久々の弟たちとの会話なんて


 バイト先は大型チェーン店のカフェだ。 接客業、となるのだろうか。 家と学校の間にあって、家からは近い。 学校の人と会うことはほぼなかった。 たまに友達が来るくらいで。
「二人でーす」
「……どうぞご案内します」
「連れへんなぁ、」
「ご注文お決まりでしたらそちらのベルでお呼びください」
クラスも同じで彼女もまた帰宅部だったから、多分私と彼女は一番仲が良かった。 だからと言ってわざわざカップルで私のバイト先にやたらと顔を出すのはどうかと思う。 毎回サービスできる訳じゃないと言っても彼らはそろって頻繁にやって来た。もうこの店自体が気に入っているらしい。二人はだらだら話して帰っていった。 私もその頃シフトが終わり、帰宅準備を進めていた。 スマホの通知を確認する。 あの友達から、終わったら連絡して!とのこと。 やれやれと思いつつ電話をかける私は何だかんだ彼女に絆されている。 「もしもし?」 入ったのは私のバイト先すぐそばのファミレス。彼女は「ごめーん」と笑って言った。 私もまた「許さへんで」と笑って返した。 話の大筋は、彼氏のこと。ここでいう彼氏は彼女の彼氏と、それから私の彼氏を指す。元々彼女づてに私と彼は知り合ったのだ。 彼は、稲荷崎高校だった。
「名前、あいつとどーなん?」
「んーふつー」
「ほんま?」
「なんや心配しとぉ?」
「……正直な、ここまで続くと思わんかってん」
「まだ一年も経ってないで」
「そんくらい前例がないちゅーことや」
「ふーん」
彼女が知る限り、彼がこんなに長く彼女と続いているのを見たことがないらしい。 でもそれは今までの彼女のことだし、気にしてなかった。私が続いているのだから、それでいいか、と。 寧ろ私はいつ見てもアツアツなお前らのカップルの方がおかしい、と指摘してやれば全力で惚気てきたので聞き流した。 話し込みすぎた。 一応、親には連絡してあったが、ここまで遅くなったのは久々だった。帰宅すると既に二足の大きな靴があった。
「ただいま」
「おかえり〜」
リビングでは珍しく父親以外の家族が揃っていた。
「悪いんだけど、食べてくると思って何も用意してないんよ」
「大丈夫、コンビニで買うてくるから」
「でももう遅いで」
「へーきへーき」
ファミレスではドリンクバーとポテトやデザートをを二人でつまんだだけで、きちんとご飯を食べてこなかった。そもそもきちんと連絡していなかった私が悪いし、と再び出掛けようとする。
「ほんなら侑と治、あんたらも行っといで」
「は?」
「スーパーでええわ、ついでにこのやつも買ってきてや」
そう言って母は買い物リストを私に渡してきた。 は?である。「重いから侑と治に持たせな」と軽く笑って言った。今まで母は私たちの仲を察していたと思ったのに。いや、察しているからこそなのかもしれないが。 とにかく面倒に変わりない。
「……ええで別に、来んでも」
確かにリストの中には重いものもあるだろうが別に一人で持てないこともない。二人が動く気配がなかったのでそう言った。
「はあ?何言うとんねん」 「いや、行くで」
二人同時に、別々の言葉を発した。 要するに、荷物持ちになってはくれるらしい。
 家からスーパーまでは徒歩圏内だ。 しかし、ものすごく近いか、と問われれば答えはノーで、片道10分はかかる距離だ。 そんな道を三人で仲良く、というと語弊があるが、並んで歩いていた。 買い物のリストは写真に撮って、ポケットにはスマホを入れた。この二人も直前まで見ていた携帯をポケットに入れた以外には手ぶらのようだ。 私はそれ以外にエコバッグと、それから母に預かったお金、つまり財布を所持している。 道は狭くない。 車通りもないから、並んで歩いていても問題はないのだが、なぜか私を挟むようにして歩いているので、会話はない。 かと言って早くもなく、遅くもない私の速度には合わせているようで、余計に意味が分からなかった。 私としては帰りに本当に荷物を持ってくれるなら、この気まずさがなければ助かる限りだがこの二人は?母に言われたからだろうか。 母はそんなに怖くないはずだが。 そんなに考えていても答えは見つからないし、かと言って尋ねるには勇気がいるので気にしないことにした。 案外気にしなければ道はあっという間だった。 スーパーにつき、カゴとカートを一つずつ取り出す。カゴでは重いだろうからだ。入り口入ってすぐ、少し脇に避けてスマホを取り出した。 買うものの確認だ。 「牛乳と、キャベツと…」 ぶつぶつ唱えて頭の中で順路を決めた。 よし、多分覚えた、と顔を上げれば上から二人がスマホを覗き込んでいた。びく、となったのを誤魔化すように「……もうええ?」と聞けば、おん、と返ってきたのでスマホをしまった。 そもそもこの二人と気まずいのは、普段話さないからだ。嫌悪感がある訳ではない。 勿論生意気だと思うことはあるし、腹は立つけれど。 昔はそれが顕著だっただけだ。今はそこまで存在自体がムカつく!みたいに思うことは別にない。互いにもう、そういう時期は通り越している頃だった。だから、別に今回のも気まぐれで、これが正しい家族なのかもしれない。家族であることに理由が要らないように、家族で過ごしたり、何となく助け合うのにも理由はいらないのだろう。 なんだ、こいつら成長して変わってても、私の弟じゃん。 そう思えば一気に気が抜けた。
「牛乳取ってきて、一番奥な」
「わかっとる」
「キャベツ何玉やっけ」
「…一玉やなかった?」
普通だ。驚くほどに。

「あーアイス食いたい…」
「ハーゲンダッツ……」
「一つずつ選びな、買うたる」
え、という視線に対して、にやりと笑って言った。 「帰り、ちゃあんと荷物持つんならな」 たまには姉っぽいこともしてみたくなったのだ。
「うま、」
「うまいなぁ」
「おん」
三人それぞれアイスを食べながら行きと同じく並んで歩いた。 もう、夏だ。夜道とはいえ生暖かい気候だったので、アイスは救世主とも言える。 季節を感じた。たまらなく美味しい。 食べているので会話はなく、咀嚼音だけが流れたが、不思議と気まずくはなかった。 食べ終わって、沈黙が流れても息苦しいとは感じない。 荷物は侑と治が半分ずつ持った。 片方がエコバッグ、片方は袋をひっさげている。 すると向かい側からきゃはは、と甲高い、なかなかの声量での笑い声が聞こえた。 「あっ侑〜!」 「治やん!何しとう?」 その声はこちらに気付くと手を振りながら駆け寄った。どうやら弟たちの知り合いらしい。
「えっと……どちらさんです?」
その中の一人に少し嘲るような口調で問われた。 ムッとしたが年下だし、と平静を装って口を開きかけた。
「誰でもええやろ」
冷たい声だ。 侑だった。 女の子たちも、まさか侑が答えると思っていなかったのか、固まっていた。
「あ…そやな、…それより今週末部活休みやん、暇やない?みんなでここ行こうとしてんねんけど」
「すまん、今携帯持ってないねん」
だから予定が確認できないから承諾できない、と遠回しに断った。治も治でそれを認めているらしく、流れをぶった切って尋ねた相手にすげなく返した。 ……携帯持っとるやん。 口には出さないけど。
「ほ、ほんならまたな」
「明日話そ!」
彼女らは気丈に振る舞って去っていった。 弟たちが冷ややかな声色をしていたから。彼らはほなな〜と口では言っているが顔は上辺の笑みだったので、ここがもっと明るかったら弟たちの表情がハッキリ見えてしまってこの場の空気が凍ったな、と思っていた。 私は想像よりショックを受けていた。 侑がああ言ったことに。 ひいては二人が私を姉だと知られたくないことに。 普段、私だって二人を弟だと言うのが嫌なのに、実際自分を姉だと言いたくないと言外に言われれば傷付くなんて、都合が良い話だ。 先程まで、姉弟も悪くないと思い始めていたから、余計にショックが増した。 彼女たちが去ってからなんとも言えない空気が流れた。 二人は何も言わなかったから、 私は何も聞かなかった。