NOTE



はるなな

ワードパレット/月が綺麗・ガラじゃない・ぬくもり

翠も瑠璃も眠った頃。しかし大人が眠るには早い時間帯。
ねえ、とふいに声をかけられてテレビから視線を逸らす。椿が俺に声をかけたのはついでであったようで、本を並び替えている。背の低い本棚には瑠璃がほしいとねだった児童向けの小説と、翠が好んで読む大人が読むようなミステリー本が乱雑に並べられている。椿はその乱雑に並べられただけの本を時たま巻数順に並び替える。気にしているというよりは手持ち無沙汰なのだろう。つまり、椿は今暇なのだ。
「なに」
視線を椿の横顔に向けたままで言う。テレビではクリスマスが近いからと玩具のCMやイルミネーションが綺麗なデートスポットの特集がやっている。
椿はこんなの買ったかしらと本のあらすじに眼を通す。丁度手に持っているそれは翠が欲しそうにしていたから買ったものだった。翠の本のセンスは良い。俺と好きな話の系統が似ているのかもしれない。
「ねえ、晴。散歩しにいかない?」
本を並べ終えた椿が、立ちあがりながら言った。夜も更けたこの時間。当たり前だが外は冷えるだろう。
「……今から?」
「あら、嫌ならいいわ」
「ひとりで行く気だろ」
「気晴らしにね」
「外、寒いだろうな」
「そうね。ちゃんと厚着して行かなきゃ」
「そうだな。ちゃんとコート着ていこう」
コートを取りに立ちあがると椿はきょとんと眼を丸くしたあと、頬を緩める。
「晴は私に甘いわね」
「今のどこにそんな要素があったの」
「おまけに無自覚ときたから困ったものだわ」
理解できていない俺をおいて、椿はコートをとりにいく。別に、散歩に付き合うくらい幾らでもする。それを甘い甘いと言われていたら、俺が本気で甘くしたいときにどうしたらいいんだ。椿の判定も大概甘い。

***

コートを羽織って、マフラーを巻いて、手袋をはめて。そんな重装備にするくらい寒さに弱いのに、よく夜の散歩に行こうなんて言ったなと思う。
夜の空気はどこまでも澄んでいる。街灯が照らす道を隣り合って歩いた。手を繋いだら、剥き出しの俺の手を見て椿が顔を顰めて「寒そう」と言った。たしかに今晩は冷える。
寒ければ寒いほど、空気が透明になる気がした。それにはちゃんとした根拠がある。冬は本当に空が綺麗に見えるのだそうだ。
その話を思い出して視線を上げると、丸い月が眩しいほどに輝いている。
「今日って満月?」
「そうね。少し欠けているような気もするけど」
釣られて視線を上げた椿の瞳が、月明かりを取り入れて美しく輝く。もう隣にあることに違和感のなくなった、色。初めて会ったとき、たしかに魅せられた色。
「月が綺麗だな」
こんなセリフ、ガラじゃないと思った。しかし、たしかに隣にあるぬくもりに言わずにはいられなかった。
なんでもない言葉だと思ったのだろう。月から視線を逸らさずに返事をしようと口を開いて、しかし椿は俺が月なんか見ちゃいないことに気付いたらしい。
「あなたと見ているからね」
細められた瞳が映す俺は、どんな顔をしているのだろう。こちらを捕らえたその色よりも綺麗な青を、俺は知らない。
2021/12/10 - 雨倉

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