あなたの瞳を思い出す

二学期が始まった頃、体育祭の準備も始まった。九月になったとはいえ、まだまだ残暑である。イベントごとは楽しいものだが、今年は更に真田がいる。二年生は借り物競争があるから、私はそれが気が気でなかった。カップルは相手を連れて走る、みたいな風潮があるからだ。友人たちも口をそろえて「まあ名前には真田がいるからなー」と言われる始末だ。私はそれを適当にいなしつつ、「当日はいっぱい写真撮ろうね」と誤魔化した。体育祭はいろんな制限が外される日でもあるから、女の子は特に気合を入れている。私たちも例にもれず、メガホンを作ったり、揃いのヘアバンドを買ってみたり、当日の髪形を相談したりした。多分、種目どうこうよりも、準備だったり、当日誰と写真を撮るだとか、そういうことがメインなのだ。写真を撮るくらいならいい。きっと真田は誤解を招くような真似はしないだろうという確信があった。私もきっと、楽しみで仕方がなかった。

全員が浮き立った雰囲気で、体育祭当日を迎えた。朝から「〇〇先輩とこ行こ!」とか「△△くん今日マジでかっこいい、写真撮りに行こ!」とか「2組女子で集合写真撮ろう!朝が一番盛れてるから!」「化粧くずれる前が一番いい!」とか、たくさん声が行き交っていて良い。今日は互いの登校時間が同じだったので、一緒に登校してきた。そのときに一応言っておこうと思った。

「今日絶対色んな人から写真お願いされるだろうけど、それは気にせず撮りなね、距離感バグってなければ良いから」

「ああ、了解」

「でも、できれば、美人な先輩に自分からお願いしに行くのは、やめてほしいかも」

「ははは!当たり前だろ。名前ちゃんも、バスケ部の先輩にお願いしに行くのは止めてよ、友達との付き合いでも」

それは私が真田を好きになる前に、よく友人に話していた顔がタイプな先輩だった。

「え、何で知ってるの?」

「当然だろ。俺それ聞いて本当に凹んでたんだから」

それはずいぶん前の話だったはずだ。よく覚えているな、と思うし、そんな前から私を想ってくれていたのかと思うと、堪らなかった。

「…そうなんだ」

「ニヤニヤするなよ」

「してないけど?うん、まあ、そのお願いは聞いてあげるよ、もちろんね」

「はい、どーも」

その朝の会話を思い出しながら、友人の付き添いで色んな人のもとへ向かった。友人だけ撮って終わることもあったし、こう聞かれることもあった。

「名字さんも撮る?」

それは当然の流れだったが、私が口を開く前に友人が、「名前は真田君がいるんで〜」とわざとらしく大げさに言ってくれることもあった。「ありがとう」というと、「元々付き合ってもらってるの、私の方だし!私こそありがとうね」と。良い友人だった。真田君とはどうなの?とにやにやして聞かれたことは、全部受け流しておいた。

借り人競争は、午後一番最初の目玉競技であった。もちろん普通のお題も沢山あるし、彼が「好きな人」とか、それに類似したお題を引くとは限らない。お題関係なく、恋人を連れていくカップルも少なくない。結局勇気が出ずに、この競技について聞いていなかった。女子の方が先に行うのだが、私は普通に「吹奏楽部」のお題を引いたので、他クラスの吹奏楽部院の女の子と一緒に走った。たまたま近くにいたことも功を奏して、二着だった。入れ替えで男子が並んでいるとき、正直言って、自分のときよりもはるかに緊張していた。私は友人と一緒に観覧席の一番前でそれを見ていた。並んでいるときから彼は私を探して、目が合うとよく笑った。その後もしきりに私の方に視線をよこすから、私よりも周りの友人たちが興奮してやまなかった。

真田はスタートの合図とともにお題のところまで駆けてゆくと、紙を確認して直ぐ、私のもとへとやってきた。きゃあ、と友人たちが騒ぐ。私は本当にくるんだ、となんだか実感がなくて、でも彼を見たら否応なしに現実がやって来て。

「名前ちゃん」

彼は走ってきたにも関わらず、息はそれほど上がっていなかった。彼は左手を私に差し出す。

「来てくれる?」

今だけは、周囲の喧騒が一切聞こえなかった。全然ロマンチックでないのに、私はかの有名な、プリンセスの物語のワンシーンを連想していた。少し躊躇って、けれど心は決まっていた。私は彼の左手にそっと自分の右手を重ねる。

「うん」

そういうや否や、彼は私の手をとって走りだした。疾い。私を気遣ったスピードであることは確かだが、それでも彼は私の前を先行した。手はしっかり握られていて、私は全力で彼の背を追いかけた。周りは囃し立てているかもしれないし、割と静かに見ているかもしれない。他の学年で知らなかった女の子は悲鳴をあげているかもしれない。私が気になっていた男の子は嘆いているかもしれない。私にはそのどれも耳に入ってこなかった。ゴールテープを切った瞬間、私たちが一着であることを知った。はあ、はあ、と肩で息をして、繋がれた手のまま、左手で膝に手を付いた。全組がゴールしたのち、お題の確認がある。6着から順に発表していき、真田のお題は何だったのだろうと覗こうとしても、その紙は閉じられていて分からなかった。

「最後に一着でゴールした真田君のお題は?…『大切な人』!これは友達でも恋人でも、どちらともとれる良いお題ですね、という台詞をもう今日十回以上言ってますね〜」

彼は繋いだ手をそのままに、運営係に紙を手渡した。

「真田君、今回は同じクラスの名字さんが『大切な人』ということで」

「そうですね」

「二人の関係は、ずばり?」

下世話な司会だと思った。けれど、彼が私を誇ってくれるなら、悪くない気分だ。

「恋人ですね」

真田がそういうとお決まりのように周囲が囃し立てる。司会の人が私にもコメントを求めようとしていることに気付くと、彼はそのまま言葉を重ねた。

「こういう人前で騒がれるの、得意じゃないはずなんですけど。来てくれたので。すごく嬉しいです。最高の彼女を自慢できて良かったです」

そういう真田も別にそんなキャラじゃないだろうに、身を挺してくれたのがよく分かる。彼はあの日の言葉に違えることがなかった。はじめは心配していたものの、無理をしているわけではないと分かってからは止めはせず、彼に甘えることにしていた。

彼のコメントで大きく盛り上がって、それでその組は終わりだった。すぐに次の人たちがスタートする合図が聞こえた。私たちはそろって一着のところに戻って並んで待つ。先生など、特殊な立場の人以外は借りられたまま退場まで共にするのが一般的だった。

「ありがとな」

「ううん、こちらこそ。…決めてたの?」

「いや、お題次第だとは思ってたよ、流石に。でも引ける気がした」

ニカっと笑う彼に、私も笑い返した。

「来てくれるか、賭けだったけど」

「確かに?事前になんも言ってこないし」

「いや、それで引けなかったら悪いし。ぶっちゃけ前から聞いてたら名前ちゃん断りそうだったし」

「…確かに」

私以上に私の性質をよく理解していると思う。この後、案の定友達やらクラスメイトに囃し立てられたが、それよりもっといじりやすいカップルがあったので、そこまでその話題が尾を引くこともなかった。体育祭に、ほんの少しだけ不安があったけれど、その不安を払拭するほどの楽しさがあった。

部活対抗リレーも終えて、彼が全ての競技を終えたころに、真田の元へ向かった。

「写真撮ろう」

「おう」

ちゃんと声をかける前に鏡で髪や化粧を確認したから、大丈夫なはずだ。一応「鏡いる?」と聞くと「ちょっとだけ借りる」といってチェックしたのを見て、真田も気にするんだなとなんだか不思議な感覚だった。気に入るまで何回でも撮らせてくれて、納得のいく写真が撮れたところで「他の人にも撮ってもらう?」と提案してみた。彼もそれに同意して、近くにいた友人たちに撮ってもらった。その写真を見返してみれば、私も彼も、良い表情をしていたから、ああ、良かったな、と思った。彼がいて良かった。

SNSにあげることはしなかった。アイコンにもしなかったけれどこっそりホーム画面に設定しておいたら、彼も同じように私との写真をホーム画面に設定していて、互いに笑いあった。きっとこの先、何度この季節が来ようと、私は今年の夏を思い出すだろう。彼の瞳と、笑顔と共に。



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