「噂話に踊らされるなんてなんて可哀想なのかしら」と言いたくなる。
が、それをしたところで暁の心象が悪くなるだけなので絶対にしないが。
「さようなら」
「あっ、えっ!?」
「あっ、ささ、さよなら……」
「さ、さようならぁ……」
目が合った女子生徒三人に首を傾げてにこりと笑いかけると、女子生徒はぱっと頬を染めてしどろもどろに玲花へ挨拶を返す。
それだけで表情をとろんとさせた女子生徒三人を黙らせ、玲花は軽く会釈をして廊下を進む。
玲花は、自分が他人に与える印象をよく分かっている。だからこそ己の容姿は最大限に活用するし、持っているものは自分のために上手く使おうと思っているのだ。
「暁」
編入したのはいいが、暁とはクラスが別になってしまったのは玲花の誤算だった。まあ仕方がないかとそこは割り切るものの、竜司と同じクラスではあるので特に退屈はしないが。
暁のクラスへ放課後向かい、一緒に帰ろうと言うのもほぼ日課である。前の学校では席も隣だった為、迎えに行くことはなかったがこれはこれで玲花も楽しんでいる。
もちろん暁に用がある時は別行動ではあるのだが。暁の傍に居たいが、邪魔になりたいわけでも、玲花だけといて欲しいわけでもない。
「暁、帰れる?」
暁の教室へ入ってる暁の隣に立つ。ヒソヒソと聞こえてくる声は「桐生さんだ」「なんであの犯罪者と……?」という、玲花にとっては不愉快極まりない声だが、ここで何か言っても仕方がないのも理解している。
「玲花」
真面目そうに見えるからという理由でつけられた眼鏡の奥の瞳が玲花を見上げる。少し申し訳なさそうにするその表情に、玲花はとろけるような笑みを浮かべた。
見ていた人間がどきりとするような、そんな笑みである。さすがに暁は見慣れているのか普段と変わらないが、教室内にいた何人かは言葉を失ったり物を落としたりと様々な反応を見せた。
「ちょっと寄り道しない? おいしいパンケーキのお店が暁の住んでるところの近くにあるみたいなの」
もちろん帰りは私が送って帰るから! と言えば、暁は「逆じゃないか……?」とは言うものの、すぐに仕方ないなというように目元を緩めて笑った。
この瞬間が、玲花はたまらなく好きだった。仕方ないなと目を細めてわがままに付き合ってくれる暁が、たまらなく好きなのだ。
周りの言うことを暁はあまり気にしないタイプではあるが、こんなに優しい暁を誰もこの学校の人間が知らずに変な噂に踊らされているのは玲花は嫌だった。
「暁がこんなに素敵な人だって知らない人達ってかわいそうね」
下駄箱で独り言のように呟くが、聞いている生徒は一人もいない。この学校でもいつも通りにしていれば暁の本質を見抜く人間も出ては来るだろうが、それまでこの調子ではいつか玲花が手を出しそうだった。
「私が手を出す前に噂を消しとかないと……」
「玲花、また物騒なことを……」
先に靴を履き替えていたらしい暁が近づいてきて、玲花の独り言に返事をする。それに焦るでもなく玲花は笑うと「まだしないわ」とおっとりと微笑んだ。
まだも何も手を出すなと言いたいのだが、玲花は分かって言っているので暁も口を閉じるしかないのである。
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