「ねえ、聞いてもいい?」
「なにを?」
 放課後のショッピングモールで、杏と並んで服を選んでいた玲花は服を選ぶ手を止めて杏のほうを見た。
 杏は一枚のスカートを持ったまま玲花を見つめ、そして話しにくそうに何度が口を開いたり閉じたりしてから、意を決したように口を開く。
「暁と付き合ってるの?」
「まさか」
 答えは間髪入れずに返ってきて、杏は思わず黙り込んだ。あまりの速さに何を言われたのか分からなかったが、まさか、ということは付き合っていないということだ。
「えっ!?」
 あれだけ一緒にいて!? と叫びそうな杏だったが、すんでのところで飲み込んだらしくひゅっという音が喉から漏れる。それに「よく言われるのよね」と玲花はなんでもないように持っていた服を戻した。
「付き合ってないし、恋人になりたい方の好意を持ってもないわよ」
「あれで……!?」
 首を傾げてそうよ、と笑う玲花はとびきりに美しく見える。暁のことを考えているのだろうが、考えているだけでこの笑顔を見られるのに恋愛的な意味でもないとはどういうことなのか。
 これ似合いそうよ、と渡されたトップスをぼんやり受け取りながら、じっと玲花を見つめると、玲花はふふふとまた笑った。
「私、中学から高校一年生の途中まで新体操をしてたんだけど」
「え? あ、そうなんだ……?」
「これでもオリンピックを狙えるくらいの選手だったのよ? でも、まあ……副顧問からの性的な嫌がらせと、顧問や部員からの陰湿な嫌がらせが酷くてね」
「え?」
 初めて聞く話だった。鴨志田の件で玲花がかなり怒っていたし、過剰に反応しているとは思っていたが、似たような境遇だったのならそれも納得出来る。
「半年くらい前に辞めたの。新体操」
「……どうして、って聞いてもいい?」
 杏が尋ねると、玲花はひょいとスカートを少し持ち上げて右膝の上を指さした。こんなところで、と思ったが、そこにある大きな傷に杏は息を呑む。
 十センチ程の長さのそれは、不格好に盛り上がったり、皮膚を引っ張っている傷跡だった。治ってはいるものの、普通に暮らしていてできるようなものではない。
「これは顧問からの嫌がらせでできた傷。暴言もあったし、無視や、私のものがなくなるとか、衣装が破れたりだとかもざらにあったのよね」
「そんなの……」
「で、副顧問はセクハラクソジジイ。その一言」
「玲花……」
 まさに鴨志田がバレー部員にしてきたことだ。大小は違うかもしれないが、確かに似た境遇である。
 なんでもないように玲花は言うが、受けた心の傷は計り知れないと杏は思う。
「この傷ができた時に、さすがに私も我慢できなくて。もう新体操も続けられないし……」
「うん」
「ボイスレコーダーと監視カメラを中学生の時から数台セットして証拠を全部おさえてたから、それを持って兄と姉に相談して顧問も副顧問も社会的に抹消してもらったんだけど」
 若干雲行きが怪しくなった言い方だが、しかし相手が百悪いので杏は何も言わなかった。そもそも冷静にそうして行動をしていた玲花がすごいとも思う。
「新体操部はしばらく活動休止。教えられる人が二人ともいなくなっちゃったから。大会も控えてたけどそれもダメになって、それはもう恨まれたわ。あんたが言わなきゃ大会に出れたのに、って」
 言いながら、けれど玲花はやはり楽しげにふふっと笑っている。
「そもそも無視や嫌がらせを知ってて知らないふりをしてたあなた達も、いやがらせに加担してたあなた達も同罪だから反省するのにちょうどいいんじゃないかしら? と思ったし、私より順位が上がらないことに嫉妬してこの傷ができた件に協力したんでしょう? とも思ったから、それを全部そのまま言ったわ。もっと柔らかい表現にはしたけど」
「それは……大分反感買ったんじゃない……?」
 聞けば、やはり玲花は楽しげに笑う。
「それはもう。で、しばらく暴言を黙って聞いてたんだけど……ポケットに入れてたボイスレコーダーを目の前でオフにしたら何も言わなくなったわよ」
 うわ、と思うがざまあみろ、とも杏は思う。結局のところ自業自得なのだ。そもそも他人に聞かれてまずいことは言うなという話である。
「まあ、そういう嫌がらせをされてた時期に暁がずっと一緒に居てくれたの。励ましてくれたし、いつだって私の兄と姉に言いにいってくれるって。副顧問からの呼び出しも、暁が理由になってくれたこともあるし……だから、私は暁が大好きよ」
 百人がすれ違えば全員振り返るようなきれいな笑顔だった。それで恋愛的な意味で好きな訳じゃない、というのは無理があるのではないかと杏は思う。
 自分だったら、確実に好きになっていただろうとも。幼馴染とはいえ、辛い時にそばに居てくれるというのはそれだけで大きな支えになるのを杏は知っていた。
「だから私も暁にとってそんな人になりたいの。つらい時に支えたいし、誰にだって優しくしたい。でも私は性格的に誰にだって、みたいなそんなのはきっと無理だから、暁が幸せになるための手助けがしたい」
「暁が幸せになるための……?」
「誰よりも幸せになって欲しいし、暁が素敵な人なのを全人類に知って欲しいと思ってるのよね。私の夢は暁の結婚式で暁がどれだけ素晴らしいかってスピーチをすることだから」
 そう言う玲花の目は本気だった。
 それだと暁と結婚したお嫁さんが、スピーチする場にあまりにも美人が出てきて浮気を疑うんじゃ、と思うが杏は口にしなかった。
 そもそも、なんとも思っていない女相手にいくら幼馴染とはいえそこまでするものだろうかと思ったからなのだが。
 玲花はきっと本気でスピーチをするつもりだろう。暁が誰かと付き合うことになっても、この調子だと「暁が素敵だってわかってくれる人が出来たわ!」と喜びそうである。
 結婚するともなれば、スピーチを意気揚々と何百枚も書きかねない。
「苦労するのは暁のほうかな……」
 受け取りっぱなしだったトップスを戻しながら、杏は苦笑いを浮かべた。
 

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