私は昔から努力が苦手な人間だった。できないんじゃない、やらないだけ、なんて言い訳が聞かないほど、努力をうまくすることができなかった。だから私は、努力できることも才能であるとよく考えた。私に合った才能は、何となく人よりも少しだけ容量が良くて、人より少ない努力で人並みになれる才能だった。決して抜きんでた才能ではない。事実、一番になったことは数えられるくらいしかなかった。けれども、人より少しだけ優秀になれる子の才能を私は愛していた。というよりも愛さざるを得なかった。いくら願ったところで他人にはなれないのだから。他人の才能を手に入れることはかなわないのだから。
 中学受験をしたのは姉の影響だった。姉が中学受験をしたから、それに倣ったのだ。姉は高い目標を目指して、結局第一志望には受からなかった。私はただ、通っていた塾で志望者が多かったからという理由で椚が丘への受験を決めた。姉が受験に失敗したところを避けたかったのもあった。明確な決め手はなく、なんとなくで決めた志望校だったが、出題の仕方が私に合っていたのか、模試でもいつも良い判定を撮った。本番も落ち着いて溶けたから、問題を解き終わった瞬間に、これは憂かったなと確信した。その核心通り、合格発表の日には私の受験番号を見つけることができた。小学校の同級生と離れることに対しては何とも思わなかった。少しは寂しかったかもしれないけれど、もともと皆と仲の良いムードメーカーでもなかった。同じ塾へ通っていた仲の良い子も何人か合格したようだった。中学の最初から一人で浮くことはないだろうと、少しだけ安心した。神学校だったから、小学校よりはるかに上の順位は取りにくくなった。だが基本を押さえていれば悪い点を取ることはなかったし、普段は20位前後だがすごく調子が良ければ一桁を取れることもあった。親も私の調子については特に何も言わなかった。全体で見れば良い成績を取っていたからだろう。この学校は成績優秀者を逆差別する、格差社会の縮図のような学校だった。この学年には理事長の息子を筆頭とした五英傑と呼ばれる人たちがいて、各教科のトップを牛耳っていた。私は正直に、彼らが得意ではなかった。彼らのうちの一人と話した時に、感じが悪かったこともあるが、それ以前に、彼らの成績優秀であれば尊大な態度をとっていいというスタンスがどうにも受け入れがたかった。もちろん一つの指標として大切なことである。優秀な彼らを尊敬もしている。だが能力が高い人が優先され社会を生き延びていく事実がどうにも辛かった。私は人よりある程度優秀であったから、別におびえる必要はないのに。どこかで分かっていたのかもしれない、私の才能はそろそろ限界を迎え、いつか努力しなかったことのツケがくると。私は傲慢にも他人を蹴落として自分が上へ行くことが得意でなかった。そうはいっても学校の方針やカーストの上位である彼らの考えに反旗を翻すほどでもなく、適当に調子を合わせていた。何となく、ノリが違うことは気付かれていたかもしれないけれど、私に革命を起こす勇気も度胸も技量もないと見抜かれていたのか糾弾されることはなかった。中学三年生の都市は人生において忘れられない年となった。今まで私たちからさげすまれてきたE組が革命を起こしたのだ。私たちは理事長によってE組への憎悪を煽られ、体に支障をきたすほど勉強させられた。勉強が好きな訳でも、A組としてのプライドがあるわけでもなかったから、本当に苦痛だった。苦痛だったはずなのにやめられなかった。そういうふうに人の意思を操ることができる理事長がすごかったと、今になれば思えるが、当時はそういったことは考えられなかった。なにか自分の意志ではないことで自分が突き動かされていることは分かっていたけれど、止まることなどできなかった。私はE組がそれほど嫌いではなかった。怠惰になってしまう人間の気持ちは痛いほどわかっていたから。そして同時にA組を良いクラスだと思っていた。E組に対する態度は褒められたものではないが、成績優秀であったのは事実だし、クラス内の団結はすごかった。互いが互いをリスペクトしていて、一つの目標に真面目に取り組むことができるというのは良いことだと思っていた。私はA組が好きだった。E組からしたら目の仇だったのかもしれないが、私はA組であれたことは誇りだと思っていた。E組も楽しそうだったというのは認める。しかしそれはE組のくせに、というデバフから盛られていたように思う。A組で過ごした日々は生涯忘れられない、濃い一年であったと、そう思うのだ。
 理事長が学園を後にすると、学園の雰囲気は一新された。中等部のE組制度はなくなったし、成績主義は完全には消えていないものの大分薄まった。高校からの外部入学者がクラスに加わって、新しい風が吹き始めた__はずだった。
__見覚えのある赤髪を見るまでは。

「え?」
入学式当日、入学者の名前が張り出された。A組から順に成績の良い生徒が集められているようだった。私たちも一応受けさせられた、入学試験の得点順だろうか。その名簿の一番上に見たことのある名前がある。いや、見たことのある名前ばかりなのは当然だ。ほとんど持ちあがりの生徒がA組を占めているのだから。だが彼は、ここにいるはずがなかった。彼はE組だったんだから。驚きつつ教室へ向かい、指定された席に着く。その配置図を見て再び驚く。私の隣の席は彼だった。その後ろが浅野君で、まあ何という席だと思った。出席番号順だから、彼らが前後の席になることは必然だっただろうが、なにも私の席の隣である必要はなかったのに。

彼は中学校の中で、特にA組では疎まれていた。彼は素行不良でE組へ行った、成績優秀者だったから。でも、私はちょっと彼が好きだった。素行はともかくルックスは最高だったし、どこにいても目を引くような存在だった。それに女子はちょっと悪い男に惹かれるというし、私のこれもそれと似たようなものだ。あの赤は、恋と呼ぶほどでもない、ほんの少しの憧れだった。

その彼が隣に、と思うとやけにに緊張した。私は実際に彼と話したことがなかった。クラスが同じになったこともなかったから。少しため息をついて、時間が来るのを待った。彼は登校時間ギリギリまで空席で、あともう少しで担任が来そうだというときにやってきた。クラスのみんなも何か言いたそうだったけれど、先生が話し始めたから思い留まったようだった。もうすぐ入学式だった。
「これどこに移動すればいいの?」
先生の説明が終わり、ぼーっとしていると、ふと彼に話しかけられた。話を聞いていなかったらしい。
「体育館。クラスごと、出席番号順に移動するから連絡するまで待てって」
「ふーん」
彼はすぐに興味を失ったように紙パックのジュースをすすった。それからくるっと後ろを振り返ると、
「あ、そうだ。これからよろしくね、浅野クン」
「赤羽、お前…何故ここにいる?」
「んー今まで下に見てたやつがまた現れるとか屈辱じゃん?」
悪い顔をしていった。
「それに、良い勝負ができる奴はここしかいないと思ってね」
彼は不敵に笑っていた。すごい世界で生きているなと思った。

***

 入学式もまた、教室と同じくくりだったようで、私たちは最前列で隣だった。彼の姿勢があまりにも悪いから、私が隣でかしこまっているのもなんだかなと思って、足をすこしくつろげて話を聞いていた。新入生代表挨拶はやはりというべきか、浅野君だった。彼の話はすごいんだろうけど、私はどうにも眠くて話半分に聞き流しながら舟を漕ぎ始めていた。はっと気づいたときはもう話が終わって拍手がおきているときだった。何事もなかったように少しだけ姿勢を正すと周りと同じように真剣な面持ちで拍手した。浅野君と一瞬、目が合ったので多分寝ていたのはばれた。気付かないふりをしておこうと思った。

***

 入学式後に授業はないから、昼過ぎには解散となった。E組で月を爆破した犯人が担任をしていたことは世界的なニュースとなった。そのニュースについて、彼に尋ねようとする人は元椚が丘にはいなかった。だが外部生は興味津々といった表情でA組の人にも聞いていた。彼は答えないだろうと思ったが、意外にも「良い担任だったよ」と言葉を返した。その言葉に偽りはないのだろうと、私は思った。

「てか名字サンさあ、さっき浅野君の話、寝てたでしょ?」
「えっ……」
ぎょっ、とした。この人なんてことを言い出すんだと思った。彼の後ろには当然、浅野君が座っているのに。浅野君はちらっと視線を寄越すと少しだけ意地悪そうに笑って、こう言った。
「ああ、ステージからよく見えていたよ。君の頭が一人だけ揺れてるのが」
「、申し訳ないです……。ちょっと寝不足で」
とりあえず苦笑いで返しておいた。赤羽は面白そうに笑っていたので睨んでおいた。浅野君が去ったあとに「赤羽、余計なこと言わないでよ。浅野君に目つけられたらどうしてくれるの?」と咎めると、「寝てたのが悪いんじゃん」とご尤もなことを言われて、押し黙った。嫌なやつだけど、きっと私より何枚も上手なのだろうと感じた。


その赤髪が私の視線を持っていく


/top