アヴドゥルさんと公開告白みたいなやり取り


アヴドゥルさんは優しい。

一緒に旅をしている他の皆も優しいけれど、一番紳士的というか、何気なくサラリと気遣ってくれることが多い。
それは道中の一コマだけでなく、刺客との戦闘時も同じで。

いつだって相手の能力は未知で、いくらアヴドゥルさんが強くても余裕なんかないはずなのに、気が付けばいつもわたしを庇うようにして彼は一歩前にいる。

多分それはわたしが弱いからというわけじゃあなくて、…女だから、だと思う。…そう、思いたい。

それに不満があるなんてことはないし、確かにわたしの幽波紋能力はアヴドゥルさんを含む皆と比べてパワーが劣る。

でも、スピードには自信がある。
あとはわたし自身の経験と判断力を培っていくことで、いつか、アヴドゥルさんを守ってあげられるくらい。信頼して背中を任せてもらえるくらい。
強くなりたい。


「なまえ、あまり無理は良くないぞ」

「わ!?アヴドゥルさん!びっくりした…」

ジョースターさんが交渉してくれたホテルの裏側で、適当に集めた缶やビンをバラバラに地面へ並べ、それを一気に幽波紋で撃ち抜く。
ひとつも漏らさず、正確にできるまで、何度も。

そんな特訓をこっそりしているうちにどうやら集中しすぎてしまったらしく、後ろから声をかけられるまで彼が近づいて来ていることに気が付けなかった。

カンッ!と、今しがた撃ち抜いたばかりのアルミ缶が地面に叩きつけられ、耳に痛い音をたてた。

「すまない、驚かせるつもりはなかったのだが…すごい集中力だな」

「いえ、逆に目の前の的にばかり集中しすぎてました。周りが見えてないんじゃ、実戦では意味ないですよね」

「そんなことはない。キミのその努力は大いに意味があるはずだ。…しかし、今日もかなり歩いたんだ。特訓もいいが、疲労を残さないために休むことも大事だぞ」

「あっ」

アヴドゥルさんは言いながら、わたしが散らかした缶やビンをさっさと拾い集め始めた。
わたしも慌てて手近にあるものを拾っていくが、持ちきれる量がアヴドゥルさんより大幅に少なく、ほとんどをアヴドゥルさんが回収してしまった。

「すみません、アヴドゥルさん。ありがとうございました」

「なに、大したことは何もしていないさ」

ホテルのゴミ置き場に並べ置いたところで頭を下げる。
フォローしてもらったうえにゴミ拾いまでさせてしまって、わたしはなんだか情けない気持ちになっていたけれど、当のアヴドゥルさんは本当に全く気にしていないようにわたしへ笑いかけてくれた。

「さあ、あまり単独行動はしない方がいい。ホテルへ戻ろう」

「はい」

建物の間を抜けてホテルの正面側の道に出ると、ほとんど日は暮れていたけれどやはり先ほどの場所と比べれば随分と明るく感じられた。

ちらりと隣を見上げれば、わたしの歩調に合わせてくれているのだろうアヴドゥルさんが、往来の人々の行動に気を配っているのがなんとなく感じられた。

敵がいつどこから仕掛けてくるか分からない旅だ。
さっきアヴドゥルさんが言ったとおり、やはり単独行動は控えるべきだった。
…なんて、今になって反省する。

「…ねえ、アヴドゥルさん。どうしたらわたしもアヴドゥルさんや皆みたいに強くなれるでしょうか」

口に出した後で、いきなりかなり抽象的なことを聞いてしまったと内心慌てたが、口にしてしまった後ではもう遅い。
アヴドゥルさんは、なんと返してくれるだろうか。

「なまえは今でも充分な強さをもっていると思うが…ふむ、どうだろうな。私の場合は後悔をしたくないという意志によるところが強く影響しているんじゃあないだろうか」

「後悔したくない意志、ですか」

「ああ。例えば承太郎や花京院はとても頼りになるが、それでも彼らはまだ学生。守ってやりたい、というのは少しばかり烏滸おこがましいかもしれないが、できることなら無事に日本へ帰してやりたいのだ。それが叶うように、私は全身全霊でできる限りのことをしようと心がけているつもりだ」

もしこの場に承太郎くんや花京院くんが居たとしたら、彼らの方が赤面してしまうような、真っ直ぐすぎる程の言葉。
『優しさは強さになる』。何処かで聞いたそんなフレーズがしっくり来ると素直に思えるのは、その真っ直ぐな言葉と同じ、真っ直ぐな瞳を間近で見ているからなのだろう。

「すまない、精神論では参考にならないな」

「いえ!幽波紋は精神力そのものですし、意志の力っていうのはかなり重要なことなんじゃあないかと気付かせてもらえました。ありがとうございます!」

「はは、そんな風に言ってもらえるのは光栄だな」

ぺこりと頭を下げると、アヴドゥルさんは少し照れ臭そうに笑ってそう言った。

さっきあんな恥ずかしいことを言っておきながら、今照れるなんて。
なんだかおかしくて、わたしも少し、笑ってしまった。

「それじゃあ、また明日もよろしくお願いします。おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

同じ階ではあるけれど、いくつか離れた部屋になったわたしたちは、軽く挨拶を交わしてそれぞれ廊下の逆方向へ進む。

想う力がやがて強さへと繋がっていくのなら、わたしももっと成長できるはずだ。

今しがた別れたばかりの彼の人を想いながら、わたしはぎゅっと拳を握りしめた。



「今日もあっちィな〜」

ポルナレフさんが思わずぼやくのも無理がない程、今日も天気は快晴で、日差しがジリジリと肌を焼いていく。
湿気は少ないので汗はすぐに乾いてくれるけれど、代わりに身体を冷やす効果はあまり期待できそうにない。

「しかし、今日は風がある分いくらかマシじゃろう」

「確かにそうだが、乾燥しているせいで風が吹く度暫く視界が悪くなるのはちと厄介だぜ」

ジョースターさんの言うことも、承太郎くんの言うことも、どちらも正しかった。
風が吹いてくれれば若干の涼を感じることができるけれど、代わりに地面の砂が風に乗って舞い上がり、ほんの数秒とはいえ視界不良となる。
しかもその視界不良は不規則に繰り返されるため、目を慣れさせることが難しい。
自ずと歩くスピードは落ち、比例して体力の消耗も増える。

「わ…っ」

ザァッ!と舞い上がる砂が音を立てる程強い風が吹いた。

思わず目を閉じかけてしまったが、なんとか腕で目に砂が入らないようにガードし、薄らとではあるが目を開けたままに保つことができた。

おかげで、間一髪撃ち落とせた。

こちらへ向かって飛んできた、弾丸のようなそれを。

「皆、気を付けてください!この砂煙に潜んでいる奴がいます…!」

「なんじゃと!?」

「…この風も、自然現象にしては止む気配がない」

花京院くんの言うとおり、風は砂を巻き上げたまま未だ吹き続いている。

わたしたちは皆で背中を守り合うようにして固まり、各々一定の方角に集中する。

「確かに視界は悪いが、攻撃は大したことねえな。あの弾丸みてーなのは一発ずつしか撃ち込まれてこねえし、そう破壊力があるもんでもねえ」

「ポルナレフさんの言うとおり、厄介なのはこの砂煙ですね。四方八方から攻撃が来るおかげで、肝心の敵本体が何処にいるのか分からない」

「僕のハイエロファントで探ってみます。すみませんが、暫くフォローをお願いします」

「よし、頼んだぞ花京院!」

探索に集中できるよう、ジョースターさんとわたしで花京院くんを守るように少し前へ出る。
ジョースターさんの幽波紋はあまり攻撃向きとは言えないため、わたしが二人を守らなければと意気込んだその時、まさに目の前から攻撃が飛んで来た。

「見つけました!」

花京院くんの声と同時に難なくそれを撃ち落とし、確かにその一瞬、油断した。

今まで一貫して一発ずつ撃ち込まれてきた弾丸の真後ろに、もう一発。

「(間に合わない…−!)」

「マジシャンズレッドッ!」

ドサ…ッ!

わたしが横からの力に押されて砂に倒れたのと、アヴドゥルさんのマジシャンズレッドが火を放ったのはほぼ同時だった。

「大丈夫か?!なまえ、アヴドゥル!?」

「ああ、大丈夫だ。なまえ、立てるか?」

「…は、…はい…だいじょうぶ、です」

わたしを抱え込むようにして庇ってくれたアヴドゥルさんがそっと腕を解き、そのままわたしを引っ張り起こしてくれた。

吹き続いていた風が止んだところを見ると、花京院くんが本体を見つけて倒したらしい。

わたしはと言えば、正直心臓がバクバクとうるさくて、あまり大丈夫じゃあない。
本当にもうダメだと思った。
覚悟してこの旅に臨んできたつもりだったが、目の前に迫る死に、わたしはビビッてしまったのだ。

…情けない。

「…すみません。足を引っ張ってしまって…本当に、」

「何を言っているんだ、なまえ。敵からの攻撃に真っ先に気が付いて対処したのはキミだろう」

「…でも、下手をすればアヴドゥルさんまで怪我をするところだった」

ああ、なんて面倒臭い女なんだろう。
自分でそう思うのに、口は卑屈な言葉を吐き出してしまう。

「なまえ、私が昨日話したことを覚えているか?」

「昨日、ですか…?」

いっそ、罵ってくれたら楽なのに。
そんな思いとは裏腹に、アヴドゥルさんはわたしに優しく語りかける。

『昨日話したこと』と言われて真っ先に思い出したのは…強さについて尋ねた時の、あの会話。

「私が側にいてキミに何かあったら、私はとても後悔する。…いいや、私が側にいなくても、きっと同じだろう。できることならずっと側にいられたらいいとさえ思っている程、私はキミを大切に思っているんだ」

「…アヴドゥルさん」

「だから今回、結果的にキミを守れたことは私にとってとても嬉しいことなのだ。…なまえ、キミが無事で本当に良かった。キミがいてくれるおかげで、私は強くいられる」

「…っ、」

優しい声と笑顔で、ぽんぽんと軽く手を置くように、何処かぎこちなく頭を撫でてくれたアヴドゥルさんの手は大きくて、恐怖によって冷えたわたしの身体には、とても温かく感じられた。

色々な感情がない交ぜになって涙が零れそうになる。
けれど、なんとかぐっと堪え、わたしは精一杯の笑顔でアヴドゥルさんを見上げた。

「わたし、まだお礼を言っていませんでした。助けて頂いて、ありがとうございました。わたしも、いつかアヴドゥルさんの側でもっと強くなれるように、これからもっと頑張ります…!」

貴方に守られるだけではなく、いつか貴方の助けになれるような存在になれたら。

わたしの意志は、これからも変わらないだろう。

恐怖はもう何処かへと消えていて、そんな強い気持ちだけが勝ち残っていた。

「…お前ら、よくもまぁそんなこっ恥ずかしいこと素面で言い合えるな。見てるこっちが恥ずかしいぜ」

「え?」

「なんだポルナレフ。私たちは別に変なことは言っていないだろう」

「二人とも無自覚って…ある意味凄いですね」

「若さゆえってとこなんかのォ〜」

「やれやれだぜ」



数時間後、ホテルの部屋で一人今日の反省をしている途中、一連のやり取りを冷静に思い返したわたしは…顔から火が出るんじゃあないかと思う程、人知れず赤面するという緊急事態に陥った。


end




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