そうかもしれない。

ネームレスです。
見習いや代理の審神者がいます。
刀剣の名前が出てこないので、打刀以上だったら誰でもあり得ます。ご自由に想像してください。
以上を踏まえてどうぞ。











 刀剣男士の一部が見習いに懸想した。…その言い方は少し語弊があるかもしれない。私は彼らに恋愛感情を抱いているわけではないから、平気だと思っていた。自分は大丈夫だと。仮に見習いでなくとも、審神者でなくても、彼らが恋をしたならば、それを認められるだろうと。だがそれは間違いだった。認めることなんてできなかった。

 まして見習いとその刀剣男士が、忍んで会っていただけでなく、本丸の中でひっそりと逢引を重ね、行為に及んでいたと聞いたときには吐き気がした。私は存外、神経質で潔癖な一面があったらしい。執務室を片付けできずに、よく近侍から咎められているというのに。

 見習いは乗っ取りをするつもりはないようだった。また、その何振りかの刀を彼女の本丸に連れていくことも考えなかったそうだ。つまりちょっと手を出してしまっただけで、全く真剣ではなかったのだ。研修先でなかなか度胸のあることをする。私ならば百回生まれ変わってもそうはなれぬ。

 それが発覚した時、当然政府に訴えたが、見習いのその行動は特に咎められることはなく、私は余計に苦しんだ。訴えがあってから、彼女は直ぐにこの本丸を去った。彼女と関係を持った刀剣たちは彼女との別れを惜しんだが、それだけだ。刀剣男士たちも、こちらはこちらで本気でどうこうなろうと思っていたわけではないらしい。私がおかしいのだろうか。気にしすぎだろうか。だがどうしても気持ちが悪かった。見習いを処罰はできなかったが、本丸を新しくしたい、という私の希望は通り、刀剣男士と共に新たな本丸への引っ越しをした。そこで漸く、彼らは私が途方もないほど怒りを覚えていることを分かったらしく、毎日毎日謝られた。気持ちが悪かった。

 近侍は短刀で固定になった。見習いと関係を持ったのは打刀以上であったから、大人に近い形で顕現された刀にはなるべく近寄りたくなかった。距離を保つことでなんとか心の安寧を保っていたが、彼らが私と隙あらば話そうとして、それが余計に負担だった。

 政府から刀剣男士たちに遊郭を勧められた。一度女の味を覚えてしまうとなかなか大変ですから、と他人事のように言い放たれた一言を、私は生涯忘れないだろう。彼らに自由に行くように伝えたはずだが、「主としか関係を持たないから」と全く見当はずれの言い訳をされていい加減、嫌気がさす。私が嫌なのはそういうことじゃない。勝手に遊女としてくれば良い。私は見習いの代わりにするつもりなどない。お金を節約したいだけなら余所をあたってくれ。そういう旨を伝えたって彼らは挫けた様子がない。反省した様子もない。見てくれだけは私に許しを乞うているのに、私のことを仕方のない主だと思っているような、私を見下しているような態度に腹が立つ。神様とはいえ、あまりに傲慢で、本当に気持ちが悪かった。

 そのうち気が可笑しくなって、私は本丸を離れることになった。

 医者からの指示で、病院で療養することになったのだ。その間に、代理の審神者が私の本丸を維持するのだと言う。そのまま代理が引き継いでくれればいいのに。そうすれば、私はまっさらな新しい本丸で、一からやっていけるのに。

 そう思った時期もあった。だが時間というものは不思議なもので、一年も経てば彼らのことを恋しく思った。確かに彼らのした行いは限りなく気持ちの悪いものであった。だが一応、主を鞍替えしたわけでもなく、私に謝ってもいた。ただ、何が悪いのか、何が罪だったのか、知らなかったからだろう。無知は罪であるが、罪を憎んで人を憎まず、という言葉もある。私はいい加減、自分の本丸に戻って、彼らと折り合いをつけなければならない。それをしようと思えるほどには、私の気持ちは落ち着いていた。

 自分の本丸に足を踏み入れた時、私は来た場所を間違えたかと思った。その場所は見慣れぬ霊力でみたされていた。私は私の刀剣たちと、代理の審神者に迎えられた。歓迎されている。こんなにも私が「異物である」感覚がするのに。歓迎会が終わり、自室に戻って寝ようとするがどうにも落ち着かない。みんなが寝静まっていたが目が冴えてしまって、自室を離れる。少し歩けば次第に眠くなるだろうと。

 いつの間にか自室から離れた、代理の審神者の部屋付近までやって来ていた。離れとして私がいなくなった後に建てられたらしい。そこから僅かに音が聞こえる。代理と、刀剣の声だった。血の気が引いて、辺りが冷え込む。頭の中でけたたましく警鐘が鳴り響く。近づくべきではない。覗くべきではない。だが思考とは反対に、私の足は離れへと進んでいく。僅かに隙間の空いたふすまから見えたのは、まぐわう代理と私の刀剣であった。息をのんで、すぐに後ずさる。

 どうして。どうしてお前たちはそうなんだ。恋仲になったなら言ってくれたら良かった。恐らくは、そうではないのだろう。ならばせめて、私が帰ってきた日くらいは、堪えるものではないのか。どうして。…どうして。どうして!!

 私は弾かれるようにその場を駆け出す。彼らに気付かれるかも、誰かが起きてしまうかも、なんてことは考えられなかった。一直線に本丸を出るゲートへ向かうと、身一つで飛び込んだ。そこを潜り抜ける間際、「主!」という声が聞こえた気がする。誰かは分からない。分かりたくもない。もう私を主と慕う刀剣なんて、私は一振りも持っていない。



















__数年後。

 私は新たな本丸を運営していた。当然誰とも関係を持つことはなかった。

 見習いを受け入れてほしい、という指令は全て断った。何度も要請を却下していると、本丸を解体するぞ、という警告を受け取った。私はそれでも良かった。あの気持ちを、もう一度味わうくらいなら、また一から始めた方がよっぽど良い。

 刀剣たちは本丸の解体に断固反対し、私を説得しようとした。「見習いくらい、来させれば良い」と。私は納得できなかった。だが、刀剣たちの反発は強くなるばかり。「このままなら、見習いが来なくても私はここを離れることになりそうね」とうっかり零せば、問い詰められる。私は仕方なく、前本丸の出来事を彼らに話した。彼らは言葉もなく、しかし「自分たちは主を裏切らない」と言い切った。別に、彼らも私を裏切ったわけではない。私が勝手に期待して、勝手に失望しただけなのだ。話してしまった手前、これ以上断る理由もなく、ほどなくして見習いの受け入れが決まった。私は本丸を離れる準備を着々と進めようと思った。

 その日の晩、誰かが私の部屋を訪れた。部屋に入ってもいいかと聞くので、それを了承すると彼は部屋に入ってくる。こんな夜更けに何だろうか。実は彼も私と同じく見習いに反対なのだろうか。それか、私を案じて「やはり見習いは止めよう」と言いに来てくれたのかもしれない。

 彼は私と褥を共にしたいと言った。そうすれば私が刀剣を見習いに奪われるという心配もなくなるだろうと。

 何を言われているかが、分からなかった。「しとね」という単語がそもそも、寝ぼけた頭では理解しにくい。次第に思考が晴れてくると、彼が何を言いたいのかが分かってきた。それを理解したとき、私は反射的に身を引いた。

「出て行って。…出て行きなさい」

 そう命令しているのに、彼は私が部屋に入ることを認めたんだと主張して一向に部屋を出ようとしない。そればかりか、じりじりと私との距離を詰めてくる。とうとう部屋の壁まで追いやられると、容易に捕まった。そのまま抱き上げられて布団に転がされる。嫌なら本気で抵抗すれば良い。そうしないということは、本当はこれを望んでいたのだろうと辱められる。ちがう、と口にしながらも、そうなのかもしれないと思っていた。

 私だって本当のところは、元見習いとも、代理とも、大した差などないのだろう。

 そうかもしれない。

 私がそれを認められたのは、彼に抱かれて、気をやる直前のことだった。彼がどんな表情だったのかは、思い出せなかった。













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