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 既にさまざまな出来事を通して結束の固くなったA組に馴染むのは大変かと思っていたが、想像以上に赤羽はクラスに馴染んでいた。誰かと特別に仲が良いと言うことは浅野君以外ないと思うが、クラスメイト満遍なく誰とでも絡めた。彼には人を惹きつける一面があった。隣の席だからか、彼はよく私にも話しかけてくる。次第に私も彼に対する謎の警戒心を解いて、彼によく話しかけるようになっていた。聞いていた素行不良の数々よりも、ずっと大人しかった。人間に対する表現か分からないけれど、本当に大人しかった。落ち着いている、の方が正しいかもしれない。それに想像よりずっと気安く接しやすかった。彼がそんなんだから、ずっと奥底に眠って埃を被った恋の残骸がふと主張してくるのも、仕方がないことと言えた。私は気がつくと、また彼に惹かれていた。彼には言えないだろうと確信していた。勇気がなかったし、そもそも彼とどうこうなりたいわけではなかった。ただこの想いを大切に抱えていたかった。だから、それを暴かれることは断じて許されないことだ。たとえ本人であったとしても。

「名字さんって、俺のこと好きなの?」
「は?」
自意識過剰ともとれるその台詞に返事の声が裏返らないか心配した。無事に怪訝そうな声色で聞き返すことには成功した。
「俺によく話しかけてくれるじゃん」
「……みんなそうしてる」
「皆がそうしてるから、話しかけてくれるの」
そうではないだろうと確信を持った顔で私に問いかけてくるから、ノーとも言えなかった。
「気にかけちゃ悪い?…不快だったら、ごめん。言ってくれたら別に話しかけないのに」
当たり障りのない言葉で返したのに。
「そうは言ってないでしょ」
まだ何か言うことはないの?とばかりに目線で先を促してくる。それに気付かぬふりをして、
「…何?」と言った。
「なんて言ったら満足なワケ?」
「はぐらかすんだ」
「……」
コイツ、確信してるな、と思った。私なりに隠していたつもりだし、実際周囲に指摘されたことなど一度もない。どこでそう確信したのか私には全く検討がつかないが、これだけはわかる。認めたら負けだと。どうしてこうまでして言わせたいのだろう。言ってしまったら気まずくなって友達を辞めざるを得ないのに。それを知った上で興味本位で聞きたいのだろうか。彼は私から聞かないでも、他の女の子から聞こうと思えばいくらでも聞けるだろうに。彼を思い切り睨め付けた。どうせ悪い表情をしていると踏んで。だが彼はにやにや笑っておらず、穏やかな表情をしていた。
「ん?」
はあ、と息をついて、私は言った。
「……アンタのことが好きだった、昔。中学の頃。恋というか…憧れみたいなもんだけど」
「うん」
彼は笑っていた。夕日の日差しが強くて彼の顔は逆光でよく見えないが、笑っていることだけはよく分かった。
「……ほらだから言いたくなかったの!気まずくなるじゃん!友達やりにくくなるでしょ?」
私の照れからなる叫びに一拍あけて、彼はこう返した。
「…今は?」
「…はあ?」
「今はもう、好きじゃない?」
「好きじゃないっていうか…友達になった、と私は思ってるから、憧れっぽくはなくなった、かな」
本当は、憧れじゃなくて、等身大の彼を好きになってしまっていたのだけど、そこに関しては口をつぐんだ。
「ふーん。……俺は今、名字さんのこと好きになっちゃったんだけど」
「は?」
何を、言われているかがわからなかった。いや、分かっているはずだ。
「『は?』ってひどくなーい、人の告白に」
「いや…え?告白?」
冗談だと思った。
「冗談でしょ。それか、ゲーム?」
「真剣なのに勝手に冗談とかにしないでくれない」
「……ほんとうに、?」
私の声があんまりか細いからか、言ったきり軽薄な態度でふらふら歩きながら会話していた彼がぴたっと足を止めると私の方へ向き直った。
「本当。…好きだよ」
彼の顔はよく見ると少し赤かった。
「うそ……」
「嘘じゃないって」
「いや、うん。それは分かったんだけど。混乱して」
自分でも何を言ってるかよくわからなかった。信じがたかった。彼は本当に私のことを好きなようだった。
「わたしも」
「うん」
「…すき。本当は今も」

「やっと言った」
瞬間彼にぎゅっと抱きしめられて私はまた焦った。何が起きているのか全然分からなかった。
「…何で気付いたの?」
「気付くよ。よく見てるもん」
彼は自信たっぷりにそう言った。続けて軽い声色でこう言った。
「いや〜焦った〜〜!絶対俺のこと好きなはずなのに全然言ってくれないし」
「!そりゃそうでしょ!私は赤羽が私のこと好きなんて知らないし!私に言わせないでよ」
彼の腕の中で彼への文句を垂れるのはなんだか不思議な気分だった。文句を言いながら彼の胸板を叩くと、対して痛くないだろうに「痛いって」と抗議を受けた。「じゃあ離して」と言うと「んー。もうちょっと」と却下された。腹が立ったので彼の体に腕を回してぎゅっと力を入れてやった。彼は、ハハ、と笑った。嬉しそうな、楽しそうな笑いだった。
「私たち付き合うの」と少し不安混じりに聞けば「イヤ?」と聞かれたので「…嫌じゃない」と返した。本心だった。
「じゃあそうしよ」
「ん」
もう少しだけこうしていたかったから、彼の言葉を聞いてすぐ、彼の胸元に顔を埋めた。頭を擦り付けるようにして精一杯甘えてみたつもりだったけど彼は何も言わずにただ私を抱きしめていた腕に力を加え直した。返事としては十分だった。


気付いたら憧れじゃなくて


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