NOTE



たまひ

ワードパレット/感謝・らしくない・幸せ

テーブルに転がるいくつかの空き缶と空き瓶を目にして、深く息を吐き出した。
知り合いから、土産だと酒をもらった。嗜む程度には酒を飲むということを覚えられていたらしい。酒の味を知って損もない。
環くんが寝たのを見計らって、中途半端に残っている食材で適当につまみを作った。環くんに食べてもらうわけでもないから、見た目も味付けも気にする必要はない。貰った酒をテーブルの上に並べて、無作為に開けて舐めるように飲む。上手に酔うこともできなければ、酒の味もわからない。要するに、私は楽しく酒を飲めるタイプではない。だから、環くんが寝てからひとりでこうして酒を飲んでいた。
「まひろ、何をしているの?」
運が悪いのか、タイミングか。それとも、私がベッドを抜け出した段階で気付いていたのか。寝間着に上着を羽織った環くんに見つかり、そのまま晩酌が始まってしまった。
 
それが、数時間前のこと。
 
環くんはすっかり出来上がってしまったらしい。白雪のように美しい彼の頬を、淡い紅色が彩っている。
「どうしてそんな遠くに座っているの?」
「私は別に遠くに座っているわけじゃないよ」
「遠いよ。ほら、おいで」
自分の膝を示すように環くんに呼ばれる。遠くと言われたけれど、遠くに座っているわけじゃないはずだ。環くんにとっては、隣でも遠いのだろうか。
持っていたグラスをテーブルに置いて、大人しく環くんの膝の上に座ろうとする。すると、背中に「そうじゃない」と否定された。
「環くんが言ったのに」
「背を向けられていては、まひろの可愛い顔が見えないだろう?」
「向かい合ってたら飲めないよ」
「だめ?」
振り向いて環くんを見る。彼は私の視線が向けられたことに気付くと、わざとらしくしょんぼりとした顔をして、緩く首を傾げて顔を覗き込んでくる。
「……本当に、あなたはズルいな」
環くんはなにかと強引な節がある。私が断れないということを知っていて、そこに付け込んでくるのだ。本当にたちが悪い。
観念して向かい合うように環くんの膝上に腰を落ち着けた。必然的に近づく顔が気恥ずかしくて視線が泳ぐ。腰に環くんの片腕が回され、軽い力で引き寄せられた。
「本当に君は愛らしいね」
面白がられているのだと理解していても、心臓は馬鹿みたいに跳ねるのだから、本当にどうしようもない。
「酔っ払い」
「そうだね。今夜は君に酔っているのかもしれない。私は本当に感謝しているんだよ、まひろ。君と出会って、こうして共に過ごせていることに」
つらつらと並びたてられる言葉に、顔に熱が集まっていくのがわかる。頬に添えられた環くんの手は、アルコールが回っているせいか、普段に比べて随分と温度が高い。
「可愛い顔をしているね。キスをしても?」
「いちいち、聞かなくても」
「ねえ、まひろ。君の言葉で聞かせて」
恥ずかしくて視線を逸らすと耳元で強請るように囁かれた。耳にかかる吐息のこそばゆさに肩が跳ねる。
頬に触れていた環くんの細い指が滑り、唇をなぞられた。ぞくり、と背筋が粟立ち吐息が震える。煩わしいほどに早鐘を打つ心臓に、このまま環くんに殺されてしまうんじゃないかと思う。現実逃避のように巡らせた思考を遮るように、環くんの唇が耳の先に寄せられた。
甘い声で強請るように「まひろ、」と名前を呼ばれ、躊躇いながら環くんの横顔に視線を戻す。酔いのせいなのか、私を見つめる環くんの瞳は熱を帯びてわずかに潤んでいた。
「……いいよ」
「うん」
にっこりと、環くんが笑う。その様子に顔を顰めてみせるも、環くんは楽しそうに双眸を細めるばかりだ。その間にも、その指は私の唇を辿り、首筋には這わされていく。
ああ、本当に、ズルいひとだな。
環くんの首に両腕を回して、瞳を覗き込む。
「……キスして、環くん」
掠れた声は自分でも笑えてしまうほどに頼りない。けれど、視線の先の環くんは満足そうに、そのかんばせを綻ばせた。
好きだと思うたびに、甘く胸が締め付けられる。きゅうと鳴る心臓は、らしくない。
それでも、幸せだと思う。私を見て蕩けるように笑う彼の顔に、優しく重ねられる柔らかな熱に。どうしようもなく、泣きたくなるのだ。
2022/01/13 - 星野

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