思春期の姉弟の仲なんて


 よく聞かれる質問。 兄弟いる?
 よく言われる言葉。 イケメンだね!仲良いの?
 私はそいつらに大声で言ってやりたい。 現実の姉弟に夢を見るな、と。 年の離れた兄弟は仲が良いと聞く。 反対に、近ければ悪い。 互いが同時期に思春期と反抗期を迎えるのだから、当然のことと言える。 だから私は現状をおかしいとは思わない。 中には、ウチは仲良いよ、という人もいるのは良いのだが、仲良いのがデフォルトのように思っている人は正直イかれてると思う。 実際は私たちの性格が原因なのかもしれないが。
 弟たちはバレーにハマった。確か彼らが小学校高学年くらいのときだった。それも才能があったようでどんどん成長していった。 中高は強豪の私立校へ行くようだったから、当然、姉の私は公立へ行くことを求められた。何の特筆すべき才能も、やり込めるものもなかったから、平均的な学校へ行った。 一足先に中学へ上がった私は弟たちと自然に距離を置くようになった。理由は分からない。何となくだ。今思えば弟たちへの負い目や劣等感だったのだろう。当時の私はやけに二人を気にかけていた。 それを気にせず構おうとする弟にキツく当たった覚えがある。そこから溝は深まる一方で、次第に関与しなくなった。 弟たちがどうかは知らないが、私は彼らのクラスも友達も成績も、何もかも知らない。 バレーは続けているんだろう、としか。 一番酷かったのは三年前、私が受験生の時だ。言うまでもなく私はピリピリしていた。彼らは推薦であがるだろうから一生理解されないのかもしれないが、私はそれが受け入れ難かった。 怒鳴るでもなく、静かに圧をかけた。 暫く顔も見なかった。それからますます会っていない。 私が合格した時でさえ彼らは夜遅くまで練習していたらしい。らしい、というのは夕飯時にいなかったからだ。もしかしたら部屋にいて、それでも私を避けていたのかもしれないが。 真偽は分からない。
 私の通う学校は自由が売りの進学校だ。 その中でも私は斜に構えている、つまりは少しグレた人間だったから、友達と一緒に髪を染めた。 親にも驚かれたが似合っていると褒められた。それで気分が良くなってお洒落してみようと思えた。 高校では部活に入らずバイトするつもりだったのでお金もそこまで困ることもなかった。 つまりは少し派手な、そういう友達とつるんでいる。 だからいつかバレるとは思っていた。私の弟は、どうやら他校の生徒でも耳にしたことがあるくらい、有名らしかったから。
「え、宮兄弟て名前の弟なん?」
「…おん、そやな」
「ええ〜!紹介してや」
「いやや、仲悪いし」
私はかの有名な宮兄弟の姉だとは知られたくなかった。今ではもはや無関心の域にいる彼らにこの時ばかりは私のテリトリーを荒らされた気分になる。無視出来ない存在だ。
「ええやん、せめて連絡先とか」
「知らんわ」
事実である。こういうことが起こるから嫌なんだ。 だがこれはまだマシな方。 最悪、「これ侑くんに」「治くん宛に渡してくれへん?」ということがある。 確かに普通の姉弟なら百歩譲ってそれでもいいが、私たちはそうはいかない。 渡す機会どころか会話すらしないのだ。どうやって渡すというのだろう。苦渋の決断で弟二人の部屋の前に置いておいた。 次の日見ればそれはなくなっていて、二人に何も言われなかったので多分これが最適解である。
「つれんなぁ」
「アンタ彼氏は?」
「ラブラブやで、んふ」
「きっも」
「えへへ〜聞いとぉ〜」
「はいはい」
そのまま話は流れ、彼女の彼氏の自慢話へと切り替わっていく。 弟の話題はもう、ご遠慮願いたかった。
 休日。 部活にも所属していないし、今日はバイトも入れていない。フリーだ。 けれど何故かふいに目が覚めてしまったので大人しく起きることにした。 早起きは三文の徳、なんて言うけれど、せっかくなので軽くシャワーを浴びて既に起きてきた母の朝食を手伝った。因みに料理はできなくはない。言われたことはできるが自分で考えて作ることはできないタイプである。 作ってみてわかるが、量が、えぐい。 いつも私よりも早く行って遅く帰ってくる彼らとは顔も合わせないし、食事時もバラバラ。量も把握することがなかった。多少の差は覚悟していたがこれは予想以上である。 それよりも弟たちより早く起きたのは驚きだった。とっくに練習へ向かったと思ったのに。 いないならいないでさっさと食べて部屋に戻ってしまおう、と母とダイニングで食べ始めた。
「いただきます」
習慣のようなもので、どこでも必ず口にしている。親の教育の賜物だ。 時間帯が早いからか休日だからか、いつもと違うチャンネルがついている。つまらない。 ニュース番組でも局によってだいぶ変わるので何かないか、とチャンネルを回した。
「ああ、そのチャンネルにしとき」
「なんで?」
「バレー多く放送しとんねん」
「ああ……」
私がいつも見ている次のチャンネルだ。私が知らないだけで、私が起きてくる前は毎日このチャンネルなのかもしれない。 リモコンを置いて、サラダはむしゃむしゃ頬張る。 その時、弟の一人が起きてきた。 視線は寄越さなかった。
「おはよ治。侑は?」
「おん、まだ寝とる」
一つ言っておきたいのは、決して家族仲が悪い訳ではないということ。私は母とも父ともそれなりに話すし、見た感じ二人も両親とは普通に接しているのだろう。夫婦間も至って良好。不仲なのは姉弟間だけだ。 やつは母の隣、私の斜め向かいに座った。母は弟の分の朝食を置くと、席を外した。片割れを起こしに行ったのだろうか。 残された私たちの間には沈黙が流れた。テレビは相変わらず流れているが、気まずい。そもそも顔を見たのが久しぶりである。ニュースをぼーっと聞き流す弟の顔をちら、とみる。 でかいな。 いつの間に、と思うも直ぐにまぁ男子だからこんなもんか、と思い直した。 母が戻ってきた。一瞬身構えたが弟はいなかった。そのまま母はキッチンへ向かう。弁当を作っているようだ。
「おかん、おかわり」
「はいよ」
いくら食べるのが早くとも量は多いし、私の方が先に食べ始まっていたので、早々に食べ終わった。お代わりをしてくれて助かった、とばかりに私は逃げ出すようにリビングから退散した。 「ごちそうさま」 今日は何するかな、とぼんやり頭の中で予定を組み立てながら階段を上っていると、向こうからもう一人の弟と会った。 内心ため息をつきながら無言で通り抜けようとすれば、予想外のことが起こった。
「……何やその髪」
反射的に弟の顔を見やれば寝起きだからか、今この状況だからか、眉間にシワがよっていた。
「…染めた」
「ふーん……全然似合うてへんな」
カッとなって睨みをきかせようとしたがそれすら億劫だ。 失念していた。こっちの弟は好戦的でもあったのだ。 「あっそ」 コイツ本当子供だな、と心の中で悪態をつき、でかい図体で道を塞いでいるのを軽く押しのけた部屋へ向かった。 似合ってないから何だ。 本当に腹が立つ。 もう二度と休日でも早く起きてきたりなぞしないと誓った。 早起きしても三文の徳などないと、身をもって体感した。