ここ梟谷学園には木兎光太郎の扱いに長けている者が2人いる。
「………」
「…木兎ー、大丈夫か?」
「気にすんなって。わざとじゃねえんだろ」
現在、木兎光太郎はしょぼくれモードである。その原因は、学校の物を壊してしまい怒られたからだ。それに加え、今日の部活では調子も悪かった。体育館の端にある机の下に小さく縮こまり、大きな体を無理矢理入れていた。そこに木葉と猿杙が声をかけたが、しょぼくれモードのまま直らない。
「なにやってるんですか」
「……」
木兎さん、と無表情のまま机の下を見る副主将の赤葦京治。
「…今から自主練するんですよね。早くしないと時間なくなりますよ」
「!!」
何を言われても微動だに動かなかった木兎は、赤葦の言葉を聞きしょぼくれたままではあるが、机の下から出てきた。
実は、先生に怒られた後にこうなる事を予想して自主練をすることを約束していたのだ。周りは流石、我らの副主将と感心するがまだ調子を取り戻さない主将を見て、今回の出来事はそれ程ショックだったのだろうと苦笑いをするしかなかった。
が、ここでもうひとり。木兎の事を熟知している人間がやって来た。
「今から自主練ですか?私もお手伝いさせて下さい」
梟谷学園バレーボール部2年マネージャー、みょうじなまえである。
「あれ?みょうじ、やることあったんじゃないの」
「あったけど、急いで終わらせてきた。木兎先輩が自主練するの知ってたから」
「!」
赤葦の質問にみょうじは淡々と答え、その答えに木兎は眉をピクリと動かす。木兎の復活まであと少し。
「早く木兎先輩のスパイク見たくて」
「!!」
「だからお手伝いしていいですか、木兎先輩」
「ふっふ…へいへいへーい!そんっなに俺のスパイクが見たかったのかあ?」
「はい」
「なら、みょうじの見たことないすげーの打ってやろう!!」
「それは楽しみです」
途中から黙って隣で見ていた赤葦は、それは無理だろうと思ったが、ここでそれを言うのは色々と面倒になりそうなため、口には出さなかった。
「あの木兎を立ち直らせる策、ほんと尊敬するわー。息ぴったり」
「赤葦の質問、みょうじの返答。2人してプロ並みだよな」
一部始終を見ていた3年生達は頼もしい後輩ふたりに、また苦笑いをするのであった。苦労をかけてごめん、という意味も込めて。
「みょうじのおかげで助かった」
「それは赤葦がああいう質問をしてくれたから。私はただ答えただけだし」
「そんなことないよ」
「本心を言っただけだから」
「…そっか」
木兎には聞こえないように小さい声で話す2年組。赤葦はみょうじの本心を言っただけ、の言葉に目を伏せて笑った。
私はよく、つまらない人間と言われることが多かった。自分の意思はないのって言われたこともあった。
自分でもそう思う。好きなものは何?という質問に答えられたことはないし、趣味を聞かれても答えられない。他にも自分に関しての質問をされて返せたことがなく、中学の部活だって友達に流されて陸上部に入った。そこで何の種目をやりたいか決められなくて、他の人に決めてもらった。
そんなつまらない私に告白してくれた人がいた。同じクラスで特に嫌いでもなかったから、はいと返事をした。だけど、数ヶ月後に振られた。理由は、俺のこと好きかと聞かれて答えられなかったから。何度か一緒に出かけたこともあったけど、向こうが全部決めてくれて私はただ一緒にいただけ。気を遣わせてしまっていることになんとなく気づいたけど、それをどうにか出来る程の能力はなかった。振られて当然だ。
それが中学2年の時の出来事。
それから何もなかったように、学校に行き部活をやり、家に帰るを繰り返した。私の中で彼氏がいようがいまいが特に変わりなかった。多分、こういう考えがいけなかったんだと思う。
だけど、そんな私を大きく変えてくれる人物が現れた。
木兎光太郎。
同じ中学。一つ上の学年でいつもうるさいその人は結構有名だった。バレーをやっている姿は見たことがなく、たまたま陸上部とバレー部のロードワークが重なった時、元気に明るく周りを引っ張って走る木兎光太郎を見た。しかし、周りは木兎光太郎についていく者は居らず、まじ過ぎる、近道しようと彼の後ろから姿を消した。木兎光太郎が振り返った後ろには誰もいなかったが、それでも尚、前を向いて走る姿に心が動いた。
それから、この人はどんな風にバレーボールをするのか気になって、自分の部活が終わった後、体育館を覗いた。そこには彼だけが残っていて、ひとりでサーブの練習をしていたが、急にその場に寝転がり「スパイク打ちてえええー!1人じゃできねーもんーー」と叫ぶのを見て無意識に声をかけてしまった。
「私に出来ることがあれば、何かお手伝いしますか?」
「!!」
そして、終わることのない自主練が木兎先輩が卒業するまで続き、私は先輩を追って梟谷学園に入学した。
これが初めて自分の意思で決めたこと。
「なまえちゃーん!お菓子あるんだけど、食べる?どれがいい?」
「ありがとう。…じゃあ、余ったので」
「いつもそれじゃん!今日は先に選んで!!」
「え、っと…。…これで」
「はーい!」
友達の手に乗っている色んな種類のチョコを適当にひとつ取った。こういうのでさえ、選ぶのに少し時間がかかってしまう。そういうことが起こる度、つまらないと言われたことを思い出す。
休み時間。日直のため先生にクラスメイト達のノートを職員室まで持っていくのを頼まれ、運んでいた。同じ日直の赤葦と共に。お互い話すことがないから無言の空間が流れる。2人だけの時は、いつもこんな感じ。でも、この空気が嫌いではない。気を使うわけでもないし、どちらかと言えば落ち着く?感じだ。木兎先輩がいたら、また空気はガラッと変わるけど。
そんな中、赤葦が何かを思い出したように口を開いた。
「みょうじっていちごが好きなの?」
「え?」
「違った?さっき、いちご味のチョコを選んでたから」
いちご味のチョコ…。
「ああ。…うん。好き、かな」
うん、そうだった。さっき貰ったチョコは上にいちごチョコがコーティングされていたものだった。特に好きというわけではなく、たまたま手に取ったのがそれだっただけで。ていうか、見られてたんだ。赤葦とは席が遠いと思うけど、たまたま目に入ったのだろう。
なんとなく赤葦にはつまらない人間だと思われたくなくて、嘘をついてしまった。人にこういう嘘をついたのは初めてかもしれない。自分でも、つまらない人間だと自覚しているからこそ、嘘はつかないように心がけていた。
「や、やっぱり…」
「?」
「いちご、別に好きでも嫌いでも…ない、です」
「…そっか」
嘘をついた罪悪感から目を泳がせて言う私に、赤葦はいつものように目を伏せて小さく笑う。この顔が結構好き。それに、やっぱり赤葦の隣は落ち着くな。そういうオーラを出しているからだろうか。
職員室にノートを届け、教室に帰る途中、思わず口に出してしまった。
「私、特に好きな食べ物とかないの」
「……」
「好きなこととか、好きな芸能人とか、趣味も特になくて。嫌いなものとかもないんだよね」
1年の時から同じクラスというのもあり、部活でも一緒にいた時間が長かったせいか分からないが、赤葦にこのことを言ったら何て言われるのか気になった。つまらない人間、自分の意思はないのと言われるだろうか。しかし、返ってきた答えは意外なもので。
「でも、木兎さんは好きでしょう?」
視線だけをこっちに向けるその目を見上げた。好き、なのか?…それはちょっと違うような。
「好き…好き?どちらかと言うと、木兎先輩は憧れ的な存在というか…なんていうか…」
「……」
「神、みたいな?」
「……」
「……」
「ぶっ…ふふ…。…ごめん」
「いや」
神と言った瞬間、少し沈黙が流れ、その後赤葦は笑い出した。そして、直ぐに真顔になって謝り「それはなんとなく分かる」と言われ"木兎は神"という変なところで意気投合してしまった。分かると言った時の赤葦の表情は私の好きなもので。
「好きなもの、ひとつあった」
「え…なに?」
「赤葦のその顔」
「……」
あった。私の好きなもの。嬉しくて、今度は私がその好きな表情と同じく、目を伏せて小さく笑った。すると次は本家の赤葦が目を細め、笑い、言った。
「俺はみょうじの真っ直ぐな言葉、好きだよ」