《今まで逃げていたことに直面しそう!そんなあなたのラッキーアイテムは、おにぎり!!おにぎりを握ってみて下さいね〜!》
テレビの中で綺麗な女子アナが和やかに笑い、《続いては今日のお天気です》と声を切り替える。
「おにぎりって…」
自分の星座が最下位と告げられた朝の占い。逃げていたこと…。
「…なんか嫌な予感がする」
小さく呟き、朝食を素早く食べて、キッチンへと向かった。
おにぎりを握るべく…。
その嫌な予感は本当に当たった。
普段最下位だろうとなんだろうが気にしないけど、占いの内容があれだったので学校に行くのが少し憂鬱になったのと、おにぎりを作っていたら時間を忘れてしまい、遅刻ギリギリに登校。
その時、遅くまで朝練をしていたバレー部の2年集団の内、ひとり…宮侑に激突。昇降口で足がもつれ、そのまま突き当たりしてしまったのだ。突然の衝撃に体を鍛えているスポーツ選手も留まることは出来ず、バランスを崩して顔面からガラスの扉にぶつかった。ポケットに手を突っ込んでいたため、少し遅れて手がガラスについたみたいで。
それを見ていた角名くんはにやにやしながらスマホを取り出し、治くんは爆笑し突っ込んできたのが私だと分かった瞬間、目を少し見開いて「…怪我ない?」と心配してくれた。それに対し、侑くんが「心配されるんは俺や!」と叫び、銀島くんがそれを宥める。
その後、教室でもう一度謝ると貼り付けたような笑みを返されたので、これはやってしまったと冷や汗をかいた。
そして現在。手には学生証。自分のではない。前世でよく見た顔と共に、北信介の名前が。え、北さんってMr.隙なしじゃなかったの?学生証を落とすなんてMr.隙ありじゃないか。どうしたものか、と頭を悩ませる。誰か経由で渡してもらうのも可能だけど、あとでお礼を言いに私の元へ来そうだ。北信介とはそういう人間だと思う。だったら、直接本人に渡して終わりにしよう。重い足取りで3年7組へと向かった。
緊張する。3年生の、一つ上の学年の教室は凄く緊張するものだ。前世と合わせると私の方が上だから、大丈夫〜と余裕ぶっていた数分前の自分に言いたい。
あ。北さん、いた。でも遠っ!!教室の中をひっそり覗くと目当ての人物はいたが、その距離は遠い。呼んでもらうしかない。嫌だなぁ。目立ちたくないなあ。
「誰か呼ぼうか?」
突然後ろから声をかけられ振り向いたら、目の前には大きな体。ゆっくり上を向くとその人物に驚いた。
「…北、信介先輩に用があって」
「信介か。ほな、呼んでくるから待っててな」
柔らかい口調で話し教室の中に入っていった、大耳練。うわ、喋っちゃった。ていうか、友達連れてくれば良かった。ひとりでテンションが上がったり、失敗したと後悔していると北さんがやって来た。じぃーっとこっちを見る目は、悪いことをしていないのに謝らなきゃいけない気分になってしまう。
「……また双子が何かしたんか?」
「え?…あ、違います」
何しに来たのか問い詰められる。あの目を見てそう思っていたが、どうやら私の顔を見て、双子の喧嘩に巻き込まれ池に落ちたことを思い出していたようだ。これは、認知して頂いたということでいいのだろうか。なかなか嬉しいぞ。関わるのは極力避けたいが、認知はまた別だろう。自分の中のミーハー心が疼く。
「これ、廊下に落ちてました」
「!学生証無くしたと思うてたんや。わざわざすまんな。ありがとう」
「いえ」
軽く頭を下げて教室を後にする。
さっき北さん、笑ってた。薄ら笑ってた。漫画の中では双子がイケメンと言われてて、北さんにはそういう描写はなかったが、これはなかなかイケメンだった。普段笑わない人がいきなり笑うと、ギャップ萌え効果もあるのか心にグサッときてしまう。うんうん。頷いて自分の教室へ戻った。
昼休み。
先生に頼まれごとをされて、物置きになっている空き教室に行っていた帰り、事件は起こった。
すっかり占いのことなんて頭から抜けていた私は、廊下にズラリと並んである色んな部活動の写真を見ていた。その中でも多いのが、やはりバレー部。2年になってからはまだ試合をしていないから、数ヶ月前に行った新チームでの大会の写真だ。同じ学年の子達が沢山写っていた。その中のひとり、単体で写っている人物に思わず苦笑いをしてしまう。
「…角名くん、えろ」
ネット越しに斜め横からのアングルで撮られた角名くんは本当に高1?と疑いたいくらいの色気を出していた。しかも、試合中に出せるなんて…。色気があるのは漫画だからだと思っていたが、そうでもないらしい。
「え…?俺?」
「……は」
普段は気を付けていた。なるべく関わらないように。名前を口にしないように、と。この時ほど、自分の発言に後悔した事はない。少し離れた場所で、ほんの少し目を大きくさせる角名倫太郎がいた。角名くんとは話したことが一度もない。朝のこともあって、顔は知られているみたいだけど。それに、今いるこの廊下には私と角名くんの2人だけ。気まずい雰囲気の中、沈黙が流れる。
「大変申し訳ございませんでした。今のは忘れてください。不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません」
「は?…ちょ」
いつもより1.5倍早く口を回し、頭を下げて駆け足でその場を去る。ほんと、やだ。今日だけでバレー部に頭下げるの何回目?もう帰りたい。そうだよ、そうだったよ。私、今日の運勢最悪なんだよ。
放課後になり、このまま直帰する。バイトもないし、どこも寄らないで家に帰る。意気込んで昇降口に駆け込んだ瞬間、頭をよぎったスマホの存在。…あれ?スマホ、どこにやった?いつから触ってない?確か…昼休みは持って…
「最悪だ」
あの、空き教室。あの時、ポケットから落ちないように、テーブルに置いたんだ。思い出した。取りに行こう。取りに行ってすぐ帰ろう。
誰かが見つけて職員室に届けてくれたかもしれないと思ったけど、記憶の中で置いたその場所にあった。良かった、これで帰れる。
「……あれ、?」
ここから出ようと引き戸ではないこの教室のドアノブを回すが、ドアは開かない。その時、先生の言葉を思い出した。
その教室のドア壊れとるから、閉めんといてね〜。内側からやと開かんから。
「……」
うん。大丈夫。学校に電話して、先生に外から開けてもらおう。こんなことで、焦ったりなんかはしない。人生二度目だしね!
スマホを取り出し、画面を開く。開く…、開…かない…。充電がない。
「もう、ほんっとやだ」
両手で顔を覆い、力なくしゃがみ込んだ。
「あ〜…どうしよう」
どうにかなると思ったけど、どうにかなってなくて1時間は経ってると思う。ここには時計もないし、スマホも充電がないから時間が確認できない。時間がわからないだけで、こんなに精神的にくるもんなんだなぁ〜と笑えてくる。まあ、このまま一泊してもいいんだけど、トイレがなぁ。今はまだ大丈夫だけど、行きたくなったら我慢できないし、漏らしたくはない。
「はぁ〜あ」
あ。こういう時、お腹から声を出した方がいいんだっけ?日向が言ってたような。息を大きく吸ったと同時に小さく足音が聞こえた。見回りの先生?ここら辺はあまり人通らないから。そして、さっき吸い込んだ息を吐き出すように大きな声を出しながらドアを叩く。
「あのー!!ここ!ここから出れなくなっちゃいました!!開けてください!開けてくださいーーー!!!」
出た言葉がこれだ。もっと違う言い方があっただろうが、自分が思っているよりも精神的にきているらしい。足音は近づくと思いきや遠のいていく。
「すみませーんー!!行かな…行かないで」
行ってしまった…。もう無理だ。このままここに泊まるしかない。私の心配はたったひとつ。トイレ。漏らしたくない…。
ドアに張り付いて絶望していたら、急に開いた。外側に開くこのドアに、全体重を乗せていた私は前に倒れる。
「う、べ…」
「……みょうじさん?」
なんと、開けてくれたのは宮治。意外な救世主に驚きつつ、治くんがいつもの100倍イケメンに見える。
「どうして、ここに…?」
「それは…」
さっきの叫び声が聞こえたのかと思うと、ちょっと…いや、かなり恥ずかしくなり目を泳がす。小さくボソボソ話す私の声を拾おうと耳を傾けるべく教室の中に入ってきた。
その瞬間、バダリとドアの閉まる音。
「あ、ああああああああああああああああ?!?!?!」
「?!」
突然大きな声を出した私に肩をビクつかせ驚く治くん。それより、それよりも!また閉まっちゃった…!!どうしよう。私ひとりならまだしも、運動選手を…高校生を夜の学校に泊まらせるなんて…!
「あ!宮くん!携帯!携帯持ってる?!」
「部室やけど…」
「……」
絶望する姿に治くんはきょとんとする。そんな彼に事情を話した。
「ずっとここにおったん?!」
「うん。あれ?今何時?」
「6時過ぎや」
「あー。じゃあ、2時間ちょっとかぁ」
1時間くらいかと思ってた。なんて呑気に話す私に治くんは「危機感!」と大きな声を出した。
どうやら治くんは休憩時間に忘れ物を取りに来たらしい。その帰る途中、聞こえた女の声に少し恐怖心を抱きながらも近づき、人だと分かったら開けに来てくれたみたいだ。はっきり聞こえたのは、「行かないで」と弱々しく零した言葉だけ。ますます恥ずかしい。
ちなみに、ここのドアが壊れていることは知らなかったらしい。私も今日知ったもんな。
さっきは一泊なんて焦ったけど冷静に考えてみると、休憩中なんだから治くんがいなかったら誰か気づいて探しにきてくれるだろう。そうあってくれと願った。
しかし、しばらく経っても誰も来る気配はなかった。数分戻ってこないくらいでは、気にしないか。ひとりで納得する。
だけど、この空気は気まずい。数分ずっと無言が続いてる。治くんもあまり話すイメージないし、私も会話が見つからない。というか、宮治が私になんか話しかけないだろう。また、ひとりで納得していると、治くんが沈黙を破った。というか、治くんのお腹。と言った方が正しい。
「これ、食べる?」
元々帰ろうとしていたから、鞄は持っていた。その中からひとつ、お昼に残ったカスタードパン。妹特製のカスタードを食パンで挟んみ、半分に切ったもの。世界一のカスタードパン。なんてシスコンぶりを発揮する。
「ええの?」
「いいよ」
マドレーヌやおにぎりをあげた時と同じように目を輝かせる。これ、誘拐犯とかにお菓子貰ったら着いて行くんじゃないか心配になる。
「妹が作ったん?」
「うん。凄く美味しいよ」
「ほんま、うまいなあ」
「そうでしょう?」
「……」
大きなひと口で半分くらいまで食べた宮治にぎょっと目を開く。ひと口が大きい。本当に美味しそうに食べてくれるから、私も嬉しい。思わずシスコンだとバレてしまうくらいの気持ち悪い緩んだ顔を見せてしまったら、美味しそうに食べていた顔が真顔になった。うわ、ごめんなさい。
そして、その隣で自分で握ったおにぎりを取り出す。この子を見てるとお腹が空いてくる。ラップを取ろうと手をかけた時、物凄い視線を感じたが気づかないふりをする。これは、私が握ったやつだから。宮治に食べさせるわけにはいかない。それでも射抜くような視線を感じ、聞かざるを得なかった。
「え、えー…と。た、食べます、か?」
「……いや、ええ」
自分でもわかるほど、あげたくないオーラを出してしまった。そのせいか、治くんはクイッと勢いよく顔を逸らし断る。けれど、少し食べたせいか、それともおにぎりを見たせいか、さっきよりも大きなお腹の音が鳴り響く。う…罪悪感が。
「これね、自分で作ったやつだから申し訳なくて。…それでも良かっ「みょうじさんが作ったん?!」あ、はい」
首が取れるくらいの勢いで振り返る治くんに後ろへ体を引いた。
「…や、やっぱええ。お腹すいとるやろ」
「そうだけど実はおにぎり、もう一つあって…」
そう言うと、ソワソワし出す治くん。それが本当に可愛らしくて、ふっと笑みが溢れる。
「中身がしゃけか昆布なんだけど、どっちかわからない」
食べてからのお楽しみで、と言って手のひらに乗せると嬉しそうに、ふわりと笑い「いただきます」と首だけをこっちに向けて、ペコっと頭を下げた。顔面と声のパンチ。つら…。
また大きな口で食べる姿に、私は唾を飲む。こ、怖いなこれ。だって、あの宮治の体内に自分が握ったおにぎりが入るんだよ。びっくりだよ。
「!!うま!あ、しゃけや!しゃけが入っとった!ちゅうか、めっっっちゃうまい!!今まで食べてきたおにぎりで一番うまいわ!」
大袈裟、なんて思ったけど、あまりにも美味しそうに食べてくれるから。料理は苦手だけど出来ないわけではない。好きでもない。私の料理は特に美味しくも不味くもなく、普通なんだと思う。だから、こんな風に1番だ!みたいに、自分の作ったものを褒められたことがなかったし、それを気にすることも無かった。けど、なんだか、凄く嬉しい。
「今日、おにぎり作ってきて良かった」
体育座りをして両膝を抱えていた腕に顔を埋め、照れながら言ってしまった。中身おばさんが恥ずかしい。高校生に照れるなんて。だけど、顔がいいのだもの。そういうことにしておこう。
そしたら、治くんの顔が徐々に明るくなっていく気がして。
「…好きや」
そう言った。
「…宮くん、おにぎり好きだもんねえ」
「……」
一瞬自分が言われたような気分になり、ドキッとしたけど、危ない危ない。これだからイケメンは。治くんは何故か壁に自分の頭を思いっきりぶつけた。
「どうしたの!?」
「口が滑った」
「ん?」
小さく呟いた言葉は聞き取ることが出来なかった。
それから暫くしてドアが開く。
「なにやってんの?」
助けに来てくれたのは角名倫太郎だった。その救世主は、ここのドアが壊れていることを知っていたらしい。中に閉じ込められる事はなく、無事外に出れた。が、
「…あ」
「……」
私に気づいた角名くんは昼休みのことを思い出したようで、やはり今日は最悪だと思うのであった。
みょうじと別れた後。
「角名、みょうじさんと何かあったん?」
「……別に、なんも」
みょうじの言うなというあまりにも必死な顔を思い出し、あの人ああいう顔するんだ、と思う角名だった。