NOTE



年越しをするうちよそ

いつさく、あゆわこ、ゆうつむ、けんみつ、たまひ、はるなな

「もう今年も終わりだねえ」
悴む指先を擦り合わせながら、紗玖がのんびりとした口調で言う。首にぐるぐると巻かれた黒いマフラーは樹のものだ。雪が降るかもしれないと天気予報で言われていたのにも関わらず、防寒具もろくに身に付けずに外へ行こうとする紗玖の首に樹が巻いてやったのだ。
「そうだね。今年は、……いろいろあったな」
一年の振り返りをしようと記憶を遡り、樹は思わず顔を歪める。それに気付いた紗玖が冷えた指先を樹の手に添え、指を絡め合うように握り込んだ。
「来年も、一緒にいようね」
「来年だけじゃなくて、その先もね」
応えるように手を握り返して吐き出した息が、白く染まった。

***

「歩汰くん、なに作ってるの?」
キッチンに立つ歩汰の背中に身を寄せ、和瑚は腹に両腕を絡めるようにして抱き着いた。背中にぐりと一度額を押し付けてから、体を傾けて背中越しに歩汰の手元を覗き込む。
「年越し蕎麦、の下準備だよ」
「下準備?」
「そう。せっかく和瑚と年越しできるんだから、ゆっくり過ごしたいしね」
「ふうん?」
年末だからと特別何かをするという習慣が和瑚にはない。年越し蕎麦を食べたような記憶もあるが、年末番組にも特に引かれるものはなく、いつも通りの一日でしかなかった。
いまいちピンときていない様子の和瑚に、歩汰は小さく笑いを溢す。切っていた鳴門の切れ端を口元に運んでやれば、和瑚は素直に口を開いて口内に招き入れた。

***

萌葱と手を繋ぎ、数歩前を歩く紬の背中を見る。紬が毎年実家に帰っていることは知っていた。し、毎年、優真も誘われていた。紬の両親に合わせる顔もなく、紬を避けていたために今まで断り続けていたが、今年は断る理由はない。というより、行くべく、なのだろう。
「優真は手、繋がなくていいの?」
「横に三人並ぶと迷惑になっちゃうからね」
「優真、寂しがりなのに」
「寂しがりじゃねーよ」
ちらちらとこちらを気にする萌葱に、紬が楽しそうに笑っている。紬が言ったからか、あのときはいっさい優真を気にしなかった萌葱も、何かと優真を気にするようになった。
その気のかけ方が不本意極まりないのだが、どこか得意げな顔をする萌葱を見ると優真は何も言えなくなってしまう。紬は小さいころの優真にそっくりだと言うが、優真からすると萌葱の目元は紬によく似ている。
優真の後ろをついて回り、得意げな顔で笑う幼いころの紬に、よく、似ているのだ。

***

ソファに座る健斗に手招きをされ、充は不思議そうに首を傾げながら近寄った。素直に歩み寄ってくる充に健斗はにんまりとした笑みを浮かべ、伸ばした片腕で腰を抱き寄せる。
抵抗する意思なく健斗の膝上に乗り上げる充を見下ろして、健斗はちゅ、と可愛らしいリップ音を鳴らして口付けた。
「みぃ、えっち納めしよ」
「年始になったら姫初めって言うんでしょ?」
「うん。年越しえっちしたい」
充の返事を待たずに服の裾から片手を差し入れて、啄むようなキスを繰り返す。背筋を撫で上げながら指先が行き当たった下着のホックを外し、充の反応を探るように目を向けた。
ぱちりと交わる充の瞳は、とろりと欲に蕩けている。拒絶の意図は、ないらしい。胸板に添えられていた充の手が健斗の首に回されて、充からも甘く食むようなキスが返された。
「ん、っは、ぁ、……健斗くん、ベッドがいい」
「可愛いね、充」
甘ったるい声音で囁いて、熱っぽい吐息を漏らす唇にもう一度噛み付くように口付けた。

***

「……凄いね。これ、全部まひろが作ったの?」
机に広げられた重箱と、そこに詰められていく料理の数々に環は感嘆の息を漏らした。
「買ったのもあるよ。流石に、全部作るには時間がないからね」
「環くんが好きそうなのは自分で作ったけど」と付け足しながらも、まひろは器用に重箱に敷き詰めていく。もとより、まひろは料理の見た目も気にするタイプであり、日常的な食事も盛り付けから工夫されていることが多い。
感心した心持ちで見詰めていると、まひろは重箱に詰める手を止めた。どうしたのかと環が顔を上げたタイミングで、菜箸に摘まれた唐揚げが口元に運ばれる。
「……物欲しそうな顔してたかい?」
「そういうわけじゃないけど、違った?」
「違わないよ」
顔に掛かるか髪を耳にかけながら、口を開いて差し出された唐揚げに齧り付く。さくっと軽快な音を立てて、口内にじゅわりと生姜と醤油の味が広がった。

***

紅白の途中で眠ってしまった瑠璃と翠を部屋に寝かせ、椿がリビングに戻ってきた。
「蕎麦どうする?」
「私たちだけで食べましょう。もう起きないわよ、きっと」
「わかった」
もともと、瑠璃と翠の分は少なめにする予定だったが、椿の分を多くしても彼女は食べきれないだろう。だからと、既に作ってしまったそれを明日に持ち越すわけにはいかない。
晴はつゆの中で泳ぐ蕎麦を見下ろした。どうしたものかと考えたのは一瞬だ。どうするもこうするも、晴が食べるしかない。
「瑠璃と翠の分も茹でちゃった?」
「……いや、大丈夫。俺たちの分だけ」
「そう?」
少し悩んで、嘘を吐く。椿は晴の言葉を疑ってはいないようだった。
疑い深かった彼女が、晴の言うことは素直に頷いて受け入れる。そんな彼女の些細な変化にも、胸が高鳴るのだから拗らせた恋心というのは厄介だ。
「ねえ、晴」
てっきりリビングにいると思っていた。すぐ近くから名前を呼ばれて、晴の肩が大袈裟なまでに跳ねる。
「……何をそんなにびっくりしてるのよ」
「リビングにいると思ったんだよ。どうしたの?」
「たまご入れて、って言いにきただけよ」
自分で準備をしようとせずに晴に強請るのは、椿なりに甘えているのだろう。甘えることすら不器用な彼女か愛しくて、そんな姿を見せるのが自分だけだと思うと優越感にも似た感情が胸の火を灯す。
「いいよ。半熟にする?」
「ええ、それがいいわ」
年相応か、それよりも少し大人びた話し方をする椿がほんの少しだけ、あどけなさを残して笑った。
2021/12/31 - 星野