まだその時じゃない。

前作の短編「そうかもしれない。」の、最後に部屋を訪れたのが鶴丸だったら、みたいな話です。完全に蛇足。
書きたかったのは前作のような不穏感溢れる話なんですが、何故か書き進めて行ったら純愛っぽくなってしまった。

一応前作を読んでいなくとも、単品で楽しめます。
前本丸で刀剣たちが見習いと代理の審神者と関係を持ってしまい、今の本丸でも見習い審神者と、刀剣たちへの不信感が拭えない主ということが分かっていれば大丈夫です。
そういったオリジナルの設定が頻発します。


大した描写は無いですが事後なので未成年の方はブラウザバックをおすすめします。

以上を踏まえてどうぞ。

















朝。
意識はあるのだが、どうも気怠くて起き上がる気になれない。今まで傷んだことのない部位が痛みで悲鳴を上げていた。夢現で微睡みながらも、「起きなくてはならない」という一心で何とか目を覚ます。視界には見慣れぬもの__正確には刀だし、正直に言えば人間にしか見えないが__があった。まだいたのか、と少し意外に思いつつ、のそのそと動いて上半身だけ起き上がる。普段は着ている服を全く身に付けていないので、何となく落ち着かなかった。服はどこだろう、と見回せば、布団の側に脱ぎ捨てられていた。いや、私が脱ぎ捨てたのではない。彼が乱暴に脱がせて、ほっぽったのだ。
 それを認めて服に手を伸ばそうと、完全に布団から這い出ようとした瞬間、後ろから抱え込まれるように布団に引き戻された。私の肌に触れた手は冷たい。
「ひっ…!………何、」
「連れないなぁ、きみ。もう少しいたって良いじゃないか」
「もう良い時間でしょう。…起きないと。他の刀剣たちになんて思われるか」
「んー、取り繕ったって無駄だと思うぜ」
「はあ?」
 昨日の夜、彼に犯されると分かった。助けを呼ぼうとして、私は直ぐに諦めた。そして結界を張って、皆に勘付かれない方向に切り替えたのだ。結界は今見ても上手くいっているようだし、問題はないかのように思える。こうやってだらだらして、いつもより遅い時間に二人で朝餉を取りに行けば、それは疑わしいだろうが。いつも通りに過ごせば分からないだろうと考えていた。
「きみ、その体でいつも通り振る舞えると?」
「……それこそアンタのせいでしょう。…何とかなります」
「合意の上だろう。…そうかい。だが今日部屋を出るのはお勧めしないな」
「…どうして?」
「そりゃあ、きみが見るからに俺の神気に塗れているからさ」
 神気に塗れている?関係を持ったから?だが、以前私の刀剣と関係を持った見習いも、代理の審神者も、そんな様子は見られなかった。審神者には分からず、刀剣には分かる、と言われればそれまでだが、刀剣たちにそれが分かるならば、前本丸はもっと混沌としていたはずだ。
 私が怪訝そうな顔をして、前本丸の実例を話せば、彼は困ったようにして言った。
「…その見習いと代理とやらは、きちんと避妊したんだろうさ。昨日の俺たちはどちらも避妊具(そんなもの)、持ってなかったろう」
 私は気をやっていたからよく覚えていないが、言われてみれば彼はそのまま私の中に欲を吐き出していたかもしれない。恐ろしくて確認もできない。ただ後ろを振り返り彼の目を見つめた。彼は私のそんな視線を受け取って、片手を頬に、もう一方の手で私の胎をさすった。気持ち悪い、と感じるはずだったのに、どうもその手を跳ね除けられなかった。
「大丈夫、出来やしない」
 本当だろうか。確かに人間と神の間の子など、聞いたことはないが。
 私があまりに不安そうにしているからか、泣いてもいないのに、彼は私の眦を拭った。
「本当さ。神が望まなきゃ、そうそう出来っこない」
 彼は私を孕ませようとしたのではないことが分かり、一先ず安心した。彼の言葉に何度か頷く。彼の手が頬に触れているから、彼の手に擦り寄るような形になってしまって不本意だ。
 ともかく、ならば彼はどうして、突然私の元にやってきたのか、それを尋ねる必要がある。
「…どうして突然、こんなことをしたの」
「…昨日の話を聞いて、思いついてな。どうだ、驚いたか?」
「……驚いたとかいう話じゃない。私は嫌だって言った」
「だが結局拒まなかったろう」
「…そうね」
 案外あっさりと認めたことに彼は少し拍子抜けしたようだった。
「結局…私だって欲に負ける醜い人間だった。それがよく分かった」
「いけないことかい」
「…いけないでしょう。少なくとも、審神者としては」
「俺はそうは思わない」
「……」
 彼が何を言いたいのか、どうしたいのか、全く分からなかった。
 彼の言葉に従うのは癪だが、今日は部屋を出ない方が良いだろう。見習いの受け入れのための準備もあると言うのに。
「まあ、此処にいてくれ、きみ。俺が適当に言い繕っておこう」
「…ええ。体調不良で部屋で過ごすから、誰も入らないようにと。近侍はたまたま朝に会った貴方にした、ということにでもしておいて」
「ああ、」
 彼は私の言葉を聞くと軽く私の額に口付けて、布団から出た。文句を言ってやりたいのに、言葉が出てこない。そのうちに彼は私に背を向けたまま、あっという間に服を纏う。
「朝餉を取ってくる」
「うん」
 彼が私の方を一度も振り返らないから。
「…鶴丸」
 今日、初めて彼の名前を口にした。彼はそこで漸く私を振り返る。私は布団に入ったまま、顔だけ出していた。朝の光がさしていて、逆光で彼の表情は伺えない。反対に私の顔は彼にははっきり見えてしまっているだろう。
「何だい、主」
「……お茶はほうじ茶でお願い」
「分かった」
彼は静かに部屋を出た。昨日の夜、ひとしれず部屋を尋ねられたときを思い出した。それから一夜の出来事をフラッシュバックして、何だか嫌な気持ちになった。
 その気持ちを振り払うように、広くなった布団で寝返りを打つと、股の間からどろ、とした液体が流れ出る感覚がした。気持ち悪かったが、見る気にも、着替える気にも、風呂に入る気にも、そもそも起きる気にもなれなくて、そのままにしてしまった。後で鶴丸が帰って来たらどうせ分かることだと。束の間の現実逃避をしていた。
 


 昨晩、見習いを受け入れることを決めて直ぐに私が部屋に引き篭ったから、刀剣たちに「やはり主は嫌だったのか」と私にとって都合の良い解釈と憶測が飛び交っていて助かった。見習いを受け入れたくない気持ちは本物だったので、これに懲りて、二度とそのようなことは言わないで欲しい。実際のところ、全く精神的なものから来る体調不良ではないわけだが。
 鶴丸が朝餉を持ってそう伝えて来たとき、存外簡単に部屋に篭ることができてしまったなと思った。今日は鮭の定食のような献立だった。私は焼き魚が好きではなかった。米と味噌汁、それから漬物を食べ進めていると彼がそれを見咎める。
「…鮭は食べないのか」
「…好きじゃなくて」
ここの本丸は燭台切が中心になって食事を考えている。私は和食も洋食も、中華だって好きだが、どうしたって和食が多くなる。好き嫌いの多い私にとって和食は残しやすかった。そもそも、朝餉は抜くことも少なくない。どうも食べてしまうと今度は昼餉が入らなくなるからだ。申し訳ないとは思うのだが、どうにも克服できそうになかった。
 それを燭台切が知ってからは、ビュッフェ方式というか、好きなものだけ取っていける形式を取ってくれたので、苦手なものはそもそも皿によそわずに済んでいる。私は皆で食事を取らずに、自室に運んで食べることが多かった。だから私がそんな偏食であることを知る刀は多くない。宴会のときは大皿から好きなものだけ取って食べれば良いからだ。
 鶴丸もその一人なのだろう。それは何らおかしなことではない。ついでに言うと、米の量も多くて食べきれそうにない。お茶を飲みながら、文字通りお茶を濁す。
「、そうだったのか、すまないな」
「良いの、私が偏食なのが悪いんだし。お米は多いからあげる。食べられるならだけど」
「もらおう」
誰かと向かい合って食べるのは何だか慣れなかった。
 本当は食べる前に風呂に入りたかったのだが、この時間から朝食も食べずに風呂に入っていることがおかしいし、ご飯も冷めてしまうので諦めて食べてから入ることにした。先に食べ終わった私に続いて鶴丸も食べ切ると、彼は食器を片付けに戻って行った。
 服は散らばっていたものをとりあえず身に付けたのだが、体がべたついて嫌だった。さっさと洗い流そうと新しい下着と服を取り出しにいく。体のあちこちが悲鳴をあげている。布団も洗わないといけないだろう。それは体を清めてからだ。
 幸い、自室に隣接する形で私専用の厠と風呂があるので、誰かに鉢合わせることはない。前本丸の学びで、自分は離れを建てて、そこで生活するのが良いと分かっていた。それが功を奏したというわけだ。
 のそのそと準備していると、鶴丸が戻って来たらしい。そう言えば、鶴丸はもう風呂には入ったのだろうか。私が寝ている間に入ったという考えもなくはない。ただ、今から刀剣男士たちの風呂に入るのは色々と問題があるだろう。
「…鶴丸はもう、風呂には入ったの?」
「いや?これからだ」
ならば譲るべきだろうか、だが私は一刻も早く洗い流したかった。
「あー…悪いけど、私が先に入っても良い?」
「二人で入れば良い」
「えっ、嫌だけど」
色々と諦めた昨晩と違って、もう今は正気を取り戻しているし、明るいじゃないか。そう主張するが「今更恥じらうものでもないだろう」と一蹴された。ついでのように「湯は張っておいた」と言うものだから、いつの間に、と思わざるを得ない。
 流されるままに、彼と共に風呂場にいた。一人用のシャワー室に二人いるとやはり手狭だ。彼は私を座らせると、確認をとりながら私の体を洗い始めた。私は再び諦めて、されるがままになっていた。頭を洗われている時の力加減は弱すぎるくらいだった。
 たら、と股の間から液体が溢れて来て頭が冷える。慌てて足を閉じようとするが、それを彼に阻まれる。
「ちょっと…!」
鶴丸は冷静にそれを掻き出していく。私は身体を強張らせて耐えていた。彼に抱えられるようにしているので、彼の顔を見ることは叶わない。
 顔に熱が集まるのが分かる。きっと耳まで赤くなっているだろう。彼は特に何を言うでもなく私の体を洗い流すと「先に入っていてくれ」と今度は自分の体を洗い始める。私は壁や天井を見ながらぼーっとしていた。
 彼も洗い終えると湯船に浸かろうとする。一人用のバスタブは二人で入るには狭い。体育座りのように縮こまると、隣に入ってくる。「それじゃあ狭いだろう、きみ」とまた彼に抱えられるような姿勢になった。確かに、ある程度足は伸ばせて良いのかもしれないが、この体勢はどうしたって昨晩のことを思い出してしまう。
「…鶴丸」
「ん?」
「もう一度聞くけど、どうして……。私は見習いを受け入れるし、この本丸は解体しないと言ったじゃない。私が信用できなかった?」
「そうだなあ…」
 まだ見ぬ見習いのことを想って、とは考え難い。本丸の仲間たちと過ごしたい、ということだろう。
「こうすれば、きみは俺たちが見習いと関係を持たないと思えるだろう」
「…関係なくない?寧ろ、」
寧ろ、性欲を知った刀剣が見習いに迫る可能性が生じるだけだ。それに、私が鶴丸と関係を持って彼だけは私を裏切らないとして、他の刀剣たちは?彼の主張はあまりに破綻している。
「…寧ろ、見習いとも関係を持とうとするだろうって?それはないな。どう足掻いたって、刀剣たちは自分の主と関係を持ってしまえば、とても他の女を抱く気にはなれないだろうさ」
「それは……鶴丸の感想?」
「それもある。だがそういうものだろう」
 仮にそれが本当だとして。
「それが本当なら、私は刀剣たち全員としなくちゃいけないってことになる」
「……そんなに全員を疑っているのか」
「……例え話でしょ」
痛いところを突かれた。
「例え、他の誰がきみを裏切ったとしても、俺だけはきみの刀剣であり続ける。それじゃ不満かい」
「…………」
 不満ではない。別に鶴丸が裏切らないことは、良い。だが鶴丸だけが残ったって、それはなんの意味もないだろう。その鶴丸だって、「私」を裏切らないわけじゃない。私の身体のおかげで、他の女と寝ることはない、言っているだけだ。どうしてこれで喜べようか。
 鶴丸は初めてでないように感じていた。手慣れているし、ここの本丸では、初めから「遊郭などはご自由に」と伝えてある。そこで済ませていても何らおかしなことはない。そこでの経験と、昨晩とを比較して「自分は裏切らない」と言っているとしたら随分厚かましい。かと言って初めてでそう言われていたとしたら信頼に欠けるから何とも言い難い。
 私は昨日が初めてだった。そもそも前本丸の出来事でその手のことにトラウマを覚えていたし、それ以前もどうも関心が薄かった。興味がないことはないが、それ以上の嫌悪や恐怖があってここまで来てしまった。後生大事にしていた訳ではないので、私は別に構わないのだが、鶴丸はそうは思わなかったかもしれない。昨日の時点で、私が処女だということは分かったはずだ。その責任を抱えてか、処女厨だったのかもしれない。神はおぼこを好むという類の話はよく聞く。
 だが、どうであれ、私はこれ以上彼と関係を持つ理由はないように思えた。
「不満は、ない。けれどこれからは今まで通り、適当なところで欲は発散させておいて」
私はそれに付き合わない、とハッキリ伝えた。彼の言い分が本当なら、私とした以上の快感は得られないのかもしれないが、そんなものは知ったことではない。
「今までって…。おい、きみ。きみがどう思ったか知らないが、俺は昨日が初めてだぜ」
「え、」
「まぁ、刀の身には過ぎたものだったな」
「……遊郭に行っても良いと、言ったでしょう」
「だがなあ、実際に行ってる奴なんて、この本丸にはいないだろう」
「…そうなの?」
「ああ。そもそも、そういう欲に疎いきみに顕現された刀が、誰に教えられずともそういう欲求を積極的に抱くとは考えにくいな。そりゃあ知識として持っているとは思うが」
 意外だった。鶴丸が初めてだったのも、刀剣たちが肉欲を知らないだろうと言ったのも。まあ、全ては鶴丸の言い分なので、真偽は定かではないが。だがそうならば辻褄は合う。良い加減、前本丸の刀剣たちと、今の本丸の刀剣たちは、同じようで全く違うことを自覚しなければならない。
「……鶴丸も?」
「うん?」
「鶴丸も、そんな欲はなかったんじゃないの?」
「そうだなぁ、」
 ならば、私は嫌なことを鶴丸に強いてしまったことになる。
「…嫌だったでしょう」
汚れ役を買って出て、しかも私から嫌悪されたならば最悪刀解される危険性もあった。結果的に、主の肉体の旨みというか、何と言うか、そういう欲求を埋める新たな愉しみを知れたわけだが。それは結果論に過ぎない。
「違う。いや…ううん、どうしてそうなる」
慌てて否定してから、彼はため息をついた。
「それはない、主。…確かに今まできみに無体を働こうなんて気持ちがなかったのは認める。だが、進んで嫌な相手と体を重ねることなんて、俺がするはずないだろう。それに……」
「…?」
そこで言葉に詰まった彼を不思議に思って彼の顔を見上げると、頭を抱えて視線を逸らす鶴丸の姿があった。
「…ここで言うのは違うと思っていたが、もう取り繕ってもボロが出るのでな。……俺はきみを憎からず想っていたんだ。もちろん、今も」
「え……」
 予想外の言葉に言葉を失う。欲求に個体差こそあれど、感情がなくなる訳じゃないと重ねて言った。だから他の刀剣と違って直ぐにこんな方法で君を引き止めることを思い付いたのだと。「ほらな、きみを困らせただろう」と彼は自嘲した。
「…困ってない。悩んでいるだけ」
「同じことだろう」
「……違う。知らなかったから、驚いたの」
「こんな驚きを与えたかった訳じゃないんだがな」
 軽口を叩くくらいの余裕はあるらしい。だが、そう見せかけているだけかもしれなかった。
 彼の言葉を疑っていない自分に驚く。肉欲を知って、それを再び味わうための詭弁だと見做しても良いはずなのに、そうとは思えなかった。そう言われて納得したことも多い。彼の挙動もそうだ。恋をしている、と言われれば、なるほど、と思えるような様子だった。
「…良いよ」
「…は?」
「付き合う?」
まるで人間と付き合う感覚でものを言ってしまった、と思ったが、まあ思い付きで言ってしまったので、間違いではない。
「きみ…適当に言ってるだろう」
「うーん、まあ、良いかなって。合わなかったら別れれば良いし」
それができるかは置いておいて、と心の中で呟く。
「…神の前で、そう易々と口にするものじゃない」
「嫌ならいい。別に」
「……」
 鶴丸は微妙な顔をしていた。結婚でもないのに、しかも相手から私のことを襲っておいて、今更別れたら気まずいとでも思っているのだろうか。もうここまで来たら、付き合おうが別れようが、何もしないでいようが、気まずさは変わらないと思うが。それとも神としては「付き合う」という概念がないのだろうか。付き合うことがイコール婚姻とかになるのだろうか。それは問題だな、と考えていた。
「………分かった。そうしよう」
「いや、嫌なら良いって。無理に付き合って欲しい訳じゃないから。良かれと思って言っただけだし」
「…付き合ってほしい」
「あ…うん。良いよ」
結局そうなるのか。
「確認だけど…付き合うって、婚姻じゃないよ?」
「流石に分かるさ」
そういう知識だけある、とさっきも言われたが、本当にどこで学んでくるのだろうと不思議に思う。だがそれを聞くのは野暮だろうと尋ねるのは止めておいた。雰囲気を壊すからだ。突拍子もないことを言い出して、既に雰囲気が壊れていることは否めないが。

「そろそろあがろう、のぼせちゃう」という一言で私たちは風呂を上がった。髪は鶴丸が乾かしてくれた。
 布団のシーツを全て剥いで洗濯機に入れる。布団ごと洗うことも考えたが、そこまでの体力はなかった。すると彼が何処からかもう一枚布団を出して来た。使っていなかったものだろう。それを天日干ししているようだった。
 洗濯機が終了の音を鳴らす。洗濯物を干すのは彼に任せて、私は見習い受け入れのための準備を始める。この本丸を出て行く準備はしなくて済みそうだった。





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