俺がみょうじさんを好きになってそんな経ってない高1の冬。
インフルが流行り、クラスの半数が学校を休んだ日。同じ理由で2/3以上もの生徒が休んだみょうじさん達のクラスと合同で授業を受けることになった。
みょうじさんは今日、来てるんやろか。休みやなかったら、1日同じ教室にいれるってことやろ。朝練があり時間ギリギリに来たため、姿を確認することは出来なかった。
「うげ…」
「……」
朝のSHRを終え、クラスにやって来たのは俺の顔を見て嫌そうに言葉を零す片割れ。嫌なのはお前だけやない。俺もや。ちゅうか、ツムに用はないねん。そう思いながらヤツの後ろに視線を移すと、暇さえあれば目で追っていた人物がおった。前にある背中をじっと見つめて歩く姿に、片割れがずるいと思ってしまう。なんでみょうじさんに見られてんねや、そこ変われって。
他クラスの連中は、休みで空いてる席に好きなように座った。斜め前に座ったみょうじさんはここからよく見える。俺の前にドカンと陣取ったツムになんで隣座っとんねんとまた嫉妬心が湧いてくる。せやけど、好きな子と同じクラス。それはめちゃめちゃ嬉しいことで、こんな距離で長時間みょうじさんと居ったことない、なんてテンションが上がっていた。
いつもはお腹が空く、眠くなる数学の授業も全然感じない。やって、みょうじさんが居るのに寝るなんて勿体ないやろ。しかし、彼女は少し眠いのか瞼が重くなっとる気ぃする。か、可愛ええ。
「はい、この問題を寝てるふたり」
みょうじと宮…侑の方、前に出て解き。と先生に言われた瞬間、みょうじさんは肩を大きくビクせ「寝てた…」とボソっと呟いた。ツムは名前を呼ばれても起きる気配がなく、ノート片手に席を立ったみょうじさんが恐る恐る起こすため肩を叩こうとした。しかし、あいつに触れる前に足を伸ばして下から椅子を蹴り上げる。
「うあ"…!?…は?なにすん、……?」
「宮」
「…あ。はい」
驚いて怒りながらこっちを振り返った侑だが、自分が周りから注目を浴びとることに気付いたこいつは首を傾げた。その後、先生が黒板に書かいた問題をトントン叩いて解くように圧をかける。みょうじさんの後に続いて黒板の方へと向かって行ったが、あいつ答え分からんやろ。
予想は的中。スラスラ途中式を書く彼女の横で一向に手が進まない侑。それに気づき、先生にバレないよう体で隠しながら持っていったノートをツムに見せるみょうじさん。目を少し大きくさせて、ノートを思いっきしガン見しながら書き写す姿はこっちからはバレバレで。先生も仕方ないと苦笑いをして見逃しとる。
両手を合わせて感謝する侑に、ははっと笑うその表情は初めて見た。やはり、ツムばかりずるいと顔が険しくなる。
問題を解き終え、ふたりが席に戻ってくる時、無意識のうちにまた俺は彼女をガン見していたらしく、目が合った。目が合うと必ず直ぐに逸らされてしまう。恥ずかしい、て感じやなくて自分が見られてると思ってないようなそんな感じ。
残り数分で授業が終わる。勉強ではなく、みょうじさんのことをずっと考えてたから腹が減ったらしい。頭を使うと腹が減るやんか。1限目にして、ぐぅ〜〜と教室中に響き渡る腹の音が鳴った。
普段は恥ずかしいとかそんな感情はない。しかし、ここには好きな人がおるわけで。皆の視線を集める中、チラッとその人の反応が気になってそっちを見ると、眉を下げてふにゃりと笑ってて。ツムに向けた表情とは違う、これまた初めて見る顔、それも自分に向けてくれたその笑顔にゴンっと机に頭をぶつけて伏せた。
「おい!宮!!大丈夫かぁー!?」
腹が減って倒れたのかと心配する先生、笑う数人のクラスメイト、「朝練後、なんか食ってたやろ」とボソッとツッコむ片割れに何も反応出来なかった。
可愛すぎるわ…。なんなん?あれ。
この出来事は好きになってから一度も話したことがない時のこと。それから数ヶ月。2年になり、少しずつではあるがあの時より距離は縮まったと思うとる。
先日もノートを運ぶ手伝いをしたし、「宮くんと結婚できたら〜」なんて言われたしな。あの言葉に意味はないのは分かっとるんやけど…。前はそういうことも言われんかったし。進歩や進歩。しかし、たまにある爆弾発言、爆弾行動はどうにかしてもらわんと心臓が持たん。それに、俺にやっとるっちゅうことは他の男にもやっとるわけで、ほんまやめて欲しい。…て言う権利は俺にはないことに、なんでか悶々とする。
数日前に予選が終わり、インターハイへ出場が決まった。大会のため公欠で学校を休んだその日は、2年全員を対象に誰か有名な人の話を聞いてその感想を書かなくてはいけないやつがあったらしい。たまたまバレー部だけが大会とその日が被ってしまい、今からビデオ撮影されたものを視聴覚室で観る。同じ部活の奴らが居ると集中出来んねん。まあ、寝てまうかもしれんが。
この部屋は3人用の長テーブルに1人用の椅子が3つ置いてある。1番後ろの席に角名は端、俺は真ん中に腰掛けた。暫くして、時間ギリギリにやってきた1組面子。ボーッと欠伸をしながら入ってくるツムが視界に入ると、その後ろから思いがけない人物に目を見開いた。
は…、なんでみょうじさんおるの…?
ぽかんと口を開けてそっちを見てたら向こうも気づき小さくペコっと頭を下げてくれた。い、今俺に…?左右に首を振っても後ろを振り返ってもみょうじさんの目は俺を捉えてて。
…うっわ。めっちゃ、嬉しい。ニヤける顔を隠すためなんの反応も出来ないでいると、気付いてないと思ったのか今度は控えめに小さく手を振ってくれた。
ゴンッ
「は?…え、なに?どうしたの」
「……死ぬ」
「さっき休憩時間になんか食ってたじゃん」
額を思い切り机にぶつける俺に角名は怪訝そうに聞いてくる。ちゃうねん。腹が減っての意味やない。みょうじさんが可愛すぎての方や。
1年の時とは違う。あの時は眺めるだけだった俺がちゃんとみょうじさんに認識されとると思うと顔が緩んでしまう。今日も一番後ろの席やから、盗み見出来るなんて考えているとその対象がこっちに近づいてくる。どこに座るんやろ?近くがええなぁとチラチラ様子を伺っていたら俺の前で足を止めた。
「隣、いい?」
「…え」
「だめか「駄目やない!!」…あ、ありがとう」
勢いよく返事をする俺に一歩後ろへ身を引いてから、失礼しますと言って腰を下した。
「おい角名、もっとそっち詰めぇや」
「いや、これ以上いけないんだけど」
「そうか。ほんならこっちズレるわ」
「……」
そう言ってさっきよりもみょうじさん寄りに椅子を動かした。すると角名は冷たい目でこっちを見るが、それどころやないねん!!好きな子と隣同士やぞ!!最初で最後かもしれんのやぞ!
隣に座ってるみょうじさんは呑気にシャーペンやらを出して、それが終わると得意の爆弾発言を落としてきた。口を両手で隠し、小さい声で。
「バレー部と違うクラスの話したことがない子達だけだから緊張しちゃって…。宮くんいたから安心した」
「……」
"宮くんいたから安心した"
脳内で何度も流れる。ニヤける口元を必死に力を込めて閉じた。
どうやらみょうじさんもこの日は休んでいたらしい。他にもここにいるバレー部以外の生徒は何らかの事情で受けれなかった人達のようで。神様はほんまにおったんやな、と天井を見上げた。
カーテンを閉め電気を暗くさせて始まったビデオ。画面の中にいる年配の男の人は独特の間とのんびり話す口調がどうしても眠くなってしまう。角名は隠れてスマホをいじっとるし、ツムは爆睡。せやけど、俺は寝ない。しかし、みょうじさんはうとうと船をこいでいる。そのまま頭が落ちるんやないかと心配になって、落ち着けないでいると今度は左右に揺れ始めた。
これは、もしかすると…なんて邪な考えが浮かんでくるが、ぐっと堪える。駄目や。触るのはあかん。そう思っても、みょうじさんの頭は左右に大きく揺れ、俺の肩に付くか付かないかのところで定位置に戻り、それは反対側も同じで。しかし、このままでは倒れてしまうんやないか。反対側は何もないし、危ない。
……そうや。危ないんや。
これはみょうじさんが怪我せんようにすることやから、それ以外なんもない。音を立てんように椅子をそっちに動かし、恐る恐る外側の肩に手を添え、もう片方の手で抱えるように俺の肩へと頭を持ってこさせた。
こてん、と頭を乗せるみょうじさんの顔を見ると気持ち良さそうに寝ており。ゴンっと机に伏せたい気持ちだが、今はそれが出来ないため片手で顔を覆い、深く深く息を吐いた。
クッソ、かわ…可愛ええ。
どこにも吐き出せないこの感情を数ヶ月前の俺に自慢してぶつけたい、と意味の分からないことを思い付いた。
スマホをいじるフリをして、全て録画していた角名。みょうじが寝やすいように浅く椅子に座り、肩の位置を下げる治に笑いを堪えるこの男はこの時既にもう知っていたのだ。治の好きな人を。
「……。ごめんなさい、ごめんなさい、本当にごめんなさい」
あろうことか私は宮治の肩を借りて寝てしまったらしい。優しい治くんは「ええよ」と視線を外しながら返事をしてくれた。うわ、凄く気まずそう。嫌だよね、数回しか関わったことがない女に肩を貸すなんて。次からはもう隣に座るのやめよう。
「(次もまた隣来てくれるんやろか)」
みょうじと別れた後、うきうきしながら次を期待する治だが、もう二度と隣には座ってくれないだろう。